小金沢健人×菊地敦己 不穏な社会にアーティストができること

私たちの暮らしの中で見過ごされ、忘れられていく風景や物事。そうした日々の機微や変化を、映像やドローイング、インスタレーションなどの多彩な手法で前景化させるのが、現在ベルリンを拠点に活動するアーティストの小金沢健人だ。

スパイラルガーデンにて9月13日から25日まで開催される個展『煙のゆくえ』では、天井高16mにおよぶ空間を舞台に、映像作品に呼応するように粘土のオブジェが回転し、床からは白い煙の吹き上がる大胆なインスタレーションと山を描いたドローイングを展示。会場内では見たことのない、新たな景色が生み出される。

本展において企画協力、アートディレクションを行ったのは、小金沢とは高校、大学の同級生であり、展覧会カタログなども多数手がけてきたデザイナーの菊地敦己だ。20年以上の友人であり、作家、デザイナーとして協働してきた間柄の二人に、今回の個展、アートとデザイン、そしてそれらの背景にある社会状況について話を聞いた。

今って、計画に基づいて作品やアイデアをプレゼンしないといけない機会が多い。それがいろんなものを凡庸にさせる。(菊地)

―今回の個展では、菊地さんは具体的にどういったことを行っているのでしょうか?

菊地:スパイラルのスタッフの方々に「小金沢くんが今言っているプランは、今後変わると思いますよ」と伝えたり、実際に変わったときに「あ、大丈夫です! そういうものですから」と言ったりする役割(笑)。

小金沢:(笑)。菊地くんは、僕と社会をつなぐ、大事なクッションをしてくれています。

―展示プランが「実際に変わったときに」とおっしゃいましたが、今回の作品に至るまでに、さまざまな紆余曲折があったのでしょうか?

菊地:当初は、小金沢くんにしては珍しく社会的なテーマを扱っていたんです。そのアイデアも悪くはなかったけど、僕は「らしくないなぁ。変わるんじゃないかな?」と思っていた。

左から:小金沢健人、菊地敦己
左から:小金沢健人、菊地敦己

―それで実際に変わった、と。

菊地:まったくの別物になったよね。

小金沢:そう。当初はもっと別のものを構想していたんだけど、最終的に「今、自分がやりたいのはこっち」というほうをとっちゃいました。

『Why We Build』(2015) ビデオ
『Why We Build』(2015) ビデオ

『Why We Build』(2015) ビデオ
『Why We Build』(2015) ビデオ

―ちなみに当初案はどういったものだったのですか?

小金沢:僕はドイツに移住して17年目になるけど、震災以降、日本からのニュースに心乱されることが多かったんです。最近は、日の丸や選挙のことが気になっていて……このタイミングで、東京で作品を出すなら、その2つだなと、2年ほど前から考えていたんです。でも、そのアイデアが日々のニュースで洗われて、2年かけてちょっとずつ消えていって。やる気が失せた頃に、今の作品が背後で育っていたのに気づきました。

―それまで詰めてきたアイデアを帳消しにすることに対して、怖さはなかったのでしょうか?

小金沢:必死にアイデアを集めてがんばって作ろうと思ったものより、自分の中からこんこんと湧いて出てきたもののほうが、強いんですよね。結局アート作品って、「生えてくる」ものだと思っていて。あえて大事に育てなくても勝手に成長しているもののほうが、作品としての生命力があるんです。

小金沢健人

菊地:新しい作品の構想を聞いたとき、すぐに「こっちのほうがいいじゃん!」と思った。今って、アーティストもデザイナーも、計画に基づいて作品やアイデアをプレゼンテーションしないといけない機会が多いんだけど、それがいろんなものを凡庸にさせるとも思っていて。そういう説明的なものを飛躍する面白さが、新しいアイデアにはあったような気がしたんです。

小金沢:自分でもなんだかわからないまま作ってしまった(笑)。キーワードを決めて、それを頼りに進んでいくのは、監視されているみたいでつらいけど、「どうしてかわからないけれど興奮する」という方に向かっていくと、手探りながらも確信は強くなっていくんです。「この世界にはまだわからないことがあったんだな」って実感があるんですね。

クライアントの意図や目的は、「やっておきます!」って言えばいいの。でも、それだけだと「デザイン」とは言えない。(菊地)

―今回の菊地さんの役割のように、小金沢さんの作品に第三者が関わることはこれまでにもあったのでしょうか?

小金沢:いえ、まったく。自分ひとりで恥ずかしい思いをして作品や展覧会を作ってきました。それで友人には、「こんなの作ったよ」って成果を見せるだけ。だから今回は、フヤフヤの初期段階から菊地くんを引き入れてしまって、ちょっと恥ずかしかったですね。

菊地:ほー、なるほど。それは意外だね。

小金沢:今まで菊地くんには、グラフィックやカタログなど、デザインの部分でお願いすることが多かったんです。作品を作る前に相談話をするのは初めてでした。友達付き合いも長いし、親しいからこそ、一線を引いていたんだよね。

小金沢健人

菊地:そうだったんだ!(笑)

小金沢:それが結果的に、自分の緊張感をより高めてしまった気もするけど(笑)。近しい人々は、甘える相手ではないんですよね。より張り合いたいというか。

菊地:たしかにそういう緊張感はあるかもね。

―では、今回なぜ菊地さんを選んだのでしょうか?

小金沢:それは歳をとって、構えにゆとりがでてきたのが一番ですね。「仲のいい連中の仕事なんて生ぬるいに決まってる!」なんていう思い込みが消えていた。あと、僕たちはタイプやできることが正反対なんです。

菊地:そうだね、趣味が合わないのではなく、できることが違う。

―アーティストという立場と、デザイナーという立場では、作品の出発点も異なりますよね。

菊地:僕はグラフィックデザイナーですから、普段はクライアントワークが多いんですけど、もともと自分はテーマ主義じゃなくて、方法を探す方が好きなんです。人に言いたいことがあって、ものを作ってるわけではないですし。クライアントが求めていることに至るまでの道のりを、自分なりのアイデアで考える。そうすると、仕事の目的とは別に、新しい方法の発見があるんですよね。

対して小金沢くんは、根拠の分かりづらいテーマやかたちがいきなり出現する感じかな? 組み合わせに必然性や根拠はないけどしっくりくる、みたいなのを見つけるのがうまい。

菊地敦己

小金沢:「1を聞いて10を知る」というけれど、10で終わらずに100とか1000とかに話が膨らむのが菊地くん。僕は数のことを考えているあいだに、全然別のことに連想がズレていくタイプ(笑)。自分がブラックボックス化しているから、出てきたものが何でそうなったかもたどれない。

菊地:そうだね。だから感覚的に作るものにハズレはないけど、積み重ねで考えたアイデアには「あれ? どうしちゃったんだろう」っていうのがときどきある(笑)。

小金沢:普段全然考えてないから無理が出る(笑)。僕は逆に、クライアントが存在する仕事は難しいかな……。「これをやれ」と言われるとできない。その一方で「自分、自分」とこだわると、自分に沿ったものしかできないつまらなさもある。

菊地:それは本当にそうだよね。

小金沢:菊地くんの場合は自分のレールからも外れたいし、クライアントの意図も通さなければならないから大変かもしれないね。

菊地:デザインの仕事には二重性があるからね。クライアントの意図や目的は「はい、そこは大丈夫です! やっておきます!」って言えばいいの。でも、それだけだと「デザイン」とは言えない。デザイナーはクライアントに対して、要求を結果につなげていくための美しいストーリーを話すんだけど、表現はストーリーだけではないから。

前提となる条件や環境に内在する汎用的な問題を抽出して、それをどうしたらいいのかを考えることに別軸の面白さがある。というか、それがない限りデザインって何も面白くないと思う。問題発見と問題提起ができたら成功ですね。

菊地敦己

今は煙を自由に扱うことがなかなかできない。火を使う権利とセットで、煙を出す権利も奪われている。(小金沢)

―今回の小金沢さんの個展は、オブジェ、映像、ドローイングで構成されますが、その中でも「煙」の要素が印象的です。なぜ「煙」なのでしょうか?

小金沢:子どもの頃は焚き火が好きだったのですが、今は煙を自由に扱うことがなかなかできないですよね。火を使う権利とセットで、煙を出す権利も奪われている。今回はもちろん安全なかたちでの煙ですけど、煙というものには、人類史の最初期にまでさかのぼる遠い記憶に触れる力がある。スパイラルの空間は、どこかしら太古の洞窟を思わせる構造だと感じるので、煙を媒介に根源的な感覚へ誘えるかどうか。東京のど真ん中で美術と呪術が混じり合うような空間になるといいなと思います。

小金沢健人

―その作品の中核をなす粘土のオブジェは、2016年にドイツのヴォルフスブルク市美術館で発表した、粘土を収めた映像作品『Why We Build』が基になっているそうですね。

小金沢:会場では『Why We Build』も流します。その映像制作に際して粘土を触っているうちに、粘土を大きな岩のように配置して、そのあいだを人間が歩けたら面白いなって、どんどんスケールの大きなことがやりたくなったんです。

―インスタレーション作品に加えて、約300枚におよぶ山のドローイング『mountains』も展示されますね。

小金沢:ドローイングは2010年の暮れくらいから制作していて、その一部です。制作においてジャンプ力ばかりを頼みにしていると、ひとつのルールのもと継続的に制作することに憧れが出てくるんですよ。世の中には同じ絵を繰り返し描く人がいますよね。その気持ちを知りたかったというか。

『mountains』 紙、色鉛筆
『mountains』 紙、色鉛筆

『mountains』 紙、色鉛筆
『mountains』 紙、色鉛筆

―さまざまなかたちの山が色鮮やかに描かれていますが、そこからは規則性も見えますね。

小金沢:ルールは「3つの山を3つの色で描く」。言いたいことは3本線を引けば終わりなんですが、それを塗りつぶしていくという作業を経ることで、様々な「味のあるタッチ」を通過していくんです。ここで止めたらオシャレだなと思っても、愚直に塗りつぶすところまでやる。寸止めのバランスや抜けといった軽やかさに背中を向けたというか。途中段階での「いい絵」を何枚も殺した末の1枚なんです。飽きっぽい自分だからこそ、必要としていた行為だったんだなと思っています。

正しさがあまりに一元化していて、多くの人がそれを神様のように信じたがっているように見える状況が気持ち悪い。(菊地)

―菊地さんは以前「恨み」がひとつの原動力になっているという話をインタビューの中でされていましたが(『GRAPHIC IS NOT DEAD.』 Vol.3 菊地敦己 誰かに与えてもらうのではない「グラフィックの可能性」、それは今も変わらないのでしょうか?

菊地:そうですね、ずっと反抗期が持続しているみたいな感じです(笑)。

菊地敦己

―2016年の今は、何に対して反抗していますか?

菊地:正義ですかね。最大の敵は正義なので。

小金沢:正義が敵なの?

菊地:そう。正しさがあまりに一元化していて、多くの人がそれを神様のように信じたがっているように見える。その状況が気持ち悪い。

―菊地さんがそう思うようになったきっかけは何なのでしょうか?

菊地:それは、世界各地で起こるテロや争いであり、震災なのかもしれないですね。「この世の中は便宜的な幻想なんだから」と思いながらも、社会の基盤となっている共同幻想が崩れる姿を目の当たりにするのは、想像以上にショックだった。でもそんな中で、絶対的に信頼できる「神様」が求められているような現状には違和感があるんです。

小金沢:僕自身も、震災以降はいろいろ変わってしまったと思う。震災と自分の子どもの生まれた時期が近かったので、生活と制作のバランスがだいぶ崩れました。

「煙のゆくえ」でも社会の不穏なムードは見え隠れしていますが、「次の世界」を見せられたらと思っています。(小金沢)

―その結果生み出されたのが、今回の『煙のゆくえ』での作品でもあるんですね。

小金沢:そうですね。内面に潜り続けていると自分だけ時が止まってしまうし、想像ばかりしていても、現実に着地しないから、できるだけ「今の現実の時間を生きていたい」と思い直すわけです。

それで「今って何?」と考えると、現実という平面の上に「点」ではない「現在地」があると思った。「現在地」は時間も空間も伸び縮みする場所なんだと。個人のものであって、なおかつ他人のものとも重なるような、そんな膨らみを持った場所があるんだと思います。

小金沢健人

―それは、さきほど菊地さんがおっしゃった「絶対的な神様」の否定にもつながるように聞こえます。

菊地:社会でも歴史でも何でも、物事はもっと並列的にあると思うし、制度的なものから離れたい。「上からの圧力」とか「下からの反発」とか縦方向に考えるんじゃなくて、イヤなものなんて、それが何であろうが従わなければいい。間違ってても関係ないですよ。ぼんやりとした大きな社会の正しさに個人が傾倒していくほうが、社会や個人にとってもよっぽど危ない。

―デザイナーとしての仕事の上でも、並列性は意識していますか?

菊地:そうですね。デザイナーって無駄なものを省いて大きな仕組みを作り、その仕組みですべてを統制する感覚が強かったと思う。でも僕は、「あるものを変える」よりも、自分が作ったものを隣に置くだけみたいな感覚なんです。その上で、並列されたものの関係を観察していけばいい。余計なものがあってもいいんです。すべてが一本化されてきれいになることなんてありえない。そんなの不自然ですよ(笑)。

小金沢:今の社会は、はっきり言って不穏ですよね。今回の『煙のゆくえ』でもそんな不穏なムードは見え隠れしていますが、そんな今の世界ではなく、並列的で両義的な「次の世界」を見せられたらと思っています。

菊地:それは「別の世界」と言えるかもしれないね。アーティストやデザイナーの仕事って、間違っていかないと面白くない。枠から外れたものや、偶然やエラーに魅力があるから。反抗心を根底にしている人たちだからこそ見せられる世界があると思う。

小金沢:そうだね。同時に「何なのこれ?」っていう脱力してしまうような作品を見せることも僕にとっては大事。読み解けるものには興味がないし、自分がやることではない。僕がやることは、見る人々を「煙に巻くこと」なんです、きっと。

左から:小金沢健人、菊地敦己

イベント情報
小金沢健人展
『煙のゆくえ』

2016年9月13日(火)~9月25日(日)
会場:東京都 表参道 スパイラルガーデン
時間:11:00~20:00
料金:無料

プロフィール
小金沢健人 (こがねざわ たけひと)

1974年東京都生まれ。ドイツ・ベルリン在住。武蔵野美術大学映像学科卒業後ドイツに渡り、以来ベルリンを拠点に活動を続ける。映像、ドローイング、インスタレーションなど多様な表現メディアを用いた作品群を国内外で発表。国内での主な個展に『Dancing In Your Head』(2004年 / 資生堂ギャラリー)、『あれとこれのあいだ』(2008年 / 神奈川県民ホールギャラリー)、『動物的』(2009年 / 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)。主なグループ展に『六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?』(2010年 / 森美術館)、 『ザ・コンテンポラリー1 われらの時代:ポスト工業化社会の美術』(2015年 / 金沢21世紀美術館)など。

菊地敦己 (きくち あつき)

アートディレクター。1974年東京都生まれ。武蔵野美術大学彫刻科中退。95年在学中にデザインの仕事を始め、97~98年「スタジオ食堂」のプロデューサーとして現代美術のオルタナティブスペースの運営、展覧会企画などを手掛ける。2000年デザインファーム「ブルーマーク」を設立。主な仕事に、青森県立美術館のVI計画、横浜トリエンナーレ2008のVI計画、ミナペルホネン、サリースコットのブランド計画、雑誌『「旬」がまるごと』のアートディレクションなど。著書に『PLAY』、『家紋帳』など。東北芸術工科大学客員教授。



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