『震える牙、震える水』長谷川健一 インタビュー

画面の中には、必要以上に文字が溢れ過ぎてはいないだろうか? 街で耳にする音楽は、画一的な感情を押し付けるものばかりになっていないだろうか? あなたが少しでもそんな風に感じているならば、長谷川健一の作品を手に取ることをお勧めしたい。京都出身のシンガーソングライター、ハセケンこと長谷川健一が、山本達久・石橋英子・船戸博史という素晴らしい音楽家と共に作り上げた新作『震える牙、震える水』には、歌詞とメロディーが作り出す確かな感動が存在している。彼の敬愛する尾崎豊やジェフ・バックリー、個人的には元syrup16gの五十嵐隆にも通じるように思う、天性の歌うたいとの出会いに感謝したい。

(インタビュー・テキスト:金子厚武)

尾崎豊との出会いから始まった、ハセケンの音楽遍歴

―まずは音楽遍歴を教えてください。ギターを持って歌うようになったのはいつからで、そのきっかけは?

長谷川:中学三年生のときに父親からガットギターを貰い、高校一年生のときにエレキギターを買いました。ちょうど尾崎豊が亡くなって、色んな特集で初めて耳にした彼の歌をすぐに好きになりました。「尾崎豊弾き語り全曲集」という本を買ってきて、それを見てコードを覚えました。それまでは小田和正、オフコースを聴いていたのですが、ギターでは全くコピーできない。父親のさだまさしの本とかも見てコピーしたのですが、あまり面白くない。やはり好きな曲で練習したかったので、彼の曲ではすぐにコードを覚えました。尾崎豊の曲は未だによく聴きます。コードを覚え出すと、今度は曲を作るようになりました。ただ、それまでは人前で歌ったことがなかったので、宅録で自信のない歌を録音しては、デモテープを作って配っていました。

―以前はノイズ・ミュージックもお好きだったと伺ったのですが?

『震える牙、震える水』長谷川健一 インタビュー
長谷川健一 撮影:船橋岳大

長谷川:ずっとリスナーとしてはロック、ポップス、歌謡曲を並行して聴いていました。ある時、当時かわいいなと思っていた女の子が、「阿部薫の顔はかわいい」というわけです。阿部薫って一体どんな人なんだろうと思ってCDショップに行き、購入してすごいショックを受けるわけです。なんせ即興演奏というものを初めて聴いたわけですから。阿部薫、デレク・ベイリー、灰野敬二、カン・テーファンが特に好きでした。彼等はノイズ・ミュージックという括りだけには入らない人達だと思います。その流れで船戸博史さんも知りました。

―ライブをするようになったのは?

長谷川:デモテープを作って聴いてくれる人が少しずつ増え、「ライブをしないのか?」ということを言われるようになり、消極的にライブを始めました。しかし即興演奏を聴き始めたおかげで、音を出すとはどういうことか、出すべくして鳴らされる音とは何かという禅問答のような問いが生まれました。また一方では曲を書いて歌うということを始めていました。今よりも随分ストイックでした。自分の歌は自分で歌いたかったし、自分で歌うもんだと思っていました。毎日何時間も練習しました。22〜23歳のときです。

―影響を受けたミュージシャンを何人か教えてください。

長谷川:尾崎豊、阿部薫、ジェフ・バックリー、カーティス・メイフィールド、アストル・ピアソラ、マックスウェル。あとは子供のときに聴いたFMラジオです。

―amazonの企画で昨年のベスト・ディスクにジェフ・バックリーのDVDを挙げていらっしゃいましたが、彼の魅力とは?

長谷川: 彼の歌はとても好きです。ギター一本で歌うということ、オリジナル・ソングを歌うということ、他人の書いた歌を歌うということ、声を出すということ、それら全てにおいて大事なことが、彼のCDを聴けば誰もがわかるであろうということです。

―新作で初めてハセケンさんを知る人のために、これまでの作品を簡単に紹介していただけますか? まずは2007年にcompare notesからリリースされた2作『星霜』『凍る炎』ですが、今振り返るとどんな作品だと言えますか?

長谷川:まず自主制作以外でアルバムを作るのが初めてでした。色んな場所で、また色んな編成で録音したにも関わらず、トータルではバラバラな感じが全くしないアルバムです。ずっとファンであった船戸博史さんプロデュース。ドラムはCHAINSの伊藤さんに叩いてもらってます。初めてバンドを組みました。30歳を過ぎて初めて(笑)。10年くらい活動してようやく出せたCDなので、聴いて欲しかった曲沢山沢山、録音し過ぎて二枚になった、という経緯です。

―2008年には京都のガケ書房からボックスがリリースされていますが、あの作品はどんな経緯でリリースされることになったのですか?

長谷川:ガケ書房では自主制作のCDRを販売してもらっていました。ガケ書房の店長さんともう一人、三島さんという写真家でお店を手伝っている人がいました。ライブ写真を何度か撮ってもらったり、彼のスライドの前で歌ったりと色々とコミュニケーションを取る中で、とあるバーで呑みながら、「これからcompare notesからCDを出すにあたって、今までの自主音源をまとめてボックスセットにしたいね」と軽いきっかけでした。

他人が感じた痛みを想像することはできても、同じように感じることができない。

―僕がハセケンさんの音楽から感じるのは「穏やかな諦念」のような感覚です。とはいえ、そこには「失望、絶望」があるわけではなく、「そんなのは当たり前だろ?」と笑い飛ばす強さがあり、「だからこそ本当に大切なものをしっかり見つめよう」という視線があるように思います。実際には、どんなことを大切にして音楽に取り組んでいらっしゃいますか?

長谷川:歌には歌詞とメロディーがあります。メロディーに関してはできるだけ聴いた人の中に残るものを作ろうと心がけています。歌詞に関しては具体的なメッセージはありませんが、聴いた人が少しでもポジティブになったらいいなと思って書いています。「がんばれ」って言われて素直にがんばれない人もいます。そんな人が前向きになれるような。

―新作は山本達久さん、石橋英子さん、船戸博史さんとのアンサンブルが素晴らしい作品に仕上がっていますが、どのように楽曲を組み立てていったのでしょうか? 即興の要素もあるように思いますが?

『震える牙、震える水』長谷川健一 インタビュー

長谷川:山本達久くん、石橋英子さんとは録音までに二回だけライブをしました。僕自身にあまりアレンジ能力がないので、ほとんどお任せしています。船戸さんとはここ何年かご一緒させてもらってます。“alllight”は船戸さんのアレンジでコントラバスを重ねています。とても荘厳な雰囲気になりました。細かい打ち合わせはしていないので、基本的には「せーの」で出たとこ勝負での録音です。「せーの」で勝てばOKだし、「負けたな」と感じたらやり直します。

―中でも石橋さんのピアノは全編に渡って非常に印象的です。石橋さんとは主にどのようなやり取りをされたのですか?

長谷川:ピアノに関してもお任せです。石橋英子さんの作る曲がとても好きです。そして、彼女は作曲と演奏を同時に進めて行かれてるのではないでしょうか。即興演奏とは厳密に言うと作曲と演奏が同時ということなのですが、本当にそれをされているという意味で凄いと思います。

―前2作にも収録され、本作にも収録されている“空の色”は、ハセケンさんにとって大事な曲なのではないかと思います。この曲に込めた思いを教えてください。

長谷川:どの曲も、歌っていることは似通っています。僕たちは他人が感じた痛みを想像することはできても、結局のところ全く同じように感じることができない。それは当たり前のことなのですが、それ故に想像したり思いやったりして人と人が愛し合い、また争ったりするのだと思います。歌詞は「空の色」ですが、別に空でなくてもいいわけです。肌でも目でも。

― “青春”という曲がありますが、この曲の背景にあるハセケンさんの「青春」観を教えてください。

長谷川:年齢的なものではないでしょう。未熟でありながら、その脆さが武器であるというような状態。いくつになっても大事だと思います。完成に向けて生成していく時が一番良い。料理もできてしまえば、あとは冷めて行くだけ。

―“ふたり”の歌詞は、ディスコミュニケーションを前提としたコミュニケーションに対する希望を綴った、残酷だけれどもとても美しい歌詞だと感じました。この曲に込めた思いを教えてください。

長谷川:“空の色”もそうですが、毎日はコミュニケーションとディスコミュニケーションの繰り返しです。“ふたり”は他の曲と違い、小さな物語のように主人公を設定して詩を書きました。

―「小さな物語のように主人公を設定して」書いてみようと思ったのには何かきっかけがありますか?

長谷川:歌詞もメロディーもそうですが、二つが揃うと歌が完成します。どんな歌が完成なのかは全くわからずに歌作りをしています。例えば木彫りの仏さんがあるとします。完成した仏さんに使われている木のパーツというのは、彫られる前からもともと存在しているものです。歌も歌詞とメロディの組み合わせは「これだ」という一種類しかないのではないか、その一個の答えを探して探して曲作りをしているような気がします。「これだ」という最良の組み合わせを見つけるまで、延々とメロディーも歌詞も組み換えの作業をします。“ふたり”はずっと一人称で歌詞を書いていましたが、長い期間全くできなかった。ふと書き方を変えるとスラスラと出来上がった。曲が完成したと感じる瞬間はもちろん主観でしかない。どうなると完成なのかということは上手く言えません。

「震える牙」は若者、「震える水」は涙です。「大人には、どうやったらなれるのかなぁ」というテーマです。

―歌詞を書く上で影響を受けた人、もしくは、この人の歌詞は素晴らしいと思う人がいれば、教えてください。

長谷川:尾崎豊の話ばかりになって恐縮ですが、彼の歌の一般的なイメージは「社会や大人に反発する若者」というものだと思います。実際にわかりやすい反抗ソングは沢山書かれています。また、それらと対をなすような痛々しいまでのラブソングも多い。そのバランスが非常にとっつきやすい魅力だったのではないかと思いますが、これらの歌詞に一貫して流れているのは、恐ろしいまでの被害者意識の高さです。しかし、ある時期から、わかりやすい敵が彼にはいなくなった。そこからもっと根が深い、わかりやすい反抗ソングやラブソングではない、生きることへの深い葛藤に満ちた歌が増える。そのあたりの歌詞は凄いと思います。具体的なメッセージ性が薄れ、やけに濃密な世界に突入する。君と僕、つまり、ふたりがそこにはいるのですが、もう愛し合っているのかなんなのかわからない。『街路樹』というアルバムの頃です。

―他の人ではどうですか?

長谷川:「わけがわからない日本語」という意味では、井上陽水の歌詞も面白いと思います。一曲を通して歌詞は全て聴き取れない。つまり、聴いた人の中では聴き取れた限りの言葉だけでその曲が形成される。そういった余白があるものは好きです。聴いた人の数だけ、“空の色”があればいいなと思います。

―『震える牙、震える水』というタイトルに込めた思いを教えてください。

長谷川:「震える牙」は若者、「震える水」は涙です。「大人には、どうやったらなれるのかなぁ」というテーマです。

―まさに尾崎豊は「大人にはどうやったらなれるか」を考えさせられる人ですよね。ハセケンさんご自身は、「大人になる」ということをどう捉えていらっしゃいますか?

長谷川:それはまだわかりません。死ぬときにわかっていたらいいなと思います(笑)。

―ハセケンさんの音楽の中に「京都らしさ」があるとすれば、それはどんな部分だと思いますか?

長谷川:最初に歌を歌い出したときから、テクニックや細かい歌詞の内容以外はあまり変わっていません。自分の音楽が京都らしいとは思いませんが、もし共通点があるとするならば、あまり周りを気にせず、それ故に人知れず続いてきたということくらいでしょうか。

―CINRAは音楽以外のカルチャー、映画・美術・小説なども扱っているサイトなのですが、音楽以外で興味のあるものを教えてください。

長谷川:表現形態に関係なく、好きな芸術家は沢山います。あと綺麗な器や茶碗を見るのは好きです。なんせ食べることが好きなので。若者はもっとご飯を食べた方がいいと思います。『男はつらいよ』シリーズは大好きです。

―では、『男はつらいよ』シリーズの魅力を教えてください。

長谷川:一言でいえば寅さんの魅力です。日本人であることのウジウジした部分を、寅さんを見て忘れるという娯楽です。寅さんはフーテンです。どの作品か忘れましたが、寅さんが他人からお金かなにかを貰う時に、断らないんですね。「ありがたくもらっとくよ」って一度も遠慮しない。普段僕たちは一度や二度くらいは断ってみて、それでも「どうぞ」と言われた時にお金や物品を納めます。でも寅さんは貰いたいものは素直に貰う。そのハッキリした所と、女性に対しては最終的に遠慮してしまったり、素直になれないというバランスの悪さがとても人間臭くて好きです。

―最後に、月並みな質問ではありますが、ハセケンさんにとっての音楽とは?

長谷川:昔は遠くにあったものが少しずつ近づいて来て、だんだんと側にいるようになったものです。

リリース情報
長谷川健一
『震える牙、震える水』

2010年6月16日発売
価格:2,500円(税込)
PCD-18631 / P-VINE RECORD

1. 何処かへ
2. 絶景
3. 空の色
4. ユリイカ
5. 極北の食卓
6. alllight
7. 青春
8. 震える牙、震える水
9. 白日
10. ふたり
11. 夜明け前

プロフィール
長谷川健一

1976年12月京都生まれ。2007年に船戸博史プロデュースによる2枚が同時リリース(map)。2008年京都ガケ書房より過去の音源4WBOXを200セット限定で発売。京都〜関西では「最後のシンガー」としてファンも多い。2010年から下北沢「440」にて毎月定例ライブを決行。



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