『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー

「究極の恋愛小説」とも呼ばれる、村上春樹の『ノルウェイの森』。自殺した親友の彼女・直子と、大学の同級生・緑との間で揺れ動く主人公を描いた青春小説だ。1987年に刊行され発行部数は1095万部(単行本・文庫本合計)を突破、36の言語に翻訳された世界的ベストセラーとなっている。その待望の映画版で監督を務めるのは、ベトナム出身のトラン・アン・ユン。村上春樹が自作、とくに長篇作の映像化にはとても消極的であることはよく知られているが、原作に惚れ込んだ監督が直接交渉して許可を取ったのだ。今世界中が注目しているトラン監督に、現在の心境や日本文学への想いを聞いた。

(インタビュー・テキスト:田島太陽)

村上春樹本人と話をし、やっと実現した映画化

―あの『ノルウェイの森』が実写化されるということで、正直なところどんな作品になるのか少し不安だったんです。でも原作の世界観が見事に映像化されていて感動しました。監督は世界的に読まれているベストセラーを映画化することにプレッシャーは感じませんでしたか?

トラン:いや、それは全くありませんでした。私がプレッシャーを感じるのは、最終的に良い作品にすることができるかどうかだけなんです。映画を撮るには長い時間とたくさんの労力が必要で、それらを乗り越えることが大変なプレッシャーですから。それ以上の難しさはありませんね。

『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー
©2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

―映画化するにあたり、7年前に村上春樹さんに直接手紙を出したとお聞きしました。その内容を教えて頂けますか?

トラン:初めて原作を読んだ時からいつか映画化したいと思っていて、その話を知人にすることもあったんです。あるとき、小川真司プロデューサーが興味を持ってくれ、良い機会だから本人に聞いてみてはどうかと言ってくれたことがきっかけで、自分で手紙を書くことにしました。『あなたが自分の作品を映画化することに消極的なのは知っていますが、どうしても撮りたいと思っているので、一度話を聞いてもらうことはできますか?』という内容でした。しばらくして村上さんからお返事を頂き、直接会いに行ったんです。

『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー
©2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

掌の傷と心の痛みをリンクさせた名シーン

―初めて原作を読んだ時、登場する女性の中で誰が印象に残りましたか?

トラン:緑も直子も魅力的でしたが、特に印象に残ったのはハツミなんです。彼女は緑と直子の両面の性質を持っていますよね。そこに魅力を感じていて、この作品にはなくてはならない女性だと思いました。映画でハツミを演じた初音映莉子さんも見事な演技を見せてくれました。

実は原作で一番印象に残っていたのが、かつてハツミと2人でタクシーに乗ったことを大人になったワタナベが振り返るシーンだったんです。ワタナベはそのことを思い出しながら、青春が戻らないことやその時代への渇望感があることを知るんです。そのシーンは映画には使いませんでしたが、常に頭の中にはありました。

『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー
©2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

―緑役の水原希子さんがとても可愛くて、緑のイメージにぴったり合っていると感じました。彼女を起用しようと思った理由を教えて下さい。

トラン:役者を決めるための正確な基準はなにもないので、難しい判断が必要です。映画を作るにはたくさんの選択が必要で、それぞれにしっかりとした確信がないと前に進めません。でも100%正しいという根拠もないので、本当は胸の中には不安や疑いがいつもつきまとっているんです。だから私は自分の中にある感覚を信じるようにしていて、希子なら大丈夫だと感じられました。うまく言えませんが、彼女なら大丈夫だという確信があったんです。それは他の役者にも言えることです。

『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー
©2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

―作品の中盤にある、ワタナベが掌にできた大きなカサブタをはがすシーンがとても印象に残っています。このシーンの間に、濡れた植物や卵の映像を挿入していますよね。彼の心境が観客に伝わるような素晴らしい場面で、ああいった編集にした理由が気になりました。

トラン:あれはワタナベが自分の抱える矛盾や非力さに直面し、とても心が沈んでいるシーンですよね。その精神的な苦痛を肉体的なものとして表そうと思い、掌に傷ができて血が流れるという実際の痛みとリンクさせて描きました。そこにカットインさせた植物の映像は、彼の内面を表した景色で、彼は今どのような気分なのか、どのような感情が宿っているのかを表現したいと考えました。直子が植物や動物について話すシーンもあったので、その関連性も活かせればと思ったんです。

―いま、この作品に対してどのような手応えを感じていますか?

トラン:初めて原作を読んでからもう10年以上経っていますし、作品が完成してからもヴェネチア映画祭や試写会などたくさんのプロセスを経ていたので、ようやくここまで来たなという感じです。ずっと準備をしてきたので、一般公開されて少し気持ちが楽になりました。正直、今は少し休みたいですね(笑)。

『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー
©2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

―監督は日本語の作品を撮ることも初めてでしたが、言葉の違いによる難しさはありましたか?

トラン:それは大した問題ではありませんでした。それまでの経験や現場で見つけたメソッドを使ってひとつずつ対処して行くのは、どんな作品でもどんな言語でも変わりませんから。

クリエイターにもっとも必要なのは「立ち向かう勇気」

―15年前に初めて『ノルウェイの森』を読んで感動し、いつか映画化するまでは他の村上春樹作品は読まないと決めていたそうですね。映画が完成してからは他の作品も読まれましたか?

トラン:ようやく他の作品も読むことができました。『ノルウェイの森』と同じく、すべて素晴らしい読後感でしたね。村上さんの文学作品がとても高いクオリティであることを再確認しました。

『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー
トークイベント『劇的3時間SHOW』出演時

―日本文学は他にどんな作品を読んだことがありますか?

トラン:初めて読んだのは、偶然本屋で手に取った川端康成でした。フランスでも翻訳された日本文学が多く売られているんですよ。他には夏目漱石や谷崎潤一郎、もうひとりのムラカミ(村上龍)も素晴らしいですよね。

―他にも映像化したい作品はありましたか?

トラン:それはもちろん、映画化しても素晴らしい作品になる可能性は多くの日本文学から感じられます。私は今までたくさんの刺激を受けて来ましたし、オリジナル脚本で撮る予定の次回作にも多くの日本文学、特に村上春樹さんの影響があると思います。

―先日、自身の経験や創造性について語るトークイベント『劇的3時間SHOW』にも出演されたそうですね。観客の前で長時間トークをするのは初めてだったそうですが、出演してみていかがでしたか?

トラン:少し緊張しましたが、とても楽しかったです。映画監督としての10数年の経験で蓄積されたものが私の中にはたくさんあって、その間に溜まった埃のようなものがトークを続けるうちにどんどん落ちていく感覚がありました。すごく体が軽くなって、また新たなスタートを切るんだという気分になれました。

『ノルウェイの森』トラン・アン・ユン監督インタビュー
©2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン

―では、これから映画監督を目指す若いクリエイターに向けて、なにか伝えたいことはありますか?

トラン:私が言えるのは『がんばれ』ということだけ。つまり、勇気をもって立ち向かおうということです。アーティストは作品のクオリティが一番に問われる職業なので、どんなに立派な構想や斬新なアイデアがあっても、それを完成させなければ何の意味もないんです。それでは誰もクリエイターとして認めてくれません。作品づくりには相当なエネルギーが必要で、時には周りの人を説得しないといけないし、いろんな困難を乗り越えないといけない。それは勇気がないと絶対にできないことです。才能がある人もいればない人もいるのは事実ですが、勇気がないと、何も実現できないことは確かなので、ぜひ頑張ってほしいと思います。

イベント情報
『劇的3時間SHOW』第2回

2011年1月28日(金)18:30〜21:30(開場18:00)
会場:東京都 青山 スパイラルホール(スパイラル3F)

出演:
是枝裕和

ジュリエット・ビノシュ

『劇的3時間SHOW』第3回

日程、会場未定

出演:ホウ・シャオシェン

料金:無料
参加申込み:公式ウェブサイトから事前応募受付(申込多数の場合は、抽選)

『劇的3時間SHOW』公式ウェブサイト

『ノルウェイの森』

全国東宝系にて上映中

監督:トラン・アン・ユン
キャスト:
松山ケンイチ
菊地凛子
水原希子
高良健吾
霧島れいか
玉山鉄二
配給:東宝

製作:アスミック・エース エンタテインメント、フジテレビジョン

プロフィール
トラン・アン・ユン

1962年生まれ、ベトナム出身。『青いパパイヤの香り』でカンヌ国際映画祭新人賞、『シクロ』でヴェネチア国際映画祭グランプリを受賞。09年には木村拓哉やイ・ビョンホンを起用した『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』も話題となった。12歳の頃にベトナム戦争を逃れるためにフランスに渡り、現在はパリ在住。



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