パペットが意志を持つ瞬間 ロシア生まれの「チェブラーシカ」

『チェブラーシカ』はロマン・カチャーノフ監督が生んだ、ロシアで国民的キャラクターとして愛されるパペットアニメーションである。2010年に、中村誠監督の手により27年ぶりの完全オリジナルストーリーとなる新作『劇場版 チェブラーシカ』が全国公開された。その際、一部の劇場でしか上映されなかった、長尺の80分バージョンを収録した特別版DVDが発売中だ。初回限定生産のコレクターズエディションには、メイキング映像や原作者E・ウスペンスキー氏のインタビュー映像、そして監督による初の手記が収録された資料集も同梱されており、非常にリッチな仕上がりとなっている。今回は、この『劇場版 チェブラーシカ 特別版』DVDの発売を機に、チェブラーシカというキャラクターの魅力と、ロシアでも好評のうちに迎えられたという新作の内容について、中村誠監督にインタビューを行った。

「パペットアニメの監督」ではなかったからこそ、できた表現

―そもそもチェブラーシカというキャラクターは、ロシアではどういう存在なのでしょうか?

中村:日本にはあまりいないような存在ですね。たとえばロシアの子どもたちに「チェブラーシカ知ってる?」と聞いたら、当たり前だとバカにされるでしょう。さらに面白いのは、おじいさんなどに聞いても同じ答えが返って来ることです。国民的人気というのはこういうことか、とロシアで感じました。原作の出版から半世紀近く経っても、2004年のアテネオリンピック以降ロシア選手団の公式キャラクターになるなど、世代を問わず愛され、その人気が衰えることはありません。

『劇場版 チェブラーシカ 特別版』より ©2010 Cheburashka Movie Partners/Cheburashka Project
『劇場版 チェブラーシカ 特別版』より
©2010 Cheburashka Movie Partners/Cheburashka Project

―それだけのロシアの国民的キャラクターを、日本人が映画化することに関してプレッシャーはなかったのでしょうか?

中村:実は、最初はあまり感じなかったのですが、作りながら「こりゃ、とんでもない大役だぞ(笑)」と、責任を感じていきましたね。でも、最初に割と客観的に見られて、先入観も持っていなかったからこそ、引き受けられたんだと思います。もし僕がチェブラーシカや、パペットアニメーションについて以前から熟知していたら、「無理無理」となっていたかもしれませんね。

―そういう先入観のなさが最も強みになったのは、どのあたりでしょうか?

中村:たとえば、僕が撮った『劇場版 チェブラーシカ』は、とても動きの「滑らかな」パペットアニメーションだと言えると思います。だからマニアの方からの「パペットアニメーションはもっとカクカクしているものだ」とか「ぎこちないほうがいいんじゃないか」という声を聞いたことがあります。でも、実際に小さい子どもが見たときに、彼らと同意見になるでしょうか? もちろん子どもたちだけのために作ったわけではありませんが、もし僕がパペットアニメーションをジャンルとしてすごく好きだったならば、マニアのために作ってしまいかねなかった。もしそうなっていたら、今回できたような作品にはなっていないでしょう。それが強みといえば強みですね。

中村誠
中村誠

―オリジナルの『チェブラーシカ』には、旧ソ連の体制批判や、戦争に対する揶揄とも取れるような社会風刺的要素がありますが、そういった部分は意識されましたか?

中村:オリジナルのカチャーノフのものは公害問題や人種差別問題を匂わせるような要素が入っていました。僕も最初は少し意識していて、初期のシナリオでは確かにそういう要素を入れようとしていました。でもロシアのスタッフとの折衝で、「必要ない」ということになり削除したんです。というのも、ロシアで今も変わらず『チェブラーシカ』が愛されている一番の理由は、チェブラーシカとゲーナの「善良な行い」にあって、哲学ではないからだと。

また、オリジナルが上映されていた1969年当時というのは、もちろんロシアでは国家による検閲がありました。でも実は、アニメーション映画は子ども向けということもあって、比較的検閲を通りやすかったらしいのです。なので、アニメーション作家や絵本作家が、積極的に作品でメッセージを発信していた側面もあったようです。つまり、作品に盛り込まれた社会風刺的要素は時代の産物だったわけで、『チェブラーシカ』の本質では無いような気もします。

2/3ページ:一般のロシア人から言われた「ありがとう、監督」が一番嬉しかった

一般のロシア人から言われた「ありがとう、監督」が一番嬉しかった

―ロシアと日本の一部の劇場でしか上映されなかった80分バージョンの作品は、中村監督の手記によると「より本国のスタイルに近い仕上がり」とのことなのですが、なぜ日本では、63分のバージョンが広く公開されたのですか?

中村:もともと80分バージョンが最初に作られたんです。だからロシアでのプレミア上映の時には、こちらが上映されました。日本では、子どもたちが見やすいものにするために10分カットしてナレーションを付け、エピソードごとにストーリーを分割していない編集バージョンを作ったんです。このふたつでは、ずいぶん印象が違うと思います。

―今回、初回版DVD特典のオフィシャル資料集は、監督にとって初の手記出版ということにもなるのでしょうか? 『チェブラーシカ』は「監督・中村誠をつくった作品」でもあったことから、振り返って1冊の本にしたとき、どのようなお気持ちでしたか?

中村:ズバリ手記としては処女作です。手記なんて出したことがないので、できた時は嬉しかったですよ。もとの原稿は、資料集用に書いていたわけじゃないんです。『チェブラーシカ』は7年がかりで、作品としても、僕のキャリアとしても大仕事だったので、書いておかないと忘れちゃうなと思い日記のように書きためていたんです。そしてこのDVDを作る時にこの手記の話をしたんですね。職業柄、出口のないものを書いたり作ったりするのって苦手ですから、ちゃんと本の形になってはじめて、書いておいてよかったなと思えましたね。

『劇場版 チェブラーシカ 特別版』コレクターズエディション
『劇場版 チェブラーシカ 特別版』コレクターズエディション

―7年がかりの制作だったと伺いましたが、ご自身にとって最も感慨深かったエピソードは何でしょうか?

中村誠

中村:一番嬉しかったこととして記憶しているのは、作品完成後、ロシアでプレミア試写会をやったときのことです。もう、すごい人の数で。国民的人気というのを肌で感じましたね。そして終わった後の記者会見もすごく時間がかかったし、取材の嵐みたいな1日だったんです。そんな時間が終わり、一息ついて僕が劇場から出るときのことです。劇場の係の人が「ありがとう、監督」って言ってくれたんです。それがものすごく嬉しかった。取材では、すごく専門的なことを尋ねられます。「カチャーノフの伝統が日本人にこう受け継がれた…」とかね。もちろんとってもとっても嬉しいんですけど、なんだか難しい話ですよね(笑)。専門的な多くの言葉よりも、一般のお客さんの目線に近いロシア人の、たったひとつの「ありがとう」が僕は欲しかったんだとその時気づき、とても嬉しかったんです。心から、よかった、と思いましたね。届いたんだ、って。

―『チェブラーシカ』をCGで作るなどして大作にしてしまうと、『チェブラーシカ』を自分の代で終わらせてしまうかもしれないという危惧を感じていたからこそ、パペットで新作を撮影されたのだと手記に書かれていました。大切なことは『チェブラーシカ』をいつまでも愛されるアニメーションにすること。監督は、渡されたバトンを本当に大切に受け取られたように思います。そして作品を作り終えた今、そのバトンを次に渡したいと考えている人などはいるのでしょうか?

中村:僕の次はロシア人が作ってくれるといいな、と思っていたんです。それで、アルダーシンという美術監督がいるんですけど、ロシアプレミアのときに、「次、監督しなよ」って声をかけたら、「次も中村が作れ」って言われたんですよね(笑)。でも、実際7年間という年月をかけて作ったという愛着から、他の人が作ったものを見たら嫉妬するかもしれない、という微妙な気持ちも正直あります。バトンは渡したいけど、僕の死んだ後に誰かリメイクしてくれたら、なんて冗談まじりで思っています(笑)。

3/3ページ:生命を持たないパペットが人格を持つ、という不思議

生命を持たないパペットが人格を持つ、という不思議

―中村監督は、パペットアニメが持つ普遍的な面白さとは何だと思いますか?

中村:なんといってもパペット自体が持っている不思議な存在感でしょうね。たとえば2DやCGのアニメーションだと、まずキャラクターの存在感そのものを作り出さないといけません。いろんな撮影技法や描画テクニックを使って、無から有を創り出す。そういう方法とは違い、生命を持たないはずのパペットが、あたかも人格を持って画面上に存在し、ふるまっているかのように見える。そういう不思議な存在感がパペットアニメーションにはあります。言語化するとややこしいですが、子どもたちにはそれが無意識に伝わっていると思うんですね。

―確かに、チェブラーシカはたまに自分の意思で動いているかのように、ストーリーに沿わない動きをたくさんしていますよね。たとえば家を建てるシーンで、ゲーナとガーリャは一生懸命レンガを組み上げていきますが、チェブラーシカだけがそのレンガをあさっての方向へ運び続ける(笑)。とても面白いシーンです。

中村:あれも、パペットの不思議な存在感を演出するためにカチャーノフ監督が考えて作っているわけですよ。ストーリーとしては矛盾している行動を取らせることで、動かされている存在ではなく、チェブラーシカとしてのキャラクター人格を作っていく。カチャーノフのオリジナルでも、細かく見ると、関係ない動きがいっぱい入っていますね。

―本作は「パペットアニメーション監督としての中村誠をつくった作品」でもありましたが、その豊富なテクニックとイマジネーションはどこから出てくるのでしょうか?

中村:とにかくカチャーノフを踏襲しようと思ったのが大きなポイントです。研究を重ねて、「チェブラーシカならこう動く」という判断が自然にできるところまで落とし込みました。それと、さりげないことなのですが、日本人として、日本のアニメーションのパイオニアである手塚治虫さんの手法を生かしてみたいと思ったんです。たとえば、『ロストワールド』だとか『メトロポリス』といった初期の手塚さんの漫画には必ずモブシーンがある。いろんなキャラクターが見開き1コマで、自由気ままにいろんなことをしゃべっている。それをパペットアニメーションでやれば、パペットに人格が生まれるのではないかと思ったんです。カチャーノフ監督はメインとなるキャラクター以外は極力動かさないというスタンスで、キャラクターに人格を与えます。でも、僕の撮ったものは、そのモブシーンの中で全キャラクターを動かしている。つまりカチャーノフとは違った手法で、キャラクターに人格を与えようと試みています。

 

―なるほど、手塚治虫ですか。その他にも、日本の作家で影響受けている人や技法などはありますか?

中村:黒澤明映画の縦の構図をヒントにしたようなところはありますよ。縦の構図とは、パンフォーカスといって、レンズを絞って、画面全てにピントをあてる。そのときに、近いものを画面の下に置き、遠いものは上に配置するんです。で、『チェブラーシカ』ではその真逆のことをやってみたんです。まず、レンズの絞りを開けて、縦ではなく横の構図にした。そうなると被写界深度(写真のピントが合っているように見える被写体側の距離の範囲のこと)が浅くなりますから、「手前のもの」「ピントがあっているメインキャラクター」「奥のもの」という3レイヤー構図になるんです。結果的にそれが、セットとパペットの関係性を表現する上でも有利に働きました。

―たしかに、背景のやさしいボケ具合が、独特の世界観を作っています。

中村:作品の雰囲気を演出するために、カチャーノフの『チェブラーシカ』を見て、当時のレンズの性能やシャッタースピードがどれくらいなのかを調べて、現代の技術で再現しようとしたんです。ところが、全くできなかったんですよね。現在、カメラは当時とは別のものになってしまっているんです。

さてどうしようかと考えたときに、画面全部にピントが合うと、人形の精度も技術的に上がっていることもあって、1カットあたりの情報量がすごく増えてしまう。情報量が少なすぎると安っぽくなるのでダメなのですが、多すぎても現実的になりすぎてしまう。だから重要なところだけにピントを合わせるために、レンズの絞りを開けたわけです。そうすると、背景はぼんやりとボケます。それがちょっとレトロに見える演出にもなったので、採用! ということになりました。

それからアメリカのテレビドラマシリーズの『24』も意識していますよ(笑)。『24』は、画面の手前に必ず何かを置いて、隙間から手持ちカメラで見る視線、というショットがあります。日本のドラマにはそういう構図はないし、新鮮なので、チェブラーシカでは手前にいろいろ置いています。

―専門的な技法にまで踏み込んでお話しいただき、ありがとうございました。では最後にお聞きしますが、続編の可能性はありますか?

中村:作りたいという思いはあります。でも、「パペットアニメの人」になるつもりはありません。もちろんパペットアニメの面白さは好きだし、これからも作りたいですが、ジャンルにこだわらず、いろんなことに挑戦していきたいですね。

リリース情報
『劇場版 チェブラーシカ 特別版』コレクターズエディション(2DVD)

2011年11月25日発売
価格:7,140円(税込)

監督:中村誠
脚本:金月龍之介、島田満、中村誠、ミハイル・アルダーシン
声の出演:
[日本語版]
大橋のぞみ
土田大
北乃きい
チョー
藤村俊二
[ロシア語版]
ラリーサ・ブロフマン
ウラジーミル・フェラポントフ
オリガ・ズベーレワ
ドミトリー・フィリモーノフ
アレクサンドル・パジャーロフ
[DISC1]
・日本語版本編
・ロシア語版本編
・ロシアプレミア上映時の映像
[DISC2]
・ロシア語本編(銀残しver.)
・メイキング映像
・原作者エドゥアルド・ウスペンスキー、オリジナル映画の美術監督レオニード・シュワルツマンインタビュー
[特典]
・『チェブラーシカ』資料集
・フィルムカットセット(3枚入り)

『劇場版 チェブラーシカ 特別版』通常版(DVD)

2011年11月25日発売
価格:4,410円(税込)

監督:中村誠
脚本:金月龍之介、島田満、中村誠、ミハイル・アルダーシン
出演:
声の出演:
[日本語版]
大橋のぞみ
土田大
北乃きい
チョー
藤村俊二
[ロシア語版]
ラリーサ・ブロフマン
ウラジーミル・フェラポントフ
オリガ・ズベーレワ
ドミトリー・フィリモーノフ
アレクサンドル・パジャーロフ
[収録内容]
・日本語版本編
・ロシア語版本編
・ロシアプレミア上映時の映像

プロフィール
中村 誠

1970年生まれ。アニメーション作品の企画・制作などを行う株式会社フロンティアワークスに所属し、アニメーション関連のシナリオライターとして活動。2004年、『チェブラーシカ』の新作の監督に抜擢される。2010年に公開された同作は、パペットアニメーションの秀作としてロシアをはじめ世界的脚光を浴びる。



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