「みんなにとっていい曲」はあるのか? 小谷美紗子インタビュー

今の時代において、小谷美紗子ほどその言葉が求められているシンガーソングライターというのはいないのではないだろうか。<やさしさは苦しみの中から生まれる>と歌った“眠りのうた”を例に挙げるまでもなく、小谷はこれまで常に悲しみから目をそらさず、その本質を見つめ続け、それを最終的にはポジティブに解釈し、希望として歌を届けてきた人である。前作『ことの は』からは3年半ぶり、フルアルバムとしては『OUT』以来実に6年半ぶりで、震災後は初の正規作品となる新作『us』には、そんな希望を歌う表現者としての小谷がより明確に表れている。つまり、この作品は小谷にとって決して「変化」の作品ではなく、あくまでその強度が増した作品なのだ。それは今までと何ら変わることなく、それでいて格段の進化と深化を遂げた、玉田豊夢と山口寛雄とのトリオ編成の演奏にもはっきり表れていると言っていいだろう。

とはいえ、震災以降の2年半が、小谷にとって大きな葛藤と戦った2年半だったこともまた間違いない。2011年の9月に無料配信された“3月のこと”で、小谷は<歌なんか 今そんなもの 聴いても しょうがない>と、自分のこれまでを否定するような言葉を綴っていたりもする。果たして、小谷はそれからどんな時間を過ごし、「僕ら」へと呼びかける『us』を作り上げるに至ったのか。その変遷をじっくりと語ってもらった。

「頑張れ」とは言えなかったし、「頑張るな」とも言えない、どっちでもない、どうしようもない感情がある。それを私は知ってる、分かち合える、だから歌えると思ったんですよね。

―今回の作品は震災後の小谷さんの想いが詰まった作品になっていると思うので、改めて当時の心境から聞かせてください。すぐに音楽に向かうことはできなかったという話を聞いていますが、まず自分は何をしようと考えましたか?

小谷:私はホントに細かいことですね。募金をするとか、物資を送るとか、そういう誰にでもできることを個人的にやっていました。ファンに「募金しようよ」とか呼びかけるんじゃなくて、黙々と一人の人間として活動を続けようと思って。それから少し経って、直接被災地に行って物資を渡したりできるようになってから、「歌を届けたら、目の前のこの人たちが元気になってくれるかな?」とか、ようやくそういう風に考えられるようになりましたね。

小谷美紗子
小谷美紗子

―震災後に最初に発表された曲は“3月のこと”でしたね。あの曲は震災が起きてからどれくらいで書いた曲だったのですか?

小谷:何かしら言葉はずっと書いてたんですけど、それを曲にするとかではなく、自分の頭の中を整理するために書いてたんです。被災地に向けて、私だったらこういう言葉をかけたいけど、果たしてこの言葉が合ってるのか、力になるのか、逆に傷つけてしまうんじゃないか、そういうことを思いながら、とりあえず書き留めていました。

―実際に“3月のこと”が無料配信されたのは2011年の9月でした。半年経って、やっと発表できたと。


小谷:震災直後だと、あの歌は生々し過ぎたと思うんですよ。震災から少し時間が経ったり、自分の目で被災地を見て「この場所にはこの言葉が必要かもしれない」と思ったり、そういう過程を経て、やっと世に出そうっていう気持ちになりました。

―<歌なんか 今そんなもの 聴いても しょうがない>っていう歌い出しは、これまでずっと歌ってきた小谷さんにとって、非常に重い言葉ですよね。

小谷:そうですね。頭の一行は、全否定ですからね。

―でも、それが当時の偽らざる心境だったわけですよね。

小谷:ホントに個々にいろんな悲しみがあって、家が流されて悲しい人がいれば、家族が死んでしまって悲しい人もいるし、原発のことでやりきれないって人もいる。「みんなにとっていい曲」っていうのは、ないのかもしれないって思ったんです。

―確かに、人それぞれの悲しみがありますよね。

小谷:シンプルに「頑張れ」って言ってほしい人もいただろうし、「今は頑張らなくていいよ」って言ってほしい人もいただろうし、誰も気づいてないけど、ホントはここが悲しいっていうことに気づいてほしい人もいただろうし。そういう中で、私は「誰も気づいてないけどホントはここが悲しい」っていう、少数派に向かってだったら歌えると思ったんです。「頑張れ」とは言えなかったし、「頑張るな」とも言えない、どっちでもない、どうしようもない感情がある。それを私は知ってる、分かち合える、それだったら歌えると思ったんですよね。

―特に東京ではそういう黒でも白でもない、グレーな感情を抱えた人が多かったですもんね。今一番怖いのって、震災が風化してしまうことだと思うんですけど、そういう個人的な感情、ある種のドキュメントを歌にしておくことで、これから何度でも再生できるっていうのはすごく重要なことだと思います。

小谷:「アーティスト」とか、そういうことを考えるのはやめようと思ったんですよ。みんなと同じように、一人の人間としてできることをとにかく続けるしかない、それだけですよね。ある種自己満足の世界ですけど、「小さなことだけど、力になってるかもしれない」っていう、「何かできてる」っていうことで自分を保つ、そういう部分もあったと思いますね。

震災以降は自分の感情を表現するというよりも、「役に立ちたい」っていう気持ちが強くなってるのかもしれないです。

―アルバムに向けてという意味では、スタッフさんとの話し合いの中から、「ワンマンライブごとに新曲を3曲発表する」っていうのを3回繰り返して、9曲を作ったそうですね。それって結構なプレッシャーだったんじゃないですか?

小谷:そうですよね。お客さんと約束するわけですからね。なので、もしできなかったら当日お客さんに何て言おうとか、そもそもそんな状況絶対作っちゃダメだとか、かといって自分がいいと思えない楽曲を発表することは絶対できないし、自問自答を繰り返してました。

―そういう中で、決断できたのは何かきっかけがあったのですか?

小谷:震災の前ぐらいからTwitterを始めて、お客さんと直接会話をする機会ができて、すごく私の言葉を求めてくれてるのがわかったんです。それで、その人たちが元気になるような言葉を書きたいっていう気持ちになって、創作意欲は強かったんですよね。それで「今だったらできるかもしれない」と思って、精進してみました(笑)。

―Twitterを始めて、ファンの言葉がよりはっきりと伝わってきたわけですね。

小谷:そうですね。あとTwitterをやってると、自分がつぶやくときに、自分の音楽を好きでいてくれる人のことを考えるようになるんですよ。今から学校に行くのかな、会社に行くのかな、憂鬱かな、楽しいのかなとか。そういうときって、すごく気持ちが優しくなって、優しい言葉を配りたくなるんですよね。そういう中で歌詞ができて、つぶやきがそのまま歌詞になったりもしたんです。自分の音楽を聴いてくれてる人のことを想って、それに対して言葉を書くっていうのは、今まではなかったんですよね。

―それが歌詞の中によく出てくる「僕ら」っていう人称だったり、アルバムタイトルの『us』につながるわけですよね。その変化って、小谷さんの中では自然なものでしたか? それとも、自分でも驚きがありました?

小谷:ナチュラルですね。「今までとは変えよう」みたいな感覚も特になく、震災以降は自分の感情を表現するというよりも、「役に立ちたい」っていう気持ちが強くなっているのかもしれないです。

―そうですよね。小谷さんは以前から、最終的にはポジティブにたどり着く歌を歌ってきたわけですし、「役に立ちたい」という想いが生まれたというよりは、前からあったものが強くなった、ということですよね。

小谷:そう。もともと曲を書き始めた頃から、誰かの役に立ちたいとは思ってたんです。自分を励ましたり、感情を吐き出すことがきっかけで曲を作ってきましたけど、それを聴いて誰かが元気になったり、何かに気づいたり、そういう風になったらいいなっていうのは、昔からずっとありました。だから、これまでよりもわかりやすく、今回は「役に立ちたい」っていう気持ちが働いたんだと思います。

小谷美紗子

誰かを責めることよりも、まず各々が自分のこれまでを見つめて、その上で「知る」ってことから始めるしかないと思ったんです。

―1曲目の“enter”は、直接的に原発問題に言及した曲になっています。この曲のタイトルを“enter”にした理由を教えてください。

小谷:これはパソコンのエンターキーのことで、原発のこととか、津波のこととか、ホントに勉強しないといけないなって思ったんですよね。今までちゃんと知らずに生きてきたことが恥ずかしいと思ったし、いろいろ調べているうちに、原発以外のいろんな問題についても、明るみになっていない、ほったらかしにされている現状がたくさん見えてきたんです。今はそういうものを個人個人が調べられる時代だし、知ることで国を動かすことってあると思う。だから、パソコンなどで検索をして、いろいろ知った上で発言することがすごく重要だっていう気持ちを込めて、“enter”にしました。

―震災があってよかったとはとても言えないけど、今おっしゃっていただいた通り、あれによっていろいろな問題に対する意識が高まって、新しい時代の始まりを迎えた。そういう「入口」っていう意味での“enter”でもあるのかなって思ったんですよね。

小谷:そうですね。原発って、いろんな背景があってできたものですけど、でもそういう背景は関係ないとも思ったんですよ。今どうするかっていう、そこが重要で、昔の人がこうだったからこうなったとか、そこを責めても、電気屋さんを責めてもしょうがない。みんなホントに傷ついたんだから、誰かを責めても何も始まらないと思ったので、まず各々が自分のこれまでを見つめて、その上で「知る」ってことから始めるしかないと思ったんです。

―オルガンの音が回っていて、それは今も社会が不安定であることを表しているかのようであり、でもリズムは重みがあって、その中を地に足つけて歩み出すんだっていう、音そのものからもそういう印象を受けました。

小谷:よかった、まさにそういう気持ちでアレンジしたんです。でもすごく自然にこうなったというか、2コーラス目からベースが入ってくるあの感じも、「とりあえず弾いてみて」って弾いてもらったら、最初からあれが出てきて、「やっぱこの人たちわかってんな」って(笑)。

―小谷美紗子トリオは今回も盤石だと(笑)。でも実際、素晴らしいトリオだと思います。

小谷:あまりバンドサウンドを意識してなくて、音数の少なさ、緊張感みたいなものの中で、小谷美紗子トリオはホントによくできてると思うんですよ(笑)。なので、どこかを変えたいとも思わないし、私にとっては、弾き語りとあんまり変わらないぐらい自然なバンドです。ホントに貴重なトリオだなって、自分でも思ってますね。

私たちは何者でもないし、何にでもなれる。

―意識を高く持って、いろいろな問題について知っていくと、光と闇だったり、正義と悪だったり、そういったものがホントに表裏一体なんだなっていうところに目が行くと思うんですよね。小谷さんはこれまでも光と闇っていうのを表現されてて、今回の作品で言うと“universe”にそれが顕著だと思うんですけど、この曲はどういった思いで書かれたのでしょうか?

小谷:私は光と闇を分離して考えてはいなくて、ニュースで見たこととか、実際体験したことに対して、闇が救いになるときもあれば、光が救いになるときもあると思うんです。“universe”は、ホントに行き場のない、逃げ場のない悲しみを抱えた人に向けて歌ってる曲なので、そこまで落ち込んだ人に光を歌うよりは、「闇の中に逃げてもいいよ」って、そっちを歌いたかった。

―表現の中に占める光と闇の割合に関しては、何か変化がありましたか?

小谷:そんなに意識してはいないんですけど、震災と原発事故があって、心の中がめちゃくちゃになって、それに自分の個人的な悩みが重なったときに、今が人の世の一番つらいときなのかなって思ったんです。“果てに”で<ここが 奈落の底だよ>って書いてるのはそういうことで、これが人の世の苦しみなのかって改めて気づくくらいつらかった。でもその反動で、元気にならなきゃとか、とにかく笑いたいとか、そういう気持ちも生まれたんです。だから“runrunrun”では、根底にはどうしようもない悲しい気持ちがあるんですけど、それを楽しい曲調で歌いたいと思いました。ホントに表裏一体で、光も闇もどっちもあるんですよね。

―<自由は いつも 背中に 孤独は いつも 手の中に>っていう、“手の中”の自由と孤独の描き方もとても印象的でした。


小谷:自由なことイコール孤独なことだと思うんです。子供でも大人でも、自由になった瞬間に寂しくなる。大人になればなるほど、自由になればなるほど、一人になっていくじゃないですか?

―はい、よくわかります。

小谷:フレーズ自体はもともとTwitterでパッとつぶやいた1行なんですけど、自分でもホントそうだなって思ったんです。孤独は自分で何とかできるものだから「手の中」で、それを持っていかようにもできるのが自由で、それが「翼」だっていう、両方持ってるってことを改めて感じました。私たちは何者でもないし、何にでもなれる。っていうことは、この言葉を持っていれば、もう少し楽になるんじゃないかと思ったんです。

―あらゆるものが表裏一体だっていう感覚って、昔はもう少しマイノリティーの感覚だったような気がするんですけど、今って多くの人が共有する感覚になったなって思うんですよね。

小谷:今って豊かで便利な時代だけど、他の時代に負けないくらい険しい時代だと思うんです。その中ですごく感受性が強くなってると思うし、感受性が強くなればなるほど、悲しみも喜びも両方同じくらい感じますよね。別れと出会いと同じように、それはいつも一緒に存在しているものだから、みんな知らず知らず感じ取るようになってるのかもしれないですね。

やっぱり、私は歌でしかものが言えない、だから歌ってきたんだなって、改めて痛感してるんです。

―フォトブック特別限定盤が制作されていますが、素敵な作りですね。

小谷:今回お世話になるレーベルの方から、「こういうの作ってるんですけど、どうですか?」って提案していただいたんです。私はもともとすごい紙フェチで、あらゆる紙が好きなんです(笑)。なので、「私のアルバムがこんな風にしてもらえるなら、ぜひ!」っていう。

―紙フェチって、どんな紙がお好きなんですか?

小谷:例えば、ショップバッグとかは、クローゼットが満タンになるぐらい持ってます(笑)。あと請求書とか領収書の間にある薄い紙がすごく好きで、雑貨屋さんなどにある、外国の領収書(使わないのに)とかよく買いますね。あとは便箋とか封筒、紙の箱も好きです。

小谷美紗子

小谷美紗子

―ジャケット含め、写真に関しては作品の内容とリンクしてるわけですよね?

小谷:ジャケットに関しては、「同じ空の下にいる私たちはちっぽけで、遠くから見れば同じようなものだよね」っていう歌詞の内容と、すごくリンクする写真だったので、使わせていただきました。他の写真もそうなんですけど、歌詞を邪魔しないというか、歌詞に直結するような写真じゃなくて、何となく包むような、主張が強過ぎないものを選びました。

―紙フェチの小谷さんとしては、パッケージ文化へのこだわりも大きいですか?

小谷:でも、私はそこは押しつけたくないと思ってるんです。私は紙フェチですけど(笑)、そんなのいらないから、もっと値段が安い方がいいとか、配信でたくさん聴ける方がいいって人もいるだろうし、その人にとっていい形で聴いてもらうのが一番嬉しい。もちろん、なるべくいい音で聴いてほしいとか、それは希望としては持ってますけど、「こうしてください」っていうのは違うかなって思うので、自由に選んでもらうのが一番いいと思います。

―では、最後に改めてお伺いすると、“3月のこと”には<歌なんか 今そんなもの 聴いても しょうがない>という1行があったわけですが、今の小谷さんにとって、歌とはどういうものだと言えますか?

小谷:こうやって取材で話したり、ライブでMCをしたり、Twitterとかもそうなんですけど、自分が言葉を発するときに、どれもすごく下手くそだなって思うんですよね。やっぱり歌詞になって初めて自分の言いたいことが言えて、それを歌でやっと表現できるなって。今日も自分で話しながら、「何でこんなたどたどしい日本語しか出てこないんだろう?」って思ってたんですけど、歌詞を書くときは難しい言葉も出てくるんですよ。「私こんな言葉知ってたんだ」みたいな。でもMCとかだと、伝えたい思いが強過ぎるのかわからないけど、支離滅裂になって、噛んじゃったり(笑)。やっぱり、私は歌でしかものが言えない、だから歌ってきたんだなって、改めて痛感してるんです。

イベント情報
小谷美紗子 Trio Tour『us』

2014年4月8日(火)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:大阪府 梅田 Shangri-La

2014年4月10日(木)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO

2014年4月24日(木)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:東京都 渋谷duo MUSIC EXCHANGE

料金:各公演 前売4,800円 当日5,500円

リリース情報
小谷美紗子
『us』フォトブック特別仕様盤(CD+BOOK)

2013年12月14日からMusic For Lifeで発売
価格:3,300円(税込)
HSR-1003

1. enter
2. 正体
3. 誰か
4. 手の中
5. runrunrun
6. 果てに
7. universe
8. 東へ
9. すだちの花
10. recognize
※Music For Lifeのみの取り扱いで一般流通での販売は予定しておりません
※2014年4月に開催されるレコ発ツアーのチケット先行予約情報が封入
※購入者先着2,000人に特典として小谷美紗子のメッセージカード付属

小谷美紗子
『us』通常盤(CD)

2014年1月22日発売
価格:2,800円(税込)
HSR-0003

1. enter
2. 正体
3. 誰か
4. 手の中
5. runrunrun
6. 果てに
7. universe
8. 東へ
9. すだちの花
10. recognize
※収録曲は特別限定盤と同一ですが、通常盤はジュエルケース仕様となります
※一般流通の店頭では通常盤のみの販売となります

プロフィール
小谷美紗子(おだに みさこ)

1996年、『嘆きの雪』でデビュー。ピアノの弾語りを中心とした楽曲で、日々身近に感じる「葛藤」や「疑問」、そして生きることへの素直な「喜び」や「悲しみ」を独自の世界観で歌う。ときに赤裸裸な告白を、またときには辛辣な言葉を用いて書かれる私小説的な作風で多くの人の共感を得てきた。京都出身。幼少の頃にクラシックピアノを始め、13歳の頃から本格的に作詞作曲を始めた。オーストラリアへの留学経験をもつ。



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