同性婚から見えた「芸術」と社会運動の距離 西尾佳織インタビュー

2011年の『フェスティバル/トーキョー11』公募プログラムで、『おねしょ沼の終わらない温かさについて』を上演。その後も目覚ましい活躍を続ける劇団・鳥公園の西尾佳織は、今年の『フェスティバル/トーキョー14』(以下『F/T14』)において、同性婚をモチーフにした作品『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』を上演する。

当初のアナウンスでは、ゲイの政治家ハーヴェイ・ミルクの生涯を描いた映画『ミルク』の脚本で『第81回アカデミー賞脚本賞』を受賞した、ダスティン・ランス・ブラックの戯曲『8 -エイト-』を上演すると発表していた西尾。2009年、2組の同性愛カップルがカリフォルニア州を提訴し、同性婚の権利を勝ち取るまでを描いたこの作品は、遅々として法整備が進まない日本において、同性婚を考える上でも意義のある上演になると予想されていた。

しかし、西尾はその戯曲から離れ、『8 -エイト-』をモチーフとした新作『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』を書き下ろし、上演する決断を下した。なぜ、ここにきて原作の上演ではなく、オリジナル作品を発表することを選んだのだろうか? そこには、西尾がアーティストとして『8 -エイト-』に感じた根本的な違和感、それを乗り越えるための自分なりの方法論があった。

同性婚をテーマにした『8 -エイト-』という作品に向き合っていく中で、どうしても違和感を覚えずにはいられなくなってしまったんです。

―『F/T14』で上演される、『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』ですが、もともとは、今年7月の『東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』で、西尾さんが上演されたダスティン・ブラック作の朗読劇『8 -エイト-』を発端にして作られた作品だそうですね。

西尾:はい。『東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』のスタッフの方から、『8 -エイト-』という、アメリカの同性婚裁判を扱う作品を上演してみないかという話をいただき、今年7月に朗読公演を行ないました。以前、早稲田大学の学生が、法律的な視点から同作品を上演したそうなんですが、今回は演劇を作っている人の視点から上演をお願いしたいということでオファーをいただいたんです。セクシャルマイノリティーについて何も知らなかったし、翻訳劇や朗読劇をやったこともなかったので興味を持ち、引き受けました。

西尾佳織
西尾佳織

―同時期に『F/T14』でも、西尾さんが『8 -エイト-』を上演されるとの発表がありましたが、その時点では『東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』と同じように、原作の『8 -エイト-』を演出するという予定でした。

西尾:そうですね。『東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』の上演が決まってから、『F/T14』でも上演しないかというお話をいただきました。『東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』にはセクシャルマイノリティーのイシューに関心がある人が多く訪れますが、そうじゃない人たちにこそ観てほしいという気持ちもあったので、『8 -エイト-』を『F/T14』で上演できるのは、とてもいいチャンスだと思ったんです。

―しかし、結果的には当初の予定が覆り、『F/T14』では原作の『8 -エイト-』ではなく、同作品にインスパイアされて作った、西尾さんの新作『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』を上演することになりました。その理由をあらためてうかがってもよろしいですか?

西尾:『東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』での朗読公演で『8 -エイト-』という作品に向き合っていく中で、この作品に対して、どうしても違和感を覚えずにはいられなくなってしまったんです。

―その「違和感」は、作られている最中から感じられていたのでしょうか?

西尾:そうですね、感じました。お話をいただいて、脚本を読んでから演出を引き受けたわけで、何とか付き合える種類の違和感だと思っていたんですけど……それは本当に私の反省です。どういう違和感だったかというと、そもそも『8 -エイト-』という作品は、すごく政治的な目的のためにあるプロジェクトなんです。脚本が強い目的意識を持って書かれていて、その目的を実現しようとすると、「同性婚って素晴らしいよね」という方向に観客を誘導するようになっています。つまり、観客をその方向に誘導できるか、できないか、2つの選択肢しかない作品なんです。それは、何かを考えるきっかけになるというよりも、むしろ狭めてしまう気がして、恐いなと思った。アーティストの仕事というよりも、アクティビストの仕事に近いですよね。それでも、私がアートとして上演するにはどうしたらいいんだろう? というところで難しいなと思っていました。

西尾佳織

―ある意味ではその違和感、つまりアーティストとアクティビストの違いといったジレンマや課題に取り組んだ作品でもあった。

西尾:はい。でも、脚本を読んで決めたわけなので、演出家としての見積もりが甘かったということなんですが……。それで『F/T14』の公演をどうしようかと悩んだあげく、7月の朗読公演に納得がいかなかった部分も踏まえて、『F/T14』があって良かったと言える作品を作りたいと思ったんです。落とし前をつける、と言うと変な言い方ですけど。

―2つの別の作品を上演することで、1つの大きな作品として見てもらう。

西尾:と思ったんですよね。とは言え、『F/T14』しかご覧にならない方もたくさんいらっしゃるので、今回も独立した作品にしなければと思っています。ただ、『8 -エイト-』があっての『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』にしたいというのがすごくあって。それは単に私のエゴでそうしたいというのではなくて、企画に対して、つまりダスティン・ブラックの原作と7月の上演に対して筋を通さなきゃいけないと思っているんです。

どこかに方向付けて観客を誘導することは、芸術のすることではないと思っています。

―『8 -エイト-』という作品について、もう少し詳しくお伺いしたいのですが、社会運動というはっきりとした目的を持って生み出された作品、ということですね。

西尾:この脚本が書かれた頃は、まだ舞台となっているカリフォルニア州で同性婚が認められていませんでした。そのため、ムーブメントを起こす目的で、誰でも上演できるようにと演出プランまでが用意されて、形が整えられた作品なんです。だけど、そんな『8 -エイト-』が用意した「善意」に上手く接続できなかった。それがすごく苦しかったですね。

―あらかじめ、さまざまなことが「よかれと思って」用意されているため、結果的に制約も多くなり、演出家としては不自由になってしまう。

西尾:それに、『8 -エイト-』は同性婚をテーマとして扱う作品ですが、そもそも、みんながみんな結婚をしたいわけではありません。取材のために、何人かのセクシャルマイノリティーの方に話を聞いたところ、同性婚を望んでいない人もいました。「同性婚っていいよね」でまとめてしまえるような単純な話ではないんです。でも『8 -エイト-』には、そのような問題を「同性婚はいいもの」という一面からのみ提示してしまう危険がありました。

―しかし、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの略称)は社会的に抑圧されているからこそ、それを主張する必要があったのではないでしょうか?

西尾:そうですね。強く言わないと、そもそもの居場所が作れないこともあり、LGBTの中には、たとえば「私はレズビアンです」と言うことが強いアイデンティティーとなっている人も少なくない印象です。けれど、それを強く主張できる世の中ではなく、セクシャリティーがことさら問題にされない世の中こそが理想的だと思うんです。そう考えたとき、セクシャリティーについて一面的な見方ばかり主張する姿勢を、積極的に肯定はできませんでした。

『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』 作・演出:西尾佳織 ©宮田篤
『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』 作・演出:西尾佳織 ©宮田篤

―『8 -エイト-』の脚本を書いたダスティン・ランス・ブラックは、LGBTの当事者であり、その活動家としても熱心な運動を展開しています。お話を聞いていると、そんなブラックと西尾さんとでは、芸術に対する捉え方がそもそもまったく異なっていたように感じます。

西尾:どこかに方向付けて観客を誘導することは、芸術のすることではないと思っています。『8 -エイト-』を作りながら、私は「当事者」という言葉が苦手になってしまいました。7月に『東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』で上演した際は、「やっぱり(セクシャル)マジョリティーだよね」という反応もあって、どこか「非当事者」にさせられてしまったような感覚を覚えたんです。関わろうとしても、弾かれてしまうように感じました。

―作品ではなく、まず「当事者」か「非当事者」かが前提とされてしまう。

西尾:セクシャリティーだけで当事者 / 非当事者という線引きをするのは、乱暴すぎると思います。実際の『8 -エイト-』の裁判で、一番の当事者は、原告として法廷に立った2組のカップルのはずですが、それを応援するセクシャルマイノリティーの人であっても、2組のカップルが受けた傷の当事者にはなれないはず。本人でなければその傷はわからないんです。だから、「当事者」という乱暴な言葉使いはやめようと思ったんです。

合理的な正しさを求める人こそ、「わからない」「不安」だと言う人と、もっと話し合う必要があるんです。正しさだけで押し切ると、反対意見の人の不安は解消されず、その後一緒に問題を解決していく関係にはなれません。

―そして今回、『F/T14』で上演される『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』では、『8 -エイト-』にインスパイアされて作った、西尾さんの新作ということで、舞台もカリフォルニアから現代の日本に移されるそうですね。

西尾:それだけでなく、作品の中にダメな人がたくさん出てきてほしいと考えています(笑)。『8 -エイト-』は、LGBTのムーブメントを起こすために書かれた作品なので、同性婚賛成派は、立派で好印象を与えるような人物に描かれていて、反対派の人たちは間抜けな感じに描かれています(笑)。けど、完璧な人柄のLGBTばかりじゃなくて、嫌な人もたくさんいるのは当たり前ですよね。反対派の人たちも同じです。そういった人間を含めて描いていかないと、LGBTとそれ以外という枠組みは永遠に解消されないんじゃないかと思うんです。

『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』稽古風景
『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』稽古風景

―LGBTである前に、人間として捉えたい、と。

西尾:日本には5%のセクシャルマイノリティーがいると言われています。今日、ここに来るまでに絶対に行き合っているはずですし、学生時代にはクラスに1人か2人のLGBTがいたはずです。しかし私は、彼らに気づいていなかったし、出会えていなかった。たとえば、私が当たり前のように恋バナをすることが、もしかしたら彼女たちにプレッシャーを与えていたかもしれないんですよね。

―隣にいるのに「気づけない」「気づかれない」というのは、『透明な隣人』というタイトルのもつながってきますね。『F/T14』では、「境界線上で、あそぶ」をキーワードに、「多様性」が1つの大きなテーマとなっています。LGBTという問題をどのように考え、提示するかは『F/T』としても大きな意味を持つのではないでしょうか?

西尾:オファーがあった段階で、『F/T14』ディレクターズコミッティ代表の市村作知雄さんと話をしたんですが、そのときに市村さんは「少数者」ということを考えている、と話していました。「少数派」というと派閥や連帯を組みながら、意見を通すために過剰になったり、ある形にはまることをメンバーに強要するといったイメージがあります。だけど、「少数者」というと、個人の存在が浮き彫りになってきますよね。その発想がとてもいいなと思ったんです。

―「少数者」という言葉を踏まえて、『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』は、どのような内容になりそうですか。

西尾:私が、結婚自体にあまり興味を持っていないこともありますが、結婚だけでなく、人と人とが長く一緒にいることについての作品になります。結婚はあくまでも選択肢の1つに過ぎず、人と人との関係が長く続くこと、またその関係が、時間を乗り越えて手渡されることは可能なのかと考えているんです。

西尾佳織

―「同性婚」という問題だけでなく、「人と人との関わり方」という、より普遍的なテーマに拡大されるんですね。

西尾:もう1つ、「判断をすること」も重要なテーマになります。たとえば、一昔前には、適齢期になったら結婚をするものだという世間の圧力が機能していましたが、それが機能しなくなったら、子どもを生む年齢の限界といった問題なんかが前に出てきます。適齢期というのが社会システムとして機能していた面もあると思うんです。何でも自由になるというのは気楽な反面、現時点での人間の判断力や想像力には限界があり、すべて個人が自分で判断しなきゃならないということには怖さを感じます。そんなに人は自律的に賢く判断できるものなんでしょうか?

―自由に取り囲まれることによって選択を迫られる、というのは社会を取り巻く「自己責任」という風潮とリンクしてくる部分ですね。

西尾:『8 -エイト-』の中で、同性婚反対派はとても怖がっていました。今まで何百年も結婚という風習が残ってきたのは、何かしらの必然性があるんじゃないか、それを変えたらどうなるかわからない……という話をしているんです。それはとても非合理的な話ですが、人間として全然おかしい気持ちではないと思います。だから、合理的な正しさを求める人こそ、「わからない」「不安だ」と言う人と、もっと話し合う必要があると思うんです。論理的な正しさだけで押し切ると、反対意見の人の不安は解消されず、その後一緒に問題を解決していく関係にはなれません。

どこか、人の存在をなきものにしている風潮に疑問を感じることがとても多いんです。

―これまで、ご自身で主宰する劇団『鳥公園』でも公演を重ねられてきましたが、西尾さんのテーマや興味の対象は、作品ごとにガラッと変わる印象があります。

西尾:毎回考えていることは同じなんですが、その表現まで同じだと飽きてしまうんです。だから、自分の考えを「これだ!」と提示するのではなく、今回なら同性婚のように、外側のテーマを取り込んで触発されることで提示をしています。そんな作り方だから、毎回違うように見えるんじゃないでしょうか。

―では、西尾さんが「毎回考えていること」とは?

西尾:「存在がある」っていうことですね。平たく言うと「(ここに)いるよー」ということをよく考えています。どこか、人の存在をなきものにしている風潮に疑問を感じることがとても多いんです。たとえば近年、公園のベンチには肘掛けが作られていますが、あれはホームレスが寝ないようにする工夫らしいです。陰湿で、悪い意味で日本的だなと感じます。ホームレスに対して「ここで寝ないでください」と直接話すのではなく、彼らの存在を消すために仕切りを作る。普段、私たちがベンチとして見過ごしているものが、他人を排除するための道具にもなっているんです。

―無視されたり、排除されてしまう存在に対して光を当てたい、ということ?

西尾:そうですね。このベンチの話は、私自身で気づいたわけではなく、ある記事を読んだことによって気づきました。自分の作品も「考える種」としての働きを持ってくれたらいいなと考えています。

―権利を認めさせるために表現するのではなく、マイノリティーでも「存在している」ということを表現し、観客に考えてもらうというのは、たしかにダスティン・ブラックの描く『8 -エイト-』の意図とはまったく逆かもしれませんね。ところで西尾さんは、自分でマイノリティーだと意識することはありますか?

西尾:うーん……そう意識することは、ほとんどありません。あまり自分をカテゴライズしていないのかな。強いて言うなら、こんなに生きるテンポが遅いというのは、マイノリティーかもしれないですね(笑)。考えなくてもいいことを考えずにいられないから遅くなっちゃうんです。

西尾佳織

―(笑)。

西尾:演出家にもいろいろなタイプがいるんですが、私は俳優やスタッフを自分の思考にずっと付き合わせてしまうタイプなんです。「今、私はこれがわかっていて、これがわかってないということはわかってますけど、この可能性があります」みたいに、回りくどくどんどんと喋っちゃうから、全部聞かされる方は大変です(笑)。ワガママだなって反省します……。

―『F/T14』では「コラボレーション」を1つのテーマとして、いろいろなジャンルのアーティストが「×」でつながって作品を制作していますが、今回、西尾さんは単独でクレジットされています。ただ、お話を伺っていると、西尾さんはスタッフや俳優と、あるいはLGBTという大きな対象とコラボレーションをしているように感じました。

西尾:私は自分一人で作品を作っている感覚がまったくなくて、俳優やスタッフがいろんな要素を持ってきてくれるのを、ずっと待っているだけなんです。たしかに、名前を出してもらっているのは私ですが、今作のオーディションで集まった俳優さんたちにもそれぞれ要素を持ってきてもらっています。そういう作り方は時間もかかるし、エネルギーやこらえ性も必要です。けれど、わかっていることを作品にするのではなく、わからないことに対して「じゃあどうする?」と考えて作品を作るときには、可能性がある方法ではないかと思いますね。

『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』稽古風景
『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』稽古風景

―「少数者」「多様性」「コラボレーション」を、西尾さんはずっと体現していたのかもしれませんね。

西尾:『F/T14』というのも誰か個人の持ち物ではなくて、共有可能な「場」であると考えています。ディレクターやアーティスト個人がフェスティバルを背負うだけではなく、開催される場や人と人との間に思考が積み上がっていくことによって、フェスティバルの核は継承され、発展していくものです。私は1つの作品を作るだけに過ぎませんが、そんな『F/T14』という「場」を作るという意識は大切にしたいと思っています。

イベント情報
『透明な隣人 ~8 -エイト-によせて~』

2014年11月13日(木)~11月16日(日)
会場:東京都 浅草 アサヒ・アートスクエア
作・演出:西尾佳織(鳥公園)
出演:
稲毛礼子
兵藤公美(青年団)
松村翔子
内海正考
遠藤麻衣(二十二会)
呉城久美(悪い芝居)
黒川武彦
武田有史
西山真来
野津あおい(サンプル)
葉丸あすか(柿喰う客)
宮崎裕海
料金:前売3,000円 当日3,500円

関連企画
『家族のカタチを考える ~同性カップルと里親制度』

2014年11月14日(金)19:00開場
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場アトリエイースト
料金:無料(予約の方優先)

ポストパフォーマンストーク
2014年11月14日(金)15:00の回終演後
出演:
西尾佳織
宮地尚子(一橋大学教授、精神科医)
司会:岸本佳子

ポストパフォーマンストーク
2014年11月15日(土)19:00の回終演後
出演:
西尾佳織
佐々木俊尚(作家、ジャーナリスト)
司会:岸本佳子

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー14』

2014年11月1日(土)~11月30日(日)
会場:
東京都 池袋 東京芸術劇場
東京都 東池袋 あうるすぽっと
東京都 東池袋 シアターグリーン
東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
東京都 吾妻橋 アサヒ・アートスクエア
ほか

『羅生門|藪の中』
2014年11月5日(水)~11月9日(日)
アーティスティック・ディレクター:ジョージ・イブラヒム(アルカサバ・シアター)
演出:坂田ゆかり
美術:目
ドラマトゥルク:長島確

『春の祭典』
2014年11月12日(水)~11月16日(日)
振付・演出:白神ももこ
美術:毛利悠子
音楽:宮内康乃

ミクニヤナイハラプロジェクト
『桜の園』

2014年11月13日(木)~11月17日(月)
作・演出:矢内原美邦

『動物紳士』
2014年11月15日(土)~11月24日(月・祝)
振付・出演:森川弘和
美術・衣裳デザイン:杉山至

『彼は言った/彼女は言った』
2014年11月19日(水)~11月24日(月・祝)
構成・出演:モ・サ

薪伝実験劇団
『ゴースト 2.0 ~イプセン「幽霊」より』

2014年11月22日(土)~11月24日(月・祝)
演出:ワン・チョン

『さいたまゴールド・シアター 鴉(からす)よ、おれたちは弾丸(たま)をこめる』
2014年11月23日(日)~11月26日(水)
作:清水邦夫
演出:蜷川幸雄

渡辺源四郎商店
『さらば!原子力ロボむつ ~愛・戦士編~』

2014年11月28日(金)~11月30日(日)
作・演出:畑澤聖悟

『もしイタ~もし高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を呼んだら』
2014年11月28日(金)~11月29日(土)
作・演出:畑澤聖悟

『アジアシリーズ vol.1 韓国特集 多元(ダウォン)芸術』
『From the Sea』

2014年11月3日(月・祝)~11月7日(金)
コンセプト・演出:ソ・ヒョンソク

『1分の中の10年』
2014年11月13日(木)~11月16日(日)
構成・振付:イム・ジエ

クリエイティブ・ヴァキ
『いくつかの方式の会話』

2014年11月14日(金)~11月16日(日)
構成・演出:イ・キョンソン

映像特集
『痛いところを突くークリストフ・シュリンゲンジーフの社会的総合芸術』

オープニングレクチャー:『クリストフ・シュリンゲンジーフの芸術と非芸術』
上映作品:
『時のひび割れ』
『友よ!友よ!友よ!』
『失敗をチャンスに』
『外国人よ、出て行け!』

シンポジウム
『アートにおける多様性をめぐって』

テーマ1:「韓国多元(ダウォン)芸術、その現状と可能性」
テーマ2:「日本におけるドラマトゥルクの10年」
テーマ3:「中国・北京――同時代の小劇場演劇シーン」
テーマ4:「都市が育むアート」

3夜連続トーク『舞台芸術のアートマネジメントを考える』
第1夜:「舞台芸術のアートマネジメントを現場から振り返る」
第2夜:「これからのアートマネジメントと、その担い手とは」
第3夜:「アートマネージャーのセカンドキャリア」

プロフィール
西尾佳織 (にしお かおり)

劇作家・演出家、鳥公園主宰。1985年東京生まれ。幼少期をマレーシアで過ごす。東京大学表象文化論科にて寺山修司を、東京藝術大学大学院音楽環境創造科にて太田省吾を研究。2007年に鳥公園を結成以降、全作品の脚本・演出を担当。「正しさ」から外れながらも確かに存在するものたちに、少しトボケた角度から、柔らかな光を当てようと試みている。生理的感覚やモノの質感をそのままに手渡す言葉と、空間の持つ必然性に寄り添い、「存在してしまっていること」にどこまでも付き合う演出が特徴。東京を拠点にしつつ、様々な土地での滞在制作も積極的に行っている。『カンロ』にて、『第58回岸田國士戯曲賞』最終候補作品にノミネート。



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