北九州の『照寿司』から学ぶ、田舎の個人店に世界から人が集まるワケ 後編

独創性溢れる「寿司のエンターテイナーショー」を繰り広げる、北九州・戸畑の老舗『照寿司』。その評判がここ2〜3年で関西・関東に広がり、Instagramでもハッシュタグ「#sushibae」とともに大将の決めポーズが世界中に拡散している。前編では街場の老舗寿司店が国際的人気を博すまでのサクセスストーリーを紐解いたが、後編では、『照寿司』の真骨頂・寿司のショータイムを実体験してみる。史上最強の“照寿司劇場”、とくとご覧あれ!

>前編はこちらから

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

世界から注目を浴びる“小倉の寿司”

まず、北九州の寿司文化について触れておきたい。

北九州には独自性の強い「小倉前寿司」がある。地元で獲れた白身魚や貝類の繊細な旨味を生かすべく、煮切り醤油を使わず、塩やすだちで鮮魚の甘みと旨味を引き出す「小倉前」「九州前」と呼ばれる寿司だ。醤油やツメ(とろみのあるタレ)でいただく「江戸前寿司」とは一線を画す手法と言える。

この小倉前寿司を考案したのが1939年創業の老舗『天寿し』で、北九州の寿司を語る上で欠かせない存在であり、全国で名を馳せる名店だ。60余年前に「小倉前寿司」で寿司業界に新風を吹き込み、今では東京の寿司屋でも「小倉前」の手法を取り入れるケースも多々ある。

そんな『天寿し』の2代目・天野功さんと、『照寿司』の3代目・渡邉貴義さんが、2018年7月に揃って北九州市役所の観光大使に任命された。それぞれが観光名所化するほどオンリーワンの存在感を放ち、他県からも人を呼び多くの人に与えているその影響力を高く評価されたのだろう。

ちなみに二人は公私ともに親交があり、巷ではペアになった姿を“天照(アマテラス)”と呼んでいるよう。左が『天寿し』大将・天野さん、右が『照寿司』大将・渡邉さん。

豪華絢爛『照寿司』フルコースの幕開け

小倉前を生み出した『天寿し』が“TRADITIONAL STYLE”だとしたら、寿司を食べる時間をショータイムにする『照寿司』は、“NEW SCHOOL”(=新しいスタイル)だと、渡邉さんは語る。

とはいえ、渡邉さんが昔ながらの寿司スタイルに強く敬意を払っているのも事実。「うちのシャリは“OLD SCHOOL”ですから」と、江戸前寿司の伝統のシャリ形式を採用。55年来の付き合いという地元の醤油屋から仕入れた粕酢(赤酢)を使い、香り豊かでまろやかな褐色のシャリで握る。

さあ、OLD&NEWの化学反応が炸裂する『照寿司』の3万円フルコースをいただくことにしよう。

1品目:ウニ

のっけから、北九州・藍島で今朝獲れたばかりの赤ウニが登場。朝厨房で渡邉さんが丁寧に仕込んでいたのはこれだ。『照寿司』では赤ウニを殻のまま提供し、さらに山口県・下関の塩水ウニを加え、粒が溢れんばかりの贅沢な一皿に昇華させる。大粒のウニが舌の上でとろけ、とにかく甘い。こうも美味しいと、目をとじてしばらく感動に浸っていたくなる……。殻の棘は細胞がまだ生きているゆえ、触れるとジワッと棘が動く。朝獲れの新鮮な証拠だ。

2品目:カボス蟹

大分県・中津産渡り蟹を生のまま、シンプルにいただく。香り付けに大分産のカボスを絞り、お好みで塩を少々。料理酒や調味料で下味を付けたのかと思うほど、蟹のしっかりとした濃厚な旨味を味わえる。カボスの香りで後口は爽やか。

3品目:鰹のたたき

「本当に旨いんだから、豪勢に食べてもらわないと」と鹿児島県産の鰹を、ブリッと大胆な厚さで提供。鰹のたたきの上には、神奈川県産の希少なトリュフが乗る。鰹は箸でスッと切れるほど柔らかく、しなやかな舌触り。炙りの香ばしさに隠し味のオニオンソースが相まって、不思議とステーキを味わっているような感覚だ。

「魅せる」ことで、食時間を夢中にさせる

突如、カウンター越しに25kgほどの巨大なクエが現れた。

隣に座っていた香港から来たお客さんも「Oh my god〜」と感嘆の表情を隠せない。これこそ、『照寿司』のユニークな部分だ。最高の食材を使った逸品、変化球のアプローチ、そして場を盛り上げるパフォーマンス。全方位の“魅せる”仕掛けによって、食事の時間がショータイムと化し、客の心を掴み、夢中にさせる。

4品目:クエ

長崎県・五島で獲れた「幻の高級魚」だ。『照寿司』ではクエを10日間熟成させて、ぷりっぷりの食感と脂の旨味を最大限に引き出す。創業時から使用している「八幡くろがね調味」の甘めの刺身醤油と、清涼感たっぷりのシソの花と一緒に。

5品目:海苔グロ

脂が乗ったノドグロ(赤鯥)を有明海の海苔で包んだ握り寿司。ノドグロはほろりと柔らかく、「ジューシー」と表現したいほど旨味に溢れた美味しさ。「ノドグロに海苔をまいて『海苔グロ』です!」と真顔でぴしゃり言い放つ大将のセンスもイカしてる。

大胆な演出に忍ばせた「産地への恩返し」。

渡邉さんが提供する一品一品には、「産地への恩返し」の思いが込められていると話す。

「魚屋や漁師の知識には到底勝てないですから、そこはとことん教わっています。漁師から育ててもらってるし、流通の活性化という意味で我々も漁師を育てたい。だから、魚屋や漁師は、取引先という関係だけではなく、切磋琢磨しあえる仲間ですよね」

だからこそ、人々がワッと驚くパフォーマンスや、他では見られないユーモア満点の見せ方で、地元の優れた食材を一人でも多くの人に知ってもらう。これが渡邉さん流の産地への恩返しだ。

6品目:ハーモニー

コース中2回目の登場となるウニ料理。パリッと揚げた大分県・中津産ハモの天ぷらの上に、繊細な口当たりの藍島産ウニが鎮座。これでもかと言わんばかりに、大粒のウニが盛られた贅沢さにパンチを喰らうが、噛むほどにハモとウニが優しく混じり合い、優雅な調和にうっとり……。

7品目:朝じめの鯛の刺身

ザラッとした舌触りが心地よく、舌の上で転がしたい食感。カボスを絞ってさっぱりいただくのが正解なんだと、実感させられる。

8品目:蒸しアワビ

800gもの特大アワビを6時間じっくりボイルした一品! 表面に細やかな切り目を入れ、塩と肝ソースとともに提供する。まずは立ち込める磯の香りをスゥーッと嗅いで深呼吸。口にするとぷるんと柔らかく、芳しい風味で我々を優しく包んでくれる。

9品目:真魚鰹の西京焼き

ひらひらと舞い散る国産トリュフの下に隠れるのは、北九州産真魚鰹の西京焼き。身の甘さに西京味噌の甘味が加わり、噛むたびにトリュフの香りが楽しめる。日本酒、あるいはワインが進むのも仕方ない……!

10品目:天然の岩牡蠣

ふっくらとした天草産の岩牡蠣は、タレなどかけず、ストレートに味わう。スプーンですくい、噛んだ瞬間濃密なエキスがみるみる口の中に広がり、クリーミーな旨味にどっぷり心酔する。

“NEW SCHOOL”な照寿司スタイル!

ここでハッと、「もう10品目なのに、握りはたった1品だけ!?」という疑問が浮かんだ。けれど、そんな戸惑いを真っ向から打ち砕く言葉が渡邉さんから返ってきた。

「うちは普通の寿司屋じゃありませんからね。世間一般の当たり前のことでも、『照寿司』ではそうじゃありません。イノベーティブな寿司屋ですよ? ハッハッハ」

そして、11品目からが華々しいコース最終章の幕開けだった。

11品目:鰻バーガー

コース中のメインとなる握り寿司で、アイデアが光る逸品。まずは、入手困難な大分産天然鰻の厚みに目を奪われる。そして鰻と有明海産海苔でシャリをサンドし、バーガースタイルでガブリといただくという今までにない食べ方も面白い!

パリパリッと噛む際に音を鳴らすのは、海苔だけではない。香ばしく焼いたウナギの皮もクリスピーな食感に仕上げているのだ。タレに頼らず、純粋に国産ウナギの醍醐味を味わえるのは、実に貴重な体験だ。

12品目:鶯(うぐいす)

長崎県産の真鯖と白板昆布の握り。中央をカットし、V字ラインに粕酢飯を詰め、創造性溢れるフォルムに。こんな鯖寿司、見たことある!? 今にもさえずりそうな“鶯”を手にした光景は、まさに写真映えのワンシーン。しめ鯖とシャリが織りなす酸味×旨味の調和も存分に味わうべし。

13品目:車海老ドッグ

ジャンボサイズの車海老にシャリを詰めた寿司、名付けて「車海老ドッグ」。なるほど、ひっくり返すとホットドッグスタイルであることがわかる。ちなみに、今日の「車海老ドッグ」は藍島で獲れた子持ちの車海老を使用しているが、時には2尾重ねて提供することもあるという。

14品目:イカジュース

「ワンバイト(一口)で食べてください」と差し出されたのは、今が旬の赤イカと山口県・下関産の塩水ウニのコンビ寿司。柔らかなイカが口の中でジュワ〜ととろけ、そのままウニとともに液体化する新食感! まさかの「ジュース」。これぞ、“NEW SCHOOL” の寿司と言わしめる一品だ。

「#これが照寿司のやり方」

さらに、15品目:アジの握り、16品目:イワシの握り、17品目:夏フグの握りと、畳み掛けるように握りのオンパレードが続く。渡邉さんは握りながら、英語でネタの産地や調理法を香港人のお客さんにも語りかける。時には真剣に、時にはジョークを挟みながら。

「High performer! High communicator!」
同席した香港人男性客がこう讃え、壮大なフルコースのショーを目を見開いて興奮していたのが印象的な一幕であった。

18品目:カマトロの握り

コースのクライマックスに、築地ナンバーワンの希少なカマトロが登場! 1貫はノーマルに、もう1貫はオニオンソースを乗せて焼肉テイストでいただく。重厚かつ鮮烈な旨味が広がる一方で、カマトロがふわりととろける感覚に、体が5cm浮くような錯覚まで体感する。

19品目:蛤の握り

これまでのダイナミックな握り連打の締めくくりに、磯の旨味が豊かな蛤の握りでさっぱりと〆。出汁で味付けした蛤は滋味深く、添えられたゆずの皮が爽やかな余韻を奏でてくれる。

20品目はクエで出汁を取ったあっさり味の留め椀。また食後のデザートも『照寿司』流のアレンジが加わり、卵黄、メレンゲ、すり身を混ぜ込んで焼き上げた「卵焼き」は、カステラのようにふわふわの食感! 20品以上にも及ぶコースは、華麗に、そして心穏やかにフィニッシュした。

遊び心溢れるアイデアと、素材の味を強調した繊細な仕事に、ただただ感動するばかり。海産物のクオリティーの高さを、「味」からだけではなく「見た目」からもまざまざと体感し、そのインパクトは後日経った今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。

現在、渡邉さんの元へ、県外や海外からポップアップイベントのオファーが絶え間なく寄せられているそうだ。この2〜3年の間で時代の寵児となった一方、意外にも渡邉さん自身は今の立ち位置を冷静かつ実直に受け止めていた。

「“盤石の布陣”として、ずっと地元で世界に向けて挑戦し続けますよ。自分がスターシェフになることで、寿司職人の地位向上を高めて、地元の食材も広められたら本望。だからこそ、これからも寿司の力を信じて、まだ誰もなし得てないことにチャレンジしていきたいです」

取材班の隣でフルコースを堪能した香港のお客さんは、最後に渡邉さんと記念撮影をし、「This is best! 寿司レストラン of my life!!」と熱い言葉を残して去っていった。

寿司業界の異端児・渡邉貴義さんによる変革で、話題を呼ぶ『照寿司』。今日もここでしか味わえない九州・山口の極上の寿司とパフォーマンスショーを体感しに、世界各国からはるばる北九州に人々が集まる。

まさにこの現象を一言に集約すると、「#これが照寿司のやり方」なのだ。

照寿司
住所:福岡県北九州市戸畑区菅原3-1-7
電話番号:090-9567-2202(当日予約用)
営業時間:12:00~14:00、17:30~20:00、20:15~
定休日:不定休
URL:http://terusushi.jp
https://www.instagram.com/teruzushi/
※完全予約制(下記URLより予約)
https://www.omakase-japan.jp/stores/43953
https://pocket-concierge.jp/ja/restaurants/244263


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