『ホドロフスキーのサイコマジック』解説。カルト映画の根底に流れる普遍性

アレハンドロ・ホドロフスキー……存在自体が伝説的な人物である。寡作ながらカルト映画の第一人者として知られているが、映画だけでなく演劇、小説や詩、彫刻、漫画、音楽、パペットマスターなど、あらゆるクリエイティブな活動を行なうとともに、哲学や瞑想、心理学や神秘主義を研究し、精神的な「グル」として尊敬を集めている。

そんな彼もついに齢90歳に達したが、老いてますます盛んなホドロフスキーは、近年になって映画作品を精力的に発表している。最新作『ホドロフスキーのサイコマジック』は、彼のカルトな作品のなかでも、とくにわれわれを戸惑わせる問題作だった。

『ホドロフスキーのサイコマジック』予告編

悩める人々それぞれに合った、アートを基にした心理療法「サイコマジック」

劇中に現れるホドロフスキーは、「サイコマジック」とは自身が考案した、アートを基にした心理療法なのだと説明する。そして、困難な問題に直面した人々がサイコマジックを施されることによって回復する実例が、映像によって示されていく。ホドロフスキーのもとには、母親との関係がうまくいかない女性、薬物依存症の男性、結婚の前日に婚約者が自殺したことで立ち直れない女性、吃音を改善したい男性などが、助けを求め現れる。ある意味本作は、「ホドロフスキーのお悩み解決コーナー」ともいえよう。

心の悩みといえば、サイコセラピーと呼ばれる療法で、対話によって心の問題の根を明らかにしたり、投薬などによって長い時間をかけて改善をうながすのが一般的だ。しかしここでは、悩める人々それぞれのケースに合った、ユニークで具体的な行動をさせることで、魔法のように短時間で問題を解決してしまう。

『ホドロフスキーのサイコマジック』 ©SATORI FILMS FRANCE 2019 ©Pascal Montandon-Jodorowsky

映像としての面白さはある。しかし、一般的な感覚からすると受け入れがたい部分も同時にある

母親との関係がうまくいかない女性には、子どものときのように全裸の姿で、母親の乳房を吸わせて、幼いときの体験を甦らせるという体験をさせる。また、違法薬物に依存した男性には、墓穴に入れて土をかぶせ、さらには鳥を餌で呼び寄せて身体を食わせる真似をさせるなど、擬似的な死の儀式を経ることによって精神を生まれ変わらせるという治療を行なっていく。

さらに、結婚の前日に婚約者が自殺して失意から抜け出せない女性には、墓場でウェディングドレスを着せたり、婚約者の職業でもあったスカイダイビングをさせることで、過去と決別させようとする。そして、幼いころからの吃音を改善したい男性には、子どもの格好で無邪気に遊園地で遊ばせたり、身体中まんべんなく塗料でペイントし、街を歩かせることによって、子ども時代の心の傷を癒していく。

その映像のどれもが、パフォーミングアートのようであり、映像としての面白さやユーモアを持っている。だが同時に、それがあまりにも功を奏し、悩みが解決する快進撃が映し出されることで、そんなに上手くいくものなのか疑問に思うところもある。相談者の反応も芝居がかっているように見える瞬間があることから、そもそも本作がドキュメンタリーなのか、それを装ったアートフィルムなのかすら茫漠としているのだ。

また、サイコマジックの原点にマッサージがあると説明されるように、相談者の身体に触れたり、男女問わず裸にさせるような治療ケースも多いため、一般的な感覚からすると、セクシャルな要素を感じざるを得ない箇所も多々存在し、「サイコマジック、大丈夫なのか……?」と、次第に不安になってくる。

『ホドロフスキーのサイコマジック』 ©SATORI FILMS FRANCE 2019 ©Pascal Montandon-Jodorowsky

ホドロフスキー作品の根底に横たわる「神秘的な思想」。かつては「美大生が見る映画」のように触れ込まれた

ホドロフスキーは、もともと神秘主義に傾倒していて、タロットカード占いをすることでも知られている。映画監督のニコラス・ウィンディング・レフンは、『ドライヴ』(2011年)や『オンリー・ゴッド』(2013年)などの映画を撮るとき、ホドロフスキーに相談し、占ってもらったのだという。そのような神秘的な思想は、いままでのホドロフスキー作品にも深く関わっている。

ホドロフスキーの映画で最も有名なのは、難解かつ寓話的、ショッキングでアーティスティックなメキシコ映画『エル・トポ』(1970年)である。そこでは、ホドロフスキー自身が演じたガンマンによる旅と戦い、そして人類の愚かさを象徴するような悲劇的展開が描かれていく。その内容は、アンディ・ウォーホルやジョン・レノン、デニス・ホッパーなどに称賛され、後に日本で公開されてソフト化されてからは、「美大生によく見られている映画」のような触れ込みで消費されていたと記憶している。筆者自身も、美大生時代にやはり『エル・トポ』や『ホーリーマウンテン』(1973年)などをソフトで鑑賞し、アートやサブカルチャーの雰囲気を味わったものだった。

『ホーリー・マウンテン』予告編

ホドロフスキーの姿勢にある普遍性。この映画を素晴らしいものとするか、怪しいものと切り捨てるかは鑑賞者次第

それらのホドロフスキー作品のベースにあるのは、ヒッピー文化や、後に「ニューエイジ」として知られる思想の先駆けになった要素である。シュルレアリスムの代表的な作家アンドレ・ブルトンに憧れ、日本の禅僧の教えに傾倒し、瞑想の奥深さに目覚めるなど、ユニークかつ非西洋的な価値観を尊ぶ彼の精神世界は、40年ほどの時を超え、変遷する時代に対応しながら、アート作品という枠を抜け出し、現実の生活と繋がりを見せる「サイコマジック」というかたちに変容することで、われわれの目の前に新たに投げ出されたといえよう。

それは果たして素晴らしいものなのか、それとも怪しい活動だと判断するのかは、観客それぞれの見方によると思われる。とはいえ、サイコマジックが相談者を常識の枠から逸脱させることで、一種の精神的「解放」に導こうというねらいがあることは確かである。アートというものを、美術館で眺めたり映画館で楽しむだけのものに規定せず、それをもっと大きなものとして、人間の生き方そのものと繋げ、さらにそれを、本作でも描かれたように、自由な社会を作り出そうとする運動に繋げていくホドロフスキーの試みには、新しい可能性が存在しているように思える。

サイコマジックから感じられるのは、社会の常識や世間の目を気にするより、自分自身が自由に生きていくことを優先し、人生をより意義あるものにしていきたいという、一種の願いである。それを大事にしたいという姿勢こそが、われわれがホドロフスキーの作品や生き方から学ぶことができる、普遍的な考え方なのではないだろうか。

『ホドロフスキーのサイコマジック』 ©SATORI FILMS FRANCE 2019 ©Pascal Montandon-Jodorowsky
作品情報
『ホドロフスキーのサイコマジック』

2020年6月12日(金)公開
監督:アレハンドロ・ホドロフスキー



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