音楽家歴約45年。矢野顕子が「自分の限界」を認めて学んだ喜び

矢野顕子がニューアルバム『Welcome to Jupiter』を完成させた。年代もジャンルも問わない顔ぶれがトラックメイカーとして名を連ねていた前作『飛ばしていくよ』(2014年)に引き続き、今作でも矢野はtofubeats、冨田恵一、Seihoら気鋭のアーティストたちを共同制作者として招聘。1970年代からYMOのメンバーと共に活動を行い、日本におけるテクノ黎明期の一端を担っていた彼女が、ここでは現代のエレクトロニックミュージックと融合しながら、新たなサウンドを生み出しているのだ。音楽家として活動を始めてから、もうすぐ45年。今も進化し続ける矢野の姿がここにはある。

今回のアルバムに収録された11曲中、カバーおよびセルフカバーは合わせて5曲。そのうち3曲は矢野がみずからトラックを手がけており、もちろんそちらも素晴らしいアレンジに仕上がっている。もし今回のようなコラボレーションという形を取らなかったとしても、きっと彼女は我々リスナーがウキウキするような作品を届けてくれたであろう。しかし、そんな彼女を今も突き動かしているのは「自分が想像もしなかったような音楽を作りたい」という強い衝動であり、だからこそ『Welcome to Jupiter』はこれほどまでに刺激的な作品になったのだとも思う。他者と共作することの喜びについて、矢野顕子に語ってもらった。

ひとりでやれることの限界がわかった。やっぱり自分の能力以上のものは作れないわけですからね。

―ニューヨークに拠点を移されてから、もう25年になるそうですね。

矢野:はい。移住したきっかけは音楽と関係ないんですけどね。ニューヨークにいると、ミュージシャンとしての自分は「何を作っているか」で評価される。今の私はそれがとても心地よいと思っています。

矢野顕子
矢野顕子

―過去の実績ではなく、あくまでもその時々に作った音楽そのもので評価される。それが心地よいということですね。

矢野:もちろん、それはかなり厳しい環境でもありますけどね。あと、私はニューヨークという街そのものから「何かを作ろう」という気持ちを駆り立てられているので、そこもすごくいいなと思っています。これは娘が言っていたことなんですけど、ニューヨークは「次の角を曲がったら何があるんだろう?」みたいな感じで、いつも興味を持ちながら歩けるんですよね。街自体にものすごく力があるんです。

―今回の制作は、ニューヨークにいながら、各トラックメイカーとファイル交換を通じて作業を進めていったんですか?

矢野:そうですね。今回は日本でやった作業も大きかったんですけど。どういうサウンドにしてくださるかは、すべて相手にお任せなので、自分が弾いたピアノと鼻歌だけのものをみなさんにお渡しして、「あとはよろしくお願いします」とお伝えしました。歌詞も付いてない状態だから、なかには「どうしよう……」と思われた方もいたのかもしれないんですけど。

―そもそも矢野さんが前作『飛ばしていくよ』でさまざまなトラックメイカーと共作することになったのは、スタッフの提案がきっかけだったんだとか。

矢野:ええ。それがとても楽しかったから、今回もそういう路線がいいんじゃないかなって。それで、私は日本のクラブシーンについては全然詳しくないので、今回もまたスタッフにたくさん資料を集めてもらって、それを参考にセンスのいいトラックメイカーの方たちを選ばせていただきました。たとえば、その頃は「Seihoさんはすごく人気のある方だ」みたいなことも全然知らなかったですし。

―矢野さんは、トラックを任せたアーティストのスタイルはもちろん、スタッフの意向も柔軟に受け入れながら制作されているようですね。矢野さんがアルバムを作るときは、基本的にいつもそういうスタンスなんでしょうか?

矢野:いいえ、いいえ。昔は、何から何まで自分でやっていましたよ。でも、なんかそういうやり方には飽きちゃったの(笑)。

―飽きた、というのは?

矢野:ずっと自分のサウンドをプロデュースしてきて、ひとりでやれることの限界がわかったというか。やっぱり自分の能力以上のものは作れないわけですからね。ある部分において、私よりも能力に長けている人がいるのなら、そこはその人に任せた方がはるかにいいんですよ。

私たちは鏡の正面に映る自分のことしか知らないけど、まわりの人は自分のことを立体で見ているわけじゃないですか。

―矢野さんがそう考えるようになったのは、何かきっかけがあったんですか?

矢野:T・ボーン・バーネット(ボブ・ディランのバンドでギタリストを務めた経験を持ち、エルヴィス・コステロ、トニー・ベネットなどのプロデュースも手がけている)という素晴らしい方にプロデュースしていただいたときかな。誰かに自分を見てもらうことの面白さとその意義を、あのときに実感させられました。

―2008年に『akiko』をリリースされたときのことですね。

矢野:そう。彼が「この曲のアレンジはこの方向でいこう」と言ってくるものは、私が考えていたものとはまったく違っていたんですよね。でも、たしかにそっちの方がずっとよかったの。それで「私、自分のことは自分がいちばんわかってると思ってたけど、そんなことなかったんだな」と思って。ほら、私たちには自分の好きな色ってあるでしょ? それでみんな、つい同じような色の服ばかりを買っちゃったりするけど、たまに友達から、自分では思いもしなかったような色を勧められることってあるじゃない? 「これ、絶対に似合うと思う!」って。そこで初めて「私ってじつはこう見られてるんだ」と気づいたり。ファッションにおいてはそういうことってよくありますよね。

―なるほど。その例えはすごくわかりやすいです。

矢野:それに、まわりの人は自分のことを立体で見ているわけじゃないですか。私たちは鏡の正面に映る自分のことしか知らないけど、みんなは私のことを横とかうしろからも見ている。だったら、その人たちが私のことをどう見ているのかを、正直に言ってもらった方がいいのよね。それはレコード1枚を作るうえでも同じことなの。

―今回のアルバムでご一緒された若いトラックメイカーの方々も、矢野さんが今まで気づいてなかったことに気づかせてくれたということでしょうか。

矢野:もちろん。私は年齢で人を見たことはないですから。大切なのは「その人が今何を作っているか」ということだけ。当然そこには「私が思いもしなかったようなサウンドを、彼らなら作ってくれる」という期待を込めていますし、実際にそのサウンドが届いたら、あとはそこに今の私を合わせればいいんです。

―そのサウンドが自分とはあまり合わなかった、みたいなことはないのでしょうか?

矢野:ちょっとした微調整くらいはありますけど、「このサウンドでは困るわ」みたいなことはなかったですね。何でもできちゃうのよ、私(笑)。

矢野顕子

あえて言葉がある音楽をやっている以上は、やっぱりそこで生じる責任というものが、私は絶対にあると思うの。

―矢野さんは『飛ばしていくよ』をリリースした頃のインタビューで、「今はメロディーがあまり必要とされていない」とおっしゃっていて。あの発言がとても気になっていたんですが、今の音楽にもっとも強く求められている要素って、何だと考えていますか?

矢野:そうねぇ……やっぱり言葉は大きいでしょうね。言葉って、音楽にとっては必ずしもなければならない要素ではないし、むしろ言葉がない音楽の方が、大きな力を持つこともある。だけども、そこであえて言葉がある音楽をやっている以上は、やっぱりそこで生じる責任というものが、私は絶対にあると思うの。つまり、言葉を音に乗せるって、何かを宣言しているのと同じだと思うのよ。

―歌詞にはその人のステイトメントが表れているということ?

矢野:そう。たとえばそれが日本語で書かれている歌詞だとしたら、私は日本語としてリスナーにちゃんと意味が伝わらないと、すごく嫌なのよ。それはリスナーとしてもそう。何を言っているのかわからない歌詞って、ものすごくイライラしちゃう。だから、私は日本語であろうと英語であろうと、歌詞は一生懸命聴き取るんです。それでもたまに、若いバンドが書いた日本語の歌詞カードを見ていたりすると、どうしても何が言いたいのかわからなくて諦めちゃうときもある。

―それ、なんとなくわかります。というのも、いま活動しているミュージシャンのなかには、自分の考え方をストレートな言葉で表現することに、リスクを感じている人もけっこういるような気がして。

矢野:そうなの? うーん……それじゃあ、なんで音楽をやるんだろう。だって、「あなたはどういう人間なのか」ということがそこで評価されるんだから、そこを曖昧にするべきじゃないと私は思うの。ほら、よくテレビの街頭インタビューってあるじゃない? 私、ああいうのを見ているときもよく思うのよね。

―というのは?

矢野:たとえば、あそこで「安保法案についてどう思いますか?」と質問されると、「慎重に判断してほしいと思いますねぇ」みたいな、自分にまったく責任を持たないような返答をする人が多いでしょ? でも、その人が友達と飲み屋で同じことを話したら、絶対にそんな言い方はしないじゃない? それが公の場でマイクを向けられると、なんでああいう薄めた言い方になっちゃうんだろうなって。

―きっと、自分の本音が公に晒されることへの恐怖心があるんじゃないでしょうか。テレビもそうですけど、今はそうした個人の意見があっという間にネット上で拡散されてしまうし。

矢野:あぁ、そういうこともあるのか。たしかにそうなのかもしれませんね。でも、アメリカ人はみんなハッキリ言うわよ?

―たしかに。

矢野:不思議よね(笑)。でも、少なくとも私はひとりのシンガーソングライターとして、要点がはっきりしているものを常に作っているつもりです。その時々の自分が考えていることは、私の歌詞にそのまま出ていると思う。

―今回のアルバムに入っている曲には、ハッキリと断定しているタイトルが目立ちますね。“あたまがわるい”“そりゃムリだ”“大丈夫です”なんて、まさにそうだと思うんですが。

矢野:本当ですね(笑)。そういえば、コンサートのときに今の3曲をその順番で演奏したら、ファンの方が「“あたまがわるい”と“そりゃムリだ”のあとに“大丈夫です”がきて、すごく安心した」とおっしゃってました(笑)。案外こういう言葉って、女性の方がハッキリと言えるのかもしれないですね。女性には「いざとなったらやるわよ」みたいな気持ちがあるから。

―そうなのかもしれないですね。僕も小さい頃から母親によく「ハッキリしなさい!」と言われてたし……。

矢野:アハハハ(笑)。

もし私と(くるりの)岸田さんが同じ景色を見ていたとしても、そこから出てくる言葉は、二人ともまったく違うものになるんですよね。

―今作、唯一のゲストボーカルとして、“そりゃムリだ”にくるりの岸田さんを迎えていらっしゃいますね。

矢野:そうそう、これはもうずいぶんと前の話だけど、くるりがニューヨークにきて、郊外にある私のスタジオで2日間くらい合宿したことがあるんですよ。今回のアルバムに入っている“あたまがわるい”って、じつはそのときに思いついた曲なんですよ。当時はまだメンバーに達身くんがいた頃でしたね(大村達身。2001年から2006年までくるりに在籍)。

―そうだったんですか!

矢野:くるりのみんなと一緒にスタジオで演奏していたら、急に私が<あたまがわるいと気付いた>という歌詞とメロディーを思いついちゃってね。それをくるりのメンバーはもちろん、その場にいる全員に伝えて、「この歌詞の続きをそれぞれ作ろう」ということになったの(笑)。それで制限時間内に書いた歌詞をみんなに提出してもらったんだけど、それがすっごい面白かったのよ。決定打があったわけではないんですけど。

―そこでみなさんがどんな歌詞を書いてきたのか、すごく気になります。

矢野:そのときにみんなが書いてくれた詞は、今でも大事に取ってあります(笑)。それこそ岸田さんが書いてきたものは、やっぱりそのまま曲にできちゃうような詞でした。つまり、そこには「岸田繁」という作家性、あるいはカラーがすでに確立している。そして、それは私のカラーとはまったく違うものなんです。だから、もし私と岸田さんが同じ景色を見ていたとしても、そこから出てくる言葉は、二人ともまったく違うものになるんですよね。だって、どう転んでも私に“ばらの花”は書けないですから。

「一緒にやってくれて、本当にありがとう!」という気持ちしかないんです。本当に幸せなことだと思う。

―実際、矢野さんは2004年にアルバム『ホントのきもち』でくるりと一緒に曲を作っていますね。それも、共作や人の意見を受け入れる喜びを知るきっかけのひとつだったのでしょうか。

矢野:そうですね。そのときもやっぱり彼らと私ではやり方がぜんぜん違っていました。ほら、肉じゃがって人によって作り方がぜんぜん違うでしょ? もちろん私には私なりの作り方があるの。でも、そこで私とはまったく違う作り方の肉じゃがをちょっと食べてみると、「あれ、こっちも美味しいじゃない!」って感じること、よくありますよね? 音楽もそうなんです。自分には思いもよらないやり方で作られたかっこいい音楽って、世の中には本当にたくさんある。もし私がそれをぜんぶ自分でやれたらいいのかもしれないけど、実際はそうもいきませんから。

―だからこそ、他者と共作することは面白いと。

矢野:そう! それこそ私は岸田さんから出てくるものがすごく好きだし、おそらく岸田さんも私から出てくるものを面白がってくれてると思う。だから、くるりとはしょっちゅう「また一緒に曲を書こうね」と言ってるんですよ。今回のアルバムだってそう。あの“Tong Poo”(Yellow Magic Orchestraのカバー)のサウンドは、Seihoさんの考え方がなければ絶対にできなかったものなんだから。そこはもう、「一緒にやってくれて、本当にありがとう!」という気持ちしかないんです。こういう出会いがあって、自分と一緒に何かを作っていただけるって、本当に幸せなことだと思う。

―しかも、こんなに素晴らしいアルバムができたわけですからね。

矢野:ホントそうですよね。それに、結果的として今回のアルバムは、聴いてくださるみなさんに話しかけているような作品になったと思います。私もようやく大人になったんでしょうね(笑)。

リリース情報
矢野顕子
『Welcome to Jupiter』初回限定盤(2CD)

2015年9月16日(水)発売
価格:3,996円(税込)
VIZL-873

[DISC1]
1. Tong Poo
2. あたまがわるい
3. そりゃムリだ
4. わたしとどうぶつと。
5. わたしと宇宙とあなた
6. モスラの歌
7. 大丈夫です
8. 颱風
9. 悲しくてやりきれない
10. Welcome to Jupiter
11. PRAYER
[DISC2]
『Naked Jupiter』
1. Tong Poo(Naked Jupiter ver.)
2. わたしとどうぶつと。(Naked Jupiter ver.)
3. モスラの歌(Naked Jupiter ver.)
4. 大丈夫です(Naked Jupiter ver.)
5. 颱風(Naked Jupiter ver.)
6. Welcome to Jupiter(Naked Jupiter ver.)
7. PRAYER(Naked Jupiter ver.)

2015年9月16日(水)発売
価格:3,240円(税込)
VICL-64413

1. Tong Poo
2. あたまがわるい
3. そりゃムリだ
4. わたしとどうぶつと。
5. わたしと宇宙とあなた
6. モスラの歌
7. 大丈夫です
8. 颱風
9. 悲しくてやりきれない
10. Welcome to Jupiter
11. PRAYER

矢野顕子
『Tong Poo』(アナログ7inch)

2015年9月5日(土)発売、HMV record shop渋谷で9月1日(火)先行発売

矢野顕子
『飛ばしていくよ Piano Solo Live 2015』

2015年8月26日(水)からiTunes Store、レコチョク、moraほかで配信リリース

1. Never Give Up on You
2. かたおもい
3. 電話線
4. リラックマのわたし
5. 在広東少年
6. Captured Moment
7. 愛の耐久テスト
8. ごはんとおかず
9. ISETAN-TAN-TAN
10. 飛ばしていくよ
11. YES-YES-YES

イベント情報
『矢野顕子 さとがえるコンサート2015 矢野顕子+TIN PAN PartII』

2015年12月4日(金)
会場:東京都 府中の森芸術劇場 どりーむホール

2015年12月8日(火)
会場:愛知県 Zepp Nagoya

2015年12月11日(金)
会場:大阪府 NHK大阪ホール

2015年12月13日(日)
会場:東京都 NHKホール

プロフィール
矢野顕子 (やの あきこ)

青森市で過ごした幼少時よりピアノを始める。青山学院高等部在学中よりジャズクラブ等で演奏、1972年頃よりティンパン・アレイ系のセッションメンバーとして活動を始め、ニューミュージック黎明期の欠かせない顔となる。1976年、『JAPANESE GIRL』でソロデビュー。1990年、ニューヨーク州へ移住。アメリカではNonesuch recordから3枚をリリース。日本では現在までに31枚のオリジナルアルバムを発表。2007年には、エレクトロニカ系ミュージシャン、レイ・ハラカミとのコラボレーションであるyanokamiとしてのデビューも果たした。2010年、森山良子とユニット「やもり」を結成しアルバム『あなたと歌おう』をリリース。2015年3月、矢野顕子+TIN PAN(細野晴臣/林立夫/鈴木茂)による『さとがえるコンサート2014』を発表。2015年9月16日にはニューアルバム『Welcome to Jupitar』をリリース。

フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 音楽家歴約45年。矢野顕子が「自分の限界」を認めて学んだ喜び

Special Feature

Habitable World──これからの「文化的な生活」

気候変動や環境破壊の進行によって、人間の暮らしや生態系が脅威に晒されているなか、これからの「文化的な生活」のあり方とはどういうものなのだろうか?
すでに行動している人々に学びながら、これからの暮らしを考える。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて