吉祥寺の写真集専門店『book obscura』という、新しい時代の本屋のカタチ

誰もが知る憩いの場、東京・井の頭公園。春は桜、秋は紅葉、一年中人が絶えない場所のほとりに、2017年の秋、オアシスのような本屋が産声を挙げた。その名は『book obscura(ブックオブスキュラ)』。写真集を中心にアートブックやリトルプレスを取り扱う古書をメインとした書店だ。 まず店内に入ると驚く。私たちが想像する古本屋とは明らかに違う。やさしい光がさしこみ、BGMが緊張をそっとほぐす。目の前に広がる写真の世界に誘われ、時が経つのを忘れ、ぼーっと佇んでしまう。
ここは、写真好きだけでなく「今まで写真集を開いたことがなかった」と話す学生や近所に住むお母さんなども立ち寄る場となっている。なぜ、今の時代に写真集をメインにした古書店を作ったのか? なぜ、『book obscura』は人を惹きつけるのか? 店主の黒﨑さん、そしてパートナーの小林さんにお話を伺った。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

写真集は美しいだけじゃない。その先の楽しさを伝えるのが私の仕事

「こんにちは!今日はよろしくお願いします!」と朗らかな笑顔でお店に迎え入れてくれたのは、店主の黒﨑由衣さん。以前、南青山にあった本屋『BOOK246』で店長を務め、その後、神保町『小宮山書店』の写真集担当フロアで修行。昨年10月、吉祥寺に『book obscura』をオープンした。それにしてもなぜ写真集メインの本屋を始めようと思ったのだろう。

黒﨑:私、写真集が好きすぎるんです。17歳の時、チェコスロバキア出身の写真家・ヨゼフ・クーデルカの『EXIELES』という写真集を見て衝撃を受けて。写真集と写真集って数珠つなぎのようにつながっているんです。写真家同士が影響し合って生まれていくので。だからクーデルカに影響を受けた写真家、そのまた次の人……と追い続けて今に至っています。なぜその視点で撮ったんだろう? どういう人なんだろう? と調べていく内に、写真集の世界にどんどんのめり込みました。

『book obscura』のInstagramは、「#写真集がご飯」「#はっきり言って売りたくない」「#売りたくない写真集を売る本屋」というハッシュタグ付きで投稿するほど、黒﨑さんの写真集愛はダダ漏れだ。自身を「写真集オタク」と笑う、黒﨑さん。でもただのオタクではない。彼女には、写真集の魅力、写真家の想いをもっと多くの人に届けたいという使命感が根底にある。

黒﨑:普通の本って、目次からあとがきまで読めば「ああ、読み終わった。納得」で終わるじゃないですか。でも写真集って一回読んだだけでは「この写真、キレイだね~」という見た目の第一印象だけで止まってしまうんです。でも、それってすごくもったいない。時代背景や写真に隠された写真家の想いを知ると、第二印象、第三印象までイメージが変わっていくんです。だけど写真集って大体説明がないから、分かりづらいんですよね。写真集を楽しむって結構めんどくさいものなんですよ(笑)。だから私が紐解いてお伝えしたいと思っています。

と笑顔で語る黒﨑さんは、ちっともめんどくさそうじゃない。逆に心底、幸せそうだ。

黒﨑:写真だけが並んでいると、どうしても理解しづらくて離れてしまいますよね。だからお店でお客様に写真集について聞かれたらたくさんお話しますし、おすすめも紹介しますし、コンシェルジュみたいな感じです。本当はお客様に販売する前に「あのね、この写真家がね~!」って1時間位、写真集に関する豆知識をお伝えしたいくらい(笑)。

写真集になじみがない人こそ、楽しめる場に

お店に一歩足を踏み入れるとなんだか別世界。明るい陽の光が差し込み、心地よい空間、包み込むようなBGM、やさしいアロマの香り。そして写真集の数々。

黒﨑:写真を撮ることはInstagramの登場で身近になりました。でも写真集はどうでしょう? 『book obscura』は写真集を知らない、見たことがない、見方が分からない……そんな方が写真集を楽しむきっかけを作りたいと思っています。そのためにまず、写真集に感じるハードルを下げること。具体的には、古本屋の香りをさせない、実家のように居心地の良い空間を作る。そして写真集の量を多くしないこと。

たしかに、一般的な古書店と比較すると写真集のレイアウトはゆるやかだ。決して本が棚ぎゅうぎゅうに詰め込まれていることもなく「何を見てみようか」と考えるワクワク感がある。

黒﨑:写真集の量が多いと、本を探さないといけないじゃないですか。でも「探す」ってそもそも写真家や写真集の名前を知っていることが前提なので、写真集になじみのない方は探せない。だから、あえて量を減らして気軽に手にとってもらいやすくしました。アルファベット順に並べず、「ファッション写真」「アメリカの写真家」などジャンル毎に分けて、興味の赴くままに手に取ってもらえるようにと。

あと、他の本屋さんでガラスケースに入れてあるような高価な写真集も、ここではすべて表に出しています。だって、ガラスケースに入れられ、簡単に手に取れない状況を写真家さんが望んでいたとは思えないんです。より良いものを皆さんに見てもらうことで写真集の魅力に気づいてもらうことが大事だと思っているので。

写真を味覚でも楽しんでもらいたい!?

いわゆる「本屋さんの常識」を一つひとつ見つめ直し、写真集に感じるハードルをやわらかく下げていく黒﨑さん。定期的に写真展を開催するのもこだわりの一つという。店内左側は真っ白いギャラリースペースとなっている。

黒﨑:展示は約2週間ごとに実施しています。大きな額に入った作品を見て、写真集との違いやその迫力に想いを馳せてもらえるとうれしいです。また、作家さんにとって気軽に作品を発表できる場所として活用してもらえたらという想いもあります。

そしてお店では珈琲も楽しめる。しかも展示に合わせて毎回珈琲をセレクトしていくというこだわりっぷりだ。たとえば取材時に行われていた写真展『 i_AKIKO KIMURA 』では、澄み切った空気感と柔らかな光を切り取った写真に合わせて、コスタリカ産の豆を一杯一杯ハンドドリップで提供していた。

黒﨑:ある時、ふと「この写真集って食べたらどんな味がするのかな?」と想像したことがきっかけです。写真の雰囲気に合わせて珈琲豆をセレクトしているので、視覚と味覚が合わさってより目の前の写真の世界を楽しんでもらえると思います。お店に来てもらった以上、五感をフル活用して写真と向き合ってほしいですね。

最近、近所に住むお母さんがお子さんを連れて遊びに来てくれるんです。お母さんは忙しいから、家でゆっくり写真集なんて見てられないじゃないですか。でも珈琲片手に写真集をめくって、プリントを眺めて一息ついている姿を見ると、このお店始めてよかったなって思います。

井の頭公園を越えることに意味がある

「お店の場所も本当にお気に入りなんです」と話す黒﨑さん。『book obscura』は、吉祥駅から井の頭公園を抜けて住宅街を5分ほど歩いた所にある。あえて井の頭公園を挟んだ立地、ここにも黒﨑さんのこだわりが隠されている。

黒﨑:井の頭公園を通り過ぎたこの場所は人通りが少なく、写真の世界にひたるにはぴったり。公園をお散歩しながら来てもらって、写真の世界を堪能してもらう。きっとお店が吉祥寺駅周辺にあったら、このゆったりとした雰囲気は出せなかったと思います。

元々、井の頭ではこちらが表参道で、駅周辺が裏参道らしいんです。今はお店が少なくなってきていて寂しいんですけど、『book obscura』が起点となって将来お店が増え、また昔の賑わいを取り戻せたら良いなって思うんです。

人と、写真と、出会いを生み出していきたい

黒﨑さんが「当店のディレクター」と話す小林さんの存在は大きい。小林さんは雑誌『TRANSIT』で編集に携わり、2014年に独立。現在は編集者として、書籍・雑誌の編集を行う傍、『book obscura』のサポートをしている。黒﨑さんのご主人であり、ビジネスパートナーだ。開店して半年、これからの未来をどう見据えているのだろう。

小林:今はオンラインで欲しい本はだいたい買えます。でも、「検索」という行為からは、自分の頭にない本との出会いってないんですよね。だからこそ、潜在的にある「必ず自分の好きなものが見つかる場」であることが大事。中途半端にならずに、極端であることは心がけているかもしれません。例えばうちのお店であれば「写真に特化していること」。写真集が欲しい人はお店に来れば何か見つけられるし、写真展を開催することで写真を介したコミュニケーションも取れる。あと、今後は『book obsucura』発のZINEや写真集を刊行していきます。もうすぐ『NaturaBoy magazine』というZINEを発表予定なので、まずはそこを起点に広がっていけばと。

ワンクリックでモノが買える時代だからこそ、今、ここで出会うことを大切にしている。

黒﨑: 簡単に買って簡単に売れる時代。そんな中で私たちは愛着を持って販売しているからこそ、お客さんたちも買いたくなってくれるのだろうと思います。写真集を売るというより、一冊一冊丁寧に引き継いでいきたい。

あとはもう、本屋という枠組みにこだわらなくて良いかなと思っていて。珈琲を飲みに来た所にいい本があった、いい展示が見られた。本を買いに来たらいい珈琲飲めた。お客様にとって新たな出会いがある場所にしていきたいです。

小林:特にこの場所で別世代の方が交流できると良いなと思っています。先日、50代の写真家さんと20代の男の子がお店で知り合って話が盛り上がり、一緒に飲みに行ったみたいで。嬉しかったですね。そういうハプニングみたいなものは、リアルな場があるから起こることだと思っていて。同世代を超えてたつながりを作れる橋渡しができると良いなと思っています。

写真を撮ることがこれだけ身近になった今、写真集や写真展を楽しむ文化はきっと今後も成熟していくだろう。これから5年後、10年後『book obscura』という場から広がるあれこれが、とても待ち遠しい。

店舗情報
book obscura
住所 : 東京都三鷹市井之頭4-21-5 #103
営業時間 : 12:00~20:00
定休日 : 火・水曜日(土日、祝日は営業/火・水曜日が祝日の場合、翌日が定休日)
電話番号 : 0422-26-9707
最寄り駅 : 吉祥寺駅
Webサイト : http://www.bookobscura.com


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