音楽が希望であり続けた男 Serphインタビュー

2009年7月のデビューから約3年半、いまだにアーティスト写真も詳細なプロフィールも公表されていないSerphという音楽家との対話も、今回の取材が3度目となった。nobleからの初作にあたるセカンドアルバム『vent』で急速に注目を集めると、順調にアルバムのリリースを重ねる一方で、平井堅やYUKIといった大物アーティストのリミックスも手掛けるなど、一躍電子音楽界のホープへと成長。周囲の状況が変化していく中で、Serph自身の意識も大きく変化し、特に「なぜ自分は音楽を作るのか」という根本の意識はガラリと変わったと言っていいだろう。『vent』発表以前に行われた人生初の取材で、「他にやることがない」ということを音楽に向かう理由のひとつとして挙げていたSerphは、今「僕の音楽が誰かにとってのささやかな希望になってくれれば」とさえ語っている。つまり、現在のSerphは「自分のやるべきことはこれなんだ」と、能動的に選び取って音楽に向かうようになったのである。ポップさも実験性も、これまで以上に突き抜けたオリジナリティーを誇る新作のタイトル『el esperanka』は、スペイン語で「希望」を意味する「esperanca」を元につけられた。このアルバムは、音楽が希望であり続けた男の力強い決意表明なのだ。

「この人のアルバムがあるから頑張れる」みたいな、そういう強力なアーティストになりたいんです。

―『el esperanka』はフルアルバムとしては、『Heartstrings』以来、2年ぶりの作品となりますね。その間には別名義のReliqとしてのアルバムと、ミニアルバム『Winter Alchemy』のリリースもありましたが、『Heartstrings』までのリリーステンポが早かっただけに、ひさびさの作品のようにも感じます。ご自身としては、リリースのテンポに関してどう感じていらっしゃいますか?

Serph:いつも通りだと思います。「アルバムとしてまとめる機会がやっとめぐってきたな」ってぐらいですね。

―相変わらず、毎日のように曲作りをしていることには変わりないと。

Serph:そうですね(笑)。

―『vent』と『Heartstrings』で、Serphの世界観というものをひとつ確立したと思うんですね。その上で、さらに新しいものを作るために、時間を必要としたんじゃないかとも思ったのですが?

Serph:日々試行錯誤はしていました。同じパターンにはまらないようにしつつ、「Serphらしさ」が出ないかなってずっと作り続けてきた結果がこのアルバムだと思います。アッパーでカタルシスがあるだけじゃない、もっと奥深い、いろんな方向に分かれてるアルバムにしたくて。


―制作の背景にある心境の変化っていうのは、アルバムタイトルにすごく表れてると思ったんですね。資料にある「僕の音楽が誰かにとってのささやかな希望になってくれれば」「従来のやり方、形の希望ではなく、新しい希望が必要」というコメントは、かつて「自分に向けて曲を作ってる」とおっしゃっていた時期と比べ、大きく変わりましたよね。

Serph:そこは「リスナーがいるんだ」っていう実感があったのが大きいですね。でも、リスナーのことを考えないでファーストを作ったから今があるっていうのも事実なので、その部分は変えたくないんです。

―「リスナーがいる」ということを自覚し始めたのはいつ頃からですか?

Serph:『Heartstrings』ぐらいから多少実感が湧き出して、その後リミックスで結構有名な歌手の方から依頼を受けたりもして、少しずつ自覚したって感じですね。規模が大きくなってきてるんだなっていう。

―そうやってリスナーの存在を自覚したことによって、自分の音楽がその人たちにとっての希望になってほしいと思うようになったと。

Serph:そうですね。「この人のアルバムがあるから頑張れる」みたいな、そういう強力なアーティストになりたいんです。

―それって、過去に自分がそういうアーティストに支えられた経験があるからこそ言えることではないかと思うのですが?

Serph:dimliteのファーストからセカンドぐらいは、すごく支えに……というか、生きがいみたいな感じで聴いてましたね。「こんなすごい音を作る人がいるんだ」って、音楽そのものに対して、まだ可能性があるっていうことが感じられたので。

―dimliteは取材の度に名前の挙がるアーティストですが、初めて聴いたときから衝撃的だったんですか?

Serph:衝撃でしたね。Prefuse73とかが作ったインストのロウビートの流れみたいのがあるじゃないですか? そのパターンが決まりきってきたところに、他の音楽の要素も混ぜて、新しいものを作ってたのがすごく面白かったんです。

―Serphの音楽が、誰かにとって、かつての自分にとってのdimliteの音楽のようになってほしいと。

Serph:はい、そう思いますね。

死を近くに感じたことで、自分の人生の優先順位がはっきり見えて、音楽が最優先だなって気づいた。

―「希望」という強い言葉を使っていらっしゃるのは、リスナーの存在を自覚したこと以外にも、ご自身の音楽に対する意識の変化があったのではないかと思うのですが、いかがですか?

Serph:そうですね……やっぱり、震災は大きかったですね。死を近くに感じたことで、自分の人生の優先順位がはっきり見えてきて、その中でやっぱり音楽が最優先だなって気づいて。気持ちの持ち方って、自分の周りのいろんな現実に反映されるじゃないですか? その気持ちの核にエネルギーを送り込むための手段として音楽があって、僕が信じる希望みたいなものをそこに込めて、人に伝えたいと思っています。

―Serphはファンタジックな世界観が魅力ですが、そこには現実とのリンクもあると。

Serph:生きるために音楽が必要だって自覚したんです。特別なケースだと思いますけど。

―確かに、「音楽は何の役にも立たないから」って、まずはボランティア活動を実行した人もいますし、アーティストによって震災の受け取り方は様々でしたよね。

Serph:自分にできるベストなこととして、目の前に音楽っていう道が開かれてるっていうことに改めて感謝したっていうか、最高に悔いのない仕事として、音楽をやるしかないって思ったんです。

―「従来のやり方、形の希望ではなく、新しい希望が必要」というコメントは、震災によって、これまでの認識とは違う認識が必要になったということを意味しているわけですか?

Serph:まさにそうですね。ホントに明日がどうなるかもわからないなって思ったし、あと震災後の様々な問題っていうのは、やっぱり古い、動きにくいシステムによるところが大きいから、新しい、もっとやわらかい心のあり方っていうのが、希望なのかもしれないなって思います。

―震災が起こってすぐにそういった前向きな気持ちになれましたか?

Serph:いや、そりゃあもう、いろいろ葛藤して……でも、人生に何を望むか考え抜いた末に、音楽っていうところに至りました。例えば、あと1時間でもう地球が終わりますってなって、1時間何をして過ごすか、じゃあ音楽をかけようってなったときに、「Serphいいんじゃない?」って言われるようなディスクが作りたいですね。

―その考えは、実際に『el esperanka』の楽曲に反映されていると言えますか?

Serph:ポップであったりメロディアスだったりすることの重要性っていうのは考えました。聴きづらいとか、特定のサウンドシステムが要るとか、実験的なだけの音楽っていうのは、少なくとも僕は終わりが近づいて切羽詰まったときに聴いていたくはないですからね。

「自分のハートが求めるところを一番大事にしなさい」っていうことを、僕はビートルズの音楽から感じてますね。

―事前に2012年によく聴いていた音楽をお伺いしたら、ビートルズの名前を挙げていらっしゃいましたよね? しかも、“Let It Be”“Hello,Goodbye”“Hey Jude”といったポップソングを挙げられていたのは、さきほどの「ポップの重要性」という話に通じる部分と言えますか?

Serph:そうですね。“Let It Be”なんかは、すごく気持ちが楽になる歌詞だし、音楽的にも、ハーモニーだったり、作りがすごくしっかりしてる。ビートルズは人間を通して現れるエネルギーの重要な結節点だったんだと日々思います。

―“Let It Be”の歌詞は、具体的にどんな部分に惹かれるんですか?

Serph:自由だと思うんですよね。余計なものを全部取っ払って、好きなようにしなさいっていう。ただ、現実の状況っていうのは、自分の力だけではどうにもできないところがあるから、そこはあるがままに、まさに“Let It Be”っていう。とにかく、「自分のハートが求めるところを一番大事にしなさい」っていうことを、僕はビートルズの音楽から感じてますね。

―言うまでもなく、Serphの音楽はインストゥルメンタルですが、言葉の持つ力について、改めて考えたりもしましたか?

Serph:それはあるかもしれないです。自分の言葉に責任を持たなければいけないなっていう当たり前のことを、最近やっと気づいて(笑)。それぐらい言葉以外のリアリティーが僕にとっては大事だったっていうことでもあるんですけど、今回はできるだけポジティブで、でもひとつには捉われないような言葉として、『el esperanka』っていうタイトルにしたっていうのもあります。

Serph『el esperanka』ジャケット
Serph『el esperanka』ジャケット

―同じく、2012年によく聴いた音楽として、大橋トリオさんの『NEWOLD』も挙げていらっしゃいましたね。

Serph:トラックも声もすごく好きですね。

―歌ものとはいえ、ジャズを基調とした音楽性には通じるものがありますもんね。さらに言えば、大橋さんは「やるからには本場のアーティストにも負けたくない、高みを目指したい」っていう姿勢をすごく持ってらっしゃって、そういう部分でもシンパシーを感じるところがあるのかなって。

Serph:それはすごくありますね。僕も地球規模で注目されるような作曲家、プロデューサーになりたいと思っているので。

―そこがまさに「自分のハートの求めるところ」なんでしょうね。他にも、インストじゃない日本の音楽で、最近よく聴いていた人っていますか?

Serph:志人の『Zymolytic Human 〜発酵人間〜』はヘビロテです。

―ああ、Serph、大橋トリオ、志人って、音楽ジャンルは全く違うけど、でもすごくしっくりくる並びですね。職人気質な部分があって、己の道を歩んでる、それこそ武士道に近いような芯の強さを持ったアーティストというイメージがあります。やはり、シンパシーは強いですか?

Serph:そうですね、すごく感じますね。

―己の道を歩むという意味では、本作でも多彩な展開を持ったプログレッシブな楽曲というSerph節は健在で、ますますテクニカルかつエモーショナルに進化をしていると感じました。プログレッシブであること自体は、意識してそうしているというより、自然とそうなっていくわけですよね?

Serph:その通りです。本能的な感じですね。

―難しい質問だとは思いますが、プログレッシブなものに本能的に惹かれるっていうのは、何か理由というか、背景があるのでしょうか?

Serph:難しいですね……音楽って、実生活の裏返しみたいな部分があると思うんです。実生活で抑えてるものを、音楽で吐き出して形にしてる部分はすごくあると思うので、たぶん僕が実生活であまり展開を作ってないということかもしれません(笑)。それを音楽で吐き出すという、代替行為じゃないですけど、そういう部分があるのかもしれないですね。

―実生活は「ABサビ」的な、よく言えばストレートな、悪く言えば単調な進み方をすることが多いと(笑)。

Serph:そうかもしれないです(笑)。

命を削って作ってる感覚はあります。

―制作中は自分の世界に没入して、無我夢中で作っているという話を以前していらっしゃいましたが、それってその分負荷もかかると思うんですね。

Serph:そうですね、命を削って作ってる感覚はあります。

―入り込んでるときって、どんな状態なんですか? 飲まず食わずで作業したり?

Serph:飲まず食わずですね。すぐ形にしないとアイデアが逃げてしまう感じがして、トイレに行くのも忘れてやってたりします。長いときは17、18時間とかぶっ続けで作ってたり……音楽に取り憑かれてしまうようなところがあるんですよね。

―じゃあ、アイデアが枯渇したときの気分転換はどうやって?

Serph:……音楽から離れられない感じなんです。気分転換も、音楽を聴きながらだったりするんで。

―音楽が自分の人生の最優先事項であることを改めて認識して、現在相当な覚悟と集中力を持って音楽に向き合っているのだと思うのですが、音楽家として生きていく上で、今後に関してはどうお考えですか?

Serph:やっぱり音楽を生活のための手段としては捉えたくないんですよね。例えばもし作品を発表できなくなったとしても、僕は作品そのものが大事だと思っているので、音楽を作るっていうことは絶対にあきらめたくないんです。今まで他の人がやってきたような音楽家としての生き方っていうものは、これからの世の中では立ち行かないだろうと思ってるんですけど、音楽が好きだっていう強い気持ちはあるので……ただ、生活力がないのが悩みなんです(笑)。

―確かに、これまでの音楽家のあり方が難しくなってきているのは確かだと思いますが、一方で、かつての「いい歳になったら音楽を卒業する」っていう概念が薄れつつあるという話をすることも最近多いです。部屋で一人でもクオリティーの高い音楽を作れるツールがあるし、ネット上にはそれを発表できる場もあるから、これまでとは違うやり方で、音楽を作りながら生きるっていうことは可能なんだろうなって。

Serph:音楽で富とか名誉を得たいっていうことではなくて、いいものができたから、それをシェアしたいっていうところで音楽をやる人が増えてきてますよね。だから、ネットに無償でアップしたりしてるんでしょうし。そこから先があるのかどうかはまた別として、パブリックなところに自分の作ったものを発表できて、反応をもらったりすることができる時代ですから、そこは自分の「作品そのものが大事」っていう姿勢とリンクしてきてる気はしますね。

―とはいえ、Serphの作品を聴いていると、もっともっと多くの人と、ネットだけではなく、リアルでこの音楽を共有したいという欲求も出てきます。取材の度にお伺いしていることですが、まだ一度もやられていないライブに関しては現在どうお考えですか? 以前は「機が熟したら」というお答えでしたが。

Serph:機が熟しそうだなっていう……。

―お! そろそろライブをやろうと考えてるわけですね!?

Serph:はい、やっぱりライブをしてみたいっていう気持ちはずっとあったんです。『electraglide』とか『FUJI ROCK FESTIVAL』とか、そういうところに行くと、ライブ空間の可能性をビシビシ感じますよね。どういう形でやるかっていうのは、これから組んでいこうと思ってるんですけど。

―楽しみです。きっと、素晴らしい空間になるんじゃないかと思います。

Serph:ありがとうございます。楽しみにしていてください。

リリース情報
Serph
『el esperanka』(CD)

2013年3月15日発売
価格:2,300円(税込)
noble / NBL-207

1. twiste
2. magicalpath
3. session
4. vesta
5. parade
6. shift
7. ankh
8. wizardmix
9. felixz
10. curve
11. vitt
12. rem
13. crystalize

プロフィール
Serph

東京在住の男性によるソロ・プロジェクト。2009年7月、ピアノと作曲を始めてわずか3年で完成させたアルバム『accidental tourist』をelegant discよりリリース。2010年7月に2ndアルバム『vent』、2011年4月には3rdアルバム『Heartstrings』、11月にはクリスマス・ミニ・アルバム『Winter Alchemy』を、それぞれnobleよりリリース。2013年3月に、フルアルバムとしては約二年振りとなる新作『el esperanka』をnobleよりリリースした。より先鋭的でダンスミュージックに特化した別プロジェクト、Reliq(レリク)でも一枚アルバムを発表している。



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