大いなる期待を背負ったバンド「cinema staff」

誰もがどこかで「救い」を求める現代において、同じように「救い」を求め、迷い悩みながらも、音楽への真っ直ぐな愛情を持ち続けるバンドの存在は、きっと音楽を愛する人々にとっての「救い」と成り得るのではないか? 「救い」をテーマに掲げた『into the green』でメジャーデビューを果たすcinema staffは、そんな大きな可能性を感じさせるバンドである。

9mm Parabellum BulletやPeople In The Boxを輩出するなど、2000年代の日本のギターロックに確かな足跡を残し、今なお進化し続ける残響レコード。その若手筆頭株として、ミニアルバムを3枚、シングルとフルアルバムをそれぞれ1枚ずつ発表してきたcinema staff。彼らに寄せられる期待は、かなり大きなものだと言っていいだろう。これまで多くのバンドがチャレンジし、乗り越えられなかった大きな壁。「時代を捉えたオルタナティブなバンドサウンドを、日本の音楽チャートの最上段でかき鳴らす」という使命を、彼らはメジャーデビューと共に背負い込んだとさえ言えるかもしれない。しかし、『into the green』は「cinema staffならそれが可能なのではないか?」と思わせてくれるに十分の、素晴らしい作品だった。

CINRAではこれから、数回にわたってcinema staffを取り上げる記事をアップしていく予定だが、まずは彼らのこれまでの歩みをしっかりと紹介したい。それは決して平坦な道のりではなかった。様々な偶然と必然、悩みや葛藤、そして喜びを経て、彼らはいまここに至ったのだ。

「オルタナかつポップ」な音楽性の背景

cinema staff(以下、シネマ)の物語は、今から10年前の2003年、地元・岐阜の同じ高校に通っていた飯田と辻が、たまたま高校近くのライブハウスで出会ったところから始まる。

飯田(Vo,Gt):僕は小さい頃からずっとサッカーしかやってなかったんですけど、高校生になったらバンドをやろうと思ってて。辻くんとは学校ではちょっと顔見知りぐらいで、音楽の話は全くしてなかったんですけど、ライブハウスに行ったらばったり会って、「音楽に興味あるんだ?」っていう話から意気投合したんです。辻くんがギターをやってることも聞いて、「じゃあ、一緒にバンドやろうか」って。

そこに、飯田がわずかな期間在籍していたサッカー部の友人で、路上で弾き語りをしていた三島を誘い、シネマの母体が完成。当初は「REAL」というバンド名だったが、大学進学と共に「cinema staff」に改名している。そして、大学の「アメリカ民謡研究会」という音楽サークルで、三島とバンドを組んでいた久野を誘い入れ、2006年7月に現在の編成となり、地元のライブハウスを中心とした活動を開始した。

久野(Dr):大学で三島くんとバンドを組んで「もうひとつ別に昔からやってるバンドがあるんだけど、そっちでも叩いてくれない?」という話をされて、無理やりスタジオに入らされまして(笑)。そこで辻くんと飯田くんと初対面して、曲を合わせて、僕の目の前で前のドラマーがクビになりました(笑)。

三島(Ba):電話には出なかったんで、クビにするメールを送ったんです(笑)。

cinema staff
写真左から:久野洋平(Dr)、飯田瑞規(Vo,Gt)、辻 友貴(Gt)、三島想平(Ba)

シネマの音楽性は、ハードコア、エモ、ポストロックといった、オルタナティブの流れを汲んだロックがベースとなっている。90年代の後半から00年代の初頭は、海外(主にアメリカ)のハードコアからの影響を独自に消化したバンドが頭角を現した時期であり、北海道からはその先駆け的存在であるbloodthirsty butchersやeastern youth、福岡からNUMBER GIRL、さらにはbloodthirsty butchersに影響を受けたLOST IN TIMEなども現れており、シネマにとってそうしたバンドたちはとても大きな存在だった。

特に、曲作りの中心を担う三島が当時入れ込んでいたNUMBER GIRLの影響は大きく、渋谷クアトロでのライブが収録された『シブヤROCK TRANSFORMED状態』を、「人生で一番聴いたCD」と言うほどだ。

三島:高校の途中くらいからNUMBER GIRLを聴いて、「歌なんてちゃんと歌うなよ!」みたいに考えてたところはあったと思います。すごく影響されてて、「お前はシングルコイルのギターを使え」とか「お前はテレキャスターにしろ」とか、いろいろメンバーに強要してました…今考えると完全に勘違いなんですけど(笑)

しかし、そんなオルタナティブなサウンドを志向しつつも、シネマの楽曲というのは非常にポップでもある。それは、彼らがオルタナ以降の世代であると同時に、J-POPがメガヒットを連発していた時代の後の世代でもあるからではないだろうか。あの時代を経験したロックバンドにとって、ポップであることはイコール「商業主義的」というイメージが少なからずあって、J-POPは仮想敵であったはず。しかし、そこを直接的に経験していない彼らは、ポップであることを斜めから見るような目線は持っていないのだ。

何しろ三島はシネマの加入以前に路上でゆずを弾き語っていたような、大のポップ好き。飯田も結成当初はオルタナバンドの影響から、シャウトをするような声の出し方を志向していたようだが、自分の声質と向き合った結果、徐々にメロディを重視したボーカルスタイルを確立していく。それはもはや、バンドにとっての最大の武器とさえ言えるものだ。

残響recordとの運命的な出会い

オルタナティブなサウンドと、ポップなメロディという軸を持ったシネマが、残響recordの存在を知るのは時間の問題だった。インストバンドte'のギタリストである河野章宏によって2004年に設立された残響recordは、日本の良質なエモ〜ポストロックのバンドを次々と世に送り出し、中でも2006年にインディーズデビュー、2007年にメジャーデビューを果たしたレーベルの看板バンド9mm Parabellum Bulletは、狂騒的でプログレッシヴな音楽性でありながら、大きな会場を埋めるビッグバンドへと瞬く間に成長していった。当然シネマのメンバーもte'や9mmを聴いて興奮し、酸素十倍といったややマニアックな残響のバンドも聴き込むほど、熱心なリスナーだった。

cinema staff

そんな彼らが残響recordとの運命的な出会いを果たしたのは2007年の8月。シネマが東京でライブを行った際、たまたま対バンを見に来ていたレーベルのスタッフが、シネマを発見する。しかも、そのスタッフが見に来ていたのはシネマのひとつ前に出演していたバンドで、そのバンドを見終えて帰ろうとしていたところ、9mmのTシャツを着たギターの辻がセッティングに現れ、彼らのライブを見る気になったのだ。なんという偶然! いや、今にして思えば、それは必然であったようにすら思う。

しかし、ちょうどその頃に同郷のmudy on the 昨晩にも残響recordから声がかかっていたため、「まさかこんな近くの2バンドに、あの残響recordから話が来るわけがない」と、最初はかなり怪しんでいたらしい。それでもようやく、河野がエンジニアを連れて岐阜を訪れ、スタジオでプリプロを行う中で、デビューを実感することとなったのだが。

試練のファースト&セカンド

1st mini album『document』
1st mini album『document』

こうして2008年11月に、残響recordから記念すべきインディーズデビューとなった1st mini album『document』を発表すると、その半年後の2009年6月には2nd mini album『Symmetoronica』を発表と、順風満帆のスタートを切ったかのように見えたシネマだが、メンバーに言わせれば、この時期は「試練」でしかなかった。『document』は彼らにとって初の本格的なレコーディングだったため、勝手のわからない作業に戸惑い、特に飯田は何度となくボーカルを録り直すことで、心身ともに極限状態だったという。アルバムタイトルは別の候補もあったが、「これは当時のバンドの姿をそのまま収めたドキュメンタリーである」として、『document』と名付けられている。


1st mini album『document』収録曲

飯田:歌のブースの中で寝てたりしましたからね。今考えると、そんな状況なんて絶対ないじゃないですか? もう、疲れすぎてて。

三島:「30分休憩」っていうときに、「飯田が出てこない」って見に行ったら、すごい体勢で寝てて。歌詞カードにはグチャグチャ色々書いてあって、鉛筆がボロボロ折れてるっていう…地獄絵図でしたね(笑)。

2nd mini album『Symmetoronica』
2nd mini album『Symmetoronica』

一方の『Symmetoronica』では、レコーディング自体は前作よりスムーズに進んだものの、収録曲を巡ってプロデューサーを務めた河野と何度も話し合いを重ねることとなり、今度は三島が疲労により激痩せを経験するなど、思い出すのも辛い時期だった。しかし、その作業が決して無駄ではなかったことは今となれば明白で、もちろん演奏も歌もまだまだ荒削りではあるものの、センスのいいアレンジやメロディから、この2作が間違いなく今現在のシネマの原型となっていることがわかる。


2nd mini album『Symmetoronica』収録曲

実際、『Symmetoronica』のリリースに伴うツアーを経て、2010年の3月に渋谷のO-nestと名古屋のROCK'N'ROLLで行われた初のワンマンは両日ともにソールドアウトを記録。バンドを取り巻く状況は、確実に広がりを見せ始めていた。

自由の海へ

インディーズ時代のシネマが辿ってきたのは、「海」へ出るまでの道のりだったと言うことができる。

三島:海は常に憧れでした。内陸の岐阜県出身なので、身近に海がないんです。小さいときから海水浴に行く機会もそんなになかったし、泳ぐといったらプールの決められた範囲の中。でも、頭の中では海の果てしないイメージがあって、自由の象徴だったんです。外に向けて放たれているものの象徴で、すごく憧れてました。

3rd mini album『Blue,under the imagination』
3rd mini album
『Blue,under the imagination』

そんな「海」への想いは、様々な制約から解放され、自由な創作の喜びを手にしたいというバンドの想いとはっきりリンクしていた。そのイメージが初めて明確に表れたのが、3rd mini album『Blue,under the imagination』。バンドにとっての初のセルフプロデュース作品で、すべてを自分たちでコントロールした結果、初めて楽しいレコーディングを経験することができた、大事な作品だ。「ブルー」という言葉に、明確な「海」のイメージはまだなかったというが、自由を少しずつ掴み始めたという感覚が、そのままタイトルへとつながっていたのだと思う。


3rd mini album『Blue,under the imagination』収録曲

2010年の年末には、いよいよ4人で上京。共同生活を送りながら、迎えた勝負の2011年は、初のシングル『水平線は夜動く』と共に幕を開けた。この「水平線」という言葉には、明確に「海」がイメージされ、いよいよ彼らの最初のゴールが目前に迫る。

1st full album『cinema staff』
1st full album『cinema staff』

そして、2011年6月に発表された1st full album『cinema staff』で、遂に彼らは解放され、自由の海へとたどり着いた。ここには、もはやエモ〜ポストロックといった文脈を必要としない、ただただ自分たちが思う「かっこいい音楽」を鳴らしているシネマがいる。アルバムを締めくくる大曲“海について”は、まさにインディーズ時代の集大成と呼ぶべき1曲であり、その壮大なスケール感は、まさに彼らの眼前に広がる海そのものなのである。


1st full album『cinema staff』収録曲

愛すべき音楽へのリスペクト

アルバム『cinema staff』の発表に伴うツアーのファイナルが行われたのは、渋谷のクラブクアトロ。そう、三島が「人生で一番聴いたアルバム」と語る、あの『シブヤROCK TRANSFORMED状態』と同じ舞台である。この日のライブで三島は、やや照れくさそうにしながらも、言わずにはいられなかったといった感じで、「あのアルバムと同じ舞台に立てた」という喜びを率直にMCで語っている。

久野:NUMBER GIRLのライブ盤っていうのは、僕たちのライブでは重要なタイミングでかかってることが多かったんです。気合いを入れたいときに、『シブヤROCK TRANSFORMED状態』を聴くか、『サッポロOMOIDE IN MY HEAD状態』(解散ライブを収めたライブ盤)を聴くか、みたいな。

三島:「何回解散させたかな?」っていうぐらい解散させてるよな(笑)。

そんな風に話す様子を見て思うのは、シネマを渋谷クアトロまで、『cinema staff』まで、「海」までたどり着かせた原動力は、間違いなく彼らの音楽に対する愛情だということだ。特に、自分たちが聴いて育ってきた愛すべき音楽へのリスペクトを、彼らは片時も忘れたことがない。

このクアトロ公演はもちろん、彼らのライブのオープニングSEは常に地元の先輩バンドであるClimb The Mindであり続けているし、そもそも2007年に辻が9mmのTシャツを着ていなかったら、今のシネマはなかったかもしれない。デビュー当初こそレコーディングで苦しんだものの、それでもデビュー以降に解散を考えたことは一度もないという彼ら。それは、音楽へのピュアな愛情を持ち続けていることの何よりの証だと言えよう。

飯田:(上の世代とのつながりは)辻のおかげですね。何となく人と話せるようになる天才なんで(笑)。

辻(Gt):ずっとライブを見に行ってたし、憧れていた人たちと一緒にライブができるようになるっていうことはめちゃくちゃ感慨深いですね。

そして2012年、念願のbloodthirsty butchersとの対バンを果たすと、同じく結成当初からの憧れだったLOST IN TIMEをゲストに迎え行われたツアーファイナルの4月14日の渋谷クアトロのステージで、メジャーへの移籍を発表。クアトロでLOST IN TIMEと共にだなんて、彼らにとってこれ以上のシチュエーションはなかったはずだ。

『into the green』に込めた想い

st E.P.『into the green』
1st E.P.『into the green』

メジャーデビュー作1st E.P.『into the green』の制作は、インディーズからのデビュー時とは違った意味で、彼らにとってひさびさの試練となった。自由の海を象徴する「ブルー」の後に彼らが選んだ「グリーン」が意味していたのは、「救い」だった。

三島:僕は緑色に「救いの色」っていうイメージがすごくあったんですよ。去年は震災もあったし、プライベートのゴタゴタもあって、結構心がやられていて、当時作っていた曲は全部自分を助けるために作った曲なんですけど、(“into the green”は)その最も象徴的な曲なんです。

アルバムの制作ですべてを出し切り、一時的に抜け殻の状態にあったバンドを襲った未曾有の震災。実際にメジャーが決まるかどうかというナイーブな時期だったことも重なって、メンバーそれぞれが自身と向き合わざるを得ない、そんなギリギリの状況で制作が進められていたのである。

久野:「辞めようと思った」とか、そういう話ではないですけど、異様な空気ではありましたね。曲を作ってるときも、「わけわかんないけど、とりあえず形にしよう」みたいなガムシャラ感はすごくあって、「メジャーだからこういう曲を作らないといけないんじゃないか」とか、そういうことを考えている暇もなかったです。

このような状況の中で作り上げたからこそ、“into the green”は彼らにとって非常に大きな意味を持つ曲となった。飯田の涼しげな歌声から始まるこの曲は、シネマのサニーサイドが押し出された、メロディの美しさが際立つストレートな1曲。しかし、この曲が何より素晴らしいのは、何とか大切なものだけを掴み取ろうとするバンドの姿がはっきりと見えるところだ。

「名前を呼んでくれ。それ以外何ひとついらない。」というサビの歌詞が示しているように、疲弊した状況の中でも、彼らは決して前に進むことをあきらめていたわけではない。すべてをさらけ出し、自らの核だけを信じ、何とかこの曲を作り上げたのだ。

楽曲のハイライトとも言うべき、轟音パートからスッとアコースティックギターだけが残る中盤の展開は、まさに混沌の末に大切なものを手にしたことが、音で表されているかのよう。こういう曲をメジャーの最初に出せたというのは、非常に意味があることだと思う。

飯田:今までの曲から比べると素直な曲というか、無駄に何も汚していない感じがあります。三島のそのときの状況から歌詞が出てきて、こういうメロディが生まれたんだと思うんですけど、それが結構切ないものだったりして、それは壊さないように歌いました。

三島:この頃の曲を書きあげて、「すごくスッキリした」というか、「吐き出せた」みたいな思いはあって、すごく楽になりました。今まではそういう風に思って曲を書いたことがなかったんですけど、あれがなかったら、今の落ち着いた精神状態にもなれてないと思います。

誰もがどこかで「救い」を求める現代において、同じように「救い」を求め、迷い悩みながらも、音楽への真っ直ぐな愛情を持ち続けるバンドの存在は、きっと音楽を愛する人々にとっての「救い」と成り得るはず。そんな意味においても、“into the green”のテーマが「救い」であったことは、今後の彼らにとって、きっと大きな意味を持ってくるのではないだろうか。そう、シネマの新たな物語は、ここから始まるのだ。

三島:一時期すごく「表現しなきゃ」っていうか、「表現者じゃないといけない」みたいな謎のプレッシャーがあったんですけど、今はもうなくなりました。「そのときに言いたいことがあれば、言えばいいや」って。いろんなバンドと関わりながら、アングラでもオーバーグラウンドでも関係なくやって、「こんなに楽しそうに音楽でメシ食ってるぞ」っていう見本になりたいと思ったりもしますけど、まずは音源を聴いてみてほしいし、この後出るのもどんどん良くなるんで、楽しみにしていてほしいです。

イベント情報
『cinemastaff 1st E.P.「into the green」release oneman live「望郷」』

2012年7月1日(日)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:岐阜県 岐阜 BRAVO
出演:cinema staff
料金:前売2,800円 当日3,300円

2012年7月15日(日)OPEN 17:15 / START 18:00
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM
出演:cinema staff
料金:前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)

リリース情報
cinema staff
『into the green』

2012年6月20日発売
価格:1,400円(税込)
PCCA-03613

1. into the green
2. 棺とカーテン
3. チェンジアップ(Re-Recording)
4. 優しくしないで(Re-Recording)
5. KARAKURI in the skywalkers(Re-Recording)
6. AMK HOLLIC(Re-Recording)
※初回特典として『cinema book』が付属

プロフィール
cinema staff

2003年、辻 友貴、飯田瑞規、三島想平が前身バンドを結成。2006年7月に久野洋平が加入し、現在の編成となる。愛知・岐阜県のライブハウスを中心に活動を開始し、2008年に残響recordより1st mini album『document』をリリース。現在までに3枚のミニアルバムと1枚のフルアルバムをリリースし、2012年6月に満を持して1st E.P.『into the green』でメジャーデビューを果たす。



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