丈青×菊地成孔対談 リアルジャズシーンから発信する現代への批評

ピアニストの丈青と、サックス奏者の菊地成孔。一言で「ジャズ」と言っても、クラブシーンとロックシーンを横断するSOIL& "PIMP" SESSIONS(以下、ソイル)や、その別働隊であるJ.A.Mなどでの丈青の活動と、ソロ、DCPRG、ペペ・トルメント・アスカラール、ダブ・セプテットと多彩な名義を使い分ける菊地の活動は、共に一括りにはできない多様性を含んだものである。そんな二人が邂逅を果たしたのは、2010年のDCPRG再始動時における丈青の加入。お互いの多忙なスケジュールの関係で、12年の末に惜しまれつつ脱退しているものの、約1年半の活動の中で丈青は、まさにマイルス・デイヴィスのバンドにおけるキース・ジャレットのような強烈な印象を残した。

13年はソイルのメジャーデビュー10周年イヤーで精力的なバンド活動を行った丈青だが、今度はキャリア初のソロピアノアルバム『I See You While Playing The Piano』を完成させた。コンサートグランドの名品FAZIOLIをホールで演奏し、DSD 11.2MHz / 1bitのマルチレコーディングによる高音質で閉じ込めた本作には、ソイルともJ.A.Mとも異なる、むき出しのピアニストの姿が克明に刻まれている。この作品のリリースを記念して、丈青と菊地成孔の豪華対談が実現。DCPRGのメンバーとして共に活動した期間の思い出話に花を咲かせつつも、満を持して取り組んだピアノソロに対する丈青の想いと、それを現代に紐づける菊地独自の批評眼が絡み合う、スリリングな対談となった。

DCPRGでやっていた時間があったからいまの自分がいるわけで、ホントに特別な経験をしたと思います。(丈青)

―まずは、お二人が一緒に音楽をされるようになった頃のことからお伺いしたいのですが、2010年に丈青さんがDCPRGに加入をしたのは、どういった経緯だったのでしょうか?

菊地:丈青からエントリーしてもらったっていう側面もあるんですけど、ちょうどキーボードを探しているときに、「丈青くんがやりたいって言ってますよ」という話をある人から聞いて、「それはありがたいので、ぜひ」と返事をしました。

丈青:六本木ヒルズでやった菊地さん主催のイベントにJ.A.Mを呼んでいただいたとき、すごく嬉しくて、楽屋に挨拶に行って「ぜひ何かご一緒したいです」みたいなことを言ったんだと思います。僕、杓子定規に「ご一緒したい」なんて言わないので、心からそう言ったのは憶えていて、それで菊地さんがフックアップしてくれたんですよね。

左から:丈青、菊地成孔
左から:丈青、菊地成孔

―菊地さんは、実際にDCPRGとして一緒に活動をしてみて、丈青さんに対してはどんな印象をお持ちでしたか?

菊地:愛されキャラというか、可愛がられキャラですよね(笑)。ソイルとかJ.A.Mのときは仕切るのが役目だと思うんですけど、DCPRGのときはただピアノ弾きとして「好きなだけ弾いて」っていうポジションだったんでね。まあ、DCPRGは言ったらジジイのバンドなので(笑)、私と同世代のプレイヤーが多かったんですけど、丈青は弟キャラみたいな存在でした。パッと見はいかついんですけど(笑)。

丈青:たしかに自分と同世代の人と組んでいると、リーダーをやることが多いんですけど、DCPRGは先輩が多かったので、不思議な立ち位置で、好きにやらせてもらってたなって……いま話してて、すごく懐かしくなってきましたね(笑)。坪口(昌恭)さんとツインキーボードだったので、そういう編成も珍しいし、やり取りもホントに独特でした。

―丈青さんはその経験の中で、ミュージシャンとして何を得たと言えますか?

丈青:ポリリズムの音楽の中でも、一番ディープなことをやってると思うので、ポリリズムを解釈する上ではすごく大きな経験になりました。あとはあんな大人数でやることはなかなかないので、毎回のライブがホントに楽しかったですね。初めてのライブが日比谷野外音楽堂で、ニューヨークからゲストを入れてやったりとか、印象的なライブが続く活動ってなかなかできないですよね。DCPRGでやっていた時間があったからいまの自分がいるわけで、ホントに特別な経験をしたと思います。


菊地:丈青は埋蔵してる実力がすごいあって、ものすごく弾けるんだけど、やってる音楽的には、どっちかって言うと抑えて、かっこよくやってるイメージだったのね。でもうちのバンドは、演奏が始まっちゃうと、メンバーもいっぱいいて、いろんなことに対応しなくちゃいけないから、抑えてるわけにはいかないんですよ。どんなプレイヤーもやれることを全部やって、場合によってはやれる以上のことまでやる、沸騰してる状態なわけ。サッと45分やってかっこよく帰るスタイルじゃなくて、3時間とか、客が嫌になるまでやるんで(笑)。そうなると、どうしたって絞り出されるわけですよ。

リアルジャズもできて、クラブジャズもやってる人は単純に少なくて、丈青は数少ないそういう人でした。(菊地)

―そもそも、菊地さんから見て、丈青さんのどういった部分を魅力に感じられてDCPRGに招かれたのでしょうか?

菊地:いまはあんまりリアルジャズとクラブジャズの区分けがなくなってますけど、僕はPIT INN(日本のジャズのメッカとされる、新宿のライブハウス)あがりなので、どっちかというとリアルジャズの方面にいて、DCPRGを立ち上げたときがクラブジャズデビューなんです。なので、傍から見るよりクラブジャズのプレイヤーとの交流っていうのはなかったんですよ。

菊地成孔

―その中でも、丈青さんは特別だったと?

菊地:クラブジャズには、実力のある人が少ない印象だったんだけど、丈青はクラシカルな素養があって、ちゃんとピアノが弾けた上で、クラブジャズをやってたんですよね。あとは単純に、ルックスがかっこいい(笑)。僕、自分のバンドのメンバーを選ぶときに、自分の好みのルックスがあるんですけど、丈青は顔が好みなの(笑)。

―プレイはもちろん、ルックスも重要視されていたと(笑)。

丈青:いまおっしゃっていたように、PIT INNとクラブの分け方ってよく理解できて、僕は東京で活動を始めたのが1990年代後半ですけど、初めて出演のオファーが来たのが、PIT INNとYELLOW(西麻布のクラブ。現FREQ.)だったんですよ。いわゆるリアルジャズの場所と、当時のクラバーが集まる場所の両側面からオファーをもらって、新宿と麻布だからエリアもまったく違ったけど、その両方を大事にしてきたからこそ、両方が抱える矛盾もよくわかりました。

丈青

―内側にいたからこそ、見えていた部分があるんですね。

丈青:そうですね。たしかにクラブジャズに対しては、ジャズの専門誌で否定的なことを言ったこともあるんです。ロジックを理解してなかったり、基本的な素養のない人がプレイしていることが、世界的に見ても実際多くて、いわゆる流行りもの的なようにも見える。そういう意味では否定的でした。だから、ムーブメントとしてはクラブジャズにあんまりピンと来てなかったんですけど、ただ、そういうものだからこそ流行ったとも言えるし、もっと深いものになっていくかどうかは、これからかなって。

菊地:単純に、クラブジャズは半分がソウルなんで、ソウルやってる人が量増してクラブジャズをやった形と、リアルジャズをやってる人が量を減らしてクラブジャズになった形と、双方向的なものだったんです……ここで言う「量」って、たとえのボキャブラリーですけど。でも、リアルジャズもできて、クラブジャズもやってる人は単純に少なくて、丈青は数少ないそういう人でした。

(DCPRGのときは)「これがいまの東京のスタイルだ」って、実感しながらプレイしてましたね。(丈青)

―ソイルやJ.A.Mで演奏される丈青さんのことは、菊地さんはどう見ていらっしゃったのでしょうか?


菊地:クラブジャズの人たちと比べれば歌舞いてる方だと思うけど、でももっと出せると思ってたんですよね。ピアニストは、ジャズ出身の人とかソウル出身の人とかいろいろいるけど、何だかんだ日本はまだクラシックが基本の人が多いんです。クラシックの人は音階練習とかをいっぱいやるから、速く多く弾くということに関しては、ソウル出身の人とは明らかに違うんですよね。丈青がクラシック出身であることは、ちょっと弾いてる音を聴けばすぐ分かったし、J.A.Mとかでもいっぱい弾いてますけど、客観的に見て、DCPRGのときが一番多く弾いてたと思うんです。

―沸騰してる状態だったと(笑)。

菊地:マイルス・デイヴィスのところにいたキース・ジャレットも、当時はバカみたいに弾きまくってたんですよ(笑)。丈青も、ああいう状態になったらいいなと思ってて、実際着席して弾いたら、思ってたよりもそうなりましたね。でも、キースは嫌われキャラだから、「何だあいつ」と思われがちだったんですけど、うちでは年上も年下もみんな丈青のこと好きで、みんなで丈青のモノマネしたりして(笑)。

丈青:それは知らなかったです(笑)。いまの話の補足をするとですね、僕もいつか大編成でヤバい音楽をやりたいと思ってたんですけど、もうやってる人がいて(笑)、そこにジョインすることができた。しかも、こんなヤバい音楽をやって、お客さんがそれに酔ってるっていう、「この日本でこんなことが起こるんだ」っていうのが、経験としてすごく印象的だったんです。

―オーディエンスが、大編成でカオティックなポリリズムの音楽を楽しんでいる光景が、丈青さんにとっても喜ばしい経験であったと。

丈青:リズム的にはすごく複雑な状態なのに、オーディエンスがみんなそれぞれの解釈で踊ってて、それが音楽だと思うんです。みんなが同じように動くのもいいけど、それってある意味不自然だから、もっと自由に楽しめばいいのにと思うことも多いんですけど、それをすごくわかりやすく提示できてる空間だったので、「これがいまの東京のスタイルだ」って、実感しながらプレイしてましたね。

自分のいまのバイオリズムとか、スキルとか、音楽に対する理解度とか、すべてをひっくるめて、いまだったらやれるかなと思えたんです。(丈青)

―では、丈青さんのアルバムについて訊かせてください。今回ソロピアノのアルバムを作ろうと思い立ったのは、どんな経緯があったのでしょうか?

丈青:ソロピアノのアルバムを作りたいとはずっと思ってたんです。いままでも何度か話はあったのですが、「タイミングではないな」と思ったり、単純にスケジュールが合わなかったりということもあって出せていなかった。でも、今回SPIRAL RECORDSが声をかけてくれたときに、「いまだ」と思ったのでやることにしました。

―「いまがそのタイミングだ」と思ったのは、何か理由があったのでしょうか?

丈青:それは単純に、自分のいまのバイオリズムとか、スキルとか、音楽に対する理解度とか、すべてをひっくるめて、いまだったらやれるかなと思えたんです。僕の中でソロピアノのアルバムを作るということは、すごく大きなことなんですよ。

菊地:いまいくつになったんだっけ?

丈青:38歳ですよ。そう思うと、遅いような気もしますけど。

菊地:そんなことないでしょ。40歳までピアノソロの作品はとっておくっていう人も多いよね。

丈青:でも、20代で若いプレイを出しちゃう人もいるじゃないですか? そこはなかなか踏み切れなかったんですよね。

今回の丈青のアルバムは、『ザ・ケルン・コンサート』とかよりも、むしろFlying Lotusとの共鳴性が感じられたんです。(菊地)

―制作するにあたって、何かテーマのようなものはあったんですか?

丈青:エゴイスティックなものは一切なくて、ある意味「こうしよう」みたいな枠組みがないことが、今回のコンセプトになっているというか。

―資料のコメントには、「直観的」という言葉も出てきていますね。

丈青:そうです。常に直観的であることを基準にしていたので、それ以外はできるだけ排除するようにしました。僕、いまビクターに所属して11年目で、メジャーレーベルで専属契約をして活動していますけど、今回はビクターからじゃなくて、インディーレーベルであるSPIRAL RECORDSでリリースしたんですね。そこにすごく意味があって、インディーレーベルだからこそできることが実際あるんですよね。今作で言えば、何1つ「こうしよう」というテーマや狙いを含まないことに対する理解を示してくれたように。あえて言うなら、それがテーマだったんです。

丈青

―DSD(11.2MHz / 1bit)の高音質で録音されているということも、1つのポイントですよね。

丈青:DSD(11.2MHz / 1bitマルチレコーディング)で録ったことで、実際にピアノをホールで弾いた音にものすごく近い音が落とし込めたので、再現性の高いものになったと思います。前から思ってたんですけど、生産者の顔が書いてある美味しいトマトのような、余計なものがついてなくてそのまま食べられる、そういう音楽を常々作りたかったんです。今回の作品で、より臨場感のあるもの、リアルなものを届けられる方法がわかったので、今後他のメンバーとやる上でも、空気感も含め、もっとリアルなものが作れる、その試金石にもなったと思います。

―菊地さんは最近の高音質録音について、どんな考えをお持ちですか?

菊地:いまの高音質ってリアル過ぎて、体験としては、ある意味サイケデリックだと思うんです。ホントは二次的なメディアなんだから、リアルじゃないはずなんだけど、Blu-rayとかにしても、目で見るよりリアルで、リアルを超えちゃってるわけで、1つのサイケデリアなんですよね。丈青がマッシブなソロピアノを、現実よりもリアルな音場で提供する。そこにあるのは孤独と、さっき言ってたような恣意性の排除。つまりは即興ですよね。

菊地成孔

―「こうしてやろう」を一切含まないという話ですね。

菊地:『ザ・ケルン・コンサート』(キース・ジャレットが1975年に発表した、完全即興演奏によるピアノコンサートを収録したライブアルバム)は、ジーパンとスニーカーでコンサートグランドを弾く、という鋼鉄のコンセプトがあって、後期ヒッピーというマーケットに上手くコミットした。マーケット、中でもユースがヒッピー化した事に対応したジャズは、巷間思われるよりずっと多いわけで、初期のチャールズ・ロイドしかり、あのマイルス・デイヴィスやチャーリー・ミンガスですらそうだったので、要するにいまも、ユースの多くは大雑把に言って「ヒッピー」なわけですよ。昨日偶然Flying Lotusの新しいアルバムを聴いたんですけど、ものすごくサイケデリックで、ああいうのが若い人に受けるっていうのは、その時期のアメリカと似てるところがある。つまり、今回の丈青のアルバムは、『ザ・ケルン・コンサート』とかよりも、むしろFlying Lotusとの共鳴性が感じられるんですよね。

―なるほど。非常に面白い見方ですね。

菊地:ちょっと前のクラブジャズみたいな、「女子も聴きやすく」とか言ってる場合じゃない、「いま日本で音楽を聴いて、気持ちが揺さぶられるような状態になるっていうのは、内省的で、結構エグイよ」っていう、そういう動きとリンクしてるとも言えると思うんですよね。あえて批評的に言えば、ですけど。

日本人って歴史に縛られていないので、「ジャズミュージシャンだからこう」っていうことを日本人が言うのはホントにナンセンスで、もっと言えば、自ら「アーティスト」と名乗るのは、ナンセンスだと思うんですよね。(丈青)

―丈青さんはピアノを弾くにあたって、「歌心」をとても大事にされているそうですね。

丈青:すごく大事にしてますし、それは常にプレイに反映されていると思います。歌は一番好きな表現だし、素晴らしいボーカリストとプレイするのは至上の喜びなんです。ただ、ジャズプレイヤーは「歌心」っていう言葉を、一般的な解釈とはちょっと違った形で使ってると思うんですね。

―というと、どんな解釈なのでしょうか?

丈青:「フレーズを歌う」って言うんですけど、譜面とか、何かあるものをシステマチックに演奏するんじゃなくて、即興で、その場で生まれたものを具現化するときに、「フレーズを歌う」っていうことが説得力につながるんです。まさに、キース・ジャレットもそういう人で、あれだけたくさん弾いても、歌心が詰まってるから、みんなの琴線に触れやすいんだと思います。それを参考にしてるわけではないですけど、どんな難しいフレーズを流麗に弾けたとしても、自分に直結していないと、心には届かないと思います。

左から:菊地成孔、丈青

―だから、今回のソロ作品も「直観的」ということを大切にされたわけですよね。丈青さんが音楽家として大切にしていらっしゃることは、他にはどんな点が挙げられますか?

丈青:さっき(菊地さんより)名前が挙がったFlying Lotusにも当てはまると思うんですけど、いいものをいいとちゃんと捉えて、現代のバランスでミックスして具現化することです。日本人って歴史に縛られていないので、音楽に対してすごく自由でいられるから、「ジャズミュージシャンだからこう」っていうことを日本人が言うのはホントにナンセンスで、もっと言えば、自ら「アーティスト」と名乗るのは、ナンセンスだと思うんですよね。

―つまりは、もっと自由でいいんだと。

丈青:恣意じゃなくて、ナチュラルに出せたものの方が、みんなが気持ちよく享受できる食べ物になると思うので、今回の作品でも自然であることを心がけてるということは、そういう哲学にも通じてると思います。

菊地:「アーティストなんて言うのはナンセンス」っていうのはまさにそうで、いまってユーザーの意識も上がってるから、たとえば、同人誌でさえマーケットの顔色を見てるというか、マーケットとの知恵比べが将棋の読み合いみたいになってて、もうヘトヘトになってるわけ。

―たしかに、マーケットを狙って出したものは、逆にユーザーから拒まれるような風潮はありますもんね。

菊地:つまり、もっと「むき出しの表現」が構造的にも求められてて、ニコ動のゲーム実況にものすごく人が集まるのも、ただ人の生々しい姿が見たいだけで、そこにはマーケットも何もないわけじゃない? このアルバムっていうのは、そういういろんな必然の積み重ねの中で、すごくタイムリーな感じがするんですよね。

―いま出るべくして出たアルバムだと。

菊地:Flying Lotusみたいなものとも通じるし、情報のやり取りを超えて、ただただ響きに戻りたいというものでもある。それを他ならぬ丈青が出したっていうのは、話がぐるっと回って、恣意性の排除とは言うものの、ソイルやJ.A.Mがそうだったように、やっぱりアップデートなタレントを持った人だなって気がしますね。これがビクターからのリリースじゃないっていうことも含めて、1つのメッセージになってるわけですから。

リリース情報
丈青
『I See You While Playing The Piano』(CD)

2014年10月8日(水)発売
価格:3,100円(税込)
SPIRAL RECORDS / XQAW-1107

1. Friends are Comin'
2. One and Alone
3. Crazy Race
4. Blue in Green
5. My One and Only Love
6. We'll Be Together Again
7. Body and Soul
8. Miles' Mode
9. Myself
10. When I Was a Boy
11. Akatonbo
12. I See You While Playing The Piano

UA×菊地成孔
『cure jazz reunion』(CD)

2014年9月3日(水)発売
価格:3,240円(税込)
TABOO / VRCL-10119

1. Amaiyu
2. Ordinary fool
3. Born to be blue
4. Night in Tunisia
5. Music on the planet where dawn never breaks
6. Over the rainbow
7. Hymn of Lambarene
8. This city is too jazzy to be in love
9. I'll be seeing you

プロフィール
丈青(じょうせい)

3歳からピアノにふれクラシックを学ぶ。同時にブラックミュージックをはじめとする多岐にわたる音楽に親しみ、その語法を独学で習得。1997年に本格的にジャズピアニストとしての道を歩むことを決意。鈴木勲のバンドへの参加を機にジャズシーンに広くその名が知れわたり、一躍トップピアニストとしての地位を確立。2003年にはSOIL&"PIMP"SESSIONSに加入、メジャーデビューを果たす。2007年には同バンドから派生したピアノトリオJ.A.Mを結成。類い稀なるリズム、グルーヴへの感覚、幼年期より養われた広汎な音楽的造詣をもとにした清新なソングライティングや鮮烈なイメージを喚起するインプロヴィゼーション、クラシックを素地とする卓越したタッチは、José James、Jamie Cullum、Eric Harlandといったトップアーティストからも賞賛される。次代のジャズを担う最重要人物の一人として、世界的に注目される存在である。

菊地成孔(きくち なるよし)

東京ジャズシーンのミュージシャン(サックス / ボーカル / ピアノ / キーボード / CD-J)として活動。思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、極度にジャンル越境的な活動を展開。演奏と著述はもとより、ラジオ・テレビ番組でのナビゲーター、コラムニスト、コメンテーター、選曲家、クラブDJ、映画やテレビドラマの音楽監督、対談家、批評家(主な対象は音楽、映画、服飾、食文化、格闘技)、ファッションブランドとのコラボレーター、ジャーナリスト、作詞家、アレンジャー、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。数多くのバンドへの参加・主催を経て、現在は自らのリーダーバンドとして「菊地成孔ダブセクステット」「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」「DCPRG」の3バンドを主催。



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