『クリエイターのヒミツ基地』

『クリエイターのヒミツ基地』Volume26 奥下和彦(映像作家)

『クリエイターのヒミツ基地』 Volume26 奥下和彦(映像作家)

一筆書きで描いたイラストをもとにアニメーションを作るという独自のスタイルで注目されている気鋭の映像作家・奥下和彦さん。大学時代の失恋をきっかけにして制作したアニメーション作品『赤い糸』はYouTubeで50万回以上の再生回数を記録し、東京藝術大学大学院アニメーション専攻在学中には、テレビ朝日『報道ステーション』のプロデューサーから大抜擢され、オープニング映像作品の制作を手掛けました。まだ20代ながら大手有名企業とのコラボレーションなど、すでに数多くの実績を残している奥下さん。この春、大学院を卒業したばかりの奥下さんが向かう「未来(さき)」とは?

テキスト:宮崎智之
撮影:CINRA編集部

奥下和彦(おくした かずひこ)
石川県金沢市出身。1985年生まれ。東京藝術大学大学院アニメーション専攻修了。2009年に作った大学の卒業制作作品『赤い糸』が数々のコンペに入賞。YouTubeでは現在、再生回数が50万回を超える反響を得ており、ビル・ゲイツやジェームズ・キャメロンをゲストに招いた講演会『TED2010』でも同作品が上映されている。またテレビ朝日『報道ステーション』オープニング映像作品を手がけ、2011年『グッドデザイン賞』を受賞した。VJとして、capsule、DEX PISTOLS、AKIHIRO NAMBA、NEWDEAL、COLDFEETとも共演。『JAB』というイベントでライブペインターとしての優勝経験もある。所属マネジメントはBOOM BOOM SATTELLITESやひらのりょうも所属するFOGHORN。
OKUSHITA KAZUHIKO.COM
FOGHORN

奥下和彦(映像作家)

サッカーに挫折し、「絵の道を極める」

幼少時代についてたずねたところ、やはりクラスに必ず1人はいた「絵が上手い少年」というポジション。中学入学後はサッカー部で練習に明け暮れていましたが、3年生へと上がる頃、美術部に転部することになりました。

奥下:子どもの頃から絵とサッカーの両方が大好きで、その間を行ったり来たりしていました。できたらどちらかで一番になりたいという気持ちがあったんです。だけど僕は、弱小のサッカー部でもレギュラーにはなれなかった。そこで挫折感を感じたんです。でも、美術部に転部するにあたって、「サッカーから逃げた」と思われるのだけは絶対に嫌だったので、中途半端なことはしたくなかった。画集や技法書、理論書などをひたすら読みあさって、「絶対に絵の道を極めてやる」という意気込みで絵に取り組むようになりました。

さらに、サッカーの明るいイメージと比べて、「美術は暗くて1人でやるもの」というイメージを払拭したかった奥下さんはライブペインティングなど、開かれた環境で自身の技術を磨いていくことを目指します。そんなとき、出会ったのが「お絵かきチャット」と呼ばれるインターネットサービスでした。

奥下:そこでは、インターネット上で絵を発表したり、チャットをしながら同じキャンバスに共同で絵を描いたりすることができました。中にはプロの漫画家さんや、今では有名になっているアーティストの方なども参加していて、レベルの高い世界に刺激を受けながら絵の修行に励むことができたんです。画集や技法書の情報を教えてもらったりもしていましたね。

わたくしりとり

しかしその後、金沢美術工芸大学へ入学間近だった奥下さんに転機が訪れます。以前から好きだった音楽の世界をとおして、イギリスの映像作家クリス・カニンガムの作品に大きな衝撃を受けることになったのです。彼の作品のどんなところに魅了されたのでしょうか?

奥下:ダークな表現が特徴の作家なので、僕の作風とは違うのですが、音楽と映像がシンクロすることで、あたかもそこに実際の世界があるような錯覚を覚えさせるところに感銘を受けました。「この表現を使えば、もっと作品にリアリティーが出る」と、それまで絵を極めると意気込んでいたのに、あっさり映像への転向を決めてしまったんです(笑)。それほど、彼の作品は衝撃的でした。

大学入学後は、知り合いのミュージシャンのミュージックビデオを制作したほか、のめりこむようにVJとしての活動も開始。ここから人生を大きく変えたアニメーション作品『赤い糸』に辿り着くまでには、もう少し月日を要するのですが、その前に奥下さんが大学で学んだことについて話を伺いましょう。キーワードは「アイデア」です。

鍛え抜かれたアイデア力と、大学時代の失恋がきっかけで生まれた作品『赤い糸』

奥下さんが入学した金沢美術工芸大学の視覚デザイン学科には、大手広告代理店などの第一線で活躍している教授が多く在籍していました。そこでまず何よりも求められたのは、「アイデア」の力。面白い1コマ漫画を制作するなどの課題を学生同士で競い合うことによって、アイデア力を養っていきました。

奥下:1つの課題に取り組む際に、教授から求められたアイデア数は最低100通り。それを一晩で考えるんです。実際にやってみると、100通り考えた上で取捨選択することにより、アイデアに幅が出ることを学びました。別のアイデアが積み重なって発想に奥行きが生まれたり、そのとき捨てたアイデアが他の企画に活かせたり、アイデア同士を組み合わせて別のアイデアに昇華させたり……。僕の好きなエピソードに、福田繁雄さんがポスターコンペで1位を勝ち取られた際に、2位で落選した人のアイデアも考えていたという話があります。2位になったアイデアも出した上で、1位になったアイデアを選んでプレゼンしたんですね。たくさんアイデアを出さないと見えてこない視点がある。その「たくさん」の基準が、僕の大学では100通りだったんです。

このアイデア出しの訓練は、映像作品の企画を考える上でもとても役に立っているといいますが、「初めは10通りくらいで止まってしまっていた」と語るように、100通りもアイデアを出せるようになるには、かなり苦労されたようです。具体的には、どのような思考法で考え出しているのでしょうか?

奥下:例えば、「こたつ」というお題があったとしたら、「冬」「みかん」「暖かい」など、思いつく限りの「共通認識」をマインドマップのように網状に広げていって、アイデアに落とし込んでいくんです。1つのアイデアから芋づる式に別のアイデアが出るようになれば、もうこっちのものですね。

そんな奥下さんのアイデア力は、その後YouTubeで50万回以上の再生回数を記録したアニメーション作品『赤い糸』にも影響しています。大学時代の集大成として作られた卒業制作。しかし、そのきっかけを作ったのは、「失恋」という個人的な体験でした。

奥下:今になって振り返りながら、偉そうに「アイデアを学んだ」と言っていますが、当時は本当にどうしようもなく不真面目な学生(笑)。学生時代は3年間付き合った幼なじみの彼女が大好きで、それが全てでした。でも、大学4年のときに振られてしまい、作品を制作することができなくなってしまったんです。その後、少し気持ちが落ち着いて、この経験を作品にしたいと思うようになり、人が繰り返す出会いと別れ、生きている喜びと悲しみというテーマを考えていたときに出てきたのが「一本の赤い糸」というアイデアでした。以前、「つながり」をテーマにしたライブペインティングの大会に出たことがあり、「つながり」から着想した一筆書きの作品を描いたことがあったんです。一筆書きの「赤い糸」でアニメーションを作れば、失恋から僕が感じた「つながり」への思いを表現できるのではないかって。

『赤い糸』

中学時代から励んだ絵の修行、大学入学前に知った映像表現の可能性、そして失恋体験をもとにした「つながり」というコンセプト。奥下さんのバックグランドが「アイデア」の力によって1つにつながり、唯一無二の表現が生み出された瞬間でした。さらに、アニメーションの動きにリアリティーを出すため、実写映像をトレースする「ロトスコープ」という手法を取り入れ、ついに完成したのが『赤い糸』という作品だったのです。

「つながり」の答えを探した『報道ステーション』のOP映像

東京藝術大学大学院アニメーション専攻に入学後も、「つながり」について思考を続けた奥下さん。そんな矢先、YouTubeで『赤い糸』を知ったテレビ朝日『報道ステーション』のプロデューサーから突然声が掛かり、番組オープニング映像を制作することになります。そのときのテーマも「つながり」でした。

奥下:人の「つながり」って、とても不思議だと思うんです。例えば、バーテンダー、医者、会社勤めの人など、それぞれ立場は違うけど、恋人や家族のことで悩んだり、お金のことで悩んだり、抱えている問題は多分同じなんですよね。そんなことを考えていたときに電話がかかってきたのが、2011年の4月のリニューアルに合わせて『報道ステーション』のオープニング映像を作るというお話でした。

テレビ朝日からの依頼は、月曜から金曜日放送分までの5つのオープニング映像を作るという内容。奥下さんがそれぞれの作品に添えたテーマは「成長(人は生まれ、育ち、また命を生んでいくこと)」、「職業(人は誰かの役に立っていること)」、「恋愛(人は誰かとめぐりあうこと)」、「世界(人はこの世界に生きていること)」、「家族(人は家族に支えられていること)」という5つの「つながり」でした。

奥下:先ほども言ったとおり、人は必ずどこかでつながっていると考えているので、人々をカテゴライズするのはナンセンスだと思っています。僕が表現したかったのは、もっと人々の根底を結び付けている「つながり」です。この5つのつながりの中で、人は喜んだり悲しんだりしているという思いで作りました。制作中に東日本大震災があり、「絆」の大切さが叫ばれるようになりましたが、オンエア開始時期と重なったのは偶然です。その時点で僕が考えていた「つながり」について、全て表現できたと思っています。

この作品は、2011年の『グッドデザイン賞』を受賞。これをきっかけに、資生堂のプロモーション映像など、プロの映像作家としての活動も始めます。若くして順風満帆の奥下さんですが、まだまだ自身の作品には課題が残されているとのこと。どのような課題なのでしょうか?

奥下:やはり、クリス・カニンガムの作品を見て、音楽と映像が同期することによる臨場感に感銘を受けて映像作家を志したので、その部分をこれからもっと突き詰めていきたいですね。音楽は時間にそって展開しますが、僕は絵を描く際も、絵の中で鑑賞者の視線を誘導することを意識しているので、そういう意味では、音楽も絵も「時間」という共通の流れを持っている。それらを上手く掛け合わせれば、もっとリアリティーのある作品が作れると思うんです。

そんな奥下さんが理想とする作品像とは?

奥下:もともとダンスミュージックが好きで、音楽の持つ高揚感にも魅力を感じていたんですね。でも、広告代理店志向の大学教育を受けたこともあり、誰が見ても受け入れやすい作品を目指してしまうという癖もある。おじいさんや子どもにも作品を見てもらうことを考えると、どうしても「高揚感」は若い人向けで、こういうパワフルな表現は削ぎ落とさなければいけなくなってしまうんです。どちらがいいということではなく、いずれ「高揚感」を、おじいさんや子どもにも伝えられるような表現を確立できるようにしたいと思っています。

人々をつなげる「つながり」もあれば、バラバラになった自分自身のバックグランドをつなげる「つながり」もあります。「一筆書きによるアニメーション」という手法を確立したときのように、「高揚感」と「受け入れやすさ」をつなげる素晴らしいアイデアが、いずれ奥下さんに舞い降りる日がくることでしょう。今年の春に大学院を卒業したばかりの若き映像作家に、これからも注目が集まりそうです。

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