ドレスコーズはロックの継承者じゃない 志磨遼平の極限の決断

今年の春にキングレコードへの移籍を発表したドレスコーズが、「ダンスミュージックの解放」をテーマとした『Hippies E.P.』を完成させた。□□□の三浦康嗣や長谷川智樹、渡部高士をゲストに迎えた本作は、管楽器を交えたソウルポップ“ヒッピーズ”から始まり、志磨遼平と三浦が2MCのスタイルを披露する“メロディ”などを経て、打ち込みの“若者たち”で締め括られるという、これまでの「ドレスコーズ=ロックンロール」というイメージを大きく覆す作品であるが、志磨は「これこそがドレスコーズ」と胸を張る。また、歌詞で綴られているのは、時間の経過と共に消えて行くこと、忘れていくこと、消費されることに対しての、肯定と諦念が入り混じったような感情だが、それでもそこに残るものへの強い願いが込められているような印象も受ける。赤く燃え盛る炎というよりは、大きくはないけど、熱量高くユラユラと揺れている青い炎。そんなイメージの作品だと言ってもいいかもしれない。

The Rolling Stonesの“Paint It,Black”のごとく、黒いペンキを被ったビジュアルの意味なども含め、志磨には訊きたいことがたくさんあったのだが、この日はまず最初に訊いておかなければならないことがあった。それは8月17日に『ゴッドスピード・サマー・ヒッピーズ』と題して行われた日比谷野音公演の途中で志磨が発した「今思うと僕は間違ってなかった。僕は絶対正しい!」という言葉の真意。結果的に、この言葉はまさに志磨の現在地を明確にする言葉であり、つまりこの日の取材は最初に結論を話し、それからそこに至った過程について話すという、ややイレギュラーなものとなった。何にしろ、『Hippies E.P.』という作品が、志磨にとっての、ドレスコーズにとっての転機作となったことは間違いない。

僕の今までのキャリア全部が、自分の否定だったと思うんです。

―もしかしたら他の方からも訊かれているかもしれませんが、先日の日比谷野音でのライブ(8月17日の『ゴッドスピード・サマー・ヒッピーズ』)中に「僕は絶対正しい!」とおっしゃった場面がありましたよね? まず、あの発言の真意をお伺いしたいのですが。

志磨:それを質問してくださった方がもう1人いらっしゃったんですけど、言われるまで自分でも忘れてたんですよ(笑)。ライブのMCって前もって用意するものでもないので、おそらくなんですけど、たぶんあの瞬間に『Hippies E.P.』っていう作品が腑に落ちたんですよね。あのMCの前までアルバムの制作が何となくずっと続いているような状態だったんですけど、野音のステージで終止符が打てたというか。だからきっと、あのMCからが『Hippies E.P.』を作り終えた後の言葉と言えるんでしょうね。そこから話を始めるのも面白いなって思うんですけど(笑)。

志磨遼平
志磨遼平

―『Hippies E.P.』ができるまでの話を聞きに来たのに(笑)。

志磨:でも、これを作り終えてから、僕にとって音楽を作ること、メロディーを紡ぐこと、それに言葉を乗せることは、自分を盲目的に肯定するための行為なんだなって思いました。

―逆に言うと、レーベルの移籍だったり、音楽性の変化だったりっていうのは、自分を肯定するために模索を続けていたことの表れでもある?

志磨:まさしく、そうですね。言い切ってしまうなら、僕の今までのキャリア全部が、自分の否定だったと思うんです。僕は自分っていうものをどうしても認められなくて、何者かになるんだってずっと思ってた。「平凡な人生なんて選択するものか」って、音楽を始めた15歳頃からずっと思ってて、「和歌山の田舎に生まれた志磨遼平くん」っていうお兄ちゃんじゃなくて、歴史に名を残すロックンローラーになるんだっていう、それが僕と音楽の関係性だったんです。「音楽よ、僕を僕たらしめるな」っていう感覚、つまりは自分の否定なんですよね。ネガティブに聞こえるかもしれないですけど、ずっとそれが僕の原動力で、何かを生みだしても、そこに自分の影が追いついてくるから、そこからまた逃げなきゃいけない。そうじゃないと、また自分になってしまうっていう。

―確かに、それは毛皮のマリーズ時代からずっとそうでしたよね。

志磨:そうです。どんどん手段を変え、方法を変え、先に進んでいく。でも、ダンスミュージックっていうものをこのアルバムに持ち込んだことで、とうとう一番最果てまできたなっていう感じがすごくしたんですよね。

―今おっしゃられたように、今回の作品には「ダンスミュージックの解放」というテーマがあったそうですが、そもそもこのテーマはどこから出てきたものなのでしょうか?

志磨:踊るための音楽っていうのは、思考回路を介さずに、脊髄反射的に行動を促すアジテーションというか、「DON’T THINK,FEEL」的なものですよね。でも、もともと僕は音楽よりも前に文学と衝突していたんです。物語や詩にすごく魅力を感じて、それを歌うものとして音楽があったというか。だから音楽には、言葉を具現化する、ちょっと呪文にも似た感覚があって。

―言霊みたいなものでしょうか?

志磨:自分の願望に節をつけて歌うことで、それが本当のことになるんじゃないかって感覚ですね。僕はそれを自分の生業にしてきたというか、とにかく言葉で考えて、言葉で何かを叶えようとしてきた。僕の中で言葉を発することと思考は同時に行われていて、こうやって今もおしゃべりすることで、いろんなことが腑に落ちていってるんです。考えて考えて、音楽や人生と向き合って向き合ってやってきたんです。

ダンスミュージックっていうのはずっと同じリズムが続いて、時間を意識させないことで、自分っていう存在の現在地をあやふやにするんです。

―いわば、「FEEL」ではなく「THINK」でずっとやってきたんだと。

志磨:そういうことですね。でも今回、『Hippies E.P.』を作るにあたって、ダンスミュージックっていうものを真面目に考えてみたんです。ダンスミュージックは、なるべく途切れないってことが鉄則ですよね。

―反復の音楽ですからね。

志磨:じゃあ、何でそうするかっていうと、自分という存在を麻痺させるためですよね。ポップスっていうのは展開していくから、「サビが2回来たから今3分ぐらいこの曲聴いてるな」ということがわかる。でも、ダンスミュージックっていうのはずっと同じリズムが続いて、時間を意識させないことで、自分っていう存在の現在地をあやふやにするんです。人間の興奮とか熱狂って、ホントは一過性の、瞬間的なものですけど、同じBPMのものを繋げることで、興奮状態を持続させているわけですよね。その中でも面白いのが、10インチシングルの、ラジオエディットみたいなやつで。

―なぜ面白いと感じたのでしょう?

志磨:あれってずっと続くべき音楽を、無理やり4~5分の尺に切ってあるもので、しかも誰かが使いやすいように、最初と最後をあやふやに作ってあるんですよ。つまり、他人とつながることを前提としてるっていうのが、ものすごい驚きだったんです。ロックンロールって、他人とは違ってこそ成り立つ音楽だから、誰よりも速くとか、誰よりもうるさくってことを考えて、なるべく自分の存在を研ぎ澄ませて、作品に託すようなものだった。僕はそういう音楽ばかりやってきたから、「初めから他人を前提とした音楽があるなんて」って、今さら気づきまして。

志磨遼平

―確かに、そこはロックンロールと大きく違うところかもしれない。

志磨:そうやってダンスミュージックは全ての垣根を溶かして、全てをつなげて、全てに侵蝕していくんです。『エヴァンゲリオン』で言う、「人類補完計画」みたいな(笑)、すべてが液状になっていくイメージ。他人と自分の境界線を溶かして、曲と曲の境界線を溶かして、時間の境界線を溶かして、今日と明日の境界線もなくす。もっと言えば、ステージとフロアの境界線も溶かしますよね。

―THE STONE ROSESのジョン・スクワイアが言ったという「オーディエンスが主役」っていう言葉にも通じる感覚ですね。

志磨:そうですね、まさしく。そうなっていくと、いよいよ僕っていうものは音楽の中に埋没して、溶けて消え去ろうとしているなと。そこで思ったのが、まったく自分が言葉を発しない音楽もありなんじゃないか? って、そこまで行ってしまうのも面白いかなって思ったんです。ここから先にあるのは、もう自分の音楽から自分自身が外れてしまって、ただただ音楽を傍観する存在になること。つまりは、リスナーになるってことですけど(笑)。

―完全に自分というものを消してしまうと。

志磨:もともとある種の変身願望から始まって、「あんな人みたいになりたい」と思いながら、自分を否定し続けて、いよいよ最果てまで来たわけです。断崖絶壁ですよ。この先にもう道はない。そうなれば、選択肢は2つですよね。「えいやっ」って飛ぶか、引き返すか。で、結局自分はこの作品の制作途中で、おそらく引き返したんです。なぜなら、言葉を歌ってるから。

―これまでの自分を初めて肯定したとも言えるかもしれない。

志磨:そこで冒頭に話した「正しかった」っていうMCにつながるのかなっていうのが、今のところの僕の見解ですね。

毛皮のマリーズには自分一人で音楽を生み出すことの喜びがあったんですけど、30歳になって僕がドレスコーズのメンバーに求めたのは、「僕を否定してくれ、亡き者にしてくれ」ってことで。

―アルバムのジャケットを見て、最初は「ストーンズの“Paint It,Black”だ」って思ったんですけど、つまりはダンスミュージックがあらゆる境界線を溶かして、自分すら消え去ろうとしている、その感覚を表したものだったんですね。

ドレスコーズ『Hippies E.P.』ジャケット
ドレスコーズ『Hippies E.P.』ジャケット

志磨:まさしくそうですね。それはきっと、僕がドレスコーズっていうバンドに求めたことでもあるんです。自分一人で音楽を生み出すことの喜びが僕の20代であり、毛皮のマリーズだったんですけど、30歳になって、ドレスコーズを結成して、僕がメンバーに求めたのは、「僕を否定してくれ、亡き者にしてくれ」ってことで、その結果としてこのEPが今あるんです。そう考えると、ダンスミュージックに向かった理由がわりと論理的に説明できるというか、『バンド・デシネ』の次の作品として、いろんな可能性がある中で、最初は感覚的にダンスミュージックを選んだ感じだったんですけど、今思えばすごく整合性があるなって思って。

―「自分の否定」というドレスコーズの方向性と、「自分を消し去る」というダンスミュージックの機能が一致していたということですね。おそらく、そこに至ったのは前作に収録されていた“ゴッホ”の存在が大きかったんだと思います。あの曲は前回の制作の最後の最後に生まれた曲だそうですが、「何かを貫いて後世で評価されるよりも、時代に即して作品を残していきたい」というテーマが、今回の作風につながったのかなって。


志磨:そう、だからあの曲は『バンド・デシネ』の作品じゃないんですよね。あれが2.5枚目みたいな感じで、3枚目として『Hippies E.P.』があるっていう。しかも、“ゴッホ”って最後の1週間で作った曲で、ドレスコーズで初めて「これはこういう音楽性でいこう」って、最初から提案したんです。今までは誰も着地点を定めずに、ただただ繰り返して、無駄なものを削ぎ落として、最終的に行きついたところが曲の着地点だった。でも、“ゴッホ”で初めてそうじゃない作り方をしたっていうのはやっぱり大きくて、つまり「次もこのやり方で行くのか?」っていう方向に踏み出しかけたというか、それはバンドにとって危険なことに思えたんです。

僕らが「ロックンロールの伝承者」っていうような枕詞で語られてしまうのは、きっと僕の罪で、すごくメンバーに対して引け目を感じていて。僕らはそんなことのために集まったんじゃない。

―“ゴッホ”はあくまで例外で、やはりドレスコーズというバンドは着地点を定めずに曲を作るべきだろうと。

志磨:そう、それに僕はまだまだドレスコーズが秘めてるポテンシャルっていうのが、あり過ぎるほどあると思ってたんですよ。僕らが「ロックンロールの伝承者」っていうような枕詞で語られてしまうのは、きっと僕の罪で、そこはすごくメンバーに対して引け目を感じてたんです。言い切ってしまいますけど、僕らはそんなことのために集まったんじゃないんです。

―最初から、どんなことでもできるのがドレスコーズだったと。

志磨:そうです。なので、次は僕らの誰一人ノウハウを持たない音楽をやりたいと思ったんです。結局四人ともロックバンドという形態でしか活動をしてこなかったので、そうじゃない音楽を目指そうと。そうすれば、誰か1人がナビゲートすることには絶対ならないじゃないですか? それを自分たちだけで長い時間かけて血肉化することもできるんでしょうけど、そこは歌詞通りに「ゴッホじゃないんだ」ということで(笑)、短期間で作品にするべきだと思って。

―あくまで流れの速い音楽シーンの中に身を置いた上で、作品を発表していきたいと。

志磨:それもまたドレスコーズというバンドに課された義務……とまでは言わないけど、自分たちのペースで何年に1枚クオリティーの高い作品を出すんじゃなくて、あくまで商業となり得る音楽でありながら、消費され尽くさないようにというか。

―ポップミュージックとして消費されることは肯定しつつ、それでも残るものを作りたかった。

志磨:そう、その中で忘れ去られないだけの強度を持った作品を作り、活動を展開するっていうのが僕らの理念なんじゃないかって思って、だからこその移籍でもあったんですよね。

志磨遼平

音楽を作るときって、編集っていう感覚がすごく強いんですよね。楽器のプレイヤビリティーよりも、音楽をどういう風に聴かせるかというところに興味がある。

―短期間でダンスミュージックをテーマとした作品を作るために、本作には□□□の三浦さんが迎えられています。もちろん意外性はあったのですが、でも精神的には近いものを持っている印象もあって。

志磨:ドレスコーズのメンバーって、音楽ないし文化みたいなものに対する視点や距離感っていうのが、すごく独特だと思うんです。なので、誰かの力を借りるとするならば、自分たちと似た視点や距離感を持ってる人じゃないとダメで、ひとつのジャンルにものすごく精通してる人とかだと、僕らとは上手くコミュニケートできないんじゃないかと思っていて。そう考えたときに、真っ先に浮かんだのが三浦さんでした。僕はずっと□□□が好きで、いつかお会いしてみたいと思ってたんですけど、それで連絡を取っていただいたら、三浦さんもシンガーやラッパーと一緒にやることはあっても、バンドとやるのは初めてだったみたいで、「面白そうじゃん」ってなってくれて。それで初めてお会いしてしゃべったら、やっぱりすごく面白かったんです。

―その音楽や文化に対する目線や距離感の近さっていうのは、それらを俯瞰して捉える、ある種の編集感覚を持っているっていうことなのかなって思うんです。

志磨:そう! まさしく、そうなんですよ。僕も音楽を作るときって、編集っていう感覚がすごく強いんですよね。それは自分が楽器のプレイヤビリティーとかには興味なくて、音楽をどういう風に聴かせるかということ、例えばひとつの流れにまとめて、本来とは違う文脈の作品に転換するというようなところをやりたいから、三浦さんにはすごく共感を覚えます。

―三浦さんもシンガーやラッパーというよりは、プロデューサー的な感覚の方ですもんね。

志磨:「別に主体が俺じゃなくても良くね?」ってスタンスなんですよね、あの人。歌うのも自分じゃなくていいし、その音楽の中に自分が参加してなくてもいいっていう。だから、三浦さんの参加を意外に思う人もいるかもしれないけど、それはさっき言ったような僕らに対する誤解があるからで、本来ドレスコーズは三浦さん的な音楽との関係性をずっと持って活動してきたミュージシャンなんです。

<大事にするよ、いつか消えてしまうけど><ぼく死なないよ、きっとぼくは死なない>という歌詞が、なんとなく自分の次の姿勢のような気がするんです。

―「ロックンロール原理主義者ではないんだ」ということですね。『Hippies E.P.』というタイトルに関しては、1曲目の“ヒッピーズ”から来ているのかと思いますが、「ヒッピー」というモチーフは、どこから出てきたものなのでしょうか?

志磨:実は先に『ゴッドスピード・サマー・ヒッピーズ』っていう野音のタイトルが決まってたんです。EPも含めた一連の夏の活動ってことで、それこそマンチェスターの「セカンド・サマー・オブ・ラブ」(1980年代後半にイギリスで生まれたクラブミュージックやレイヴカルチャーのムーブメント。60年代後半にアメリカで生まれた、音楽を媒介に社会構造の変革をめざすヒッピーカルチャームーブメント「サマー・オブ・ラブ」に由来している)みたいなのがイメージとしてあって、それで「ヒッピー」っていうのが出てきたんですよね。音楽と時間の関係って切っても切れなくて、メロディーにしろ何にしろ、手には取れないし、形には残らないけど、ダンスミュージックっていうのは繰り返すことで時間を疑似的に止めてるわけですよね。時間が過ぎることに対する抵抗や反抗の音楽というか、クラブではみんなまるで朝が来ないかのように振る舞うわけです。そんなこと絶対ないのに。なので、今回の作品はそういうことが自然とテーマになったような気もしますね。「いずれ消えてしまうのに、そんなことはあたかも知らない振りで僕らは生きる」っていう。

志磨遼平

―途中の「最果てにたどり着いた」っていう話を聞いて、元ゆらゆら帝国の坂本慎太郎さんを思い出しました。

志磨:ああ、坂本さんは自分を音楽から消した人ですもんね。“空洞です”の楽器だけ残してメンバーが消えていくPVが浮かびましたよ。『空洞です』の後の解散って、みんな納得しましたもんね。もうゆら帝が見られないのは残念だけど、「あ、ですよね」みたいな(笑)。

―でも、志磨さんはその最果てから引き返してきたわけですよね。アルバムの制作中はまだ自分でも気づいていなかったのかもしれないけど、野音の「正しかった」という言葉でそこがはっきりしたというか。

志磨:たぶんなんですけど、あてもなく自分を正しいと肯定することが、演奏することとまったく同じ意味じゃないといけないと思って、言ってみたかったんでしょうね。演奏することとか、歌うことと遜色なく、「正しい」って言葉が口にできるかなって。

―途中でおっしゃっていた、ある種の呪文のような言葉だった?

志磨:うん、試してみたかったんでしょうね。メンバーにもそういう風に思ったんです。「自分たちを肯定しよう」って。マルがギターを弾いて、治雄がベースを弾いて、菅さんがドラムを叩いて、僕は自分を正しいと宣言して、それが四人とも同じ姿でありますようにって思いましたね。で、僕はやっとあそこで三人に追いつけたような気がしてます。

―では、最果てから引き返して、これから志磨さんおよびドレスコーズはどこに向かうのでしょうか?

志磨:音楽って不思議で、常に自分より先にあるというか、あとから自分がそこに追いつくんですよね。だから、今回の作品に関しても、まだ完全には自分でも理解し切れてないんですけど、“ヒッピーズ”の<大事にするよ、いつか消えてしまうけど>から<ぼく死なないよ、きっとぼくは死なない>ってところが、なんとなくこの先のような気がするんです。さっきのMCと同じで、無謀な肯定というか、一番守れない約束みたいなのを書いてみたくて、その最大級が何かって考えると、「死なない」かなって(笑)。自分でもまだよくわかってないんですけど、それがたぶん自分の次の姿勢なのかなって思うんですよね。

リリース情報
ドレスコーズ
『Hippies E.P.』(CD)

2014年9月24日(水)発売
価格:1,782円(税込)
KICS-3120

1. ヒッピーズ
2. ドゥー・ダー・ダムン・ディスコ
3. Ghost
4. メロディ
5. 若者たち

プロフィール
ドレスコーズ

志磨遼平(Vo)、丸山康太(G)、菅大智(Dr)、山中治雄(B)による4人組ロックバンド。毛皮のマリーズでボーカルを務めた志磨を中心に、2012年1月1日に山中を除く3名で初ライブを実施し、同年2月に山中が加入して現在の編成となる。7月に1stシングル「Trash」をリリースし、タイトル曲は映画「苦役列車」の主題歌に採用された。12月に1stフルアルバム「the dresscodes」、2013年11月に2ndフルアルバム「バンド・デシネ」を発売。2014年4月にキングレコードへ / EVIL LINE RECORDSの移籍を発表し、9月に「Hippies E.P.」をリリース。



フィードバック 4

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • ドレスコーズはロックの継承者じゃない 志磨遼平の極限の決断

Special Feature

coe──未来世代のちいさな声から兆しをつくる

ダイバーシティーやインクルージョンという言葉が浸透し、SDGsなど社会課題の解決を目指す取り組みが進む。しかし、個人のちいさな声はどうしても取りこぼされてしまいがちだ。いまこの瞬間も、たくさんの子どもや若者たちが真剣な悩みやコンプレックス、生きづらさを抱えながら、毎日を生きている。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて