ハンバート ハンバートの『さすらい記』

フォーク、トラッド、童謡などをバックボーンとした温もり溢れる音楽で幅広いリスナーから支持され、クリエイターなどからも高い評価を得ているハンバートハンバートが、約2年半ぶりとなるアルバム『さすらい記』をリリースする。ユニバーサル移籍後第一弾となる今作は、彼らならではのやさしい楽曲が並ぶと同時に、ここ数年の活動で生まれたタイアップ曲を一挙収録。今後のさらなるステップアップを予感させてくれる普遍的魅力に満ちた1枚に仕上がっている。インタビューをしたこちらが驚くほど自然体で新たなフィールドへ向かう彼らが愛される理由とは何なのか。想像していた「アーティスト像」とは違い、予想外の返答に困惑しながらも、その遥か先をさすらっているハンバートハンバートの背中を追った。

(インタビュー・テキスト:タナカヒロシ 撮影:柏井万作)

12年間、「失敗」と「改善」を繰り返してきた

誰の耳にもすっと馴染むやさしいメロディーと歌声で、着実に愛聴者を増やしてきた佐野遊穂(ボーカル・ハーモニカ)と佐藤良成(ボーカル・ギター・フィドルなど)による2人組ユニット、ハンバート ハンバート。前作『まっくらやみのにらめっこ』から約2年半のブランクを経てリリースとなる通算7枚目のオリジナルアルバム『さすらい記』は、何気ない1コマから派生する物語をやさしいメロディーと歌声で紡ぎあげた楽曲が、過去の記憶とリンクするようにどこか懐かしい気持ちにさせてくれる作品だ。

数々のタイアップや映画監督の松本佳奈とのコラボレーションなど、これまでの活動のなかで最も注目を集めるであろうトピックが満載の本作であるが、まずはその真価を探るべく、彼らのここまでの歩みを振り返ってみよう。

ハンバート ハンバートの『さすらい記』
左:佐藤良成、右:佐野遊穂

ハンバートハンバートが結成されたのは、彼らが大学生だった1998年。当時は6人組として、「もうちょっとおしゃれ路線」(佐藤)な活動をしていたものの、卒業の時期になるとメンバーが次々と脱退。気付けば佐野と佐藤の2人となっていた。

「その頃にCDを出すことも決まっていたんですけど、わざわざ意識を新たにみたいなこともなく。音楽を続けるのが当たり前だと思っていたんですよね」(佐藤)

ハンバート ハンバートの『さすらい記』

「普通にみんな堅気になっていって。私もなんとなく就職したんですけど、なんかまぁ辞めたり(笑)。だから、『音楽で生きていこう』みたいな決意らしい決意はしてなくて、しないままいまに至るというか」(佐野)

ギターを弾いていた従兄弟の影響で、物心ついた頃から音楽に目覚めたという佐藤、「歌うことは好きだから」という単純明快な理由で音楽を始めた佐野の2人にとっては、たとえメンバーが抜けようとも、音楽を続けることは当然の選択だった。こちらが「そのときに解散を考えなかったのか?」と訊いてみれば、2人は「なぜそんなことを訊くのか」とでも言うように怪訝な表情を浮かべるばかり。2人にとって音楽を鳴らすということは、食事をすることと同じくらい当たり前のことらしい。

しかしデビューはしたものの、「最初の3枚はほぼノーカウントと言ってもいいくらい」と佐藤が語るほど、まったくCDは売れなかった。そんな状況を変えたのが2005年にシングルとしてリリースされ、4枚目のアルバム『11のみじかい話』にも収録された“おなじ話”。2人が交互にボーカルをとり、恋人同士の会話をそのまま歌にしたようなこの曲は、FMでのパワープレイをきっかけに認知度が急上昇。すると翌年には『SUMMER SONIC』、その次の年には『FUJI ROCK FESTIVAL』への出演も果たし、オーガニック系のアーティストとしてシーンに欠かせない存在となっていく。さらには映画『包帯クラブ』の劇中音楽を担当するなど、そのソングライティングも高い評価を受けた。そうして少しずつ注目を集め始めた彼らだが、過去の作品について、意外な想いを語ってくれた。

「毎回毎回、試行錯誤の連続です。作るたびに、こういうやり方をしたらもっとよくなるんじゃないかと模索して、ベストを尽くしてはいるんですけど、基本的に全部失敗なんですよ。失敗の記録というか。後になってみると、反省するところがいっぱいあって。でも、反省するところがあるから、それを改善しようと思って、新しいのを意気込んで作って」(佐藤)

大きな宣伝もないまま、「名の知れたグループ」になったハンバートハンバート

楽曲制作に対するこうしたストイックさなど、クリエイターにとって当たり前の姿勢かもしれない。しかしその「当たり前」が如何に難しいことなのか、ほとんどのアーティストが成功をつかまずして消えていくのが何よりの証拠だろう。

無名だった頃からこれまで、ハンバートは大きな宣伝もなく、作品を発表しながら少しずつファンを増やしてきた。いつもいつもファンを飽きさせず、「より良い作品」を丁寧に作品を作り上げてきたからこそ、その音楽に惹かれるファンが増え続けているのだろう。10年近く、そうやって少しずつ前に進んできた2人は、いつの間にか名の知れたグループになっていた。そうして彼ら的に言う「失敗」と「改善」を繰り返すこと12年、7枚目のアルバムとなる『さすらい記』は、これまでとは桁違いに充実した環境でリリースされることとなった。

ハンバート ハンバートの『さすらい記』
PV撮影風景(Photo by GOTO Wataru)

本作には、小田急電鉄CMソング“待ちあわせ”、小林聡美・もたいまさこ出演で話題を呼んだ深夜番組『2クール』エンディング曲“罪の味”、映画『プール』主題歌“タイヨウ”の原曲となった“妙なる調べ”、そしてボーナストラックとしてニチレイアセロラドリンクCMソングの“アセロラ体操のうた”の新バージョンといった数々のタイアップ曲が収録されている。レコード会社もメジャー大手のユニバーサルへ移籍し、意外にも初となるPVも制作した。監督を務めたのは松本佳奈。先日公開された映画『マザーウォーター』で初監督を務めて注目を浴びる気鋭の若手で、制作は映画『かもめ食堂』などでも知られるパラダイス・カフェが手掛けている。

「もともと、今回のアルバムにも入っている“罪の味”が、『2クール』という番組のテーマソングだったんですけど、その『2クール』の何話かで松本さんがディレクターをされていて。年もわりと近かったので、一緒にお食事に行ったり、よく顔を会わせてたんですよね。それで今回、私たちも初めてPVを作るし、松本さんも『マザーウォーター』で監督として独り立ちされたということで、ぜひお願いしようと」(佐野)

ハンバート ハンバートの『さすらい記』
PV撮影風景(Photo by GOTO Wataru)

そのPVとなった“さようなら君の街”は、長く離れていた街を久しぶりに訪れた主人公が、変わりゆく街並みに触れながら当時を思い返し、決意新たにいま住む街へと戻っていく様子を描いた楽曲。学校帰りの小学生と穏やかな街の風景が織り成すPVの映像は、やさしく物語を紡ぐ2人の歌声、郷愁を刺激するフィドルの音色とシンクロし、古き良き思い出を振り返るときのように穏やかな気持ちにさせてくれる。しかし、「ただ普通にきれいな絵を撮るんじゃなくて、ちょっと遊びの要素を入れようと松本さんとも話してて」(佐野)という映像には、猛スピードで逆上がりをする少女や銅像にスカートめくりを試みる少年など、思わずプッと吹き出してしまう要素も。

「松本さんは、CMディレクターもされている方なので、短い時間のなかに遊びを入れるっていうのが、すごく上手で。ハンバートハンバートのことを理解しつつも、曲のテーマとは違うところでユーモアを織り交ぜてくれて、本当に素敵な仕上がりになりました。初めて作りましたけど、PVっていいもんですね(笑)」(佐野)

歌に気持ちは込めない。意外な発言から見えてきたハンバート流の「伝え方」

7枚目のアルバムでPVは初めてという彼らだが、この曲だけでなく、物語性が豊かな歌詞は、どれも聴いているだけで映像が浮かび上がるものばかりだ。駅のホームで待ち合わせをしている間に様々な思いを巡らす“待ちあわせ”、曲作りがうまくいかずに昼間から酒に溺れる様子を歌った"虎"、久しぶりに開いたアルバムを見て昔の思い出にふける"引っ越しの準備"など、日常のちょっとした一コマと、それに伴う思考の移ろいを綴った歌詞は、実体験をもとにしたものだと想像していたのだが、それは少し違ったようだ。

「物語がはっきりしているのは、メロディーの構成がそういうふうになっているからだと思うんですよ。それに合わせて歌詞を作っているので、曲ありきなんですよね。曲がそんな感じだから、歌詞もそんな感じになったというか」(佐藤)

ハンバート ハンバートの『さすらい記』
PV撮影風景(Photo by GOTO Wataru)

いわゆるサントラがストーリーに合わせて曲をつけた作品とすれば、その逆に、曲に合わせて詞をつけたものとうことだろうか。しかしながら、彼らの曲は全体的にのんびりとした空気を漂わせながらも、必ずと言っていいほど、どこかで悲しさを漂わせる言葉が挿入されていて、何度もハッとさせられる。その興味深い歌詞について、もう少し詳しく訊こうと試みたが、「説明しようと思えばできなくもないんですけど、それをしても…」(佐藤)と拒まれてしまった。その理由を彼はこう話す。

「確かに、何の歌なのかとか、前後関係がよくわかんない歌とかがあると思っているんですけど、曲を聴いて自然と耳に入ってきた言葉だけでも、なんとなくイメージができると思うので。こちらから『こういう曲です』って説明するよりも、その人なりのイメージや世界を浮かべて聴いてもらえれば嬉しいです」

ハンバート ハンバートの『さすらい記』
PV撮影風景(Photo by GOTO Wataru)

その言葉通り、彼らの楽曲はいろんな解釈で受け止めることができる。たとえば〈とうとうおいらやってしまった/超えてはならぬ線をまたいだ〉と歌う“罪の味”は、取り返しのつかない重大な過ちを犯してしまったようにも取れるし、冷蔵庫のプリンを内緒で食べてしまった男の他愛もない罪悪感を描いているようでもある。ちなみに僕は浮気をしてしまった男の心情を想像したのだが(苦笑)、こうしたリスナーの状況に合わせて想像できる余地があるからこそ、彼らの楽曲はひとりひとりにしっかりと響くのかもしれない。そして彼らは、自分たちの音楽を聴き手へ委ねるために、「アーティスト」としては意外なほどさっぱりとこう語る。

「詞の世界だったり、その情感だったりは、聴いてる人が楽しみたいように聴こえたほうがいいと思うんです。そのためには、気持ちを込めて歌うことが大事なんじゃなくて、正しいピッチと正しいブレスで歌えばいいと思うんですよ。そのほうがたぶん普通に伝わると思うから」(佐藤)

豊潤なメロディーやあたたかみのある歌声といった要素が先行していたため、ハンバートハンバートは細かいリズムや音程よりも、感情を込めることを重視しているグループだと勝手に思っていたが、どうやらそれは違っていたようだ。ましてや今作に関しては、佐野の産休を挟んでのリリース。特に、夫婦と子どもが出てくる"くたびれ詩人"では、そうした情報が事前に頭にインプットされている分、自然と家庭の風景が浮かび上がってくるが…。

ハンバート ハンバートの『さすらい記』

「あー、まったくイメージとかしてなかったです。何かをイメージして歌うっていうこと自体、思いつかなかった。たぶん、歌うだけで必死なんですよ(笑)。だから気持ちを込めるとか、そういうことを考える空間がないんですよね」(佐野)

「こういう言い方するとよくないかもしれないですけど、『ただやってるだけ』ですよね。それがいちばん大事だと思うんですよ。余計なことは考えないで、音楽に集中してるってことだから。実際、ちゃんといい感じで歌えてると思うし」(佐藤)


ただただ音楽を見つめている2人にとっての「いい音楽」とは

ある種独特の姿勢で音楽と向き合っている彼らだが、その「いい感じで歌えてる」とは、どんな基準によって決められるものなのだろうか。

「もう、感覚ですね。ほんとに感覚だけです。だけど、感覚だけだから、結果的によくなかったりもします。なかなかいい音楽を作れないんですよ。今回に関しては2人で『いいね』って言ったものしか入ってないし、毎回『これはヤバい!』っていう感じで満足いくように作ってるつもりなんですけど、満足するのはほんの一瞬だけで」(佐藤)

「だから、いつも『次はこうやる』みたいなことばっかり言ってますね。曲もできてないうちから(笑)」(佐野)

ハンバート ハンバートの『さすらい記』

しかし、こうも付け加える。

「でも、自分のイメージ通りのものを作ることが成功とは限らないんですよ。客観的に聴いても『いい』っていうものを作ることがゴールなので。その辺は、進んだり、戻ったり、やっては壊しみたいなことを繰り返して。ひたすらそんな感じですね。歌詞を直したり、アレンジを何度も変えたり、できあがるまでに何度も何度も…。なかなかスムーズには運ばないんですよね」(佐藤)

一度できあがった曲を、イチから作り直すこともしばしばだという彼ら。そしていつも反省し、次の作品へと向かって行く。そんな話を聞いていると、音楽を作るということは、まるでゴールのない迷路をぐるぐるとさまよい続けるようでもある。それでも彼らが音楽を続ける理由はなんなのだろうか。

「別に歌いたいことがあるわけでもないし、人に届けたいことがあるわけでもないんです。ただ単に音楽がすごく好きだっていうことと、好きでやってる以上はいいものが作れたらなと思うだけで。それ以外に特技もないし、なにかやるのであれば音楽を一生懸命突き詰めて、他の人にできないものが作れたらいいんじゃないかと思います」(佐藤)

この答えを聞いて、なんだか野暮な質問してしまった自分が恥ずかしくなった。ハンバートハンバートの音楽が心地よく響くのは、一方的に自分たちの考えを押しつけるのではなく、ただただ純粋に「いい」と思える音楽を鳴らしているからではないだろうか。そしてまた一つ、彼らが「失敗」と「改善」を繰り返して生みおとしたアルバム『さすらい記』。流行り廃りに左右されることのないハンバートハンバートの音楽は、これからも長く愛されるに違いない。

リリース情報
ハンバート ハンバート
『さすらい記』初回限定盤(CD+DVD)

2010年11月10日発売
価格:3,300円(税込)
UPCH-9603

1.待ちあわせ ゆめうつつバージョン
2. 慚愧
3. さようなら君の街
4. 虎
5. おべんとう
6. 逃避行
7. 百八つ
8. 罪の味 なんじゃらほいバージョン
9. 引っ越しの準備
10. くたびれ詩人
11. 妙なる調べ
12. 邂逅
13. アセロラ体操のうた ハンバート・ランゲージバージョン(ボーナストラック)
[DVD収録内容]
・“さようなら君の街”ミュージックビデオ

ハンバート ハンバート
『さすらい記』通常盤

2010年11月10日発売
価格:2,800円(税込)
UPCH-1807

1.待ちあわせ ゆめうつつバージョン
2. 慚愧
3. さようなら君の街
4. 虎
5. おべんとう
6. 逃避行
7. 百八つ
8. 罪の味 なんじゃらほいバージョン
9. 引っ越しの準備
10. くたびれ詩人
11. 妙なる調べ
12. 邂逅
13. アセロラ体操のうた ハンバート・ランゲージバージョン(ボーナストラック)

プロフィール
ハンバート ハンバート

佐野 遊穂(さの・ゆうほ)
1976年東京都出身。ボーカル・ハーモニカ他担当
佐藤 良成(さとう・りょうせい)
1978年神奈川県出身 ボーカル・ギター・フィドル(バイオリン)他担当。 1998年結成、佐藤良成と佐野遊穂による男女デュオ。01年CDデビュー。05年のシングル『おなじ話』が各地のFM局でパワープレイとなったのをきっかけに、東京を拠点としていた活動を全国に広げ、数多くのライブコンサートを行う。フジロックフェスティバル、サマーソニックなど大型イベントへの出演を経て、テレビ番組・映画・舞台・CMなどの音楽も数多く手がけ、現在7月ニチレイアセロラシリーズの新CMソング『アセロラ体操のうた』で注目を集めている。



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