今の香港を描く、5人の新世代イラストレーター紹介

いまの香港で活躍する、若い世代のイラストレーターたちを一言で表すとするなら「多様性」というキーワードがあげられるでしょう。今回紹介するのは、ONION PETERMAN、Brainrental、Rex Koo、門小雷(Little Thunder/リトルサンダー)、麥東記という5名の香港人イラストレーター。 彼・彼女らは、いずれも独自の個性の持ち主で、そのイラストを通して感じる香港の姿も多種多様。この都市にはどれだけ違う一面があるのかと思い知らされます。彼・彼女らが描く、リアルで繊細な香港をどうぞ。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

こだわりのシルクプリントで、日常や旅の風景を切り取る - ONION PETERMAN

ONION PETERMANは、1990年生まれの20代のイラストレーター。2012年に香港浸会大学視覚芸術院を卒業後、2018年に個人の出版社兼スタジオ「Dry Run Press」を設立。ここでイラストをシルクプリントしたZINEを出版したことがブレイクのきっかけになりました。

彼女がシルクプリントで制作するZINEは、日常の些細な出来事や旅行中のエピソードをモチーフに、ときおりクスッとさせるブラックユーモアも含んだイラストで構成されています。

Onion Petermanは、シルクプリントに強いこだわりを持っており、ラフの書き起こし、色の選定、感光処理、プリント、装丁まで、すべての工程を自ら手がけています。

シルクプリントの技法の話になると、彼女の言葉は熱を帯びます。色の組み合わせ、重ね方、紙の選定……。制作の失敗談を楽しそうに語る姿からは、彼女の情熱が存分に伝わってきます。

シルクプリント独特の味わいを思い存分楽しんでいるONION PETERMAN。だからこそ、この軽やかで伸びやかなイラストが生まれるのかもしれません。

社会の隅々を見通す、ユーモラスなアート集団 - Brainrental

Brainrentalは、同じ大学でプロダクトデザインを学んだ三人組によるアートユニットで、2012年に結成。お互いの知識や考え方、世界観をシェアし合いながらクリエイティブを行うというコンセプトから「Brainrental=脳をレンタル」というグループ名が生まれました。 イラストレーションからペインティング、プロダクトデザインまで幅広い表現を得意としていますが、本人たちは屋外の壁に描くストリートアートがもっとも挑戦的で魅力を感じるとのこと。

インクペン 1 本だけで描くモノクロ画も彼らの大きな特徴です。非常に緻密で立体的な世界が描かれており、インパクトだけでなく、じっくり吟味できるディテールが満載。

作品は、Brainrentalのメンバーが普段感じる社会の様子がテーマとなっており、スマホをモチーフにした作品では、一日中スマホばかりを眺め、自らのリズムを狂わせた現代人を風刺しています。

また1980年代に生まれ、インターネットが普及し、世界がとてつもないスピードで変化していく様子を目の当たりにしてきた三人は、現代社会のスピード感に対して、ひと昔の時代もきちんと記録すべきだと、1980年代をテーマにした作品もつくり続けています。

作品はすべて自らの手を使ってつくることにこだわっており、2017 年に制作・展示した『HERMÈS香港空港店』のインスタレーション(実物大の紙製荷物検査機と到着情報パネル)もすべて手づくり。

このこだわりは、彼らのコンセプトである「Not Urgent(急がない)」にもつながっています。時間をかけてつくり上げたものこそ、観客も時間をかけて鑑賞してくれると信じているのです。

熱狂的な香港映画ファンが捧ぐイラスト三部作 - Rex Koo

アートディレクター / デザイナーのRex Kooは、香港映画への深い情熱で知られるクリエイター。その情熱は、彼自身の代表作となるイラスト・エッセイ集三部作、通称「迷途小書僮港產片三部曲(迷える子羊の香港映画三部作)」からもわかります。

もともとウォン・カーウァイ監督の映画『花樣年華』(2000年)のポストカードデザインを担当したり、俳優のレスリー・チャンやイーソン・チャンのアルバムカバーデザインを担当したり、香港の映画業界とは縁が深いRex Koo。

Rex Kooにとって、映画を観ることはさまざまな人生を早送りで体験するようなこと。どんなに奇想天外な設定やストーリーであっても、人生の醍醐味を凝縮して追体験できるのだそうです。

そんな大好きな香港映画をテーマにした彼の代表作「迷途小書僮港產片三部曲(迷える子羊の香港映画三部作)」は、ある映画の名セリフをタイトルにした『Only You Can Take Me取西經』、1980〜1990年代の香港映画を扱った『當年相戀意中人──港產片回憶』、映画における「死」をテーマにした『七孔流血還七孔流血死還死』の3冊。

シルクスクリーンで刷られたその作品は、映画の名シーンをオマージュするだけでなく、ユーモアや風刺をプラス。さらに昔の映画館ポスターへのオマージュとして蛍光インクを使うことによって、独特の世界感を浮かび上がらせています。

他のクリエイターと同じく、1つのスタイルに縛られたくないというRex Koo。香港映画三部作が一段落した現在、次のオリジナルシリーズに着手する予定とのことです。

現実とノスタルジーが入り交じった香港を再現 - 麥東記

10年以上のキャリアを持つイラストレーター・麥東記(DONMAK & CO.)。漫画から広告デザインまで幅広く手がける彼の作品の一番の魅力は、いまはなきノスタルジックな香港の風景を、現実と虚構が入り交じるようなタッチで描いたイラストでしょう。

麥東記が注目されはじめたのは、灣仔(ワンチャイ)の街並みを描いたイラストシリーズ。

そこには、湾仔のシンボルでもあり、2015年に取り壊されたレトロビル・同德大押(トンターポーン)や、2009 年にリノベーションされた飲茶の老舗・龍門大酒樓(ロンメンダイシュウロー)、高級マンションが立ち並ぶ前の灣仔街市(ワンチャイマーケット)など、香港人にとってはかけがえのない街の記憶が描かれていました。

麥東記は香港の街を描く際、街の空気感や特徴をイラストに取り込むため、しっかりとフィールドワークを行うといいます。

そんなフィールドワークの成果が感じられるのが、深水埗(シャムスイポー)にあるゲストハウス『wontonmeen(ワントンミン)』のウェブサイトを飾る巨大なイラスト。

手描きのペンキ看板、独特な模様のベランダのフェンス、気ままに暮らす野良猫に、自転車に乗っているゲストハウスのオーナー、その他諸々……。

それらをまるっと一枚に落とし込んだイラストは、深水埗に一度でも行ったことのある人なら、街の空気を一瞬で思い出すようなもの。賑やかで古き香港の良さが残っている深水埗は、麥東記のお気に入りの街でもあるのです。

2016年に開催した初の個展『香港轉角』では、1990年代の移民ラッシュ、2000年代の社会運動など、1960年代から今日までの香港の代表的な出来事と、当時の街並みを6枚のイラストに描きました。

扱っている題材は過去に起こった大きな出来事ですが、それを淡々とした筆使いで描くからこそ、観る者それぞれの思い出を重ね合わるスキマが生まれ、日常の一コマのような妙なリアリティーを感じさせるのかもしれません。

ノスタルジックな香港の街並みをイラストで追体験したいなら、麥東記の作品は外せません。

10代でプロ漫画家デビュー。人の心を動かすスパイスの効いたイラストが魅力 - 門小雷(Little Thunder)  

水墨画家の父と美術教師の母を持つ、人気のイラストレーター / 漫画家・門小雷(Little Thunder/リトルサンダー)。8歳のとき、学校のノートに最初の漫画を描き、16歳でプロの漫画家としてデビュー。さまざまな作品を発表した後、現在はフリーのイラストレーターとして、ブランド広告からウェブメディア、雑誌に至るまで、幅広いシーンで活躍しています。

プロデビューが早かった門小雷は、長編・短編合わせて、すでに50以上の漫画作品を発表。2010年〜2012年にフランスで出版した漫画三部作『KYLOOE』では、「第 40 回アングレーム国際漫画祭」に初の中華系漫画家としても招待されました。

すでにさまざまな分野で評価されている門小雷。しかし彼女の本当の魅力を最も堪能できる作品は、彼女が自費出版しているZINEや作品集にあります。

門小雷の最新作は『THE BLISTER EXISTS』と『#Me』。『The Blister Exists』は、彼女の趣味でもあるポールダンスの動きを分解して描いたイラスト集、『#Me』は44人の女の子の日常生活を描いたイラスト集です。

いずれもそこに描かれる女の子は、セクシーな可愛さがありながら、少しふくよかな体型が特徴。またいずれも吸い込まれそうな、自信のあるまっすぐな目線をしています。これは門小雷の理想の女性像でもあり、彼女の哲学が潜んでいるそうです。

ZINEに描かれるイラストは、シリアス系、恋愛系、ファンタジー系などさまざま。子どもの頃に見た奇妙な夢のシーンなど、パーソナルな一面も描かれており、いずれにしても常に人の心を動かす力を持っています。 Instagramでは約50万人(2019年7月現在)のフォロワーを持つ彼女。ZINEの新刊は、出版してすぐ売り切れてしまうほどの人気っぶり。今後の活動もますます目が離せないでしょう。



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