3.11を経て、舞台芸術は何を語ることができるのか? Vol.3 仏の振付家ジェローム・ベルが、誰もが知る名曲から描く「今」の身体

「ノン・ダンス」(踊らないダンス)とも呼ばれる、野心的な作品を次々と発表し続けるコンテンポラリーダンス界の奇才、ジェローム・ベル。彼の代表作ともいえる作品『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』が11月12日、13日に彩の国さいたま芸術劇場にて上演される。2001年の初演以来、全世界50カ国以上で上演されている今作は、世界中の優れた舞台芸術が一同に会する『フェスティバル/トーキョー11』のクロージングを飾るのにふさわしい。では、世界的に知られるポップミュージックが鳴り響くこの作品は、いったいどのような経緯から誕生したのだろうか? 公演を間近に控えたジェローム本人や公募で集まった出演者たちに話を伺い、作品の見どころにせまった。

デヴィッド・ボウイ、クイーンで踊る人々

「コンテンポラリーダンス」といえば、アンビエントやエレクトロニカといった、無機的で抽象度の高い音楽が流れ、ダンサーたちはダンスなのかすらも判然としない動きをみせる、といった一般的なイメージがあるのではないだろうか。そのような抽象的な作品へのファンは多いものの、バレエのようなストーリー性や、高いジャンプや美しいピルエット(回転)といった技術はほとんど見ることができず、どことなく「とっつきにくい」というイメージを持つ人も多いかもしれない。

『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello
『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello

しかし、11月12日、13日、彩の国さいたま芸術劇場に鳴り響くのはデヴィッド・ボウイの"Let's Dance"やロス・デル・リオの"Macarena"など世界的にヒットした、誰もが一度は聞いたことがあるナンバー。作品中時々挿入されるユーモラスな動きによって、観客席からは笑い声が上がり、コンテンポラリーダンスに対する一般的なイメージを打ち破る。そもそも、この作品『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』のタイトルも、クイーンが1991年に発表した同名曲に由来している。

この舞台を創作したのは、コンテンポラリーダンス界において異彩を放っているジェローム・ベルという男だ。1994年に振付家としてデビューして以来、「ノン・ダンス」と称されるジャンルを確立した彼は、野心的な姿勢でフランスはおろか世界中のコンテンポラリーダンスシーンに新たな潮流を生み出し続けている。ダンサー自身が自分とダンスの関わりを説明していく『セドリック・アンドリュー』や、現代音楽アンサンブルとのコラボレーションによって創作された『3Abschied ドライアップシート(3つの別れ)』など、踊りの概念を覆す作品の数々を発表し、その劇評ではいつも賛否両論を巻き起こしてきた。時に、その作品は「ダンスではない」として、受け入れられないことすらもあるという。

『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello
『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello

『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』の初演は2001年のパリ。発表当初こそ物議を醸したものの、現在では世界50都市以上でツアーを重ね、リヨン・オペラ座バレエ団のレパートリーにも組み込まれている名作だ。「誰もがパフォーマーになることができ、誰もが理解できるように」というコンセプトのもとに創作されたこの作品。過去の上演映像を見ても、いわゆる「ダンス」に見られるようなテクニックを用いた動きやキレのある動きをすることはない。というのも、この作品に登場するのは、ダンサーだけでなく一般公募によって集められた人々なのだ。

公募で集まった出演者たち

世界中のあらゆる国々で、現地で生活する一般市民と共に生み出される今作。日本版の創作にあたっては、239人がジェロームのクリエイションの現場を体験しようと応募してきた。定員をはるかに上回るその数からオーディションを行った結果、選出された出演者は26人。ダンサーや俳優といった舞台に関わる人々だけではなく、学生や主婦、会社員と、立場も様々なら動機もバラバラだ。

『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello
『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello

「個性がぶつかり合う中で私にしかできない表現を見つけるきっかけにしたいと思いました。自分を、いい意味で壊してくれるのではないかと期待しています」と話すのは、舞台俳優を目指している学生の田代絵麻さん。また、ダンサーの太田ゆかりさんは「実際の創作現場に触れることで、現在のコンテンポラリーダンスにおける表現の可能性を探りたい」と振付家の提示する可能性に期待している。ダンスの研究を行いながらパフォーマンスを実践する富田大介さんは「自分なりにもう一度『ダンスとは何か』という問いを考えられるのではないでしょうか」とダンスそのものと向き合おうとする。能楽の小鼓を演奏するマルチパフォーマーで、ベルとの共作経験もある今井尋也さんは「日本の古典芸能をする自分とフランスの前衛的なダンス作品がどのように結びつくのか興味があり応募しました。また個人的に、最近体重が増えてしまったため、楽しく身体を動かしながら体重を減らしたいですね。目標はマイナス5キロ!」と意欲を見せる。そして舞台未経験のエステティシャン・長坂美智子さんは「'今の私の感覚や感性で、正直に何かを表現・創造したいという願望から思い切って応募しました」とフレッシュな公演への期待を顕わにする。

ジェローム・ベル 撮影:Herman Sorgeloos
ジェローム・ベル 撮影:Herman Sorgeloos

では、どうして世界的に著名な振付家は、地元市民を中心に構成された出演者たちの公募を必要としたのだろうか? そんな素朴な質問に対し、ジェロームはこう答える。「出演者は観客を反映すべきであり、そして代表すべきだと考えます。だから、フランス人ダンサーではなく、現場の国に属するパフォーマーのコミュニティーが必要となるんです。また、もうひとつは環境上の理由です。カンパニーメンバーでツアーを行った場合、ヨーロッパから日本へは飛行機で行くしかありません。それだけでも莫大なエネルギー量を消費してしまいます」

アーティストが世界中で作品を発表することが珍しくなくなった現代。グローバリズムと距離を置き、敢えてローカルな身体に向き合うことによって、作品と観客との関係性をもう一度見直そうという、振付家の意志がそこにはある。

今、ダンスを見る意味とは?

さらに、ジェロームはダンス表現への思いについて、以下のように語る。「私にとってダンスは目的ではありません。ダンスは、表現を通じていくつかの問題を考えるためのツールにすぎません。この作品をつくる上で興味があるのは、『舞台とは何か』、『なぜ人は舞台を観たいのか』という疑問です。この問題を自問すると同時に、観客にも問いを投げかけています」

『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello
『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』 撮影:Mussacchio Laniello

今年の『F/T』のテーマは「私たちは何を語ることができるのか?」というものだ。ディレクターの相馬千秋は、公式ウェブサイト上に「歴史の大きな転換点に立ち会っている私たちは、今、何を語ることができるのだろうか? 語りえないことへの沈黙も含め、私たちはそのただ中にいる。分断されたものをそっと繋ぎ直し、不確かな現実を掴み直すために、今、私たちの想像力が試されている」と記している。このテーマに応答するように、ロメオ・カステルッチはフェスティバルのオープニングを飾った『わたくしという現象』で、一言の台詞も使わずに3月11日以降の日本を静かに表現した。この連載にも登場してくれた宮沢章夫率いる遊園地再生事業団は、チェルノブイリ原発事故の起こった1986年の風景を描くことによって、2011年という姿を見事に浮き彫りにしてみせた(『トータル・リビング 1986-2011』)。

26人の出演者によって2011年に上演される日本版『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』もまた、他の国や時代では成立しない特別な意味を持つことだろう。たゆまぬ訓練を積んだダンサーだけではなく、公募で集められた出演者たちが、誰でも一度は耳にしたことのあるヒットソングに踊り狂う姿は、われわれが普段音楽を楽しみ、身体を動かしている様子とほとんど変わることがない。だからこそ、観客たちは必然的に「ダンスとは何か」、「私たちはどのような身体を持っているのか」、といった問いに向き合わなければならなくなる。

「シアター」の語源となったギリシャ語の「テアトロン」は本来、劇場の中でも「観客席」のことを指していた。劇場にとって重要なのは、舞台上で行われるパフォーマンスではなく、観客席が何を受け取り、何を考えるかであったのだ。観客席に腰掛けながら、「今」の「わたしたち」に対して、ゆっくりと立ち止まり、思考を巡らせることは、現在の日本に暮らすわれわれにとって最も大切な作業だろう。震災を経て、日本人の身体の何が変化し、何が変化しなかったのか。「身体」に対して世界で最も真摯に向きあうアーティストが「私たちは何を語ることができる」と考えるのか。『F/T11』のトリを飾る『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』が、2011年の舞台芸術に対して持つ意味は大きい。

イベント情報
『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』

2011年11月12日(土)〜11月13日(日)全2公演

会場:埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場大ホール
構成・演出:ジェローム・ベル

料金 :一般前売3,000円 当日3,500円 学生 2,500円

プロフィール
ジェローム・ベル

フランス人演出家・振付家。92年、アルベールビルオリンピックにて開会式・閉会式を演出したフィリップ・ドゥクフレの助手を務める。94年に振付家としての第一作を発表。04年にパリ・オペラ座バレエ団に招かれ制作した作品『ヴェロニク・ドワノー』が絶賛される。日本においては、05年にタイを代表する古典舞踊の名手ピチェ・クランチェンとのコラボレーションで創作した『ピチェ・クランチェンと私』を、08年横浜トリエンナーレに出品。10年、ローザスのアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルと共同制作した『3Abschiedドライアップシート(3つの別れ)』を愛知・静岡・埼玉にて上演している。



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