『嘘じゃない、フォントの話』

連載『嘘じゃない、フォントの話』(supported by モリサワ) 第3回:フォント職人に聞く フォントができるまで

『嘘じゃない、フォントの話』(supported by モリサワ) Volume3 Page3

この道40年。ベテランのフォント職人インタビュー

何気なく見ている文字が出来るまでに、こんなに時間も手間もかかっていたなんて、本当に驚きました。そこで、ベテランのフォント職人である市川秀樹さんに、普段どんなことを考えながらフォントを作っているのか、現場での話をお伺いしました。

タイプフェイスデザイナー 市川秀樹氏

タイプフェイスデザイナーの市川秀樹さん

40年近くモリサワフォントを手がけている、ベテランのフォント職人。

Interview

海外の文字を扱うというのは、海外の文化を扱うということ。

C:フォントを作るって本当に大変ですね!

そうですね。1つのフォントができるまでに何年もかかります。こんな風にフォントが作られているなんて、誰も知らないでしょうね。

C:そもそも、市川さんがこの世界に入ったきっかけは何だったのですか?

中学校時代に、私の作ったポスターが入選したんです。それが嬉しくて、その後も文化祭のポスターなども作りました。ある時、ポスターカラーを使って手書きで描いたポスターが、公衆浴場に張り出されたんです。しかも女湯に(笑)。それが、張り終わった後に手元に戻ってきたんですが、文字の部分がドロドロになっていました。ポスターの文字を立体に見えるように書いていたので、みんなが不思議に思って、濡れた手で触ったんでしょうね。そのドロドロになった文字をみて、こんなに人が文字に対して関心を持つことにとても驚きました。そこで文字の面白さを感じるようになって、レタリングの勉強を始めたんです。それで39年前に、縁があって文字盤作りの部署に入社しました。

C:文字盤の作成から、デザイナーへの転機はいつだったのでしょうか?

先輩デザイナーが退職されることになり、後継者を探そうということで、社内全体でレタリングのテストがあったのですが、そのテストの結果がよかったんです。文字を書くにはデッサンが大切なので、デザイナーになってからは、デッサン教室に通いました。静物画などの普通のデッサン教室です。今感じるのは、タイプフェイスデザイナーという仕事は天職でラッキーだなと思います。すごく大変ですけどね。責任もありますし。不備がないようにしないといけません。

市川秀樹氏

C:現在進行中のプロジェクトにはどういったものがありますか?

今は、ユニバーサルデザイン書体の開発に携わっています。私は主に、「かな」と「記号」を担当しています。既にあるフォントをユニバーサルデザイン用にリニューアルしているのですが、欧文に関しては1から作りました。欧文は日本人だけでは作れないので、海外のデザイナーに監修をしてもらいました。海外の文字を扱うというのは、海外の文化を扱うということ。例えば、海外で日本語の変な文字を見かけることがありますが、日本人が作った欧文がそういうことになってしまうかもしれない。だから、気をつけないといけません。

C:他にも、タイプフェイスデザインで、難しい点などはありますか?

文字のバランスが難しいですね。自分ではきっちり書いたつもりが、先輩に手直しされる。その手直しした文字を見ると、すばらしいんです。なんでこういうバランスができるのだろうかと思いましたが、レタリングを続けて1年ほど経った頃でしょうか、そのバランス感覚がだんだんわかってくるようになりました。これは経験した人にしかわからないと思います。例えば、自転車に乗れない人がいつの間にか乗れるようになるのと同じですね。ひたすらやり続ける。でも、こればっかりは難しいです。今日いいと思ったものが次の日には変だったり、これでいいと思っても1年後におかしく思うことがある。だからある程度でよしとしなければいけません。

文字をチェックするための専用ルーペ

C:文字を見るのが嫌になったことはありますか?

それはないですよ(笑)。出来上がった文字を文章に組んでみる瞬間なんかは本当に楽しいです。

モリサワの文字が、希望とか夢とか平和の記事に使われたらこれ以上にうれしいことはない。

C:これまでで、1番思い出に残っていることを教えてください。

漫画のアンチック書体を作ったときに、それまでしたことのないプレゼンのやり方をしました。今までは普通の文章組みをしてプレゼンをしていたのですが、いつもだめでした。それを、実際の漫画の吹き出しに入れて、プリントしてプレゼンしたら、即OKだったんです。文字が使用される最終段階のところまで想定してデザインしているので、このプレゼンのやり方は、それが伝わった印象的な思い出でした。

C:なるほど。デザイナーは使用されるところまで想定してデザインするのですね。そうして出来上がったフォントを、どんな風に使ってもらいたいですか?

モリサワの文字が近年の暗い世相の中で、希望とか夢とか平和の記事に使われたらこれ以上にうれしいことはないですね。そういう想いで文字を作らせてもらっています。モリサワには「文字文化を通じ、広く社会に貢献したい」という想いがあります。文字はメディアの情報伝達の一部なので、文字を使って情報を発信して文化が育っていく。その時に、モリサワの文字を使ってもらいたいです。

C:そういう想いの詰まったフォントが、ここ明石から開発されてるのですね。

明石の人丸町にこんな会社があるとは思わないでしょうね。自然もたくさんあるし、梅の花がたくさん咲いて、いい場所ですよ。モリサワフォントの完成度は高いと思います。他のフォントメーカーのものにもすばらしいものがありますが、やはりモリサワの文字は全体を見ると、整っていてすばらしいです。

朝は体操からはじまります

C:モリサワの文字は、多くの種類があって、見ているだけでも楽しいです。

以前、デザイナーではない、全くの素人の人が、印刷物を作ろうとして自分でパソコンに既に入っている文字を使って印刷に出したらしいんです。そうしたら、印刷屋さんがそれを「リュウミン」で組んで作ってくれたらしい。それを見て、すごく読みやすくなったと驚いていました。ちょうど私がモリサワで働いていたことを知っていたので、何のフォントなのかと聞いてきました。そんな風にして、まずは、こんなにたくさんのフォントがあることに気づいてほしいです。たくさんの種類の文字を使うことを楽しんでほしい。

C:今後の文字の市場は、どうなっていくと思いますか?

新しい文字を作らなければなりませんが、世の中にこんなにもたくさんの文字がある中で、どういったものを新しく作ればいいのか、それが一番の悩みです。ユーザーであるデザイナーが希望するものを作り続けていればいいのか、それとも自分たちから新しく提案していくのかを考えなければいけません。現状はユーザーの要望に応えるかたちです。例えば音楽は、昔から多くの音楽があるのに、今でも毎日のように新しい曲が生まれている。それを考えれば、文字にも新しい可能性がまだまだあるのではないかと思います。

もっと詳しく、モリサワフォント開発の裏側が知りたい!

モリサワ

モリサワWebサイト

モリサワフォントを代表する、「新ゴ」や「リュウミン」などのフォントの開発についての裏話。開発当時の時代背景やデザインコンセプトなど、モリサワフォント誕生のヒミツがわかります。

次回は

私たちが何気なく見ている文字には、こんな大変な行程と、こんなにも熱い想いが込められていたことに驚きと感動を感じました。次回は、そんな大変な世界に入った若きタイプフェイスデザイナーにインタビューします。

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