2019年も刺激的だったソウルカルチャー。HereNowキュレーター座談会

K-POPのみならず、フューチャーファンクやイラストレーション、ヒップホップなど、2019年もアジアや世界各国に新しい刺激を与え続けてくれた韓国・ソウルのカルチャーシーン。

そんなシーンの現場で日々活動するHereNow Seoulのキュレーターたちは、2019年をどのように感じていたのでしょうか。アートディレクターのLee SoSoさん、編集者のJeon Woochiさん、シンガーソングライターのJINBO the SuperFreakさんの3人に集まっていただき、梨泰院(イテウォン)の『Mmm Records』にて、2019年のソウルカルチャーシーンを振り返る座談会を実施しました。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

1980年代後半〜2000年代前半のカルチャーが新しいスタイルで復活?

―2019年のソウルカルチャーを振り返ってみて、一番印象に残ったできごとは何でしたか?

Lee SoSo:やっぱり最初に頭に浮んだキーワードは「ニュートロ」ですね。「ニュー(New)」と「レトロ(Retro)」を合わせた、古さのなかに新しさを見出すブームが多くの人々に広がったと思います。

特に10〜20代の若者のあいだでレトロ文化が新たなかたちで流行ったのが興味深かった。ファッションでいえば、古いものをそのまま身につけるというより、いまの時代に合ったスタイリングで着こなす若者が多いですね。

Lee SoSo:私の店『ネオンムーンナイト』でも、1990年代に流行ったアグリーシューズやロングスカート、オーバーオール、クロップトップが人気のアイテム。ファッション業界だけでなく、コンビニでもアイスクリームや焼酎などが、昔のパッケージで売られています。これも「ニュートロ」ブームの影響だと思います。

Jeon Woochi:そうですね。2019年のソウルにおいて、「ニュートロ」は大きな文化現象だったと思います。

日本でも2000年頃から、経済的にもピークだった1970〜80年代の豊かなカルチャーがリバイバルする動きがあったんですが、韓国の場合、その対象が1980年代後半〜2000年代前半になるんです。韓国の経済・文化的な繁栄を感じられるイベントが1988年の『ソウルオリンピック』ですからね。

Jeon Woochi:しかし、その時代のカルチャーは、これまでミレニアル世代とはつながっていなかった。デジタルでカルチャーを消費してきたミレニアル世代が、物質感のあるこの時代のカルチャーに興味を持つのもおかしくありません。それがいまの時代に合わせて消費されたかたちが「ニュートロ」なのだと思います。

JINBO the SuperFreak:1990年代にインターネットが登場しましたが、当時はいまのように当たり前には使われていませんでした。

ミレニアル世代は、子どもの頃からインターネットに親しんでいるので、1980年代のカルチャーも1990年代のカルチャーも、レストランでメニューを選ぶように簡単に接して自分のモノにすることができるんです。ニュートロもそのような流れから生まれた動きでしょう。

Lee SoSo:音楽シーンでも、20世紀後半の作品に魅力を感じる人が多くなりました。YouTubeの影響で昔の音楽に接することが簡単になったので、10〜20代のシティーポップファンも少なくありません。

またNaver財団による「Digging Club Seoul」というプロジェクトからは、若手ミュージシャンが1970〜1990年代の音楽から名曲を発掘して、シティーポップ風にリメイクするという動きも生まれました。

ここからは、女性シンガーソングライター・Stella Jangの『아름다워(美しい)』(オリジナル曲:ユン・スイル)、4人組ポップバンド・Daybreakの『넌 언제나(君はいつも)』(オリジナル曲:Mono)、R&BシンガーのGeorgeの『오랜만에(久しぶりに)』(オリジナル曲:キム・ヒョンチョル)などのカバー曲が生まれました。

これによって再度注目を浴びたキム・ヒョンチョルが若いアーティストたちを迎え、13年ぶりのニューアルバムをリリースしたこともあります。

Stella Jang『아름다워(美しい)』
Daybreak『넌 언제나(君はいつも)』
George『오랜만에(久しぶりに)』

新しい流行の中心地が次々と生まれるソウルシーン

―いま「ニュートロ」として紹介されている1980年代後半〜2000年代前半のカルチャーをリアルタイムで体験した人にとって、ニュートロブームはどのように見えますか。

Jeon Woochi:昔もいまも、好きなものを楽しむというのは同じですが、情報を得る方法は大きく変わったと思います。私の世代(1976年生まれ)は雑誌や新聞、テレビなどでカルチャーに接していましたが、いまはSNSなどのニューメディアで気軽に情報を手に入れられます。

Lee SoSo:SNSが流行する前までは、参考にできるレトロなファッションのイメージアーカイブがあまりなかったんです。しかし、いまはPinterestを利用すれば、簡単に興味のあるスタイルの情報を手に入れられます。

Jeon Woochi:簡単に情報を入手できるため、いまの若い世代は一人ひとりが自分の趣向を選び、深堀りすることができます。それぞれが自分の魅力を上手く表現できる時代になったんですね。

プロのモデルでなくても、写真に撮られるときに自分をどう見せればいいのかよく理解している人が多いのも、同じ理由からだと思います。

―それは「ニュートロ」という現象だけに限らない、いまのソウルの若者の特徴だといえるかもしれませんね。

Jeon Woochi:そうですね。あくまでぼく個人の意見ですが、いまのソウルは「個人の趣向が熟した時代」が来ていると思います。これまでの文化的な発展やインターネットの発達により、人々がそれぞれの趣向を洗練させた段階になっているということです。

いま韓国の経済状況は良くないといわれていますが、それでも売れるショップは売れ続けているし、新しいスペースがあちこちに誕生しています。このような活発なムーブメントは、個人の趣向と感性の確立に基づいていると思うんです。

乙支路(ウルチロ)や聖水洞(ソンドスン)などが、新たなクリエイティブカルチャーのエリアとして再注目されたのも、そういった若者たちのエネルギーの力だと思います。

Lee SoSo:私のお店がある延南洞(ヨンナムドン)も、2、3年前から若者たちに再注目されはじめたエリアです。お店をオープンした2014年頃は周囲になにもなかったのですが、最近は人があふれるようになりました。

おしゃれな街として注目されるようになったぶん、家賃の上昇も激しくて、近くでレストランを営んでいた友人も急に家賃を大幅に上げられて困っていました。

5年くらい前は、経理団(キョンリダン)エリアが盛り上がっていて、じつはそこでお店をオープンしたかったのですが、家賃が高すぎて無理でした。でも、じつは最近、経理団エリアは、人足が途絶えはじめているらしくて……。すごくショックです。

JINBO the SuperFreak:ぼくは経理団に住んでいるのですが、早いスピードでトレンドが変化していくソウルの特徴なので、仕方ないかなと思いつつ、街の衰退は残念ですね。

―若い人たちの文化的な活動によって古いエリアが活性化するいっぽうで、人気が出たエリアの地価が高騰。富裕層が流入してエリアの個性がなくなっていく。ソウルのダイナミックな街の変化の裏には、ジェントリフィケーションの問題も共存しているのではないでしょうか。

Jeon Woochi:結局、そのエリアのキャラクターをつくった張本人たちは追い出されるしかないということですね。私としては、ジェントリフィケーションは仕方ないかなとも思います。

それでも、ソウルではそのようなエリアが次々と生まれる、新しいチャレンジができる都市だという点に注目したいです。たとえば最近も狎鴎亭(アックジョン)エリアの奥のほうに、若い人たちのおしゃれなお店が相次いでオープンしています。

ジェントリフィケーションという副作用はありますが、若い人たちのエネルギーがあるからこそ、新しいエリアの誕生が続くんですね。日本やヨーロッパに比べて個人で創業しやすい韓国の環境と、一人ひとりのたしかな趣向と熱情が、それらを可能にしているのだと思います。

インディーズ音楽や、イラストレーターシーンでも才能あふれる新人がずらり

JINBO the SuperFreak:エリアの話とは違いますが、K-POPを含めた音楽シーンでも、若い人たちのエネルギーを感じます。

BTSやBLACKPINKのようなK-POPアイドルだけでなく、Sik-KやJay Parkといったラッパー・R&B歌手も世界ツアーを成功させました。HYUKOHやSE SO NEONのようなインディーズバンドもアジアツアーを行っています。

JINBO the SuperFreak:K-POPの成功の裏には、複数の作曲家やプロデューサーが集まってチームで作曲する「ソングキャンプ」という挑戦的な仕組みがありました。

「ソングキャンプ」は、個性的かつハイクオリティーな作品づくりを可能にしただけでなく、若手クリエイターの力試しの場でもあったわけですが、その仕組みが今年くらいからインディーズの音楽シーンでも活発に見られるようになったんです。

ぼくが携わった道峰区倉洞(トボンク・チャンドン)でのソングキャンププロジェクトでも、eggu(エグ)、Hersh(ハシ)、Om(オム)、DINO$OUL(ディノソウル)など、才能あふれる若いアーティストが多数発掘されており、シーンにフレッシュさを与えています。

Lee SoSo:元気な若者たちによる新たなシーンという意味では、今年、急成長したイラストレーターのシーンも外せません。個人のイラストレーターや独立系出版社が、それぞれの方法で自分らしい表現を確立し、フェアを開くなど交流も深めています。一人ひとりが動くなかで、自然と生まれたシーンということもいいポイントです。

Jeon Woochi:ソウルでは、このようなニューカマーがどんどん登場し、競い合っているので、世界的に見ても負けないレベルのアーティストが各分野で出てきています。それが海外への進出にもつながっているので、いい傾向だと思いますね。

2020年以降のソウルシーンは激戦区に?

―2020年に向けて、気になっている新しいカルチャーの動きはありますか?

JINBO the SuperFreak:組織に属さず、一人で仕事をする人が多くなると思います。ぼくは以前から1人事務所や1人メディアが増えるのが自然な流れだと思っていて。InstagramやYouTubeなどのSNSがあれば充分にビジネスができますし、この流れは来年さらに加速していくと思います。

YouTubeはレッドオーシャンだと、競争が激しすぎて挑戦する市場ではないという人もいますが、ぼくは全然そう思いません。人々の趣向は細分化しており、それに合わせてコンテンツも細分化していくので、まだまだつくられてない面白いコンテンツはあると思います。海外向けのコンテンツも増えるでしょうし、そこから生まれる交流もありそうです。

Jeon Woochi:旧ソウル市街地にあたる四大門の内側エリアは、これからも新しく街が生まれ変わっていくと思います。交通の便もいいのに、再開発前の古い建物が多く、家賃も安いため、若者たちが何かに挑戦するにはとっておきの環境です。

そのなかでも漢南洞(ハンナムドン)は、江北(カンナム)・江南(カンブク)エリアのどちらにも近く、再開発がはじまるまでもう少し時間がかかるので注目しています。また、清潭洞(チョンダムドン)には、メンバーシップ制のバーやソーシャルクラブ、各分野のコミュニティーが集まってきているので興味深いですね。

それ以外にもトレンドのエリアはどんどん変わっていくと思うので、今後も若い人たちがチャンスをつかめる可能性は広がっていくでしょう。

Lee SoSo:いまはアーティストやクリエイターにとって、本当にいい環境が整っていると思います。自分をアピールできるメディアも発達しているため、チャンスは誰にもあります。

そんななか、2020年はクリエイターたちの個性、アイデンティティーの証明がポイントになりそうです。勢いのあるニューカマーが次々と登場し、競争はさらに激しくなるでしょう。そのなかで生き残るには相当のクオリティーとユニークさが必要になると思います。

日本や台湾、香港、シンガポールなど、アジア各国とソウルの違い

―日本や台湾、香港、シンガポールなど、アジアの他国のカルチャーで気になっている動きはありますか?

Jeon Woochi:日本はポップカルチャーが成熟してきたぶん、記念イベントが数多く開かれていたのが気になりました。各分野で◯十周年のイベントとかが目立っていたんですよね。ジャン・ミシェル・バスキアの展覧会と、細野晴臣デビュー50周年記念展『細野観光1969 – 2019』が同じ建物のなかで行われていたのは印象的でした。

アジア全体では、香港がカルチャーのハブのような役割を果たしてきたのですが、最近は香港の状況が良くないため、新たな拠点になる都市を探そうとマーケットが動いている気がします。ソウルも、東京も、ジャカルタも、クアランプールもすべて候補だといえますね。

JINBO the SuperFreak: アジアの音楽シーンを表彰する『Mnet Asian Music Awards』の審査員としていろんな国へ行き、現地のポピュラー音楽を聴いているのですが、それぞれの国の個性に合うジャンルが発達していてとても興味深いですね。中国はバラード、タイやインドネシアではヒップホップがいい感じでした。

これからは現地のアーティストとのコラボレーションなど、いろんな国のシーンに溶け込んでいくのもおもしろそうです。子どものころフィリピンに住んでいた縁もあって、来年は東南アジア圏でプロデューサー、アーティストとして活動してみたいです。このような考えを持っているのはぼくだけじゃないと思いますね。

Lee SoSo:イラストレーションのイベントで出会った台湾の作家・ivory hoがとても気になっています。彼女の作品がきっかけで台湾に興味を持ち、実際に旅行にも行ってきました。

アジアのいろんな国々でも素敵なアーティストが次々と登場しているので、これからはアジアの他国の流れにももっと注目してみたいですね。

Mmm Records
新住所: ソウル特別市龍山区雩祀壇路10キル145
旧住所: ソウル特別市龍山区漢南洞620-152
営業時間: 月曜〜木曜 15:00~24:00、金曜 15:00~25:00 土曜 12:00~25:00、日曜 12:00~24:00
定休日: 無休
電話番号: 070-4001-0625
最寄り駅: 梨泰院駅
Facebook: http://www.facebook.com/mmmrecords.seoul
プロフィール
Lee SoSo

アメリカのレトロなスタイルをコンセプトにセレクトした雑貨、玩具、ヴィンテージブックを取り扱うライフスタイルショップ『ネオンムーン』、オリジナルアパレルブランドを取り扱う『ネオンムーンナイト』の代表兼アートディレクター。1970〜80年代のレトロムードに憧れながら、いつも面白いことを夢見る。

Jeon Woochi

雑誌『The Bling』『MAPS』『ELOQUENCE』の編集長を経て、アート、デザイン、建築、ファッション、音楽、旅行などの分野を得意とするクリエイティブカンパニー・TEAM ELOQUENCEを設立。現在まで『ELOQUENCE Magazine』『FOOD LAB』『DESIGN SCHOOL』『MMM RECORDS』『STEAK VIDEO』などといったプロジェクトを立ち上げと共に運営し、また企業はもちろん公共機関や芸術関連団体まで、さまざまなパートナーと共に実験的なプロジェクトを手掛ける。

JINBO the SuperFreak

ヒップホップ、R&B、ネオソウルをベースにしたシンガーソングライター兼プロデューサー。2005年、EP 『Call My Name』でデビュー。多くのヒップホップミュージシャンたちとコラボレーションや、各種CMソング、BTS(防弾少年団)、BoA、Red Velvetなど、多くのアーティストとの音楽制作でマルチに活躍する。



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