『おおいた大茶会』で振付家・穴井豪が目指す、異文化間の架け橋

身体は、言葉よりも雄弁にその人を語るときがある。言葉が嘘をついたり、謙遜して誤解を与える一方で、仕草や癖、表情などの身体の動きからは、その人の感情や歴史が色濃く表れるときがある。そうした身体の個性に強く惹かれているのは、ダンサー・振付家・演出家の穴井豪である。

彼の故郷・大分県の全域で10月6日から始まる『おおいた大茶会』。毎年いずれかの都道府県で行われている『国民文化祭』と『全国障害者芸術・文化祭』の2つをメガフェスティバルとして一体化した。その幕開けを告げるオープニングステージ『ヨロコビ・ムカエル?』で、芥川賞作家の小野正嗣の脚本をダンス、芝居、太鼓、音楽、伝統芸能を融合したパフォーマンスに組み立てるのが穴井だ。『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』などの振付を手がける気鋭のアーティストである彼は、『ヨロコビ・ムカエル?』の演出を通じて、身体についてなにを考えたのか。

チャンスを失ったことも。人気振付師が上京して感じた、大分県民ならではの謙虚さ

東京から飛行機で約1時間半をかけ、筆者が2度目の大分を訪れたのは今年の2月のこと。東北で生まれ、関東で育った筆者にとって、九州、そして大分は親戚もいないなじみのない土地だ。

けれども、ここ最近の大分がアート、カルチャー面で意欲的な試みを続けていることはよく知っている。2009年から2015年まで続いた国際芸術祭『混浴温泉世界』や、老舗遊園地「別府ラクテンチ」をまるごと温泉化してしまった2017年の「湯~園地」プロジェクトなど、ネットやメディアで話題になった催しは数知れない。

そんな大分で開催される『おおいた大茶会』の幕開けを告げるオープニングステージ『ヨロコビ・ムカエル?』のリハーサルを見るために筆者は足を運んだ。この演目の演出を担当するのはダンサーで振付家の穴井豪。大分で生まれ育った彼は、幼い頃からダンスに打ち込んできたわけではない。ダンスへの好奇心はずっと持ち続けていたものの、どこに行けば学べるのか、どんなダンスが自分と合っているのかはわからず、進学した高知の大学のダンスサークルでようやく道を見出した。

穴井豪

穴井:僕が最初に取り組んだのは、ロックダンスやブレイクダンスでした。そこからストリートダンスやヒップホップ系をひとしきり体験して、次第にモダン、ジャズ、バレエをやってみたんです。その中で、やっぱり自分はダンス・振付をずっとやっていきたいんだという確信を得て、東京に上京しました。

北村明子さんが主宰するコンテンポラリーダンスカンパニー「Leni-Basso(レニ・バッソ)」に参加して、そのあとはPVやコンサートなどエンターテイメント系の振付にも関わるようになりました。

近年は人気マンガの歌舞伎化で大きなニュースになった『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』の振付を担当するなど、穴井は着実に振付家としての経験を積み上げてきた。だが、上京当初は悩みも多かったという。その理由のひとつは、大分出身である彼自身の性質だった。

穴井:これは大分県民の特徴だと思っているんですが、自分の思いをストレートに表現しないところがあるんです。変化球的な言い回しをしたり、感情とは違う言葉を思わずしゃべってしまったり(苦笑)。

ダンスの現場でも、自分になんらかのチャンスが回ってきたときでも「自分にはそんなことできません」と、まず謙遜から入ってしまう。だけど、東京のような競争の激しい場所では、そのひとことでチャンスを失ってしまうこともある。そんな自分の言葉で後悔することが何度もありました。

穴井がレッスンを行っている、ダンススタジオ

「ついつい謙遜してしまう」という、大分の県民性。でも、大分県民ではない筆者からするとそれはちょっと意外に思える。たとえば「別府観光の父」として知られる油屋熊八(明治から昭和まで活躍した実業家)は、温泉やレジャースポットとしての可能性を別府に見出し、旅館経営、奇抜な広告宣伝、ゴルフ場と温泉地の融合など、さまざまなチャレンジに挑んだ、豪快な人物だ。別府駅前には、マント姿に両手を高く掲げたバンザイポーズで有名な熊八像があるが、こんな銅像を遺せる人はそうはいないだろう。

穴井:実は面白いアイデアを持っている人はとても多いんですよ。でも、それを外に出そうとすると途端にシャイになってしまうのが大分なんです。もちろん、そうでない人もいますし、大分県民だけではないかもしれません。でも、東京に出てきて、大分にはシャイな人が多いと感じるんです。その照れの壁を突破して、自分の感情をストレートに表現できる人はすごく大きなことを成し遂げる。そのことを僕が認識したのは、東京に来てからでした。

バレエからヒップホップダンスまでの掛け算。異なるジャンルの融合で目指す、未知のパフォーマンス

筆者が2月に大分を訪れたとき、『ヨロコビ・ムカエル?』のリハーサル会場である大分県庁では、穴井と彼のチームメンバーの指導のもと、いくつかのシーンの稽古を行っていた。その日の参加者は40名ほど。バレエ、ヒップホップなどの経験者も多いが、中にはダンスを踊ったことのない人も混ざっているだろう。

経験も出自も異なる人たちの集うチームごとの個別練習を経て全体練習に移ると、それまでにない新しいムーブメントが立ち現れてきた。「振付」というと星野源の「恋ダンス」のような個人でのダンスをふと想像するが、バラバラだった個人の動きが、群れとなって別の性質を獲得する様子は、ちょっとした驚きと感動をもたらしてくれる。この日の練習を、穴井は後日インタビューの中でこんな風に振り返った。

2月に行われた『ヨロコビ・ムカエル?』リハーサル風景

穴井:それぞれ違うジャンルの踊りをしているのに、それが集団としてまとまると別の流れが見えてくるというのは、お客さんにとっても視覚的に楽しい体験になると思うんですね。リハーサルの時点でかなり作り込んでいましたけど、同時に実験という側面もあって、個人的にも刺激のある時間でした。

小野正嗣の書いた戯曲『ヨロコビ・ムカエル?』は、日本の架空の村を舞台に、まもなく始まる祭りを軸に、中の人である村人たちと、外からやってきた来訪者たちの交流を描いている。その異文化交流の物語は、穴井が手がける振付・演出とももちろん重なる。

穴井:異なるジャンル、異なるタイプの人たちの融合をパフォーマンスでは実現したいと思っていて。その要としてタップダンサーのHIDEBOHさん、そしてヒューマンビートボックスのMaLさんに参加をお願いしました。

たとえばMaLさんは口でリズムを刻めるだけじゃなくて、風や水のような自然の複雑な音を出すことができます。それを起点にして、伝統芸能の「ゆふいん源流太鼓」の音、大分東明高等学校バトントワリング部のバトンさばきの動きなんかが交わってくることで、「1+1」の単純な足し算ではなくて、「2×3」の掛け算みたいな、もっと大きくて未知の効果が生まれると考えたんです。

一般的にバレエやクラシックはハイカルチャー、ヒップホップやストリートダンスはサブカルチャーに分類されます。でも、それらが交わることでもっと新しい創造性を生み出せるはず、という信念が僕にはある。それを今回の大きなステージでも試してみたいんです。

戯曲を書いた芥川賞作家・小野正嗣もまた穴井と同じく大分県の生まれだが、今回の脚本にある種の大分らしさを感じたと穴井は言う。

穴井:小野さんは仏文学の研究者でもあるので、脚本を読んだ第一印象はフランス演劇っぽい手触りでした。でも深く読み込んでいくと、あえて具体的に事態を描かず、表現や解釈に幅を持たせるような書き方をしていて、「大分らしさ」を感じるんです。

読み進めていくと、さっき目で追ったはずの行がまた出現したような錯覚を感じたりする幻想的なテキストで、一読しただけでは難解。でもそこには、僕や大分に生まれ育った人たちが共有できる感覚があると思いました。だからこそ、僕がダンスとしてパフォーマンスのかたちにすることもできる気がしたんです。

『おおいた大茶会』オープニングパフォーマンスが行われる、iichiko総合文化センター

歌舞伎役者の油断して出る癖も生かす。多様な個性の交流で生まれる、未知のかたち

小野が書いた脚本を、300人近くの多様な人たちが演じる『ヨロコビ・ムカエル?』は、どんなダンスパフォーマンスになるのだろうか? そのキーワードとして、穴井は「内と外」を挙げる。

穴井:会場は県立美術館などの公共ホールが立ち並ぶ芸術文化ゾーン。その中心であるiichiko総合文化センター内に1000人くらいが入れる舞台を作るのですが、そのほかに屋外に2つのステージも設けます。そして内側と外側で連携しながら同時に展開するのが今回の『ヨロコビ・ムカエル?』になります。

中の映像を外に中継して、そのまわりでダンスが踊られたり、音楽が演奏されたり。複雑で言葉では説明しづらいのですが、その場にいないと体験できないものを目指しました。

原案にある「村人が外からの来訪者を迎える」という物語とも重なり合う内と外のつながり。屋内のステージには限られた人数しか収容できないが、外であればふらりと立ち寄った人でも見られる仕掛けになっている。

穴井:大分での『国民文化祭』『全国障害者芸術・文化祭』を『おおいた大茶会』と名づけた際に念頭にあったのが、京都で豊臣秀吉が開いた『北野大茶会(きたのだいさのえ)』のイメージだったと聞きました。茶の湯に興味がある人ならば、誰でも自由に参加できたというこの催しにならうなら、オープニングパフォーマンスもそうであるべきだと考えたんです。

今回、特に力を入れているのが冒頭の180名がいっせいに踊るシーンで。ここには発達障がいのある兄弟や、車椅子の男の子、あとは最年少の4歳の女の子から、最年長の83歳のおばあちゃんも登場するんですね。

みなさんに振付に関する指示を伝えるのですが、素晴らしかったのはひとつのことに対してもそれぞれの捉え方が異なること。振付家としては頭をひねる必要があるんですが、むしろ自分の想定している振付が、多様な身体によって心地よく裏切られて、未知のかたちになっていくのが楽しいんですよ。

『第33回国民文化祭・おおいた2018/第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会「おおいた大茶会」』CM(サイトを見る

多様なバックボーンを持つ数百人にダンスを振付することは、穴井にとってかつてなかった挑戦だが、「心地よく裏切られる」というマインドは、これまでの仕事にも通じるものだと彼は言う。たとえば、『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』の現場。

穴井:歌舞伎俳優の方が持つ身体性は、僕らがやっている洋式の舞踏とはまるで違います。非常にわかりやすい違いが「ナンバ歩き」。右手と右足、左手と左足を同時に出して歩いてしまう江戸時代以前の歩き方なんですが、「まっすぐ歩いてください」と伝えると、みなさん思わずナンバ歩きになってしまうんです。

この特有の感覚を振付に合わせて正すのではなくて、その動きがかっこよく、魅力的に見えるように生かしていくのが僕のやりたいと思う振付なんです。

バレエのように長い歴史を持つ舞踊では、「型」の遵守が重視されるが、しばしばそれは窮屈さや、ダンスを踊る人の創造性の広がりを阻害する一因にもなりやすい。そしてそれはなにもダンスに限った話ではなく、絵画や音楽でも同様のことは起こる。

穴井:『ヨロコビ・ムカエル?』にサブカルチャー方面の人に参加してもらっていることにも通じるのですが、ひとりの脳で考えるより、いろんなアイデアを取り込むほうが面白くなると僕は信じているんです。

そしてもうひとつ。僕が最初に師事した北村明子さんの影響も大きいですね。北村さんはダンサーによって振付を変えていく柔軟なタイプでしたから、僕も自分の作品を考えるときに、その思考に導かれるのだと思います。

ダンサーや振付家にもいろんなタイプがあって、振付するだけでなく「自分で踊りたい」という人も大勢います。でも僕は、自分の作品を客席から見て、どんな作品になったかを知る時間がいちばん好きなんですね。だから今回のオープニングも、それを想像しながら制作を進めてきました。特に今回は、僕にとって未体験の人数と多様さに向き合ってきましたから、このワクワクも過去最大なんです。

エリアによって異なる文化と風土があり、幕末期には8藩7領が林立した小藩分立の地である大分は、その豊かさにちなんで古代から「豊国」と呼ばれてきた。『おおいた大茶会』に合わせて刊行されたツーリズムブック『おおいたジオカルチャー』(美術出版社)に人類学者の石倉敏明はこんな一文を寄せている。

「おおいた大茶会」と題されたこの取り組みは(中略)日本列島の中でも諸外国と在来の文化の橋渡し役を担ってきた大分県各地域の豊かな魅力を再発見し、21世紀の新しい祭りとして訪問者や滞在客と共に祝おうとする、実に壮大なプロジェクトだ。

自分たちとは異なる文化と積極的に接触し、その交流から独自の文化を生み出し、それをツールにしてさらに新しい交流を続けていく習慣を持った土地や人々は、オープンで柔軟なマインドと身体を持っていると思う。

『おおいた大茶会』では、会期中にいくつかの茶会なども催されるようだが、ここでイメージされている「茶会」とは必ずしもあらかじめ企画された催しではないはずだ。誰もが参加し、会話を交わし、同じ時間と場所をともにし、ときには衝突もする。そんな多種多様な交流が、あらゆる場所で偶然起こりうるということ。その見えない可能性こそ、おそらく『おおいた大茶会』の本質なのではないだろうか。10月6日の『ヨロコビ・ムカエル?』とともに、そんな大きな集いが始まろうとしている。

リリース情報
『第33回国民文化祭・おおいた2018/第18回全国障害者芸術・文化祭おおいた大会「おおいた大茶会」』

2018年10月6日(土)~11月25日(日)
会場:大分県全域

プロフィール
穴井豪 (あない ごう)

大分県出身。19才からダンスを開始。24才の時に当時の日本を代表するコンテンポラリーダンスカンパニー「Leni-Basso」のメンバーとして4年間で17ヶ国のステージに立つ。2014年にはオフブロードウェイミュージカル『アルターボーイズ』の振付でエンターテイメントの振付デビュー。2015,2016年にはスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』の振付を担当し話題になる。2018年に大分県で開催される国民文化祭のオープニングでは総合演出、振付を担当。最近では金田あゆ子とKKA DANCE DESIGNという振付チームを作り、WSや振り付けに全国を飛び回る日々をすごしている。



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