「飲む」ことの専門店? 宜野湾市嘉数エリアから生まれる、新たな沖縄。その1.『LIQUID』

いくら沖縄好きの旅行者でも、「宜野湾市嘉数(かかず)」と聞いてすぐにピンとくる人は多くはないだろう。ここは米軍基地のそば、外人住宅が立ち並ぶある意味で「沖縄らしい」このエリア。この場所で、酵母パンの店『宗像堂』が灯し続けた小さなが灯りが、キラリキラリと、瞬き始めた。その輝きのひとつ、2017年7月にオープンした「飲む」という行為に特化した店『LIQUID(リキッド)』を訪ねた。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

今までお店が寄り付かなかった嘉数(かかず)エリア

沖縄県の中部、人通りも多いとは言えない住宅街の一角に、「飲む」ことの専門店がオープンした。なぜこんな場所に? しかもちょっと耳慣れないコンセプトで。実を言うとこの「宜野湾市嘉数」というエリアは、僕が暮らしている場所でもある。

海に向けて緩やかな傾斜が続く外人住宅が立ち並ぶ町。傍らに流れる比屋良川(ひやらがわ)は海へと続き、家々の境界を緑が柔らかく区切っている。宜野湾市は沖縄県内ではいわゆる都会的なエリアのひとつと認知されているが、ここ嘉数(かかず)は自然に包まれた緩やかな空気を纏っている。それでいて沖縄自動車道の出入り口も近いので県内各地へのアクセスも良く、そんな利便性と自然との距離の近さを僕は気に入っている。

もちろん「宜野湾市嘉数」が持つ顔はそれだけではない。今でこそ穏やかな空気を纏うこの街の傾斜は、かつて沖縄戦最大級の戦闘のひとつといわれた「嘉数の戦い」の舞台であり、普天間基地を持つ「基地の街」でもある。だからこそ軍関係者が居住した「外人住宅」が立ち並んでいるわけだし、今でも空を見上げればヘリが飛び、丘の上にある「嘉数高台公園」には慰霊の碑が建てられている。そういう意味でも「沖縄らしい」エリアと言え、僕たちはこの場所で暮らすうえで、そういうことを忘れずにいなければいけない、と思っている。

もともと、外人住宅の立ち並ぶ「住宅街」だから、お店などなかったこの場所に、天然酵母パンのお店『宗像堂』ができたのが10数年前のこと。以来この店は全国からパン好きが訪れる人気店になったわけだけれど、『宗像堂』以外、周囲にお店が増えることはあまりなかったように思う。この場所で商売をしようと考える人が少なかったのは、もしかしたらこの場所の歴史が関係していたのかもしれない。だけど時間が許してくれたのか、人々の努力なのか、その実は僕にはわからないけれど、いま、少しずつその空気が変わり始めている。

体験を通して、モノを売る店『LIQUID』

そんなことを感じさせてくれたお店のひとつが、さきほどの「飲む」行為にスポットをあてたお店『LIQUID』だ。『宗像堂』のすぐ裏、居住者以外は通らないような裏路地の、そのまた奥に、ぽっかりとひらけた少し広めの庭。そこに佇むグレーの外人住宅が『LIQUID』で、ドアを開けるとテーブルが4つほど、窓辺にいくつかの器が静かに並んでいる。

ここ沖縄でもセンスの良い店、スタイリッシュで都会的な店が増えてきているけど、その中でもこの店はひときわ洗練されているように感じる。そこに置かれたものひとつひとつが物語を纏い、独特の佇まいを見せている。だからと言って、来客がちょっと身構えてしまうような敷居の高い雰囲気になっていないのは、やわらかな表情が印象的なオーナーの村上純司さんの持つ空気のせいなのだろうと思う。

「元々、前職でお店作りや、商品開発のコーディネートをしていたんです。その中で、実体験以上の商品のプレゼンってないな、って思っていて。それで体験を通して道具の魅力を発信していく、そんなお店をやりたいと思ったんです」 と、村上さん話す。

店内には彼の審美眼によって選ばれた、沖縄も含めて日本で生まれたモノ、海外から日本にたどり着いたモノ、一部古道具も含め「飲む」をキーワードに集められた器やアイテムが並んでいる。

話をしながら村上さんが、作家・イイホシユミコさんのウォーターグラスで出してくれたのが「スパークリング グリーンティー」。これは、静岡県牧之原市にある「カネジュウ農園」の柚子煎茶をトニックウォーターで割ったもの。グラスの美しさと、煎茶をトニックウォーターで飲むという新鮮さ、そしてほのかな苦味と甘味が同居し、複雑だけどゴクゴクと飲み干してしまいたくなる爽やかな味わいに驚かされる。

思わず、なぜこのドリンクが生まれたのか。その「理由」を尋ねずにはいられない。そして会話が生まれる。そして村上さんはこういう。

「商品の販売において、技術や完成までのプロセスは説明されるようになったけど、使うという部分の説明がまだ足りていない気がしたんです。それが売り手である自分にできることなんじゃないかって。この店で販売しているものは、すべて使うことができて、そして“飲む”という行為で体験できるんです」

人と人のコミュニケーションの間にある、「飲む」という行為

村上さんは、これまでの仕事でお店作りや、モノを評価、選ぶ仕事に携わり、伝統文化やより良いデザインを求めて日本中を歩き回ってきた。工芸についてはとにかく好きで、気になる作り手がいれば日本全国足を運び、気に入ったら作品を買う。そうやって少しずつ築いてきた人脈もあって、沖縄の大嶺實清、ババグーリ、イイホシユミコや東屋の暮らしの道具、そして土器や石川県の我谷盆まで、陶器に興味のある人なら誰もが聞いたことがあるであろう、有名作家から民具、古道具までが揃う。

モノのセレクト基準は、村上さん曰く「価格面や使いやすさ、オリジナリティなど、ひとがモノを選ぶ時のいろいろな価値基準の中で、自分が“いいでしょ?”と貫き通せるもの」だという。もしかしたら都会と違って周囲に店が少ないから、小さな商圏で商品がバッティングすることがないので、あらゆるモノを集められる、ということもあるのかもしれない。ただ、これだけのものを一堂に見られるお店は、沖縄はもとより、日本中を探してもなかなか無いと思う。

「初めましての人に、まずはお茶を出すし、ちょっと休憩といってお茶やコーヒーを飲みにいったり、より関係を深めるためにお酒を飲みにいったりする。人と人との間には必ず“飲む”っていう行為があるなと思ったんです。元々、専門性のあるお店にしたいという思いもあったので、思い切って“飲む”に特化することにしたんですよね」と村上さんはいう。

そして店内のモノは、実際に自分が好きで選び使ってきたつくり手の作品ばかりだから、どれをとっても村上さんは溢れるようにその物語を語ってくれる。

「このポットはババグーリのもので、マンゴーの型を取り、そこに機能を加えて作っている----。こちらは赤木明人さんの弟子で杉田明彦さんのもの。アンティークの鉄や磨かれた石が好きな人で、その表情を漆で表現したい、と作ったもの----。どんなに荒く使っても傷がついたように見えないし、鉄は重いし上手に使わないと錆びる、それを漆でアップデートしているのがすばらしいと思うんです----」などなど、1つのモノについて聞けば聞くほど、会話が弾んでいく。

そんな話をしながら村上さんが用意してくれたのは、よく冷えたTIME & STYLEのワイングラスと、杉田明彦さんの漆の椀に氷を敷き詰め、その上には、TIME & STYLEのピッチャーにコーヒー。その傍らに、程よくトーストされた『宗像堂』のパン。このアイデアは、村上さんが過去に1年ほど勤めた旅館の「冷酒」の出し方にヒントを得たという『LIQUID』流のアイスコーヒースタイル。ちょっとびっくりするけれど、その体験が記憶に残り、また会話が生まれる。

情報を発信する場としての「沖縄」価値

もともと村上さんが、ここ嘉数の地にお店を持とうと思ったのも、仕事で出会った漆器の作家を訪ねたことがきっかけで、その作家に『宗像堂』を紹介されたという。

そして『宗像堂』の宗像夫妻と出会い、彼らの小麦畑の作業を手伝うなど親交を深めるうち、宗像さんに紹介してもらったのがこの物件。実は沖縄の移住を決める際に、別の場所にも決まりかけていたというが、都会的な場所よりも、ちょっと静かで沖縄らしいこの場所を選ぶことにしたという。

そんな『LIQUID』のすぐそばには『宗像堂』と共に作られた、新しい「場」もオープンしたばかり。村上さんは少しずつお店が増え始めたこのエリアを、『カカズヴィレッジ』と名付けた仕掛け人でもあるが、それについてはまた改めて紹介したい。

お店ができることで、場所に名前がついたことで、人の集まる気配が生まれた嘉数。僕もこのエリアに暮らすもののひとりとして、その変化を楽しみたいと思っている。

LIQUID
住所:
沖縄県宜野湾市嘉数1-20-17 No.030
営業時間:10:00~18:00
定休日:火、水、木、金曜日
電話番号:098-894-8118
駐車場:あり
Webサイト:http://www.liquid.okinawa
プロフィール
セソコマサユキ

編集者・ライター。雑誌『カメラ日和』『自休自足』の編集者を経て、「手紙社」にて書籍の編集、イベントの企画&運営などを手がける。2012年、沖縄への移住を機に独立。著書に「あたらしい沖縄旅行」「あたらしい離島旅行」がある。



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