藤巻亮太が語る、大人の「挑戦」の姿勢 新たな可能性に賭けた理由

9月29日、山梨県・山中湖交流プラザ きららにて、自身が主催する野外音楽フェス『Mt.FUJIMAKI 2019』を開催する藤巻亮太。2018年5月にそれまで所属していた事務所からの独立を発表して以降、自らフェスをオーガナイズするなど、ミュージシャンとして、また30代後半の一人の人間として、新たなフェーズに入っているように見える彼は今、どんなことを考えながら音楽と人生に向き合っているのだろうか。

トータス松本、曽我部恵一、岸田繁など、『Mt.FUJIMAKI 2019』の出演者を含む他のミュージシャンたちから受けた影響や、あえてリスクのある新しい道を選んだことで手にした楽しさなど、40歳を目前にした藤巻亮太の現在の心境を大いに語ってもらった。

多くの人が20代で味わうような、物事を達成していくことの難しさ、社会人としての大変さを、僕は30代で感じながら生きてきた。

―CINRA.NETとしては、3rdアルバム『北極星』(2017年9月発売)リリース時以来、約2年ぶりのインタビューとなります(インタビュー記事:藤巻亮太が語る、心境変化。5年間のソロ活動を経て見えたこと)。特にこの1年ちょっとのあいだに、独立、そして自身が主催するフェスの開催など、藤巻さんのキャリア的にも、かなり大きな出来事がありました。まずは独立の経緯から、改めてお話いただけますか?

藤巻:そもそも、2017年9月に『北極星』を出しましたが、あのアルバムに入っている“北極星”という曲は、僕の地元である山梨の公民館で作った曲なんですね。

公民館の窓の外に広がる甲府盆地とかを眺めながら作っていて、そのときに「あ、これが自分の原風景だな」と思ったんです。僕は18歳まで山梨で育って、それから山梨の外に出て音楽活動をしてきたんですけど、やっぱり自分の歌の原風景にはこの景色があるし、そこで人と触れ合ったり、そのなかで感じたりしたことが、自分の感性に織り込まれているんだろうなって。

藤巻:そのアルバムを出したあと、そこから自分がどんなふうに立って、どう歩いていくのかということを、すごく悩んだ時期がありました。そのまま、ある程度決められたレールの上を歩いていく生き方もあるだろうけど、そのレールというか道そのものを、自分自身で問い続けるような生き方もある。これからのことを、40歳手前にして改めて考えましたね。

レミオロメンって、そんなに下積み時代がなく、わりと早い段階でブレイクさせていただいたバンドだと思うんです。それはもちろんすごくありがたいことだったんですけど、その分、いろんな意味で誰もが20代のときに味わうような下積みを僕はやってこなかった。それを僕の場合は、30代で一気に経験しました。

藤巻亮太(ふじまき りょうた)
1980年生まれ。山梨県笛吹市出身。2003年にレミオロメンの一員としてメジャーデビュー。2012年、レミオロメンが活動休止を発表、ソロ活動を開始。2019年9月29日、自身主催の野外音楽フェス『Mt.FUJIMAKI 2019』を、山中湖交流プラザきららにて開催する。

―つまり、バンドが休止して、ソロになってからということですよね。

藤巻:そう。多くの人が20代で味わうような、物事を達成していくことの難しさ、いわゆる社会人としての大変さみたいなものを、僕は30代で感じながら生きてきて。30代の後半になったときに、ようやくそのバランスが取れたようなところがありました。20代にバンドで得た経験と、30代にソロで得てきた経験──その両方を含めて、今の自分がいる。

そうなったときに、これは自分自身の可能性に挑戦していくようなフェーズに、いよいよ入ってきているのかなと思って。そこでひとつ大きな決断として、所属事務所からの独立がありました。

結局、生き方って、2つしかないような気がするんです。

―独立を発表したのは、去年の5月末でしたね。

藤巻:そうですね。これは本当に前向きな選択でした。「こうあるべき」とか「こうせねばならない」にとらわれないで、「藤巻亮太としてなにができるんだろう?」ということを、自分自身に問いながら進んでいく道を選びました。

そうやって独立したあとになにが起きたかいうと、自分の可能性にチャレンジするようになったんですね。やっぱり、長く活動を続けていると、僕の「イメージ」みたいなものができてくるじゃないですか。そのイメージに対して仕事のオファーがきて、それにきっちり応えていくこともひとつの在り方だとは思うんですけど、それはどこか自分というものの枠組みを自分で限定することでもあるんですよね。

ソロになったときも、その枠組みたいなものはまだ外れていなかったんですが、独立を機会に、その枠組み自体を自分で揺さぶっていこうと決めたんです。

―なるほど。それで、今まで出なかったような場所にも、積極的に出ていくようになったり……大晦日の『絶対に笑ってはいけない』(日本テレビ系)とか(笑)。

藤巻:そうですね(笑)。それはある意味トライ&エラーなのかもしれないですけど、そのトライの部分がすごく大事だと思ったんです。守るものって、実はそこまでないんだなって気づいたいい経験でした。

結局、生き方って、2つしかないような気がするんです。過去の延長線上を歩いていく生き方と、未来の可能性に賭けていく生き方……僕の場合、その前者というか、自分の過去の延長線上にいるようなことが結構多かったような気がします。もちろん、それはそれでよかったと思うんですけど、それが自分の成長の速度を遅くしているようなところもあるのかなと思って。その部分をまずは壊すという意味で、独立というのがありました。過去の延長線上ではなく、未来に向かって、自分の可能性を探っていこうと。

そうしていると今は、レミオロメン時代とも、ソロを始めた頃とも違う、もっと深いやりがいみたいなものを感じているんですよね。

(レミオロメン時代は)ミュージシャンの横の繋がりをほとんど作ってこなかった。必要としてなかったのかもしれないですね。

―そして、そのあと最初に発表したのが、去年の『Mt.FUJIMAKI』の開催だったわけですが……これは、どういう思いから実現したフェスだったのでしょう?

藤巻:自分で主催するフェスをやりたいとは、ずっと思っていたんです。自分が生まれ育った地元にみんなを呼んで、音楽をやりたいなって。

―でも、藤巻さんって、レミオロメン時代も含めて、あまりそういうイメージがなかったというか、フェスを主催するような感じではなかったですよね?

藤巻:そうですね(笑)。バンド内で全部完結していたというか、ミュージシャンの横の繋がりを、ほとんど作ってこなかったので。というか、当時は逆に、そういうものを必要としてなかったのかもしれないですね。ソロになってからも、最初はやっぱり自分の世界観を作ることに一生懸命でした。

ただ、ソロになってからいろんな場所に呼んでもらって、それこそフェスに呼んでもらったり、一緒に弾き語りでツアーを回らせてもらったりして、そういうなかで、その人が作り、歌う「本物の音楽」というものを間近で見る機会がものすごく増えたんですよね。「ああ、やっぱりこの人だからこそ、こういう曲が生まれたんだなあ」とか、理屈を超えて実感することが何度もありました。そこで20代とかでは感じられなかったような、深いリスペクトが生まれていったんです。

―なるほど。そういうなかで、今後は自分で、そういう場所を作ってみようと。

藤巻:そうですね。思いとしてはずっとあったんですけど、なかなかきっかけが掴めなくて。独立を発表したとき、新たなスタッフやファンの方々に対して、今後の自分の具体的な方向性を伝える手段を考えていたんです。そういうなかで、「まずはここに向かっていきましょう!」と出したかったという理由もありました。

あとは、最初に話した通り『北極星』からの流れで、地元に育んでもらった分、今度はその恩返しというか、音楽でなにか地元を盛り上げられたらいいなっていう気持ちもありました。山梨の方々には、1日中音楽を楽しんで聴いてもらえるような場所を作りたいし、一方県外の方々には──これは『Mt.FUJIMAKI』を通して、自分のテーマのひとつでもあるんですけど、自分も地元をもう一回学び直しながら、その魅力を県外の方々に発信していきたいっていう。そういう2つの軸を持ったフェスにしたいなって思ったんですよね。

富士山をバックにした、藤巻亮太の現在のアーティスト写真
『Mt.FUJIMAKI』テーマソング

藤巻:そういうことは、20代の頃には多分考えなかったことでしょうし、30歳のソロになったばかりの頃も、ある意味下積みがスタートした時期だったから目の前のことで一生懸命だったし……それが徐々に変化していって、自信みたいなものができたときに、自分の原点を見据えながら、こういうフェスを開催しようと思えました。だから、そう考えると、ある種必然だったのかもしれませんね。

30代になって、すごい人たちを見ると、真のリスペクトが立ち上がってくる。

―そんな『Mt.FUJIMAKI』を今年も開催するということは、昨年かなり手応えを掴んだ感じなのですか?

藤巻:そうですね。さっき言ったみたいに、各アーティストの魅力や歌のすごさに改めて気づいていった30代のなかで、自分がホストとしてフェスを主催したとき、さらにそのことを感じて。一番近くでそのステージを見させていただいて、やっぱり歌の力、曲の力、パフォーマンスの力っていうものは本当に素晴らしいなと思ったし、もう一回これをやりたいと思ったんです。

それに、次の開催までに自分自身もミュージシャンとしてもっともっと成長していたいなっていうことを、ものすごく純粋に思えたんです。そのためには1年をどう過ごすのかということも関わってくるし、そういう意味でも『Mt.FUJIMAKI』は、僕にとってすごく大事なものになってきていますね。

―なるほど。それは、新しい音源を作ったりするのとは、また違う目標ですね。

藤巻:全然違いますね。僕のなかでこれは初めてのモチベーションだし、この歳になっていただいた宝物みたいなモチベーションでした。

2018年の『Mt.FUJIMAKI』の様子

藤巻:フェスの主催者としては、出演してくれるアーティストの方々のエネルギーをしっかり受け止めて、さらにその魅力をお客さんに伝えるような存在にならなければいけないわけじゃないですか。それはずっとフロントマンとしてやってきた部分とは、また違うモチベーションだったりします。

『Mt.FUJIMAKI』は、Mt.FUJIMAKI BANDというのを組んで、そこにゲストボーカルの方を招いて一緒に演奏するパートがあるんですけど、それは本当に、僕にとって初めての経験でした。

―『ap bank fes』におけるBank Bandのような?

藤巻:まあ、そうですね。ただ、それとひとつ違うところがあるとすれば、そのアーティストに弾き語りをしてもらうパートもあるということです。

その人のパーソナルな魅力がいちばん伝わる弾き語りのパートと、僕らのバンドと一緒に歌ってもらうパートの2つがあって、その両方をお客さんに楽しんでもらうというのが『Mt.FUJIMAKI』の特色のひとつです。だから聴いてくれる方々も、音楽のダイナミズムみたいなものを、1日のなかで楽しめる。実際、そこがよかったという声も昨年いただいたので、ぜひ今年も楽しんでもらいたい部分ですね。

―なるほど。話を聞きながら、ミュージシャンとして、すごく健全な状態にいらっしゃるなと思いました。

藤巻:そうですね。やっぱり20代って、自分のことしか見えていなかったと思うんです。もちろん、それはそれでよさがあるのかもしれないけど、逆に言ったら、怖さもあったと思うんです。その年代で、本当にすごい人たちを知ってしまったら、自分たちはどうなってしまうんだろうっていう。

でも、自分も30代になって、本当にすごい人たちを見ても「本当にすごいな」って素で言えるようになってきているんですよね。真のリスペクトみたいなものが立ち上がってくる。そういう素晴らしい音楽を自分のフェスでオーガナイズする喜びを、僕は去年初めて知ることができたし、さらに自分も成長していきたいなって素直に思えました。

この6アーティストの方々は、世界観がそれぞれ違う。

―では改めて、今年の『Mt.FUJIMAKI』の出演者について、藤巻さんとの関係性も含めて紹介していただけますか?

藤巻:今年も素晴らしいミュージシャンの方ばっかりですよね。

『Mt.FUJIMAKI 2019』ラインナップ

藤巻:まずトータス松本さんは、去年『楽演祭』という学生さんの前で講義をして、そのあとに弾き語りライブをするイベントに一緒に出させていただいて、そこでグーッと距離が近づいて。今、僕がいちばん、いろいろお騒がせさせていただいている先輩です(笑)。

トータスさんは、みなさんご存知のように、ステージがものすごく男前なんです。それと同じぐらい、ステージ以外でも男前っていう。「トータスさんだったら、こういう曲を作るよな」という感じの方です。ものすごく大胆な部分と繊細な部分があって、そのダイナミズムがすごい方だと思うし、もう大好きです(笑)。

―(笑)。先日RHYMESTERの宇多丸さんのラジオ番組(『アフター6ジャンクション』TBSラジオ)に、藤巻さんと曽我部恵一さんが一緒に出演しているのを聴きましたけど、曽我部さんとは、どういう繋がりで?

藤巻:曽我部さんとは、実はあのラジオ番組の日が初対面でした(笑)。もちろん、曽我部さんの音楽はサニーデイ・サービスの頃からずっと聴いていましたけど、レミオロメンとサニーデイって、現場で一緒になったことがほとんどなかったんです。曽我部さんも「あんまり会わなかったねえ」みたいなことをおっしゃっていました。

曽我部さんの世界観って、日本の四季とか日々の移ろいとか、その機微みたいなものにすごく根差していて……今回『Mt.FUJIMAKI』でご一緒させていただくにあたって、曽我部さんの音楽をいろいろ聴き直したんですけど、改めてすごく影響を受けています。

―藤巻さんから見て、くるり・岸田繁さんのすごさはどういったところにありますか?

藤巻:岸田さんは、僕自身も3ピースバンドから始まっていて……レミオロメンの前に大学の友達とやっていたバンドも、3ピースだったんです。その頃にちょうどくるりがデビューして(1998年メジャーデビュー)、同じ3ピースバンドということもあり、くるりのアルバムは、もうとにかく聴きまくっていたんです。くるりの音楽は、僕の原風景のなかのひとつですね。

あとやっぱり、ミュージシャンとして岸田さんが歩まれている軌跡って、もう唯一無二じゃないですか。興味を持たれたところにググッといって、型みたいなものに縛られないでやられているっていう。それはミュージシャンの理想形でもあるような気がするんですよね。そういうところで尊敬の念もあります。

―ORANGE RANGE、大塚愛さん、teto……この3組については?

藤巻:ORANGE RANGEと大塚愛さんは、僕、実は同期なんですよ。年齢はバラバラだったりするんですけど、ドンピシャで同期っていう。

―あ、みんな2003年にメジャーデビューしているんですね。

藤巻:そうなんです。でも、一緒にライブをやることはほとんどなくて。フェスの現場で会ったり、テレビ番組でご一緒させていただいたりすることはありましたけど。だったら、今年の『Mt.FUJIMAKI』をきっかけに、またご一緒してみたいなって思いました。

藤巻:tetoは今勢いのある若手のバンドで、バンドセットで出てもらいますが……フェスのスタッフとミーティングをしていくなかで、やっぱり若いバンドとも一緒にやりたいよねという思いがあって。そこの部分は最近すごく意識しています。tetoに関しては、僕も今回初めてご一緒させていただくので、すごく楽しみです。

この6アーティストの方々は、世界観がそれぞれ違うので、ものすごく面白いフェスになるんじゃないかと思っていますね。

自分ができることと、他人に委ねることのバランスが、うまくつけられるようになったと思います。

―今年の『Mt.FUJIMAKI』が終ったあとは、なにか具体的に考えていたりするんですか?

藤巻:そこからは藤巻亮太として、またいろんなことが動き出していくと思います。まだ発表できませんが、またいろいろ新しい挑戦があったりします。

でもやっぱり、オリジナルアルバムですよね。まだ具体的なことはなにも考えてないですけど、これまでの3枚とはまた違うものを、なにか自分なりに出したいなという思いだけはあります。

―そこには今年の『Mt.FUJIMAKI』の経験も、なにかしら反映されていくでしょうし。

藤巻:そうですね。きっとそういうこともなにか宿ってくるんじゃないかなと思います。

『北極星』を作っていたあたりから、他人に委ねていくことができるようになったんですよね。自分ができることと、他人に委ねることのバランスが、うまくつけられるようになったんでしょうね。

―それも歳を重ねたゆえのことでしょうね。

藤巻:そうですね、自分の担える場所を担って、あとはしっかり信頼して他の人に委ねていくっていう。そこの部分は一個、鍵になっていくような気がしますね。

音源を作っていくなかでも、アレンジの部分は誰かにお任せしたり、もしかしたらいろんなコラボレーションもあるかもしれないですし。まあ、わからないですけど(笑)。なんにしても、すごくいい形で向かっていけるんじゃないかなと思っています。

イベント情報
『Mt.FUJIMAKI 2019』

2019年9月29日(日)
会場:山梨県 山中湖交流プラザ きらら

出演:
藤巻亮太 with the BAND
トータス松本(ウルフルズ)
曽我部恵一(サニーデイ・サービス)
岸田繁(くるり)
ORANGE RANGE
大塚愛
teto
料金:前売6,500円 当日7,000円

リリース情報
藤巻亮太
『Summer Swing』

2019年9月11日(水)配信

プロフィール
藤巻亮太
藤巻亮太 (ふじまき りょうた)

1980年生まれ。山梨県笛吹市出身。2003年にレミオロメンの一員としてメジャーデビューし、“3月9日”“粉雪”など数々のヒット曲を世に送り出す。2012年、レミオロメンが活動休止を発表、ソロ活動を開始する。同年、1stソロアルバム『オオカミ青年』を発表。以降も精力的にソロ活動を展開し、2016年、2ndアルバム『日日是好日』をリリース。2017年には3rdアルバム『北極星』を発表。2019年4月、レミオロメン時代の曲を、アコースティック中心のアレンジでセルフカバーしたアルバム『RYOTA FUJIMAKI Acoustic Recordings 2000-2010』をリリースし、弾き語り全国ツアー『“In the beginning”』を開催。2019年9月29日、自身主催の野外音楽フェス『Mt.FUJIMAKI 2019』を、山中湖交流プラザきららにて開催する。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 藤巻亮太が語る、大人の「挑戦」の姿勢 新たな可能性に賭けた理由

Special Feature

Habitable World──これからの「文化的な生活」

気候変動や環境破壊の進行によって、人間の暮らしや生態系が脅威に晒されているなか、これからの「文化的な生活」のあり方とはどういうものなのだろうか?
すでに行動している人々に学びながら、これからの暮らしを考える。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて