家族という共同体への批判的な眼差し 飯嶋桃代インタビュー

飯嶋桃代は、パラフィンワックスと呼ばれる蝋(ろう)を素材にした彫刻作品で知られる美術家だ。かつて使われていた食器や衣服など、個人の記憶や経験をまとった日常の品々を蝋の内側に密封し、それを家のかたちに造形する。懐かしさもおぼえる切妻屋根の家が立ち並ぶ風景は、可愛らしくも、どこか寂しい。それぞれの家に住んでいる架空の住人の姿を思い浮かべようとしても、もやの向こうに霞んで見えない。そんな不思議な感覚を飯嶋は作り出してきた。

3人のアーティストの連続個展が行われる公募プログラム『shiseido art egg』の2番手として、飯嶋は2月6日から資生堂ギャラリーで個展を行う。本稿は、そのスタートに先駆けて行われたインタビューである。素材の特性に向き合うことから作品制作を始める彫刻家としての自負。日用品を使うことの意味。そして現代における家族制度のあり方など、話題は多方面に及んだ。そこから見えてくるのは、現代を生きる私たちの姿でもあるだろう。

立体物が大地に接して「ある」ということはとても深いテーマに思えてきて、これはちゃんと向き合おうと思いました。

―今回の『shiseido art egg』に入選された『開封のイエ』シリーズは蝋を素材に「家」をかたどった作品ですが、飯嶋さんはシャツのタグ、ボタン、毛皮など、さまざまな素材を使った立体作品を手がけています。まずは現在の作風へと辿り着いたルーツを順におうかがいできればと。

飯嶋:私は中学から女子美術大学の付属校に通っていて、油絵や水彩画の授業が普通にあったのですが、あまり絵にはのめり込めなかったんですよね。立体の授業のほうが楽しくて、その頃から将来は立体物を扱う作家になろうと思っていました。

資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭
資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭

―中学から美術を専門的に学んでいたなんてすごく珍しいですね。かなり早い時期から自分が進む方向を定めていたんですか?

飯嶋:それ以外の選択肢がなかったとも言えるかもしれません。トニー・クラッグ(日常品などを使うイギリス出身の彫刻家)というアーティストに憧れて「現代アートをするぞ!」と意気込んで、大学は立体アート専攻に進んだのですが、実態はいわゆる伝統的な彫刻学科で「どうしよう、興味ない……」と最初は途方に暮れていました。今思えばクラッグは間違いなく彫刻家なんですけど(笑)。

―若気の至りというか。

飯嶋:でもそのうちにだんだん、彫刻が面白くなってきたんですよ。美術史的にも大きな歴史を持っているものですし、立体物が大地に接して「ある」ということはとても深いテーマに思えてきて、これはちゃんと向き合おうと思いました。

飯嶋桃代
飯嶋桃代

―最初はどんな作品から作り始めたんですか?

飯嶋:高校生くらいの頃は、粘土をこねたり針金を曲げて楽しいなレベルだったんですけど、案外今の作品につながっている気もします。モノが持つ性質に寄り添って考えるというか。私はいろんな素材を作品に使いますけど、「絶対にこの素材じゃなきゃダメだ!」という執着はないんです。彫刻を作り始めるときって、石とか木とか、その素材の手触りや質感から始まることが多いと思うんですが、私はそれぞれのモノの特性に自分がどうアプローチしていくのかに興味があるんです。

―実際、蝋を素材にしたシリーズにも、食器や衣服などいろんな素材が併用されていますね。

飯嶋:一番長く続けているのは、蝋を使って家のかたちを作る作品なんですが、そこに古着だとか、食器だとか、人の記憶の痕跡が残るような素材を併せて使っています。

『dress house dish house shoe house』2007-2008 古着、古靴、古食器、パワフィンワックス 110×90×70cm(3点組)
『dress house dish house shoe house』2007-2008 古着、古靴、古食器、パワフィンワックス 110×90×70cm(3点組)

資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景(作品部分) 撮影:相良博昭
資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景(作品部分) 撮影:相良博昭

―家のかたちを蝋でかたどり、服や食器がその内側に密封されています。でも、蝋ってあまり日常的じゃない素材ですよね。ベタベタするし、必ずしも心地の良い素材ではないと思います。

飯嶋:ドラム缶に蝋をたくさん入れて、直火で焚いて溶かすんですけど、制作中は工房中ドロドロになってしまって、どうすればいいんだろう……ってなることがしょっちゅうですね(笑)。

―素材として蝋は扱いやすいですか?

飯嶋:素材の面白さって、扱いやすいところと扱いづらいところの両方あると思うんですよ。たとえば石は恒久性があるけれど、彫るのは時間がかかる。木は意外と早く彫れるけど、乾燥すると割れてしまう。良いところと悪いところをコントロールしながら向き合っていくのが、素材に対する誠意なのかなって思います。蝋の場合、2時間くらいで溶けて1週間もすれば固まりますから、扱いやすいとも言える。でも長い時間の保存には適していません。暑い夏場はきちんと養生してあげないと形状を保てない。でも、そういうあり方が私には合っている気がします。恒久性を作品には求めてないんです。だから作品を買ってくださる方には「夏場は日陰に置いてください」とか、たくさん注意書きを付けるので申し訳ないんですが(苦笑)。

―彫刻というか、ほとんど漬け物みたいですね。ぬか床の管理のような。

飯嶋:あ、本当にそんな感覚です。

「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」と呼ばれる、男女の恋愛結婚を理想とした家族像も、現代社会では終焉を迎えているのではないでしょうか。

―布やボタンなど「記憶の痕跡が残るような素材」を使うとおっしゃっていましたが、そういった素材を使うようになった理由は?

飯嶋:「家族の記憶」をまとったものを家のかたちに密封したい、というのが最初のモチベーションだったんです。それで、ドラム缶で溶かした蝋のなかにいろんな素材を混ぜてから、その蝋を固めて切り出すことで、家のかたちを作っています。

『移動と定住1』2005 パラフィンワックス H:25×W:18×D:18cm(225点組)サイズ可変"
『移動と定住1』2005 パラフィンワックス H:25×W:18×D:18cm(225点組)サイズ可変

『移動と定住3』pepper's gallery 2006 パラフィンワックス、土 H:45×W:30×D:25cm(30点組)
『移動と定住3』pepper's gallery 2006 パラフィンワックス、土 H:45×W:30×D:25cm(30点組)

―だから家のかたちがいびつだったり、衣服の断面が見えたりするんですね。

飯嶋:はい。記憶を詰め込んだ塊に「カッティング(切断)」という所作を加えることで、初めて「家」を成り立たせることができる気がします。

―記憶の塊を切断することで家が成り立つという発想は、ある種暴力的でもありますよね。「家」や「家族」にこだわる理由はどうしてなんでしょうか?

飯嶋:私が念頭に置いている「家族」というのは、近代的な家族像というか、男女間の愛情で結びついた関係を前提にした「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」と呼ばれるものなんです。それは近代以降の結婚の理想とされていますが、そのような考え方も、現在は終焉を迎えていると言われています。

資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭
資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭

―日本でも近代以降、家と家との契約関係を暗黙としたお見合い結婚が減り、恋愛結婚が増えたのは「ロマンチック・ラブ」の影響と言われていますね。ただ、それも現在では変わりつつある。経済不安やライフスタイルの変化を受けて、結婚率や出生率も低下しています。

飯嶋:そういう意味でも、じつはまだ、近代的家族という文化の末端に自分は位置していると思うんです。そんな私からすれば、恋愛結婚をしなければいけないという近代的家族の制度自体が神話的なイデオロギーで構成された暴力的なものにも見える。そこを「切断」という、また違ったかたちの暴力でもって乗り越えて、暴き出していくのが作品の目的と言えるのかもしれません。

―飯嶋さんが想定している近代的家族に、たとえば『サザエさん』の家族は入るのでしょうか? 異なる3世代が同居していて、サザエとマスオはお見合い結婚ですが、恋愛感情もあるみたいです。

飯嶋:そうかもしれません。近代以前の家族制度は残っているけれど、それを成り立たせるために結婚したというよりは、愛し合っているから私たちは一緒にいるんだという。でも、一方で疑問もあります。それは果たして自然に行われたことなのだろうか、社会や時代の動きがあってそうなったんじゃないか、という。

『colorful stars in the white heavens Ⅱ』2013 綿布、ボタン 279×1280.4㎝(サイズ可変)
『colorful stars in the white heavens Ⅱ』2013 綿布、ボタン 279×1280.4㎝(サイズ可変)

―恋愛結婚といえども、完全に個人間のつながりではなく、社会の制度に組み込まれているかもしれない。

飯嶋:そうですね。でも時代はさらに動いていて、今ではもはや個人が「単独者」として生きている。私はそれでもいいと思うんですよ。サザエさん的な家族の延長線にも属しているけれど、実態としては「単独者」としても生きている。その狭間にある世代が1980年代生まれの私たちなのかなと思っています。じつは資生堂ギャラリーでの展示構成も、そういった考えから練り始めています。

展示を観て気になった人が、後で調べて意味を知るくらいの距離感がいいのかなって。

―2月に始まる資生堂ギャラリーの展示では、どんな構成を予定されていますか?

飯嶋:手前の大きなスペースと奥の小さいスペースがありますが、どちらも食器を使った作品を展示します。衣服は四六時中身につけるものですが、食器って食事のとき以外は使用しないので「家族の団らん」のような一種の場の集合をイメージできると思います。さらに大きいスペースには蝋の家が大小10個ほど置いてある。そして小スペースでは、古い食器をそのまま展示するのですが、底面に「Singular」という文字を彫り込んで、それをホタルのように光らせるプランを予定しています。

資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭
 

資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭
資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭

―「Singular」は「単数」という意味ですね。

飯嶋:私は「単独者」という意味で使っています。辞書で調べると「奇妙な」「面白い」が最初に出てくるんですが。

―「Person(個人)」ではダメなんですか?

飯嶋:最初は「One」とか「Oneness(単一性)」とかいろいろ考えたんですけど、意味として第一に「個人」が来てしまうのは何か違うと思っていて。

資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭
資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭

―「Singular」って、字面がなかなか浮かばない馴染みの薄い単語ですね。自分たちからちょっと遠いというか。それも大事なところなんでしょうか?

飯嶋:文字って、何かを伝えるためのものですから非常に直接的ですよね。だけど、ときに伝えすぎることもあって、私はそれが怖いと思うんです。展示を観て気になった人が、後で調べて意味を知るくらいの距離感がいいのかなって思います。

私は近代的家族が生み出す強い共同体意識に対しては批判的に考えています。でもその一方で全員を「単独者」として見てしまうことに恐れも感じているんです。

―以前、別のインタビューで、個人の記憶から距離を置きたいという話をされていましたね。

飯嶋:私の作品は「かたち」を切り出しているので、食器や衣服に込められた個々の記憶と同時に、じつはその「物性=全体性」を強調しているところもあると思うんです。その考え方は、今回の展示にも表れている気がします。私は近代的家族という価値観が生み出す強い共同体意識に対しては批判的に考えていて、個人が個人として維持されながら、ゆるやかでオルタナティブな共同性が立ち上がる未来を思い描いているところがあります。でもその一方で全員を「単独者=Singular」として見てしまうことに恐れも感じているんです。

資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭
資生堂ギャラリー『飯嶋桃代展』展示風景 撮影:相良博昭

―飯嶋さんと同じく、僕も1980年代生まれですが、それは狭間の世代の感覚として共有できる気がします。

飯嶋:血のつながりという強い共同体のセーフティーネットなしの状態で、「全員が単独者です」と宣言しても、経済的に本当に生きていけるのか。単身者の女性同士が、老後もお互いのセーフティーネットとして助け合って生きるという試みもあって、それはいいなと思う反面、ある程度の資産がなければできないことでもあって。自分でも「私の考えは絶対にこうです」とはっきり言いきれなくて、常にその裏側を同時に見ている気がします。制作行為に関しても、それは反映されていると思います。

―そんな「家」の作品が、今回は大きい展示スペースに大小10個ほど設置されるわけですね。

飯嶋:以前、馬喰町のαMギャラリーで展示したとき、家の作品が並ぶ様子が漂流した氷山みたいに見えたんです。その感覚が今回の展示につながっています。氷山って陸地の氷がどんどん押し出されて、海にせり出して、ポカンと割れて海に漂っていくそうですね。私たちが氷山を見ても「ああきれいだな」って思うだけですが、じつは大きな塊から何年も何十年も前に割れ落ちてしまった欠片であって、そのあり方が家と似ているなと思っています。たしかに、今でも『サザエさん』的な家のあり方はあるけれど、その崩壊はもうずっと前に原因があって、崩れ落ちた社会の断片が私の目の前に辿り着いているという……。

展示風景 2014 αM『パランプセスト 重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き』
展示風景 2014 αM『パランプセスト 重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き』

―たしかに、飯嶋さんの作る家はいびつなかたちをしているものが多いですね。

飯嶋:倒壊しているというか、ひしゃげているというか、家という記号化の限界というか。切妻屋根で七面体という原則は変えていないんですが、その枠組みの中で、家が記号として保てるギリギリのかたちを求めている気がします。

―ただ、屋根や側面のかたちは作品ごとに変化していますが、底面は強固ですよね。置けば絶対に倒れないかたちをしている。ひょっとすると、そこにも飯嶋さんなりの家とか家族制度のあり方が反映しているかもしれません。

飯嶋:彫刻を作る人は、地面との関係をすごく繊細に考えていると思うんです。べつに浮かしていてもいいし、宙づりにしてもいい。何か挟み込んで斜めに設置してもいい。でも、やはり「立つ」ということに立ち戻っていくというか。そういう意味で、私も底面への意識が強くあるのだと思います。

飯嶋桃代

―名和晃平や、たとえばアルベルト・ジャコメッティの作品も、浮遊感や不安定さを感じさせますが、じつは安定がないと彫刻は成り立たたないという前提がある。それは立体物を扱う人にとっての共通のテーマでしょうし、社会のあり方を示唆するものかもしれませんね。ありがとうございました。

イベント情報
『第9回 shiseido art egg 飯嶋桃代展』

2015年2月6日(金)~3月1日(日)
会場:東京都 銀座 資生堂ギャラリー
時間:火~土曜11:00~19:00、日曜・祝日11:00~18:00
休館日:月曜
料金:無料

ギャラリートーク
2015年2月7日(土)14:00~14:30
出演:飯嶋桃代

『第9回 shiseido art egg 狩野哲郎展』

2015年3月6日(金)~3月29日(日)
会場:東京都 銀座 資生堂ギャラリー
時間:火~土曜11:00~19:00、日曜・祝日11:00~18:00
休館日:月曜
料金:無料

ギャラリートーク
2015年3月7日(土)14:00~14:30
出演:狩野哲郎

プロフィール
飯嶋桃代 (いいじま ももよ)

1982年、神奈川生まれ。2011年、女子美術大学大学院美術研究科美術専攻博士後期課程修了。受賞歴は『とよた美術展‘07 審査員賞』(2007年)、『第42回神奈川県美術展平面立体部門 特選』(2006年)など。近年の個展に『パランプセスト重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き』(2014年、gallery αM)、『format-B』(2014年、コバヤシ画廊)、『colorful stars in the white heavens Ⅱ』(2013年、ギャルリー東京ユマニテ)など。



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