有山達也の飽くなきレコード愛。デザイナーが探る「音」のかたち

デザイナーの有山達也は、15年にわたりアートディレクターを務めた『ku:nel』をはじめ、文芸書、料理本、写真集、漫画など多様なエディトリアルデザインを手がける。手にとる人々に心地良さと品の良さを感じさせる彼の仕事にはファンも多い。また、数千を超えるレコードコレクションとヴィンテージオーディオを持つ音楽好きという一面も持っている。

今回、彼の東京初となる個展『音のかたち』がクリエイションギャラリーG8にて開催中だ。レコード針とレコードの溝を接写レンズでとらえた、齋藤圭吾による写真集『針と溝 stylus & groove』(本の雑誌社)のデザインを担当した有山は、「さらにその先が見てみたい」と思ったという。

そこで個展では齋藤との協働による、『針と溝』の世界をさらに進化させたビジュアルや、レコードの音を作り出すカッティングエンジニアやオーディオ機器の作り手への取材による「音」の可視化に取り組んだ。そこから立ち上がる「音のかたち」とは?

レコードも好きですが、針やオーディオ機器の奥深さにも魅力を感じました。

―今回の個展は、有山さんがデザインを手がけた、齋藤圭吾さんによる写真集『針と溝 stylus & groove』が出発点にあるそうですね。書名通り、レコードの針と溝を接写レンズでとらえた美しい1冊です。

有山:『針と溝』は、僕も齋藤君も音楽好きであることから生まれた本です。僕はレコード好きで、ふだんから自分なりに集めて楽しんでいる人間です。

齋藤君は、パソコンで音楽を聴いていて、ふと10年ぶりくらいにレコードに針を落としてみたらその音に感動して、翌日CDを全部手放したような人で(笑)。 その後、彼の写真展をやることが決まり、それに合わせて写真集をつくることになり、僕はデザインをやらせてもらいました。

有山達也(ありやま たつや)
1966年埼玉県生まれ。中垣デザイン事務所にデザイナーとして約3年勤務。1993年アリヤマデザインストア設立。エディトリアルを中心としたデザイン、アートディレクションを担当。第35回(平成16年)講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。ミームデザインスクール講師。東京藝術大学非常勤講師。

―接写レンズでとらえたレコード溝は新鮮な世界です。ジェームス・ブラウンからポール・ウェラー、欧陽菲菲(台湾出身の女性歌手)から嘉手苅林昌(沖縄民謡のレジェンド的唄い手)まで、様々なレコードの溝を通して「音のかたち」が見えてきます。JBの溝は蛇行が激しくて、やはりグイグイくる感じ。対してウェラーの『Wild Wood』は溝がスッと立ち上がっていて、あの静かな力強さに通じている気もします。

有山:低音のリズムが効いているファンクなどは溝が蛇行してグネグネが目立つ。一方で、セロニアス・モンクのソロなどは、割とシュッとした溝が並んでいる。そういう違いも面白いです。溝を見て何の曲か分かるという人がいたとかいないとか……。本当だったらすごいですね(笑)。

『針と溝 stylus & groove』より

―それと、前半にはレコード針の写真もたくさん載っています。この2つがあってこそ音が出るということですね。

有山:ええ。齋藤君はレコードを再び聴き始めてからは、針を求めてヤクオクで買っては売り、みたいなことを熱心にしていたようです。出品する際、写真がいいとオークションの反応もいいらしいです。そこは写真家ですから得意なわけで、そうして撮影してきたいくつもの針の写真が溜まってきた。そのことがきっかけで、彼の個展とあの写真集に発展したんです。

『針と溝 stylus & groove』より

有山:その際、「針の情報もちゃんと調べて載せたら面白いんじゃない?」と話して、実際に写真集の巻末に載せることになりました。ただ、これが調べ始めると大変で(苦笑)。思っていた以上にネットに詳しい情報はなかったり、発売年がバラバラだったりとか……。

DJなら誰もが知っているような針なのに、どうしても詳細がわからないアメリカ製のものがひとつあって。最後は銚子にある、知る人ぞ知るオーディオショップの阿部昌和さんに協力していただき、発売年近辺の雑誌広告を見つけてもらって「これだ!」となったこともありました。

―デザイナー / アートディレクターというより、探偵のようですね。そういうことも編集者や写真家さんと一緒にやりながら作り上げていくことが多い?

有山:編集者も熱心に調べてくれたのですが、わからないものは一緒に調べるしかないじゃないですか。こんなことはなかなかありませんが、楽しくやらせてもらいました。

レコード好きとオーディオ機器好きって、両方というより、どちらか一方に熱心な人が多い気がするんです。僕はレコードの方ですが、この写真集作りを通じて、針やオーディオ機器の奥深さにもさらに魅力を感じました。

音をめぐる色々な作り手を訪ねて国内外を回り、作るものや仕事場などを撮影させてもらいました。

―今回の有山さんの個展『音のかたち』は、お話いただいたような世界のさらにその先を見たくなったということでしょうか?

有山:そうですね。音ってどんなかたちをしているのか。それを探ってみたい気持ちがまだあって、個展のお誘いをもらったとき、これならやってみたいなと思ったんです。

具体的には今回、まず『針と溝』の世界を、今度はさらに顕微鏡で拡大した写真を齋藤君に撮ってもらっています。倍率が上がると、やっぱりまた違うかたちが見えてきて面白いですね。

―加えて今回は、音をめぐるプロダクツに関わる「人」にもフォーカスしていると伺いました。

有山:音をめぐる色々な作り手を訪ねて国内外を回り、彼らの作るものやその仕事場などを撮影させてもらう、ということをやってみました。たとえば、おひとりでフォノイコライザー(レコードに記録しやすいように処理された音を、本来の音に変換する回路)を設計・製作、販売している「合研ラボ」の合田研一さん。

『音のかたち』より / 撮影:齋藤圭吾

有山:また、「King of Analog」と呼ばれるオーディオ機器のエンジニア、英国EAR社のティム・デ・パラビッチーニさんも訪ねて行きました。彼の作る機器の基板設計図はとても美しくて、ドローイングみたいだなと思うものもあります。

それから、ティムさんが仕事場で自作回路に向き合いながら微笑んだ瞬間の写真があって、これは僕がすごく好きな1枚です。いい音を生むための何かがうまくいったんだろうな……というのが伝わってくる感じで。

『音のかたち』より / 撮影:齋藤圭吾

―目に見えない「音のかたち」を追いかけるなかで、そうしたテクノロジーや技術者たちの世界にも興味が広がっていった、ということですね。

有山:はい。他にも、レコードに音を刻み込む「カッティング」技術のエンジニアや、先端の幅が0.1mmほどのレコード針の製造現場などを取材しました。スイスのトーレンス社製のレコードプレイヤー「TD124」をフルレストアして、当時の音を聴けるようにしてくれる、先ほど話した銚子のオーディオショップ「グレイ」にも協力してもらっています。

今回の個展はこれらの取材で撮影した写真なども使って構成を考えていて、本も発売中です。会場ではやっぱりアナログの音を来場者の皆さんに聴いてもらいたいなと思って、それもどんなものにするかいま考えています。

デザイナーとしては、自分が前に出るのはあまり好きじゃないんです。

―とても楽しい展覧会になりそうですね。一方で、グラフィックデザイナーの展覧会としては異色なものになるのかな、とも感じます。

有山:そうですね(笑)。もちろん、僕はデザイナーですから、常に何かしらお仕事を受注してものを作っています。だから、これまで受注して手掛けてきたものを並べてみる個展も考えましたが、今回は自分のやりたい方を選ばせてもらいました。

ただ、最初に個展のお話をもらったとき、ギャラリー側からは「有山さんが、編集者や写真家など様々な協働者と対話をしながらデザインを行なっていく、その仕事を紹介できたら」と言っていただいて。結果的に、そのお話には合うかたちの展覧会でもあるかなと思っています。

―有山さんの特徴として「協働者と対話をしながらデザインを行なっていく」という点は、創刊アートディレクターを務めた『ku:nel』などのお仕事でしばしば語られてきたことですね。ただその際ご本人は、そのように深く関わったうえで、最終的には「デザインしたという痕跡を残さないくらいがいい」という趣旨のお話もかつてしていました。これはなぜでしょうか?

有山:何というか、デザイナーとしては、自分が前に出るのがあまり好きじゃないんです。ではなぜそうやって色々と関わろうとするの? と聞かれたら、それはデザイナーも「取材現場」にいることにはそれなりに意味があると思うからです。

『南游行』大徳寺龍光院
『ホサナ』町田康、講談社

有山:僕の場合は取材現場で出会ってきた人たちへの、憧れというか共感みたいなこともあるかもしれません。僕の関わってきた仕事は、いわゆるメディアにおける有名人というよりも、そういう世界から見れば「素人」の方たちが多いんです。

でもそれぞれの仕事においては素晴らしいプロであり、名前を売ろうとかいう気持ちではなく、ただ自分の生業に打ち込んでいる。自分もそこにしびれるし、勉強にもなるし、そういう方々の生き方を多くの人に知ってもらいたいと思っています。

受け手のことを考えるなら、何よりもまず自分が面白いと思うものにすることが大切かなと思う。

―有山さんの以前のインタビューでは「いい写真といい文章があれば、デザイナーはそれを読みやすく置くだけ」という趣旨の発言もありました。もちろん実際にはデザイナーとしての技術と表現力が発揮されているとは思いますが、有山さんのこうした方法論は、より若いころから一貫してあったのですか?

有山:いえ、始めた当初はやっぱり、「とにかく格好いいデザインがしたい!」という感じですよ(苦笑)。大学を出て最初に働き始めたのは、中垣信夫さんの事務所でした。当時はまだアナログ製版時代で、版下(紙の台紙に写植や図版を貼付けてレイアウトしたもの)で印刷所に入稿していました。

そこで基礎を学ばせてもらったことは大きかったですね。和英のフォントの美しい組み合わせなど、文字のことを中心にを学びました。後に、それを元に、その上で自分はこうする、という際の土台を得られたと思います。

『天皇の身体と皇位継承』歴史学研究会

有山:中垣デザイン事務所でお世話になった後、アートディレクターの石崎健太郎さんの元で、当時創刊された雑誌『マルコポーロ』を手伝ったことも勉強になりました。石崎さんはその時の僕からみたら、まさに編集者や写真家たちと話し合いながら、積極的に関わっていくスタイルでした。

『マルコポーロ』(1994年10月号 / 文藝春秋)

―そうした経験が、いまの有山さんのスタイルにつながっているのですね。

有山:そうでしょうね。『マルコポーロ』では僕はレイアウトするだけの仕事でしたが、その後で自分自身がアートディレクターの仕事を任されるようになってから、自分なりに試行錯誤してきました。

有山:特に、『進研ゼミ』の保護者向け広報誌『ゆめみらい』での仕事はひとつの契機だったと思います。色々な家庭を取材させてもらうなかで、家族や生活というのも、本当に色々なかたちがあることを改めて実感しました。その多様さを見せていくことだけで、読者の中に多様さを認めることと自己肯定が生まれていけばいいなと思いました。

―ひとつの大きな理想形みたいなものよりも、多様さのなかに豊かなものがある。そうした世界観は、有山さんが後に参加され、代表的なお仕事のひとつになった『ku:nel』にも通じそうです。

有山:『ku:nel』の場合は、当時の編集長、岡戸絹枝さんと、鈴木るみこさんの目指すものがしっかりあったことが大きいのですが、僕がそこでやりたいと思っていたことは、おっしゃるようなつながりがあるかもしれません。

『ku:nel』(2010年7月号 / マガジンハウス)

―伺ってきたようなご経験を経て、改めて今回の個展はどんなものになりそうでしょう。最後に聞かせてもらえたら幸いです。

有山:「音のかたち」というのは当然、本来は目には見えにくいものですよね。『針と溝』への参加に始まってこの個展に至るまで自分がやってきたことは、僕らが音の豊かな世界を感じるに至る、そのきっかけや、そこでチラリと感じる痕跡のようなものを探る旅なのかなと思っています。いまもまだ終わってはいないし、終わることはないかもしれない旅、というか。

だから、受け手がどう思うか、どう感じるかというのは、正直、今回はそこまであれこれ考えてはいません(笑)。考えても、一人ひとりのことまでは自分には到底わからない。ただ、自分が面白いと思うものにすることが大切だと思います。

『座・高円寺マガジン』座・高円寺

有山:数十万人の人に対して、等しいかたちで「面白い」「魅力的」だと思われるもの作りもあり得るとは思う。でも、それとは違うタイプの、それぞれのなかに何かを生じさせるような面白さが、案外残っていくということもあるのかなと考えています。

イベント情報
有山達也展『音のかたち』

2019年8月27日(火)~10月5日(土)
会場:東京都 銀座 クリエイションギャラリーG8
時間:11:00~19:00
休館日:日曜、祝日
料金:無料

書籍情報
有山達也『音のかたち』

2019年9月5日(木)発売
価格:2,700円(税込)
発行:リトルモア

プロフィール
有山達也
有山達也 (ありやま たつや)

1966年埼玉県生まれ。中垣デザイン事務所にデザイナーとして約3年勤務。1993年アリヤマデザインストア設立。エディトリアルを中心としたデザイン、アートディレクションを担当。第35回(平成16年)講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。ミームデザインスクール講師。東京藝術大学非常勤講師。



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