「映像表現の可能性を求めて」諏訪敦彦インタビュー

1999年のカンヌ国際映画祭で、審査員全員一致で国際批評家連盟賞を受賞した『M/OTHER』など、フィクションとドキュメンタリーを自在に往還する作風が、国際的に認められている映画監督・諏訪敦彦。2008年からは、東京造形大学の学長に就任し、映像の教育現場にも深く入り込んでいる。本年10月31日より開催されるヨコハマ国際映像祭では、コンペティション部門の審査委員長に抜擢。狭いワクに捉われることなく、映像の持つ可能性をつねに第一線で考えつづけている氏に、映像が持つ独自の魅力について、改めてお話をうかがうことができた。

(インタビュー・テキスト:小林宏彰 撮影:井手聡太 )

大事なのは、自分の居場所から足を踏み出すこと

─諏訪さんは11月に開催されるヨコハマ国際映像祭の、作品コンペの審査員長をなさっています。コンペ部門で大賞を受賞した作品、とても面白かったです。Youtubeを巧みに使い、さまざまな出自を持つ方々が、自己紹介を他の人の口を借りて語るという作品でしたね。既成の概念にとらわれない、まさに映像ならではの表現にチャレンジしていました。

諏訪:ヨコハマ国際映像祭のコンペというのは、いわゆる映画祭のそれとは違うし、現代美術のコンペでもない。そんな中で、映像の可能性とはなんなのだろうと、審査員自身が考えながら選考しました。 いわゆる映像作家として完成度を追求したものもあり、それで高い水準に至っている作品もあった。けれど大賞を穫った作品は、この作品をきっかけに様々なことを考えることができる。それが決め手だったと思います。

─新しいことにチャレンジしようという映像作家にとって、勇気づける結果になったのでは?

「映像表現の可能性を求めて」諏訪敦彦インタビュー

諏訪:多くのコンペが、特別な能力を持った人が映画をつくるんだという意識にもとづいています。受け取る側は、ただそれを受け取る。しかし、そういう関係ではない、もっと広い可能性を、映像は元々持っていると思うんですよね。

しかし、映画業界内部で行われるコンペだと、なんとなく皆が了解してる価値観があって、これがいい、これが悪いと、ツーカーで通じてしまうところがあるんです。でも、ヨコハマ国際映像祭では、審査員同士でも前提となる価値観が全然違うので、映像ってなんだ?という根本的なところから話し合うことができた。そうした流れの中で残った作品だと思います。

ただ物が映っている、という驚きだけで、映画はできる

─今回の選考結果が、諏訪さんご自身の作品づくりに与える影響もあるんでしょうか?

諏訪:僕自身、劇映画というカテゴリーの中で活動していますが、大事なのはそのカテゴリーから出て、自分がどこに立っているか分からない場所に足を踏み出すことなんです。

現代は、ひとつひとつの世界がバラバラに分断されています。現代美術は現代美術、映画は映画、メディアアートはメディアアートと、そういう業界というか世界、枠組みはどうしてもできてしまって、お互いが関心を持たないという状況になっているのはよくない。今回の映像祭が、積極的に他ジャンルに出て行こうとする方々にとって、出会いの場所になって欲しいですね。

─映画をつくる環境も変わってきて、共同作業ではなく、ひとりでつくれるような環境も整ってきましたね。

諏訪:今回のコンペでは、映像を専門でやっていない人の作品が、もっと出てきてもよかったなと思うんです。昔、映画は、普通の人が立ち入ることができない、撮影所という特別な場所の中でつくられていました。しかし今では、誰もがつくれるものになった。ここにきて、映画が生まれた時の状況に戻ってきていると思うんです。

極端に言えば、ただ物が映っている、という驚きだけで、映画はできると思うんですね。僕自身、自分の映画の中で、よりよくコントロールされたものや計画されたものではないことをやりたいんです。映像の場合、自分の意図しない風景や音声といったものまで映り込んできてしまうわけです。それは単なるノイズではなくて、世界との対話だと思うんですよ。そういうことを可能にしてくれるから、カメラは面白い。

2/3ページ:大学で、映像の教育ってできるの?

僕に出来るのは、学生たちにとっての最初の他者になること

─諏訪さんは、母校である東京造形大学で2008年より学長をされていますね。大学で映像の教育をする上で、重視していることってなんでしょう?

諏訪:なにかを与え、教えるという関係は、教えられる学生がなにかを知らない存在で、僕がなにかを知っている存在じゃないと成立しないわけですよね。でも、そんなことは決してなくて、僕に出来るのは、学生たちの最初の他者であることなんです。君たちはなにがしたいの?やろうとしていることは、今のままでは出来ていないよ、と立ち会う他者、つまり、一つの壁になっていく。こう撮るべきだという規範は教えたくないし、ハナから無いんですよ

「映像表現の可能性を求めて」諏訪敦彦インタビュー

─それでは、諏訪さんにとっての「いい映像」の基準とは?

諏訪:謎がある、ということですね。謎を持たせようと意識して作るのって、本当は謎ではない。映像をつくった人間も、観る人間もよく分からない領域があるかどうかというのは、大事だと思うんです。

それと個人的な基準ですが、僕が映像に求めるのは、繰り返しになりますが、他者との関係なんです。ある素晴らしいクリエイターが、自分の内面を再現し、「素晴らしいでしょ?」と見せられたものを受け取り、わあすごいですね…と感動する。そういうものではなくて、「私にはこう見えるけど、あなたにはどう見える?」といった対話が可能になるような、そういう開かれ方をした作品に惹かれますね。

映画をつくるって、電話をすること

─では改めてお聞きしますが、若い世代の人に、映像をつくるうえで大切にして欲しいことはなんでしょうか?

諏訪:僕自身、若い頃に映画をつくることを必要とした時期があったんですよね。映画が大好きな人って、ちょっと語弊があるかもしれないですが、どっちかっていうと自閉的な傾向を持つわけですよ。人に会ったり、人との関係を社会の中につくりだすことって、結構怖いことなんです。もしかしたら、いきなり相手が怒り出したりするかもしれないし、現実を生きるのにはなんらかのリスクがつきまとう。

その一方で、映像に接するのって、リスクなしに世界に触れ、関係を持つことができることなんですよ。あたかも現実を体験したかのような感覚を、映像は与えてくれる。

だけど、さあ映像をつくろうという時に、一人ではどうしようもないんですね。誰かに手伝ってもらったりと、人との関係性を持ち込まないとつくっていくことができない。映画をつくるっていうのは電話することだ、と思うんです。そうやって、社会性を回復していって、人との関係性の中に映像を立ち上げていく。映像にはそういう力があるような気がするんですね。

3/3ページ:自分の気がつかないうちに不自由になってしまうことが、一番不幸なこと

映画は、恋愛や人生全体の体験を扱うことができるメディア

─映画を享受するときは一人でも、実際につくるときには、周囲の方々の協力がないとなにもできないですからね。

諏訪:それに、撮った映像をみんなで観る、ということも大事なんです。一人きりで頭の中で考えていることって他人には分からないし、触れられないけど、一緒に撮影したり、映像を見てこれはどうなんだ?ってディスカッションすると、いろんなものを共有することができる。 今の時代、自己責任、っていうことがすごく言われますよね。自分ひとりで責任をとれ、自分のことは自分で管理せよ、と。最近の学生と接していても感じるのですが、そういう状況だと、本当に人と人はバラバラになっていく。

─諏訪さんの作品では、登場人物たちが本当によくぶつかり合いますが…。

諏訪:やっぱり僕が面白いと思うことって、なにかしらの喧嘩が起きる状況を描くことなんです。一言でいえば、「全体験」。何かについて語る、ということは、ある程度言葉でできてしまうんです。けれど、恋愛だとか、生きるとかっていう人生全体の体験を、映画は扱うことができる。だから、人を強く巻き込む力がある。

別に見ていて辛くなる映画を撮りたいわけではないんですけど(笑)、あなたとわたしがこんなにも違うんだ、ということが明らかになる瞬間を描きたい。友達関係だとそこまでいかないんです。恋愛そのものを描きたいわけではなくて、人間そのものを描きたいんですよ。

気がつかないうちに不自由になってしまうことが、一番不幸なこと

─今回の映像祭では、インスタレーションなどもありますが、舞台表現などリアルな場での表現にも興味はおありですか?

諏訪:ありますね。学生を見ていると、映像表現からどんどん実際の身体を使って、なにかをやってみようという動きを感じます。カメラを通さず、自分がどんどん関係性の中に入っていこうという積極的な動きです。映像の特徴は間接性ですが、彼らはダイレクトに身体で空間や社会に関わっていくということをやっています。そうした表現をもっと見てみたいですね。

─最後に、これから表現をしていく方々に向けて、なにかメッセージをお願いします。

諏訪:とにかく、自由にやって欲しいですね。これがすごく難しいんですけど。自由って、何をやっても許されるように感じてしまいますが、実際にはなにもできないんだという不自由があることに気づきます。

でも、自由な表現が作られなくなったら、非常に未来は暗い。自由に表現することって、必ずしも楽しいことではないかもしれません。でも、もしかすると、すごく楽しいことなのかもしれない。自由な表現にチャレンジせずに、気がつかないうちに不自由な表現に陥ってしまうことが、一番不幸なことなんだと思いますね。

イベント情報
『ヨコハマ国際映像祭2009』

CREAM ヨコハマ国際映像祭2009公式サイト

2009年10月31日(土)〜11月29日(日)
会場:新港ピア、BankART Studio NYK、東京芸術大学大学院映像研究科馬車道校舎、他サテライト会場

プロフィール
諏訪敦彦

1960年生まれ。東京造形大学デザイン学科在学中に、『はなされるGANG』でぴあフィルムフェスティバル入選。卒業後、映画の現場に入りながら、テレビドキュメンタリーの演出に携わる。1996年、『2/デュオ』で長編映画監督デビュー。以降も精力的に活動し、国際的な活躍を見せる。2008年、東京造形大学の学長に就任。

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