『F/T』オープニング、ピチェ・クランチェンが池袋にサルを放つ?

今年の『F/T』オープニングプログラムは、池袋にサルを放つ?

日本最大規模の国際舞台芸術祭『フェスティバル/トーキョー17』。今年の開幕を飾るオープニングプログラムは、タイを拠点に国際的に活躍するダンサー・振付家ピチェ・クランチェンの新作だ。タイの古典仮面舞踏劇の哲学を色濃く反映したコンテンポラリーダンス作品で高く評価される彼が演出を手がける、初の野外パフォーマンス作品となる。

芝生の美しい南池袋公園に設置される特設ステージなど、劇場を飛び出して街ゆく人々とも交わるという新作『Toky Toki Saru(トキトキサル)』。これまで彼の作品が掲げるタイトルは哲学的でスピリチュアルな印象が強かったが、本作のタイトルはポップでリズミカルな響きをもつ。

『Toky Toki Saru(トキトキサル)』メインビジュアル
『Toky Toki Saru(トキトキサル)』メインビジュアル

『Toky Toki Saru(トキトキサル)』とは「東京・時間・サル」を表しているという。清濁あわせ呑む街・池袋に「サルを放つ」と、いったいどんなことが起こるだろう? その祝祭的な演出の背景にある、現代の東京にインスパイアされたコンセプトについて、ピチェ本人に話を聞いた。

ピチェ:サルは環境への順応性が高い動物で、機敏で捕らえどころがなく、賢いけれど飼いならすのは難しいといわれています。それは東京というコントロール不可能な都市とよく似ていると思ったんです。

ぼくにとっての東京は、ニューヨークとも、パリとも、どの街とも違う形で発展してきた不可思議な街。多くのサインで形作られたルールに従って生きているように見えます。

システムによって全てが安全に整えられているので、個人が自分自身の道筋を決めることができない。予測のできない偶発的なものごとに出会う自然の本能が衰弱しているのではないかと感じたんです。

ピチェ・クランチェン
ピチェ・クランチェン

手厳しいが、的を射ているとしか言いようがない指摘だ。都内のターミナル駅の雑踏では、まちがいなく交通案内のサインに操られたサル芝居が日夜繰り広げられている。

今年3月、本作のリサーチのために東京に数週間滞在して着目したのは、東京の人特有の「歩き方」だったという。まるでなにものかの存在から逃げるように、速いスピードで「歩く」行為に、人間と都市の関係性が影響していると考えたのだ。

ピチェ:東京では時間がとても大切にされていて、みんな歩くのが速いですよね。ただ地域差もあって、たとえば下町の上野ではわりとゆっくり歩いています。それは周囲に木造建築が残っていて、高層ビルが少ないことにもよると思います。

人間は本能的に広い空間を求めますから、ビル街ではそこから逃れようとして自然と歩みが速くなる。またガラスや大理石など光を反射する材質の建物の間で、そこに映り込むもうひとりの自分の姿から逃げたいと感じるのではないでしょうか。

ピチェ・クランチェン

私たちは皆、自らの内面にもつ「サル」によってコントロールされている

本作では公園の芝生の上に、上野、大手町、渋谷、新宿といった、東京の主要都市のマップを模したプラットフォーム型のステージを設置。タイ、インドネシア、カンボジア、香港、日本のダンサーに、20名の一般参加者を加えた総勢40名の出演者たちが特設ステージでエネルギッシュなパフォーマンスを繰り広げる。

東京の風景をイメージソースとしてデザインされた色あざやかな衣裳は、タイ国内だけでなく海外からも注目されるファッションブランド「Flynow III」が手がけた。祭りのお面やアメコミのフィギュアを思わせる「サル」たちのヘッドドレスの素材や色づかいには、いかにもバンコク発でありながら、世界各都市で同期する魅惑的な「ポップ」の現在があった。

『Toky Toki Saru(トキトキサル)』の色とりどりの衣装をまとったサルたち
『Toky Toki Saru(トキトキサル)』の色とりどりの衣装をまとったサルたち

ピチェ:タイ、インドネシア、カンボジア、香港の振付家たちが、日本の4つのグループにそれぞれの振付を施し、東京の都市の空間ごとにパフォーマンスを担当します。今回、東南アジアから多国籍のチームを集めたのは、それぞれの国に「サル」を演じる舞踊があり、その「サル」らしさを表現する形式が各国の文化を象徴しているからなんです。ダンスのテクニックによって、国の発展の歴史を表しながら、日本の文化とも絡んでいきます。

ピチェ・クランチェン

ここでは伝統的な古典舞踊だけでなく、近年アジアの都市で爆発的に進化しているヒップホップやストリートダンスの要素をおおいに取り入れている。アジアの国でそれぞれ「サル」を踊った経験のある振付家たちが、伝統芸能と等身大のユースカルチャーをミックスしたダンスをどう展開するのか。また「アクター」と呼ばれる一般参加者には、子どもやお年寄り、車椅子の人など、さまざまな境遇の人が選ばれるという。

ピチェ:この作品をあくまで実社会の話として構成したかったんです。多様な現実に直面する現代社会で、都市生活者がコントロール不能に陥り、自らの内面にもつ「サル」によって逆にコントロールされている、そんな状況を表しています。

また、もうひとり「歩くだけ」のダンサーが登場します。これは「自己認識」を象徴する独立したキャラクターで、風船を配り歩くんです。既存の奇妙なルールやサインといった、現代の罠ともいえるものについて、観客に疑問を投げかける存在です。

それは同時に、ぼくら自身の内にあり、理性的なときしか意識したりコントロールすることのできない自己を認識することを象徴しています。風船には「空」をとどめることができますが、パンと割ってしまえば「空」がどこにも遍在することを認識する、仏教哲学的な思考を示しています。

ピチェ・クランチェン

私たちが無条件に従っている伝統やルールをあらためて現代の視点から問う

ピチェの作品世界には、タイの人々が伝統的に信仰し、日常的に親しんでいる仏教の思想がいつも深く浸透している。彼はそれをはっきりと明言しながらも、たえず「伝統とはなにか」「現代におけるバランスとはなにか」と問い続けてきた。2015年にバンコクで開催された『TED×Bangkok』に登壇した際のプレゼンテーションに、彼の考える伝統と合理性、身体と精神のバランスが強いパッションと共に伝わってくる。

ピチェ:TEDでは、タイ特有の論点から、信仰と文化の関係性についてちょっと茶化して話をしました。観客のひとりを指名して、彼のスニーカーをステージに向かって投げてもらったんです。

仏教の教えでは靴や足は不浄のものと考えられていて、頭は神様の宿る神聖な場所と考えられている。なので頭の上を越えて靴が飛ぶなんてとんでもないと思われるでしょう。でも実際には、壇上でぼくがその靴を頭にのっけても怒りだす観客はいません。ここで伝えたかったのは、私たちが無条件に従っている伝統やルールは、現代において合理性やバランスのとれたものだろうか、という問いかけです。

いま世界は、同時に存在する多様なルールによって危うい均衡を保っています。たとえば一見不均衡な外観をもつ建築でも別の次元の方法で均衡を保つことができるように、政治も信仰も、どこかに妥協点を見出してバランスを保つことが解決につながるとは考えられないでしょうか。

ピチェ・クランチェン

今回の『F/T』で、ピチェが東京という都市から導きだしたキーワードは「Body」と「Mind」である。これまでも「黒と白」「生と死」といった相反する2つの要素をテーマに創作してきた彼は、本作でバランスをとるのが難しい相反する「身体と心」の問題にフォーカスした。

過剰な情報が渦を巻いて身体に流れ込んでくる東京という都市で、私たちは想像力を駆使して、多動性に満ちた自分のなかの「サル」を躾けることができるだろうか。ピチェの問いかけることを空気のように感応し、「Body&Soul」を解放させるために、まずは街に出よう。

ピチェ・クランチェン

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー17』

2017年9月30日(土)~11月12日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場、あうるすぽっと、千葉県 松戸 PARADISE AIR、ほか
主催:フェスティバル/トーキョー
共催:国際交流基金アジアセンター

『Toky Toki Saru(トキトキサル)』

2017年9月30日(土)、10月1日(日)全2公演
会場:東京都 南池袋公園ほか
コンセプト・演出:ピチェ・クランチェン
料金:無料

F/Tトーク『Toky Toki Saru』ラウンジトーク

2017年10月1日(日)
会場:東京都 池袋 ホテルグランドシティB1 レストランセゾン
時間:17:30~(120分予定)
入場料:500円(予約優先)
※タイ語、英語(日本語逐次通訳つき)

プロフィール
ピチェ・クランチェン

伝統の精神を保ちながら、タイの古典舞踊の身体言語を現代の感性へとつなげることで、新たな可能性を見出そうとしているタイ人振付家。タイ古典仮面舞踊劇コーンの名優チャイヨット・クンマネーのもとでコーンの訓練を16歳より開始。バンコクのチュラロンコン大学で芸術・応用美術の学士号を取得後、ダンサー・振付家として舞台芸術を探究してきた。北米、アジア、ヨーロッパの各地で様々な舞台芸術プロジェクトに参加。フランス政府から芸術文化勲章シュバリエ章(2012)、アジアン・カルチュラル・カウンシルからジョン・D・ロックフェラー三世賞(2014)等を受賞。近年では、『Dancing with Death』(2016)『Black and White』(2015)などが日本で上演されている。



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