俳優・山崎皓司が挑む百姓ライフスタイル。試行錯誤の実践を辿る

新型コロナウイルスの流行以来、大都市ではなく地方や農村での生活が改めて注目されているのは事実だろう。そうした生活のシフトをいち早く実行しながらも、自らの試行錯誤を克明に記録している表現者がいる。

劇団「快快 -FAIFAI-」で活躍する俳優・山崎皓司さんだ(東京で俳優をしていた僕が地元に帰った理由|こーじ|note)。プロボクサーとしての試合経験もあり、ゴリラの着ぐるみを着た力強いパフォーマンスは印象深い。

山崎さんは2019年から活動拠点を地元である静岡県掛川市に移し、俳優としてSPAC(静岡県舞台芸術センター)の舞台に立ちながら、なんでもやるという意味での「百姓」を志向。農業、狩猟、養蜂などに取り組んでいる。そんな山崎さんの活動を描いたドキュメンタリー『Koji Return』がYouTubeで公開中だ。

コロナ以前から直面している地球環境の問題があるなか、持続可能な生活を企て孤立奮闘している山崎さんの行動力は、依然として現状維持を決め込む私たちに1石を投じるものだ。ドキュメンタリー映像の中で、「僕が表現者であることだけが地球平和に繋がるはずだと思う」と山崎さんは語る。その表現活動を広めるべく、現地を案内してもらった。

山崎皓司(やまざき こうじ)
俳優。1982年静岡県出身。発想と身体で役を捉え、舞台の根源を取り戻すような力強いパフォーマンスに定評がある。快快以外の活動として、多田淳之介、杉原邦夫、糸井幸之介、篠田千明、木ノ下歌舞伎、鳥公園、範宙遊泳、ヌトミック、悪魔のしるし等の作品に出演。またプロボクサーとして試合経験がある。

とにかくやってみることにしましたが、正直に言って全然うまいこと回ってません。

東京から新幹線で2時間弱、静岡県の掛川駅へ到着した。上下アディダスのジャージ姿の山崎皓司さんが、笑顔で私たちを出迎えてくれる。山崎さんの自宅は駅から車ですぐの市街地にある。

現在山崎さんは、生まれ育った掛川で母親、姉、姪っ子と共に暮らしている。ガレージにはDIYの工具などが揃っており、養蜂に使うという作りかけの巣箱が置かれていた。

山崎さんのガレージ / 撮影:CINRA.NET編集部

その隣の農地に広がるのが、山崎さんの管理するスペース、その名も「YAMAZAKI PARADISE」。看板やハンモック、テント型の構造体、トンネルなどがところどころに置かれている。

「YAMAZAKI PARADISE」の看板 / 撮影:CINRA.NET編集部

まさに、小さな手作りの「パラダイス」だ。一体、どういう経緯でこのような農地を作るようになったのだろうか。

山崎:2019年の11月、最初は小さい範囲からスタートしました。まず地主さんに借りて、荒地だったこの土地を片付けるところから始めたんです。

放置されていたゴミとか切り倒されていた木を捨てていたら、隣のスペースのおじいさんやおばあさんから「こっちもやってくれないか」と頼まれるようになって。そうやって徐々に耕地が広がっていきました。

「YAMAZAKI PARADISE」にて / 撮影:CINRA.NET編集部

ここの作物は全て農薬や肥料を一切使用せず、土を耕すことも除草することもしない、完全な「自然農法」で栽培されていることに驚く。『パーマカルチャー 農的暮らしの永久デザイン』(ビル・モリソン 著、農山漁村文化協会 刊)や『自然農法 わら一本の革命』(福岡正信 著、春秋社 刊)といった書籍に触発されたという。

山崎:パーマカルチャーや自然農法の本を読んで面白そうだと思ったんです。理に適ってるかどうかはわかりません。でも、とにかくやってみることにしました。自然農法が本当にうまくいくのか、実験しているという感じですね。

「YAMAZAKI PARADISE」の中にある「スパイラルガーデン」と呼ばれるらせん状の畝(畑で作物を作るために土を盛り上げた所のこと)には、ローズマリーやタイム、レモングラス、ミント、わさび菜などが生えている。わさび菜を取ってかじってみると、新鮮なわさびの香りが口内に広がり美味しい。「贅沢を言わなければ、うちの家族を充分に養えるくらいの野菜は採れます」と山崎さんは言う。

ただ、現実はそう甘くない。この1年は、自然農法の理論通りにいかないことを痛感する日々だった。「福岡正信さんの本には自然農法が一番楽だと書いてあったんですが、今のところ、耕したり肥料を与えた方が絶対に楽だと思ってます」と苦笑する。

山崎:よく育つ作物もあるけど、うまく育たないものも多い。もちろん、僕自身がまだ農業のことをよくわかってない部分はある。正直に言って全然うまいこと回ってません。

花はちゃんと育たないし、まっすぐじゃない畝の手入れもむずかしい。風よけに植えた菊芋は全部倒れちゃって。あと昨年の夏は梅雨が長くて、いろんなものがダメになりましたね。

なにせ自然が相手だ、決してきれいごとだけでは済まない。家の前にある山崎さんの母親が耕している小さな畑地では、肥料も与え、除草もして、しっかりと多くの作物が実る。それでも山崎さんが自然農法にトライするのは、「それが地球環境にとって持続可能かと考えると、どうだろう?」という純粋な疑念に端を発している。

山崎:前提としてここは、自然農法を試す場所です。同時に、僕1人が占有しちゃいけない広さだよなという感覚もある。

せっかくだからみんなで楽しめるような、地域とコミュニケーションを取るスペースとして、近所の人や子供たちが気楽に来られる場所にしたいんです。地域の人が勝手に作物を採ってもいいし、収穫の時期には、近所の子供たちと一緒に芋掘りをしたりしました。

「YAMAZAKI PARADISE」にて、近所の子供たちと行った芋掘り

しかし、こちらもそう簡単にはいかないようだ。勝手に作物を採りに入ってもいいと伝えても、なかなか人は入ってこない。無料で作物を贈与することも、場合によっては重たく感じてしまう人もいるだろう。

山崎:周囲との関係はまだうまく作れていませんね。僕は、本当に無償でここを開きたいんですよ。ただ話がしたいから。この地域に一緒に住んでるから。みんなは畑を持ってないけど、ここにはあるから。

ここでできたものは別にみんなのものでよくない? と。でも、もう無理強いするのは止めました。今できるのは、「僕はこれが楽園だと思ってる」と提示することだけですね。

みんな便利な生活を享受してるけど、この生活を後世に残す気は本当にあるんだろうか?

YAMAZAKI PARADISEを後にして次の場所に移動する車中、そもそも山崎さんが地元でこうした活動を始めたきっかけを聞いてみた。

山崎:ずっと東京で役者として売れたかったんです。錦を飾らずに地元に出戻ることへの負い目がありました。でも、そんなことがどうでもよくなったキッカケがあるんです。

当時、演劇の仕事がない時にアルバイトしていて、朝、田園都市線の満員電車に乗るのが苦痛で。そこで心のバランスを取るために、電車に乗る前に多摩川の河原でトランペットの練習をしてました。そこで、たまたまトマトが自生しているのを見つけたんです。

その時の興奮具合と言ったらなかったですね。最初、「ん、トマトかな?」ってところから、「やっぱりトマトだ!」「しかもいっぱい生えてる!」って気づいた時の興奮。

そこで、これはもう「喜び」だと認めていいだろうと確信しました。世間体なんかを気にするんじゃなくて、そのときの感覚が最高だと思えたから、「人の目を気にせずやってみよう」と決断できたんです。

今にいたる山崎さんの活動を動機づけたのは、自生トマトとの強烈な出会いだった。

山崎:普段の生活からギアが1段階上がる感じで。それに触れたら、演劇とかも1回どうでもよくなっちゃって。

もともとボクシングをやってた頃の感覚も思い出しました。僕が本当に立ちたかったのは、演劇の舞台よりも後楽園のリングだったんじゃないか。同じ感覚は、地元に帰ってから狩猟をして、初めて自分の仕掛けた罠にシカがかかった時にも感じました。

そう、山崎さんは狩猟も行っている。神奈川県で狩猟免許を取得してから、ここ掛川で、地元の猟師たちと交流しながらシカやイノシシを仕留めてきた。狩猟の方法や獲物の捌き方は、猟師さんに頭を下げて教えてもらったそう。

「実際にやってみるまでは、何がわからないかがわからなかった」と、当時を振り返る。しかしその結果、意外とあっさり狩りが成功する。

獲ったイノシシを捌いている様子

「肉、いけるじゃん!」と思った矢先、豚コレラ(豚とイノシシが感染する熱性伝染病、正式名称「豚熱」)が流行。イノシシが激減し、早々に「肉」が獲れなくなってしまった。

山崎:「このままで地球は大丈夫なのかな、少なくとも僕の生きてる時代は大丈夫なんだろう」と思ってたけど、豚コレラで思ったより早くその余波に直面しました。みんな今の便利な生活を享受してるけど、この生活を後世に残す気は本当にあるんだろうか?

もちろん、僕は肉を買うし、牛の乳も絞らない。自分一人では生活できないから、お金に頼って生きています。その分どこかから何かを奪ってるわけで、「自給自足」なんてとても言えませんね……。

普段の生活を根本から見つめ直すほど、感じざるを得ない「環境へのうしろめたさ」。「完全に自立した生活」という幻想と、人間社会で生きていく上では避けて通れない消費や搾取。そんな理想と現実のジレンマを抱えながら、もがいている純粋で不器用な実践者──それが山崎さんに感じた素直な印象だ。

みんながとりあえずお腹いっぱいになれば、それが世界平和に通じると信じてる。

車で15分ほど走ると、辺りは徐々に山で囲われた農村の風景へと変化していく。平地には田畑が広がっていた。その一角が、山崎さんの管理している田んぼだ。

山崎さんの管理している田んぼ / 撮影:CINRA.NET編集部

この田んぼでは、先述した福岡正信さんの提唱する「米麦連続不耕起直播」に挑戦している。田を耕さず、無農薬、無肥糧、無除草。クローバーを抑草と肥料がわりに使い、米と麦を連続して作るという農法である。

山崎さんは実際に愛媛の福岡正信自然農園に足を運んで、福岡正信が育成した品種「ハッピーヒル」の籾をわけてもらい育てている。ただ、この稲作もまた「思ってたほどうまくいってない」のが現状だ。

山崎:この農法では「代かき」をしないんですが、そうすると田んぼの水は地中に漏れてしまって水が貯まらないんですね。そこで上流にあるため池の水門を開きっぱなしにして、水を流し続ける。

何もかもが初めてなので、約1か月の間、毎日2回は水の調整に来ていました。めちゃくちゃ苦労して、なんとか収穫までこぎつけたんです。

2020年夏、収穫前の田んぼ

さらに、それを脱穀するのにも大変な労力を要した。親戚の土地に放置されていた小屋から探し出した足踏み脱穀機を用いて、自力で脱穀。もちろん山崎さんはこうした作業をどこかで楽しめていたと言うが、「とてもじゃないが売る気にはなれない」と苦笑する。

収穫のために刈り取った稲

そこからさらに車で移動。ちょっとした山道を登ると、丘の上に広がる小さな空き地が現れる。そこが、山崎さん曰く「山崎山」。

イノシシの住処になっていた笹藪を切り拓き、クローバーを播いて手を入れた広場だ。丸太のベンチとテーブルが置かれ、栗や柿の木があり、いろんな果樹の苗木が植えられている。5年後、10年後にここで果物が取れるようになったらいい、と考え植えたそうだ。

山崎:ここはもともと親戚が持っている、放棄された土地でした。果樹を植えているのは、みんながとりあえずお腹いっぱいになれば、それが世界平和に通じると信じてるからです。

本当は僕、河川敷なんかにも果樹を植えたいんです。市議会議員の友達にも、「果樹1本で周りの人が潤うんだから植えちゃえばいいのに」っていつも言ってます。法律的に難しいみたいなんですけどね。

山崎山にて / 撮影:CINRA.NET編集部

山崎:福岡正信自然農園に行った時、「米は1年に1回しか出来ないから失敗したくない」と伝えたんです。でも、「1年に1回なら多い方だよ。果樹は何年も先を見据えて植えなきゃいけない」と返された。それで僕もハッとして、すぐやらなきゃと思って果樹を植えました(笑)。

「桃栗三年柿八年」ということわざがあるように、樹木が育ち果実がなるまでには、文字通り数年以上の時間的なスケールが必要になってくる。果樹のみならず、山崎さんは長大な年月のスケールで自身の生活を見つめ直しているのだろう。

2020年夏、山崎山にて

蜂蜜は人にあげるとすごく喜ばれる。自然からあんなに甘いものを恵んでもらえるなんて、ヤバくないですか?

次は山崎山の向かいの山へ。その斜面には、手作りのミツバチの巣箱が4~5個ほど置かれていた。最初にガレージで見たものの完成形だ。

その中の1つに、ミツバチが巣を作っている。ハチを寒さから守るため藁で包まれたその巣箱には、けっこうな量のミツバチが出入りしていて、周囲をブンブンと飛び回っていた。ちょっと怖い気もするが、小さくてなかなかかわいい。

山崎:大丈夫、これは日本ミツバチだから。西洋ミツバチは攻撃的で気性が荒いけど、日本ミツバチは穏やかだと言われてます。事実、全然刺されませんよ。この場所も親戚が持て余していた土地。いくつも巣箱を設置したけど、たまたまこの1つに入ってくれました。本当はもっと増やしたいですね。

ミツバチが入った巣箱 / 撮影:CINRA.NET編集部

山崎さんが養蜂もするようになったのは、『ぼくは猟師になった』(千松信也 著、新潮文庫)を読んで、千松さん宅を訪ねたことがきっかけ。西洋ミツバチで年70キロほどの蜂蜜が採れていて、自分でもやってみようと思い立ったのだという。

山崎:ハチが巣箱に入ってくれた時は本当に嬉しかった。「やったー!」って、久々に感じた心からの喜びでしたね。自然からあんなに甘いものを恵んでもらえるなんて、ヤバくないですか?

自然界から得られる糖分、たしかに奇跡的なことに思えてくる。巣箱づくりも簡単で、材料はあまりお金をかけずともホームセンターで一式揃うそうだ。贔屓にしている静岡のホームセンター「ジャンボエンチョー」では、板のカットも無料でやってもらえる。「いつもお世話になってるから、今度蜂蜜を差し入れしなきゃ」と山崎さん。

山崎:蜂蜜は人にあげるとすごく喜ばれるんですよ。野菜だと鮮度もあるし、肉も「ジビエはちょっと」という人がいる。でも蜂蜜を嫌いな人はあまりいないし、ビンに入れれば保管もプレゼントも簡単。

去年は8キロの蜂蜜が採れたんですが、親戚だとかお世話になってる人にあげて回ると、まだまだ足りなくて。物々交換できるアイテムを増やしていきたいんですよね。東京にいた頃より挨拶回りが圧倒的に増えました。

撮影:CINRA.NET編集部

山崎さんは親戚やご近所さん、猟師、農家の人々などとの交流が、全く苦ではないという。そうしたコミュニケーションの取り方は、自分が演劇をやってきたことと無関係ではないと語る。

山崎:演劇って、時間と空間をお客さんと共有して行うものですよね。だから、直接お客さんと対話できる芸術表現。しかも、実際に自分の体を動かして、そこに何かコトを起こすもの。

これは誰かが言ってたことですが、マスメディアに対して演劇は小さなメディアである、と。すくい取れない意見をすくい取るためのメディア。そんなコミュニケーションの仕方が、僕には合ってたのかもしれません。

SPAC『妖怪の国の与太郎』2020年 ©Y. Inokuma

この世界でどんな役を演じれば良い役者なんだろう?

YAMAZAKI PARADISE、自然農法の田んぼ、山崎山、そして養蜂と、山崎さんの掛川での実践を一通り辿ってきた。それらは、まさに野の中の劇場を見て回るような、とても演劇的な体験だった。

山崎:お世話になってる農家さんが「演劇の舞台なんかに立つな。この地球という舞台に立て」って言うんです。快快でも、シェイクスピアの「この世は舞台、人はみな役者」という言葉をよく引きます。

その言葉がずっと好きでした。僕はいま「この世界でどんな役を演じれば良い役者なんだろう?」と考えています。もちろん舞台に立つ俳優業もだし、猟師、農家、養蜂家……。

それは文字通り、山崎さんが目指している「百の姓を持つ」「百の屋号を持つ」「百の仕事を持つ」という意味での「百姓」に近づくことに他ならないだろう。

山崎:いまはこの地球上で良い役者であれば、演劇の舞台上でもイケるでしょ、と思ってます。ただ、SPACだと役者としてのスキルをけっこう求められるんですけどね。なんだよ、通用しないじゃん! って(笑)。

そう言って笑う山崎さんの顔は、充実感に溢れていた。これからも試行錯誤を繰り返しながら、山崎さんによる「この世の舞台」は続いていくのだろう。

作品情報
山崎皓司(快快)のドキュメンタリー映像作品
『Koji Return』
ウェブサイト情報
こーじ|note

2019年から活動拠点を東京から静岡県掛川市に移し、現在は何でもできる百姓を志し、俳優、狩猟、農業、養蜂等をしながら、世界平和への道を模索中。

プロフィール
山崎皓司 (やまざき こうじ)

俳優。1982年静岡県出身。発想と身体で役を捉え、舞台の根源を取り戻すような力強いパフォーマンスに定評がある。快快以外の活動として、多田淳之介、杉原邦夫、糸井幸之介、篠田千明、木ノ下歌舞伎、鳥公園、範宙遊泳、ヌトミック、悪魔のしるし等の作品に出演。またプロボクサーとして試合経験がある。



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