木版画一筋を貫くアーティスト・遠藤美香のシンプルな生き方

新人アーティストの登竜門として、4回目を迎える『FACE展(損保ジャパン日本興亜美術賞展)』。857名におよぶ応募者から今年のグランプリに選ばれたのは、手の込んだ精緻な描写を特徴とする木版画家・遠藤美香だ。

インターネット上の画像で一見すると、ペンで描かれたモノクロの細密画のようにも見える遠藤美香の作品。しかし、それが彫刻刀を使って、巨大な版木に丹念に掘り込まれた「木版画」だと知ったとき、驚く人も多いのではないだろうか。

ルーツを辿ると奈良時代にまで遡り、20世紀の巨匠画家・棟方志功らによって現在まで受け継がれながら、あまりメジャーな表現形式とはいい難い「木版画」。今回は遠藤に、そんな「木版画」を現代においてあえて制作する理由、さらに彼女とその作品が備える孤高の佇まいの秘密について伺った。

巨大なベニヤ板に、半年間も彫り続けた「等身大の人物像」

―まずは『FACE展 2016(損保ジャパン日本興亜美術賞展)』グランプリ、おめでとうございます。受賞作の『水仙』を拝見して、その大きさと描写の細さに驚きました。木版画なのに、遠藤さんの背丈よりも大きい(笑)。

遠藤:ホームセンターで買える一番大きなサイズのベニヤ板(縦182×横91センチ)を彫っています。制作中は板の上に乗って、下絵を描いた表面をひたすら彫刻刀で彫っていきました。墨をひいて紙に刷る工程だけでも、だいたい20分から30分程度。作品全体では、約半年の時間を費やしました。

『FACE展 2016(損保ジャパン日本興亜美術賞展)』グランプリ 遠藤美香『水仙』2015年 木版画
『FACE展 2016(損保ジャパン日本興亜美術賞展)』グランプリ 遠藤美香『水仙』2015年 木版画

―版画には、シルクスクリーンやリトグラフ(石版画)、エッチング(銅版画)など、さまざまな技法があると思います。なぜ、あえて手間のかかる木版画なのでしょうか?

遠藤:他の技法と比べると単純でわかりやすかったのと、安全だからです。銅版画やリトグラフは化学薬品を使わなければならないので……。酸で腐食させるとか危険なことはイヤだなと思ったんです(笑)。

―シンプルさを重視したんですね。木版画には、浮世絵のように多色刷りのものもありますが、遠藤さんの作品では一貫して墨一色のみが用いられています。これもそうした意図によるものなのでしょうか。

遠藤:はい。私自身が版を重ねて制作を行うことにストレスを感じてしまって、折り合いをつけられないのが主な理由です。多色刷りの場合は、赤は赤、青は青の板というように、複数の板を紙の上に重ねないといけないんですね。それがすごく大変で……。昔から工程を予測して制作するのが不得意で、器用なタイプでもないのでやめました。

遠藤美香
遠藤美香

―遠藤さんの技法は、日本人ならみんな小学校で習う、彫刻刀で版木を削り、墨で擦るという、伝統的なスタイルを追究されたものです。これは大学で本格的に学ばれたのでしょうか?

遠藤:大学進学を機に静岡から上京し、美術学科で油絵を学んでいたのですが、3年生のときに油絵、版画の2つのコース選択があって、せっかく大学に入ったので新しい知識を得ようと思い版画を専攻しました。それが本格的に版画をはじめたきっかけです。木版画に触れたのは小学校の授業以来でしたが、新鮮でおもしろかったです。

―いまどきの美大生だと、メディアアートやインスタレーションなど、目新しい表現手法に惹かれていく人も多いと思うのですが、当時、同じように木版画を専攻する学生はいたのでしょうか?

遠藤:あまりいなかったです(苦笑)。ただ、先生が木版画に使用する墨を、固形の状態から作る方法や、刷りに必要な「馬楝(ばれん)」という道具の作り方を教えてくれて。馬楝を完成させるには1年くらいの時間がかかるんですが、そうした作業と制作の往復のなかで、徐々に木版画への愛着が湧いていきました。

「自分の感情や嗜好性を、絵に持ち込みたくない」

―アーティスト活動の原体験のような、幼少期の思い出はありますか?

遠藤:チラシの裏に自宅で飼っていた動物を描いたり、漫画を描いたりしていました。あとは、親のすすめで絵画教室にもずっと通っていました。絵のほかには、庭の木に登って遊んだり、テレビはよく見ていた記憶があります。でもそれが直接、いまの活動につながっているかはわからないですね。

遠藤美香

―上京されてからの大学生活はいかがでしたか? アーティストを志す個性的な若者が多く集まる美術大学は、少し特殊な環境だと思うのですが。

遠藤:私の通っていたキャンパスは埼玉の所沢にあったのですが、アパートと大学の往復の毎日でした。大学に入って一番驚いたことといえば、「コンセプト」に基づいて制作を行う同級生がたくさんいたことです。それまでの私は一時的な自分の感情や、些細な事柄に目を向けて制作していたので、「これを伝えたい」ということがないままに大学に来てしまった。絵はシンプルに「ただ描くもの」だと思っていて、みんなも同じだと思いこんでいたんです。だから、確固たるコンセプトを持って制作している同級生たちは本当にすごいと思いました。

―以前、展覧会のステイトメントで「自分の感情や嗜好性を排除したい」といったことを書かれていらっしゃいましたが、このような意志も、その頃に芽生えたのでしょうか?

遠藤:そうですね。作品を通して自分の思いやコンセプトを表現したいアーティストは、いろいろな人生経験をしている方が多いと思うんですけど、私は昔から家のなかで過ごすことが多く、有意義な経験をせずに生きてきてしまったので、自分を通して表現できるものがないと思っています。自分で振り返っても当たり前のことしかしていないので、正直なところ「この作品ではこれを表明したい」といったコンセプトが特別ない。だからこそ、見る人に委ねて作品世界が広がればいいと思いました。私は末っ子で、小さい頃から人になにかをやってもらうばかりだったので、そんなふうになってしまったのかもしれません。愛知の大学院へ進学したのも、自宅から通いたいという消極的な理由から至っているので……なんだかすみません(笑)。

『芝生』2013年
『芝生』2013年

―いえいえ(笑)。でも「表明したいことがない」というのは、反面、遠藤さんの作家性を強く示唆する言葉でもありますね。これまでの作品を見ていると、非常に精緻な描写が目に飛び込んでくる反面、どこか俯瞰的でニュートラルな印象も受けます。『水仙』もそうですが、表情が見えない後ろ姿の女性像を多く発表されているのも、作品から感情を排除するためですか?

遠藤:人物の表情にはどうしても私自身の感情が出てしまう気がして、その表情によって先入観を与えたくないので、ほとんど描かないですね。作品を通して鑑賞者の思考を巡らすことができる。または私の作品とはまったく関係のないことを思い起こさせることができるならば、それが一番すばらしいことだと思います。

―作品が発する情報を限定しないようにしているんですね。ちなみに描かれる女性には、実在のモデルがいるのでしょうか。

遠藤:特に意味はないのですが、この女性は自分なんです。『水仙』のときは、家で自分の姿と庭の花を何枚かカメラで撮影して、頭のなかで写真を組み合わせて描きました。いつも写真をたくさん撮ったあとに「この人物を画面のどこに配置しようか?」と決めていく流れですね。

『雨』2012年
『雨』2012年

―人物に意味があるのではなく、人物を配置する「構図」にこだわられているんですね。そこに俯瞰的でニュートラルな、鑑賞者の視点が入り込める作品のポイントがある気がします。

遠藤:大学で版画を専攻しているときに、ある先生が「鑑賞者の視線が画面のなかを流れる作品こそが、優れた作品だ」とおっしゃっていて、それ以来構図には気をつけています。人物を描くときにも、その人が醸す雰囲気や意味は関係なくて「画面のバランスとして、この場所にはこれ(人物)があるといい」という感覚で配置を決めています。

―構図が一番重要なんですね。

遠藤:私は、作品を観た人の印象や感想こそが作品そのものだと考えています。なので、私の思い入れや感情が見る方を阻害しないよう、あるいは自由に作品を感じ取れるよう、画面に自分の嗜好性を持ち込まないように徹しています。

新しいカルチャーを積極的に取り入れる村上春樹の「貪欲さ」を知ったときの衝撃

―いま日本で生活をしている若いアーティストは、作品制作をしながらどのように生きていくかを模索している方が多いと思います。遠藤さんは、アーティスト活動以外にもお仕事をされていますか?

遠藤:はい。毎日事務の仕事をしています。美術とはまったくかけ離れた世界です。幸いなことに夕方5時には仕事が終わるので、帰宅したあとに2時間ほど制作をして、休日は1日中制作をしています。本当は絵だけで食べていければそれが一番いいと思うんですけど、むずかしいですね。ある日ラジオを聴いていたら、芥川賞作家の方が「専業で作家になっても絶対に食べていけないからやめたほうがいい」と編集者に助言されたエピソードを語っていて。本が売れない時代といえども書店は全国にあるわけですし、ましてや大きな文学賞を獲った方でもそんな状況なのに、絵だけで生活するのは本当に困難なことだと思いました。当面は、仕事と版画制作を並行して行っていきたいです。

『体操』2010年
『体操』2010年

―とはいえ、仕事と制作を両立する上では大変なことも多いと思います。制作を続けるモチベーションは、どこから生まれてくるでしょうか?

遠藤:私は年に一度、必ず公募展に応募することを何年も習慣にしています。「応募に向けて制作をする」という目標に猛進する時間と、集中する感覚が好きなんだと思います。そういった気持ちを味わえない人生はつまらないと思うので、制作をやめようと思ったこと自体がないですね。

―特に迷いがなく創作を続けられてきたんですね。

遠藤:そうですね。いま振り返ってみると、作品制作で大きな壁にぶつかったことはほとんどなくて、逆に支えになったことのほうが多かったです。仕事をはじめた当初は慣れないことの連続で辛い思いもしましたが、自宅での制作があるからこそ仕事を続けることができました。

『コウセキ』2008年
『コウセキ』2008年

―版画制作によって、気持ちのバランスを取っていたんですね。ちなみに先ほどラジオの話がありましたが、メディアを通して見えてくる現代の動向などから影響を受けることはありますか?

遠藤:新聞とラジオの情報には毎日触れていますが、正直なところ、いまの世界がどうなっているのかを探ろうとしてないかもしれません。わからないものを積極的に理解するには、ある程度努力が必要ですよね。

遠藤美香

―そうですね。とりわけさまざまな情報が錯綜する現代には大変なことかもしれません。

遠藤:ただ、新しいものに向き合っていかなければならないとは思っています。以前、村上春樹さんが一般の方々のさまざまな質問に回答する書籍『村上さんのところ』(2015年、新潮社)について、ラジオで話されていたことがありました。するとその質問のなかに、「音楽が大好きなんですけど、流行の音楽を聴くのが苦痛です。聴かなくてもいいでしょうか?」といったものがあったんですね。私はそのとき、村上さんはきっと「無理をせず好きな音楽を聴けばいい」と答えるのかな? と思ったんですけど、違った。村上さんは「大変だけれど、新しい音楽を聴くのは大事。自分も楽しい音楽を常に聴くことで耳を鍛えている」といったニュアンスのことを回答していたんです。それを聞いて、すごく説得力があるなと思って(笑)。いままでは怠っていた部分なので、がんばりたいです。

―遠藤さんの表現と同時代的な潮流が交わったときにどのような木版画が生まれるのかも、とても気になります。それらを含めて、今後、制作してみたい作品や展望はありますか?

遠藤:2014年に『人生は彼女の腹筋』(駒沢敏器著)という単行本小説の装画に作品を使用していただいたのですが、そういった機会があればまたしてみたいです。本は好きですし、いろんな人に作品を見ていただけますし、制作で収入を得る1つの手段になりうると思っています。あとは最近、文楽が好きなので、関係するようなことをできればいいですね。でもやっぱり、この先も版画をずっと作り続けていければいいです。それくらいしか思い浮かばないくらい、作品制作には達成感があるので。

イベント情報
『FACE展 2016(損保ジャパン日本興亜美術賞展)』

2016年2月20日(土)~3月27日(日)
会場:東京都 新宿 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜(3月21日は開館)
料金:一般600円 大・高校生400円
※中学生以下無料

プロフィール
遠藤美香 (えんどう みか)

1984年静岡県生まれ。日本大学藝術学部美術学科版画専攻卒業、愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画・版画領域修了。主な展覧会、受賞歴に『第28回上野の森美術館大賞展』(2010年)、『損保ジャパン美術賞展 FACE 2013』(2013年)、『第1回青木繁記念大賞西日本美術展 石橋財団石橋美術館賞』(2009年)、『シェル美術賞2011 本江邦夫審査員奨励賞』など。



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