アンドレアス・ジョンセン監督インタビュー

街の至るところで見かける、壁に描かれた色とりどりのイラストや文字。スプレーやマーカーなどで描かれたそれは、「グラフィティ」と呼ばれる。誕生から30年以上の歴史を持つグラフィティという表現は、今日ではさまざまな進化を遂げ、衝撃的な作品がいくつも生み出されている。このインタビューでは、現在活躍するグラフィティアーティストたちの活動を追い、シーンの魅力にせまったドキュメンタリー『インサイド/アウトサイド』の監督アンドレアス・ジョンセン氏にお話をうかがった。グラフィティアーティストたちの情熱に突き動かされ、可能性を信じてきた監督の言葉は、これまでのアート観に強烈な疑義を投げつける力を持っていた。

グラフィティアーティストは、いつもベストを尽くします

―映画に登場するアーティストたちの作品は、どれも感動的なグラフィティばかりで、楽しんで見させていただきました。グラフィティが生まれて30年以上経ちますが、なぜ今、グラフィティについての映画を撮られたんでしょうか?

『インサイド/アウトサイド』より

アンドレアス:グラフィティは、おっしゃるように60,70年代にニューヨークで生まれた文化です。現在は、アブストラクトなものやインスタレーションなども登場するなど、非常に変化を遂げて、なにをやってもかまわないようになりました。ですが、そうした文化を記録したものは82年の『スタイル・ウォーズ』以来なかったんです。私はこの映画を子どもの頃に見ましたが、そこには非常にピュアなグラフィティが描かれています。そこでこの作品では、発展を遂げたのちのグラフィティシーンについて描こうと思ったんです。

―映画の中で、「グラフィティがアートである必要はあるのか?」と発言しているアーティストがいました。このように、グラフィティについてはさまざまな立場が存在します。監督自身は映画を撮る前と後で、グラフィティについての考えに変化はありましたか?

アンドレアス:変化はないです。私自身、87年からニューヨークやヨーロッパでストリートアート、グラフィティを追っていますが、それらをアートととらえるかどうかは、人によりけりでいいと思います。作品がコンセプチュアルなものもあれば、名前を描いただけのものもある。しかし、名前だけのものがアートではないかというとそうではないし、いずれにせよクリエイティブな作業だと思います。

―監督が、いまおっしゃったように20年近くシーンを追い続けているわけですが、グラフィティの持つ変わらぬ魅力とはなんでしょうか?

アンドレアス・ジョンセンインタビュー

アンドレアス:一言でいえば、アーティストたちが衝動にかられて心から表現をしているところです。彼らの多くは金銭的な見返りを期待しないどころか、身の危険をおかして夜中に電車の車庫のまわりをうろうろしたりして制作をし、人々にアートを提供している姿勢を、私は美しいと感じます。もうひとつ、この社会に住む者として、彼らから学ぶことが多いことです。今の社会は、誰かが何かをしてもらおうとすると、すぐにじゃあいくら出すの? となるわけですよね。彼らの表現にはそれがない。表現はつねに評価の対象になるから、彼らは100パーセントベストを尽くします。もし雇われて仕事をするならば、もしかすると8割の力で仕事をするかもしれませんが、ストリートではそれがないんです。

―たしかに、見ているうちに自分でもなにかしたい! という思いに突き動かされます。ただ、その表現したい衝動に加えてもうひとつ、「社会への反抗」という要素もあるかなと思いましたが?

アンドレアス:そうですね。小さく名前をかくだけでも、そもそも違法行為なので、大多数の人々とはちがうんだぞ、という反抗の行為になっていますね。それは都市環境における広告との競争ともいえると思います。

グラフィティシーンの多様性を描きました

―映画には魅力的なアーティストたち、たとえば「クリンク」というアブストラクトな魅力がある作品をつくるKRや、合気道的手法と自らが呼ぶ方法を駆使するゼウス、などが登場します。彼らとは、どのようなきっかけで知り合ったのでしょうか?

『インサイド/アウトサイド』より

アンドレアス:実際に撮影を始める前に、集中的なリサーチをしました。当初は12名を取材していましたが、編集の段階で人数を減らすことに決めました。作品の目的は、ストリートアートやグラフィティシーンの多様性を描くことです。KRとゼウスは、もともと彼らの作品や存在を知っていました。96年に、サンフランシスコに住んでいるトゥイストというアーティストと知り合いだったのですが、当時彼とKRはパートナーだったため、作品は知っていました。彼の「クリンク」スタイルの発展もフォローしていたんです。ゼウスの作品については、私自身がパリに行った際や、知人を通じて知っていました。

とはいえ、個人的には彼らを知らないし、インタビューや映画の経験はなかったから、出演の説得は非常に困難でした。私は、自分の過去の作品を見せることで説得しました。完成した作品を見せたら、非常に喜んでくれましたよ。

―ゼウスが、「レーザーグラフィティ」という手法で制作しているとき、通りすがりの老夫婦が彼に自然な調子で声をかける場面がありますね。日本では、ああいった形でアーティストと一般の方が会話することは起こりにくいので、非常に新鮮に感じ、うらやましく思いました。

アンドレアス:非常に美しいシーンですよね。老夫婦はあの建物の住民だったのですが、何してるの?という感じで気軽に声をかけてきたんです。彼らはとてもオープンに作品について話し合っていましたね。

―アーティストが自分の立場や作品について、論理的に説明できているところが面白かったです。

アンドレアス:アーティストたちは一定以上のステージにいる人たちですし、ストリートアートというゲームの中に非常に長く身を置いてきた人たちなので、自分のやっていることに関しては非常によくわかっていますね。

偏った見方をせず、自分の意見を持ってほしい

―映画では、グラフィティをよしとするおもにアーティストたちによる意見と、公共物を汚すから悪いのだという意見が、両方示されていました。もちろん一般的にはグラフィティは違法なわけですが、ああいった構成にしたのはなぜですか?

『インサイド/アウトサイド』より

アンドレアス:構成は意図的です。警察に代表されるグラフィティに反対する人物を、悪者には見せず、同等に扱いたかった。なぜなら、グラフィティについて観客が偏った見方をせず、自分の意見を持ってほしいからです。そしてできれば、グラフィティシーンについてより好奇心をもってもらいたい、という願いをこめてつくっています。

―グラフィティはヒップホップの四大要素(他はMC,DJ、ブレイクダンス)の一つとして語られることもありますが、他の要素をほとんど取り上げなかったのはなぜですか?

アンドレアス:まず最初に、この映画はヒップホップの映画ではないわけです。確かに、グラフィティはヒップホップのひとつの要素ではありますが、それ自体で自立して発展した文化だと思っています。さらに言えば、ヒップホップの中でもアウトサイダーな文化ではないかと思います。より具体的には、真実でインディペンデントなものであると。ヒップホップの他の要素が商業化されてしまっているのにくらべ、グラフィティは一部でそういったことはあるけれども、多国籍企業にビジネスにされたりファッションに流れたりせず、独自の発展をしています。もちろんヒップホップの要素として取り上げることもできたでしょうが、まったくちがった映画になっただろうし、深くグラフィティを掘り下げれらなかったと思います。とはいえ、映画の中でTHA BLUE HERBやShing02などのヒップホップアーティストの音楽は使っています。

―日本のヒップホップアーティストやグラフィティの方で注目している方はいらっしゃいますか?

アンドレアス:私が02年にとった『ストック・タウン』という作品に出てくるK6(ケイロク)というグラフィティライターや、ジェズ(zys)というタグのアーティストなどですね。二人ともとても強力です。ミュージシャンではShing02やまたDJ DOLBEE(ドルビー)、DJK1(ケイワン)、DJ YOGURT(ヨーグルト)、DJ KENSEI(ケンセイ)といった方々ですね。彼らとは日本の滞在中に会うと思います。

人々はよりオープンになっていくと思います

―世界各国、または東京にも「リーガル・ウォール」という、合法でグラフィティを描くことができる壁がありますが、否定的な意見をお持ちですか?

アンドレアス・ジョンセンインタビュー

アンドレアス:いいえ。ある意味で、「リーガル・ウォール」ができたのは自然な流れです。アーティストがイリーガルな場所で描いているのと同じように、リーガルな場所で描いていてもリスペクトします。どれだけ情熱を持って描いているかが大事なんです。また、別の考え方をすれば、「リーガル・ウォール」に作品を残す行為は、社会という敵に向かっていくのではなくて、敵のウラをかく形で社会をバカにできているのかなという気もします。

―難しい質問ですが、これまで出会った中で最も感動したグラフィティ作品とはなんでしょうか?

アンドレアス:それは私の住むコペンハーゲンにある作品です。とあるアーティストが2年間をかけて、ビックバンから氷河期にいたり動物があらわれ、といった地球の歴史を描いたんです。それは縦5メートル横200メートルにわたるもので、前人未踏のマスターピースですね。ちなみにそれは「リーガル・ウォール」に描かれましたが、情熱にあふれた最もリスペクトすべき作品です。この作品はすべての人たちを楽しませ、9年間まったく誰も手を付けずにきちっと保存されていました。

―きっと圧倒される作品でしょうね。ぜひ見てみたいです。

『インサイド/アウトサイド』より

アンドレアス:よろしければ撮影した画像をEメールでお送りしますよ(笑)。それからもう一つ、もともとクラシックな表現をしていたアーティストが、時代とともに作品を変化させ、よりオープンになっていく姿勢にもとても惹かれます。地下鉄でパフォーマンスをするのをビデオにおさめることや、インスタレーションを作ることも、ここは自分たちの場所であるということを主張する意味でひとつのグラフィティだと言え、ヨーロッパでとても発展しています。

―今後のグラフィティシーンには、どのような未来が待っているとお考えですか?

アンドレアス:人々はよりオープンになっていくと思います。たとえば映画に出てくるアダムスとイッツオーは、名前を描くという行為を発展させ、家をつくっていますよね。また、より政治的になると思います。

―政治的といいますと?

アンドレアス:ヨーロッパでは、ストリートアーティストは低年齢化していて、世の中に対する思いや政治的なメッセージを壁に描いていますが、そういったことです。

―映像の作り方についてもお聞きしたいのですが、編集のリズムがとてもいいですね。細かいカットがテンポよくつながり、見ていてワクワクしました。また、夜の暗闇に浮かび上がる原色といったように、とても素晴らしい色づかいだと思いましたが、こういった魅力は意識して作られたのでしょうか?

アンドレアス:ありがとうございます。ひとつのシーンをほかのシーンと区別するために、色合いには気を使いました。現場でホワイトバランスを調整しながら撮影したり、編集の際に色調の補正をしています。

―最後に、この作品について、なにかメッセージがあれば教えてください。また、次回作についてもお聞きしたいです。

アンドレアス:まずメッセージですが、映画を見ることでオープンな考えを持ち、これまで以上に活発な好奇心をもってほしいと思います。次回作については、まだ秘密です!

グラフィティ (graffiti) とは?
スプレーやフェルトペンなどを使い、壁などに描かれた絵・文字のこと。グラフィティを描く者を、ライター (writer) やペインター (painter) などと呼ぶ。もともとはニューヨークで、スプレーやフェルトペンなどを使い壁や電車などに落書きをすることから始まった。一般にも知られるアーティストには、キース・ヘリングやジャン・ミッシェル・バスキアなどがいる。映画『ワイルド・スタイル』 (Wild Style)、『スタイル・ウォーズ』(Style Wars)などにより、その存在が世界に広まった。日本でも各地でグラフィティを見かけることができるが、神奈川県横浜市の旧東横線高島町駅・桜木町駅間の高架下が有名であった。

イベント情報
『INSIDE OUTSIDE』+“ESCAVAL”SPECIAL EXHIBITION & TALK SHOW

2008年7月27日(日)15:00~21:00(最終入場は20:30)
トークショー:OPEN 17:30 / START 18:00スタート
会場:タワーレコード渋谷B1F「STAGE ONE」
インスタレーション:ESCAVAL
トーク・ショー:荏開津広×有太マン×キャメロン・マッキーン

参加方法:
タワーレコード渋谷店、新宿店でDVD『INSIDE OUTSIDE』(限定盤/通常盤)、写真集『CONTACT』をご購入の方を対象に、先着にてイベント入場券を配布いたします。
※フリー観覧ではありません

リリース情報
『インサイド/アウトサイド』(DVD)

2008年7月4日(金)発売
監督:アンドレアス・ジョンセン
出演:ゼウス、オス・ジェメオス、スウーン、KR、イアス・ノット、ピグメウス、アダムス&イッツォ、ロン・イングリッシュ
音楽:Tha Blue Herb、Shing02、UPSETS feat ZERO、ロン・イングリッシュ、JEL
価格:限定版5,775円 通常版2,940円
2005年/デンマーク/57分+特典映像

プロフィール
アンドレアス・ジョンセン

1974年、コペンハーゲン生まれ。写真家の父の影響で、幼少期よりカメラに親しむ。1990年に初めてビデオカメラを手に入れ、映像作品を撮り始める。世界中のアンダーグラウンド・アーティストを取材したテレビシリーズ、『ストックタウン』をきっかけにドキュメンタリー・フィルムメイカーとしてのキャリアを積む。新作に、バイレファンキー・シーンのスター、Mr.Catraに密着したドキュメンタリー『Mr.Catra』や、ジャマイカのジェンダーロールとダンスホール・カルチャーについての作品『Man Ooman』などがある。現在はニカラグアの人権問題に関する作品を制作中。



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