27歳で人生は終わらなかった bronbabaインタビュー

ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、カート・コバーン、エイミー・ワインハウス……彼らはいずれも27歳の若さでこの世を去った偉大なミュージシャンたちである。同様に27歳で亡くなったミュージシャンたちを指す「27クラブ」という言葉があるくらい、音楽シーンの中で「27歳」という年齢は特別なものとされているのだが、自分もそんな「27クラブ」の一員だと信じて疑わなかったのがbronbabaのフロントマン、西方龍である。若くして「次代のカリスマ」と目されながら、文字通り波乱万丈なバンドストーリーを送ってきた西方は、気づけばあの「27歳」になっていた。そして、そこで発見したのは、子供の頃から憧れていたネオ東京で、今も生き続けている自分の姿だった。

2年ぶりの新作『neo tokyo』は、そんな今の東京をリアルに切り取った作品である。もともとは活動休止中だった2011年に、メンバーのみで作ろうとしていたドキュメンタリー風の映画のタイトルが『neo tokyo』で、結果的にその計画は震災を機に中断されたのだが、それが3年の時を経て、アルバムという形で世に出ることとなったわけだ。これまでの作品同様に、分裂症気味と言っていいぐらいの多彩な楽曲が収められていることに変わりはない。しかし、通底したストーリー性によって、アルバムとしてのまとまりが格段に向上し、過去最高傑作になったと言っていいだろう。「深く深く沈み込んで、本当に疲れた」と西方は笑うが、その充実した表情からは、27歳以降の人生への確かな希望が感じられた。

「かっこいい」も所詮は「面白い」「楽しい」「ダサい」「切ない」とか、そういう形容詞のひとつでしかなくて、全員が「かっこいい」に惹かれるのかっていうと、そんなことはなかった。

―前作『World wide wonderful world』での活動再開から2年が経ちました。それ以前の活動と比べて、何が一番変わりましたか?

西方:誰でも「かっこいい」に憧れると思うんですけど、かっこいいっていうものをかっこいいと思わなくなった。所詮は「面白い」「楽しい」「ダサい」「切ない」とか、「かっこいい」に惹かれるのかっていうと、そんなことはないなって。

―つまり「かっこいい」っていうのは絶対的なようでいて、実はひとつの価値観に過ぎないという。

西方:「かっこいい」っていう憧れを突き詰めると、ヒーロー戦隊なんですよ。度を過ぎると、ヒーロー戦隊になっちゃう。

―「かっこいい」を突き詰めてきたわけですもんね。

西方:今回はかっこいいものを作ろうっていうのは頭になかった。っていうのがスタートですね。

bronbaba
bronbaba

―だとすると、「かっこいい」ではなくて、どういう価値観が基準になったのでしょう?

西方:なんて言うんだろう……音楽がやりたいんじゃなくて、表現がしたくなっちゃったっていうのかな。

―いわゆるバンド的なかっこよさ、バンドアンサンブルを基本形に据えることに対して、違和感が出てきてしまったわけだ。

西方:とにかく……抜けと飛び、それだけにこだわったんです。音が飛んでるか、抜けてるか、その後ろに見えるものがあるか、人がいるか。

『neo tokyo』収録曲“ラジオ”

―確かに今のロックバンドの音って、加工されて人が見えないものが多いのに対して、今回のbronbabaのアルバムは1曲目の“ラジオ”からしてものすごく生々しい音像で、顔の見えるアルバムだなって思いました。

西方:あれができたとき方向性がカチッと決まって、3日ぐらいでデモが上がりました。

―3日で!(笑) 考える期間は長かったけど、決まってからは早かったんですね。

西方:「いいじゃん、いいじゃん」って、形になっていったんです。

シンプルなものをやって、「これが俺のオリジナル」って言えるのは、結局自信でしかないと思うんですよ。

―音そのものにこだわるにあたって、どういう部分がポイントになったのでしょう?

西方:強烈な個性の音が一個できたら、それだけでいい。足りないと思ったら足すし、重たいと思ったら削る。時間か、音か、意味か、言葉か。それを一つひとつやっていった。

―「必要ないものは一切入れたくなかった」っていうのはなぜ?

西方:自信がついたからなのか、このギターがあれば十分だろうって。

『neo tokyo』ブックレットより
『neo tokyo』ブックレットより

―確かに今って情報量の多い音楽が多くて、そのかっこよさももちろんあるとは思うけど、シンプルで、何がすごいのかもよくわからないんだけど、でもとにかくすごいっていうものの方が、魅力的に映ったりするよね。

西方:音楽をやってるっていう感覚すらなかったかもしれない。

今回「伝える」っていうのはあんまり意識してなかったんですよね。その代わりに思ったのが、見せたいなってことで。

―『neo tokyo』っていうタイトルは、「オリンピックを予言していた」って改めて話題になった『AKIRA』の舞台であり、活動休止中のbronbabaが撮ろうとしていた映画のタイトルでもありますよね? つまり、本作はある種映画的な作品だと言ってもいいのかなって。

西方:もちろん音楽ではあるんだけど、普通の音楽とは違う要素の強いものになったかなって。

―うん、その感じはすごくしました。

西方:今回思ったのが、見せたいなってことで。

―今回は「描写」ですよね。

西方:見せた方が早いなって。だけど、やっぱり音楽は音楽なんですよ。そこには面白い加工が施される。それが自分でやってて楽しかったですね。

―紙資料には「不良、爺婆、浮浪者、風俗、酒、自殺、今。シティーコア」っていうキャッチがついていて、これっていうのはつまり、弱者の視点であったり、普段隠されているものにスポットを当てることによって、今の都市を、今の東京を描こうとしたっていうことなのでしょうか?

西方:街を歩いてると、不良と、爺さん婆さんと、浮浪者と、キャッチのお兄さんと、酒飲んでる人だったりするんですよ。別に隠されてはいない。

―確かに、「隠されてる」っていうのはイメージかも。

西方:それを知ってる人が何人いるかって、いないんです。

『neo tokyo』ブックレットより
『neo tokyo』ブックレットより

―人って客観的に全体を見ているようで、実際は主観でナチュラルに選別してるってことでしょうね。

西方:よく見るとそこに面白さがあって、見方によってはそれが光だったりもするっていう。

ホントに一番ピュアな、まだ右も左もわからない、善悪の区別もつかない、それぐらいピュアなところまで、深く深く沈んで行って……。

―一方では、今回“手を繋ぐ”のミュージックビデオだったり、ジャケットだったりに子供がモチーフとして登場しますよね。これにはどんな意図があったのでしょうか?

bronbaba『neo tokyo』ジャケット
bronbaba『neo tokyo』ジャケット

西方:子供っていうのに影響を受けていて、自分の子供の頃はどうだったかって考えたり、他の人に対しても子供の頃の面影を探すというか……ピュアなところっていうのかな、そういうところを探すようになって。

―「余計なものは要らない」っていう考え方には、そういう背景もあったんだ。

西方:ピュアな、まだ右も左もわからない、善悪の区別もつかない、それぐらいピュアなところまで、深く深く沈んで行って……。

―ある種のイノセンスみたいなものって、生きて行く中で当然失われていって、大人にとっては最大の謎になる。そこに近づくためには、深く深く沈む必要があったと。

西方:意外と子供には戻れるんですよ。そんな簡単にリセットできねえだろって思うと思うんですけど。

―うん、今心の中でそう思ってた(笑)。

西方:クエスチョンをつけるんですよ。「何で車って動くんだろう?」とか、すべてに対して「何だろう?」って思ってみる。そういう作業を今回自分に対してやってたんです。

今27歳になってみて、予想外だったのは……まだ先がある。

―どうしてそこまで子供っていうのがモチーフになったんでしょう? なぜそこまで龍くんに響いたのかっていう。

西方:27歳になってみて、予想外だったのは……まだ先がある。

―確かに前回のインタビューでも、映像の『neotokyo』について「27歳まで撮りためて、その頃には俺ボロボロで、死ぬか生きるかだろうから、『じゃあ、俺リーダーだから死ぬよ。かっこいいじゃん、それで』って言ってたんですよ」と話してましたね。信じて疑わなかったことが、覆されたわけだ。

『neo tokyo』ブックレットより
『neo tokyo』ブックレットより

西方:だから……この作品は過去に発信してる部分もあるかもしれない。「こんな未来になってますよ」って。

―27歳になって、またゼロに戻った結果、子供の頃のピュアな自分が引っ張り出されたのかもね。

西方:面白いですよね。衝動のその先は、衝動だったんですよ。


この言葉をタイトルに使うのは、最初ちょっと迷いましたけど、自分へのご褒美みたいなものというか、『AKIRA』って、子供の頃からずっと自分にとってのアイコンみたいな存在なんです。

―ちなみに、この『neo tokyo』っていうタイトルには、『AKIRA』自体に対する想い入れも含まれてるのかな?

西方:自分にとってのアイコンみたいな存在なんです。これは絶対かっこいいものだって思ってた。子供にあの内容がわかるはずないんですけど。

―それはそうだね(笑)。

西方:『neo tokyo』は俺の言葉だって、そう思ったんですよね。

『neo tokyo』ブックレットより
『neo tokyo』ブックレットより

―そういう龍くんの想いも含めて、今回の作品っていうのは、この白を基調としたジャケット同様に、雑味の一切ない、bronbabaのコアが抽出された1枚と言えそうですね。

西方:これがどういう受け止め方をされるのかすごく楽しみなんですよね。

―要は、今回世の中の尺度っていうのはまったく気にせず、内側に深く深く沈んで、自分たちの中の尺度だけで作ったわけだもんね。

西方:だから……どういう響き方をするのかなって。

―龍くんって、the telephonesの石毛くんと昔からの知り合いですよね? 石毛くんが今年出した『Dark Becomes Light』っていうソロアルバムも、過去を振り返るっていう側面のあるアルバムだったんですよね。きっと龍くんにとっての27歳みたいに、誰にも一度ゼロになって自分を振り返るタイミングがきっとあって、その部分っていうのはどんな人にでも響くんじゃないかと思います。

西方:音を操れるようになってきて、集大成として最高傑作を作るっていう手もあったけど、その真逆に行っちゃったんでしょうね。

―コントロールできてしまうことが、つまらないと感じてしまった。

西方:もっともっと……深いとこに行っちゃったなあ。

イベント情報
吉祥寺WARP presents
『音人の休日~bronbabaネオ東京レコ発編~』

2014年3月23日(日)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:東京都 吉祥寺WARP
出演:
bronbaba
camellia
裸体
パプリカン
料金:前売1,800円 当日2,400円

『Virgin Babylon Night 2』

2014年5月4日(日・祝)OPEN 16:30 / START 17:30
会場:東京都 渋谷 WWW
出演:
world's end girlfriend & POLTERGEIST ensemble
Go-qualia
Vampillia
bronbaba
BOOL
料金:特別チケット3,800円 前売チケット4,000円 当日4,500円(すべてドリンク別)

リリース情報
bronbaba
『neo tokyo』(CD)

2014年3月22日(土)発売
価格:1,995円(税込)
VBR-017

1. ラジオ
2. 手を繋ぐ
3. ふざけた人
4. 雨の日
5. ギター+ミー
6. 優柔不断妄想中
7. リアルデス
8. ただ淋しい
9. 深く沈む
10. 重なる声
11. 音を歩く

プロフィール
bronbaba(ぶろんばば)

周りのゴミを集め結成。西方龍(vo/g)、丸山大裕(b)、 鳥羽信吾(dr) 独自の視点と世界観で酩酊、 就職、 失踪、泥酔、休止などパワフルな音 楽活動を展開。もっともクールなスリーピース。変われ世界。



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