アーティスト同士が本気のホームステイ。異文化コラボの成果は?

昨年末、ちょっと不思議な内容のオーディションチラシを目にした。「6月から9月までのヴッパタール(ドイツ)及び東京にて行う、リハーサル・本番に参加できる方」「パスポートをお持ちの方」というのは普通の内容だが、これらに付け加えて「リハーサル期間中、ドイツ側の出演者を自宅に宿泊受入れ可能な方」という文言が並んでいた。

このオーディションは、演劇とダンスを融合させた「タンツテアター」の生みの親であり、世界の舞台芸術に影響を与えたピナ・バウシュが率いる「ヴッパタール舞踊団」出身のフランス人振付家ファビアン・プリオヴィルによる『SOMAプロジェクト』のために行われたもの。自身のカンパニーとしても度々日本を訪れている彼が、「新しい身体」をコンセプトとして掲げ、日本のアーティストと協働しながら作品を創作する。ここで、ファビアンが選んだ方法が、日本のアーティストとヴッパタール舞踊団出身ダンサーとの「ホームステイ」だった。

ドイツと日本、それぞれの活動拠点で、生活を共にしながら作品をクリエイションするパフォーマーたち。まさしく「同じ釜の飯を食う」ことが、その作品にどのような変化をもたらすというのだろうか? ファビアンと共に、今回出演するトゥスネルダ・メルシー、そしてオーディションで選出された日本のパフォーマーあゆ子に、本作の創作プロセスを語ってもらった。

日本とドイツという、全く違った世界が衝突しながら作品を創作することができれば、面白いのではないかと思ったんです。(ファビアン)

―今回の『SOMAプロジェクト』は、どのような経緯から生み出されたのでしょうか?

ファビアン:日本のアーティストが海外のアーティストと作品を共に作る機会を作りたい、また、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団のダンサーたちにも、全く別の世界とぶつかり合いながら作品を作ることを経験してもらいたいという思いからこのプロジェクトはスタートしました。日本とドイツという全く違った世界で、出演者たちはそれぞれ異なった生活を送っています。この2つの世界が共に衝突しながら作品を創作することができれば面白いのではないかと思ったんです。彼らは全く違う世界を生きていますが、それぞれにとってどちらも確固たる現実ですよね。

ファビアン・プリオヴィル
ファビアン・プリオヴィル

―ファビアンさん自身も、ヴッパタール舞踊団で活躍する日本人ダンサーの瀬山亜津咲さんと結婚されて、生活を共にしながらドイツで活動をされています。その意味では、2つの現実を横断する生き方をしていますね。

ファビアン:妻が日本人であり、私がアーティストとして日本でもドイツでも活動していることは今回の創作に大きく関係しているでしょうね。日本の文化や伝統、哲学などに対してとても興味深いと感じると同時に、ドイツで暮らすアーティストとしてドイツでの生活も楽しんでいます。『SOMAプロジェクト』には、2つの芸術上のコンセプトがあるんです。1つは、この違う現実を「結合させる」こと、そして違う現実から「共通する構造を見つけ出す」こと。2つの世界を繋げながら表現にする方法はないかと考えたんです。

―2つの世界を結びつけるために、今回はパフォーマーたちが生活を共にする「ホームステイ」という方法を取ったということでしょうか?

ファビアン:そう。ホームステイをすることによって、稽古場を通して社会的な一面で交流するだけではなく、生活の場にまで踏み込むことになります。私自身、日本に来るとホテルではなく、友人や妻の家族の家に宿泊するんですが、それによって日本人の生活をより深く感じることができる。出演者たちにもそういった経験をしてほしいと考えているんです。

―国際共同制作として、国籍の異なるパフォーマーたちが1つの作品を制作することは近年増えていますが、ホームステイをして生活を共にするという方法はとても珍しいですね。

ファビアン:今回の作品テーマは、文化の違いにフォーカスするのではなく、文化の違う人々が出会ったときに生まれる「新たな身体」を見つけること。身体はその土地の風土や文化、言語によっても規定されています。大事なことは、その身体がぶつかり合うことではなく、そのぶつかり合いによって生まれてくる新たな感覚なんです。2つの文化が互いに影響し合うことによって、どちらかに属するものではないもう1つの身体が生まれてくるのではないかと考えています。

文化の摩擦をどう作品に活かすかということを考えていたので、ストレスにはなりませんでした。むしろ、摩擦を積極的に感じようとしていました。(あゆ子)

―実際に、ホームステイをした感想はいかがでしょうか?

あゆ子:旅行ではなく、ドイツで生活することは初めての経験だったので、本当に些細なことに驚いていました。例えば、物の大きさの違いだったり、包丁の形の違い、ティッシュやトイレットペーパーの厚みすらも違います(笑)。そういった細かな違いから、「摩擦」のようなものがいろいろと生まれてくるのを感じます。

あゆ子
あゆ子

トゥスネルダ:日本とドイツでは空間の大きさが全然違いますね。日本は空間が小さいだけではなく、空間に対しての人数がとても多いんです。私は出演者の一人である大窪晶さんの家にホームステイしているのですが、彼の家族は、私のために空間をシェアして、快く迎え入れてくれました。その寛大さにはとても感激しました。

ファビアン:日本人のホスピタリティーは特別ですね。

トゥスネルダ:ホームステイをすることによって、一緒に仕事をしているパフォーマーの別の側面を見ることができます。どのような地域に住んでいるのか、家をどのように飾っているのか、そのような面を知ることによって、接し方にも影響が出て、創作の過程がより豊かなものになっていくんです。

―トイレットペーパーの違いは?

トゥスネルダ:ヨーロッパのほうが厚いですね(笑)。でも、日本のトイレは素晴らしい! だって、水を流すと、タンクの上から水が出てきて手が洗えるんですよ。あれはヨーロッパにぜひ持っていくべきです(笑)。

トゥスネルダ・メルシー
トゥスネルダ・メルシー

―日本とヨーロッパの「文化の違い」というと、例えば「能」や「禅」、「わびさび」といった、大文字の「文化」に着目しがちですが、二人共、とても小さな文化に着目しています。そういった細かな違いに気づくことは作品の創作にもイマジネーションを与えるのでしょうか?

トゥスネルダ:もちろん。毎日、目にするもののすべてに影響を受けているので、作品と生活は切り離せない。その小さな影響関係を明確に語ることはできませんが、街で見たもの、生活の中で感じたものから創作のアイデアは生まれてくるんです。

ファビアン:トイレットペーパーの厚みが直接作品に反映されることはないでしょう(笑)。けれども、そんな驚きがアーティストの視野を変えることによって、作品が少しずつ変化していくんです。

―重要なのは、文化の違いによってアーティストの視点が変わっていくことなんですね。ところで、あゆ子さんは「摩擦」と表現していましたが、その「摩擦」を煩わしく感じることはないのでしょうか?

あゆ子:それはなかったですね。例えばこれが旅行だったら、その摩擦が私に合っているか、いないかという「取捨選択」をしているかもしれません。けれども今回は、摩擦をどのように作品に活かすかということを考えていたので、ストレスにはなりませんでした。むしろ、摩擦を積極的に感じようとしていましたね。

ヴッパタール(ドイツ)での稽古の様子
ヴッパタール(ドイツ)での稽古の様子

―ヴッパタール舞踊団出身者と、日本のアーティストが入り混じる創作現場には、パフォーマー同士の激しい摩擦も生まれるのではないでしょうか?

ファビアン:日本のアーティストとドイツのアーティストのコミュニケーション方法は全く違います。動いたり、説明したり、試したり、解釈したり、すべての過程において誤解や齟齬などの摩擦がありますね。けれども、そこに面白みを感じるんです。誤解や間違いはすべて創作の原動力となり、稽古場を循環させます。誤解が生まれることで、うまくいかないこともありますが、いい効果が得られることもあるんです。

日本人だからなのかもしれませんが、どうしても最初に「何が正解か?」を探そうとしてしまいます。でも、今回はそれが全く通じない。(あゆ子)

―今回、日本の参加アーティストを募集するにあたって、200人以上が集まったオーディションが開催されました。どのような採用基準で、今回出演する7人が選ばれたのでしょうか?

ファビアン:今回のオーディションは、事前に作品が決まっていたわけではなく、一緒に作品を作っていくのが目的だったので、ジャンルや、どのような教育を受けたかを問わず、すべてのアーティストを対象としました。俳優、ダンサーといったジャンルで区切るのではなく、人間としての部分を見たかったんです。普通、オーディションでは、「自分自身を見せる」のではなく、「自分が見せたい自分を見せる」という意識が働きますよね。今回のオーディションは、1週間じっくりと時間をかけることによって、「見せたい自分」ではなく、その人自身を見ることができました。仮面を外した人が「どのようなファンタジーを持っているのか」「どのような身体の動かし方をするのか」「どのような想像力を持っているのか」を見ながら、出演してもらうアーティストを決定したんです。

2015年1月に行なわれた『SOMA』プロジェクト、日本人出演者募集オーディションの様子

2015年1月に行なわれた『SOMA』プロジェクト、日本人出演者募集オーディションの様子
2015年1月に行なわれた『SOMA』プロジェクト、日本人出演者募集オーディションの様子

―実際のオーディションの様子は?

あゆ子:これまで日本では受けたことのないようなものでした。ノートパソコンに写った映像を見て、ただ部屋を出て行く、というもの。あるいは、物が置かれている部屋に入って「何かを話してください」と要求されるもの。すべてが抽象的なシチュエーションで、人によっていろいろ受け取り方が変わるものだったんです。

―抽象的すぎてやりづらそうですね……(笑)。

あゆ子:日本人だからなのかもしれませんが、どうしても最初に「何が正解か?」を探そうとしてしまいます。でも、今回はそれが全く通じない。だからこそ、今まで受けたオーディションの中では一番やりやすかったかもしれません。他の参加者の様子も見ることができたので、オーディション中からとてもたくさんの刺激をもらいました。

一端ドアが開くと、日本人はとても想像力豊かだし、かなりクレイジーな表現をします。(トゥスネルダ)

―オーディションの方法が異なるように、日本とヨーロッパのアーティストでは、クリエイションの方法も異なりましたか?

ファビアン:日本の場合、「どこに行ってこれをやってほしい」と、細かく演出が決まっていることが多いので、それぞれの役割がとてもはっきりしています。けれども、『SOMAプロジェクト』の場合、自分の立場は自分で作っていかなければならない。自分が持っているいろいろな武器を使って、作品内に居場所を作る必要があるんです。その意味で、日本のアーティストにとって、最初は難しかったかもしれません。

左から:あゆ子、トゥスネルダ・メルシー、ファビアン・プリオヴィル

トゥスネルダ:最初はみんなやりづらそうでした。でも、一端ドアが開くと、日本人はとても想像力豊かだし、かなりクレイジーな表現をしますね(笑)。もっと日常的に他の国の人々と仕事をする機会が増えれば、そんなクレイジーな自分を自由に表現するためのより良い方法を見つけられるのでは、と感じました。

ファビアン:作品を創作する上では、ドアの鍵を開くことが大切なんです。日本の場合、アーティストが自由に表現するためのドアに鍵をかけていることが多く、その鍵を開けてあげることが必要になります。私は、その鍵を見つけて、ドアの向こうに何があるのかを見たいんです。その向こうには、きっと驚くべき美しい物があるはずです。

―日本人としてはいかがでしょうか?

あゆ子:失敗することが悪いという風潮が日本にはありますよね。日本では生活においても失敗しないように作りこまれています。工事現場にも人が配置され、「こちらを通ってください」みたいな案内をしていますが、ドイツだったらそんなことはない。隅々まで徹底して失敗しないようにされていることが、アーティストにとっての足枷になっているのかもしれません。

―良くも悪くも日本は「快適すぎる」ということかもしれませんね。

あゆ子:またクリエイションの中で、日本人は「正解」を出そうとしますが、ヨーロッパの人々は「価値観」を出そうとします。そこがとても大きな違いとして実感した部分です。正解ではなくて、感じたものを出せばいいと吹っ切れてから、少し変わったような気がします。

―まさに、少しずつ「新たな身体」を獲得している。

あゆ子:アーティストたちはそれぞれの価値観を持っています。その価値観から激しい摩擦が起こりますが、それと同時に今回集まったメンバーは柔軟に吸収するスポンジも持っている。「そっちのほうがいい」と気づいたら、すぐに吸収してしまうんです。摩擦を起こしながらも、いい部分は吸収するというバランスを持った人たちだからこそ、作品を一緒に創作できるんでしょうね。

ファビアン:その通りだね。

あうるすぽっと×fabien prioville dance company×An Creative 国際共同制作『SOMAプロジェクト』
あうるすぽっと×fabien prioville dance company×An Creative
国際共同制作『SOMAプロジェクト』

―そんな経験を経て、『SOMA』が提示する「新しい身体」や「新しい世界」は、どのような形で舞台上に現れるのでしょうか?

ファビアン:今回のプロジェクトでは「赤」を重要なカラーとしています。身体を作っている細胞をDNAレベルまで深く覗き込むというイメージを持っているんです。日本、フランス、ドイツのDNAが組み合わさってできる新しい身体を、顕微鏡で覗きこむような空間にしたいと考えています。そのためにも、それぞれのパフォーマーが、今回の制作プロセスを通じて、自身の身体を再発見する必要がある。ヴッパタール舞踊団出身のメンバーにとっても、日本の出演者の身体に触れ合いながらクリエイションをすることで、自分自身が持つ「無意識な癖」から抜け出すことができます。ドイツと日本、私たちの違う身体について何を語ることができるのか、その身体にどんなメッセージが込められるのか、それらがこのプロジェクトの核心になっていくでしょうね。

―そして、国籍やジャンルを超えた「新たな身体」へと変身していく。

ファビアン:そうですね。「変身」というのはとても近いイメージです。このプロジェクトを経ることによって、手触りや肌触りといったベーシックな感覚すらも違ったものになっていくのではないかと期待しています。

イベント情報
あうるすぽっと×fabien prioville dance company×An Creative 国際共同制作
『SOMAプロジェクト』

2015年8月24日(月)~8月30日(日)全7公演
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
構成・演出:ファビアン・プリオヴィル
出演:
クレモンティーヌ・デリュイ
パスカル・メリーギ
トゥスネルダ・メルシー
蘭妖子
谷川清美
大窪晶
中澤陽
あゆ子
演奏:
井ノ上孝浩
宇澤とも子
料金:一般4,500円 高校生以下1,000円 豊島区民割引4,000円 障がい者割引3,000円

プロフィール
ファビアン・プリオヴィル

アンジェ国立振付センターにて学ぶ。エドゥワール・ロックのラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス、フィリップ・ブランシャードの元にて活動後、1999年ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団に入団。2006年退団後はフリーで活動、振付家としてもジョセフ・ナジ、デビッド・フリーマンら多数のアーティストと作品を創作。2010年自身のカンパニーを立ち上げ、5作品を発表。2009年デュッセルドルフのタンツハウスnrw とブダペストのトラフォと共同で『Jailbreak Mind』を制作、好評につき現在も海外ツアーを行っている。

トゥスネルダ・メルシー

エッセンのフォルクヴァング芸術大学で学ぶ。ベルリンのサシャ・ヴァルツ&ゲスツによる『NoBody』(2002)、『Roméo & Juliette』(2015)に参加。2003年から2015年までヴッパタール舞踊団にダンサーおよびアシスタントとして参加。映画『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』出演。2009年、C・デリュイ、D・O・ビッギーとともに結成したTrio CDTでは独自の作品と並行してP・メリーギなどのゲスト振付家の作品も創作。公演、育成活動を行っている。

あゆ子(あゆこ)

2011年より塩屋俊アクターズクリニックにて演技を学ぶ。2012年同プロデュースにて『ロミオとジュリエット』でジュリエットを演じる。2013年ファッションブランド『opening ceremony』表参道店 レセプションパーティー フラッシュモブダンサー出演など。アクリル画、Tシャツデザインなども手がけ、2014年東横イン元麻布ギャラリーにて個展を開催している。



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