ヴェネチア・ビエンナーレの歩み 取材20年の朝日新聞記者に訊く

バンクシーのシュレッダー事件、約75億円で落札されたNFT(非代替性トークン)作品、『あいちトリエンナーレ2019』の展示中止騒動など、この数年でアートにまつわるニュースがメディアを騒がせることが爆発的に増えた。そこには経済構造や社会情勢の変化などさまざまな要因があるが、作品や展覧会を通してこそ見えてくる「世界」というものがある。

そんな「世界」を知る一つの大きな窓になるのが、2年に一度イタリアで開催される『ヴェネチア・ビエンナーレ』だ。とくに「美術のオリンピック」とも呼ばれる美術展は、アーティストにとって真剣勝負の場であるだけでなく、その後のマーケット動向も占う重要な場である。

そんな世界の美術関係者が集うヴェネチアを約20年にわたって見続けてきたのが朝日新聞記者の大西若人だ。さまざまな作品、展覧会、アートプロジェクトに触れ、そしてたくさんの記事を書き続けている大西は、世界最大級のアートイベント『ヴェネチア・ビエンナーレ』と、その日本館(主催:国際交流基金)をどのように見ているのだろうか?

『ヴェネチア・ビエンナーレ』とはどんな祭典?

―大西さんは長く朝日新聞の美術担当をなさってますね。

大西:勤務地が変わったり、途中で管理職めいたことをした時期もありましたが、基本的にはそうですね。と言っても、最初から美術を希望したわけではなく、大学も都市工学を専攻していたのでどちらかというと建築への興味が強かったんです。

大西若人(おおにし わかと)
朝日新聞の編集委員。美術や建築を中心に担当し、1990年以来、東京、大阪、福岡で文化関係の取材や編集に関わってきた。

大西:福岡の西部本社に勤務していたときに「建築が好きなら美術も書けるでしょ」と言われたのがきっかけで、ある意味ではなりゆきというか(笑)。ただ、福岡市美術館でアジア美術展が開かれたり、福岡市内で「ミュージアム・シティ」という地域型のアートプロジェクトが始まった時期で、1990年代の福岡は文化的にとても充実していたんですね。

―今日の主要なテーマは『ヴェネチア・ビエンナーレ』と、そこでの日本館(主催:国際交流基金)の活動についてなのですが、建築や都市と国際芸術祭は切っても切り離せない関係があります。そういった視点からもお話を伺えればと思っています。大西さんがヴェネチアをはじめて取材したのはいつ頃でしょうか?

大西:1997年です。日本館では南條史生さんがキュレーターで、内藤礼さんの個展が開催されていました。

―『ヴェネチア・ビエンナーレ』では、複数の展覧会が同時多発的に開催されていますが、主会場の一つであるジャルディーニ(カステッロ公園)には世界各国のパビリオンが常設され、そこで国別の展示が行われますね。

大西:私が初めて訪れる前の1995年がちょうどビエンナーレ100周年で、世界的に華々しく報道されていたんですよ。ですから「伝説の!」みたいな気持ちがかなり強くありました。

それと、この年は『ドクメンタ(ドイツ中央部のカッセルで5年に一度開催される国際芸術展)』と『ミュンスター彫刻プロジェクト(同じくドイツで開催される10年に一度の芸術祭)』も開催される、いわゆるアートの「当たり年」で、この3つをまとめて取材したんです。ですから最初から相対化して見る機会に恵まれたなと思います。

―うらやましいです(笑)。それぞれいかがでしたか?

大西:『ミュンスター彫刻プロジェクト』は素直に楽しめますね。自転車に乗って市内を巡るだけでも楽しいし、大規模な作品もたくさんある。

『ミュンスター彫刻プロジェクト2017』より、アイシャ・エルクメン『On Water』 / 撮影:大西若人
『ミュンスター彫刻プロジェクト2017』より、クレス・オルデンバーグ『Giant Pool Balls』 / 撮影:大西若人

大西:いっぽう『ドクメンタ』は、すごく知的なテーマを掲げていて、選ばれたディレクターの個性が鮮烈に反映されています。テーマもシリアスですから、見る側も緊張感とともに追い込まれていくような感覚があって、体力も頭もへとへとになる感じですね。

『ドクメンタ14』(2017年)より、マルタ・ミヌヒン『The Parthenon of Books』。ナチスドイツの時代に焚書が行われた広場に現れた、発禁本10万冊で制作されたパルテノン神殿の実物大のレプリカ / 撮影:大西若人

大西:『ヴェネチア・ビエンナーレ』は開催地が一大観光都市ですから、短パンとビーチサンダルで見に来るような来場者も多くて、華やか。でも、企画展を中心に強いテーマ性もあって、バランスよく楽しめる感じでしょうか。

世界の美術評論家・キュレーターから選出されたディレクターが、様々な国からアーティストを招待して行う大規模なテーマ展も企画し、ビエンナーレ全体の方向を決定する。ビエンナーレにあわせて様々な財団や美術館などが行う特別展もビエンナーレ会期中にヴェネチア市内の各所で開催されている / 提供:国際交流基金

大西:いっぽう、ジャルディーニで開催される国別展示は「美術のオリンピック」と言われるだけあって、かつての植民地時代や帝国主義を連想させるんですね。イギリス、ドイツ、アメリカといった強国が公園の一角を占めていて、新興国のパビリオンは公園の外にあったりして、ジャルディーニ自体が世界を縮小させた仮想の街のようでもある。ですから初めて取材したときは「いまどき国対抗だなんて時代遅れでけしからん!」というような気持ちを持っていましたね(苦笑)。

メイン会場となるヴェネチア市街最大の公園カステッロ公園。『ヴェネチア・ビエンナーレ』に参加する各国は公園ともう一つの主会場であるアルセナーレを中心として、その周囲にパビリオンを構えて展示を行う / 提供:国際交流基金

大西:取材でもプライベートでも何回か見ていくうちにだんだんと自分なりの地図もできてきて、この最初の印象も変わっていくわけですが、じつは2000年代は管理職の仕事をしていたこともあって、再び取材で行くようになったのは2010年の建築展から。ですから、その間のヴェネチアは自分のなかではわりと印象が薄いんです。

―意外と知られてないので補足すると、『ヴェネチア・ビエンナーレ』は美術だけではないんですよね。建築と美術が交代で開催されているほか、映画、音楽、演劇、舞踊もあります。ちなみに『ヴェネチア国際映画祭』も『ヴェネチア・ビエンナーレ』の一部です。

大西:そうですね。とくに2010年は全体の総合ディレクターが妹島和世さんでしたし、石上純也さんも金獅子賞(最高賞)を受賞して、日本勢の活躍のめざましい回でした。

―その翌年の2011年には東日本大震災が起きて、2012年の建築展では伊東豊雄さんが日本館コミッショナーになり震災をテーマとした日本館が金獅子賞を受賞しています。また翌年の美術展でも、日本館キュレーター蔵屋美香さんと作家の田中功起さんのチームがやはり震災に関する展示で特別表彰となっていますから、日本館にとって特別な時期でした。

大西:現在におけるアートのトレンドを網羅している、といった類のストーリーは幻想だと思いますが、それでも『ヴェネチア・ビエンナーレ』は時代ごとの特徴を掴んでいる。そういう意味でも、この時期の回は記憶に残っていますね。

『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』で特別表彰を受賞したアーティスト田中功起、キュレーター蔵屋美香による日本館の展示 / 提供:国際交流基金

地元やメディアからの人気が高く、安定感ある日本館

―世界的に注目度の高い『ヴェネチア・ビエンナーレ』ですから、批判的に見られるところがあります。先ほどおっしゃっていた帝国主義的、というのもその一つかなと思いますが。

大西:国別展示だけであればある種の時代錯誤感は否めないと思います。ただ、実際に各国の展示を見てみると意外と玉石混交で、必ずしも全部が「国の威信を賭けた」感じでもないことがわかります。

美術評論家の高階秀爾さんが「各国の状況がわかるのがヴェネチアのいいところでは?」とおっしゃっていたのですが、たしかにそうなんです。例えばウルグアイのアートって、なかなか見る機会がないですよね。

大西:主会場であるアルセナーレで行われるテーマの明確な企画展では、そういった地域の作家たちはなかなか選ばれないですから、意外な出会いがあるのは国別展示のほうだったりするんです。

賞レースであることについても「アートに順位をつけるのはおかしい」という批判は長年されています。1960年代にはグランプリ制度が廃止されたり、1970年代には当時の冷戦を反映してボイコットする国もありました。

カステッロ公園と並んでビエンナーレの主会場である国立造船所アルセナーレ / 提供:国際交流基金

大西:とはいえ、賞があることで盛り上がるのも間違いないんですよね。同様に賞レースである『ヴェネチア国際映画祭』の認知度は世界的にも高いですし、我々メディアも取り上げやすい。

この構造は日本国内も同じで、賞レース的な要素が薄い美術と比べて、文芸の『芥川賞』や『直木賞』は話題になります。その功罪もあるとは思いますが、話題性がまったくないと寂しいし、賞があるからこそ記者もヴェネチアに毎回取材に行くことができているところがあります。

―およそ20年以上『ヴェネチア・ビエンナーレ』を見てきて、特に印象に残っている展示はなんでしょう?

大西:はじめて取材したということもあって、やはり内藤礼さんの展示は鮮烈でした。大勢が訪れる会場にあえて人数制限をかけて、たった一人で作品と向き合う展示にしたこと自体に、国際展に対するある種のアンチテーゼを感じました。

それから束芋さんが展示をした2011年。タイミング的に震災の内容を反映したものではありませんでしたが、非常にクオリティーが高かった。

またドイツ、フランス、アメリカといった欧米の大国のパビリオンが質の高い展示をしていました。この背景には、国の力というよりも、アーティストの後ろにいるビッグギャラリーの力が垣間見えるところがあって、資本の力の存在感を感じましたね。

『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのアメリカパビリオン。アローラ&カルサディーヤによる展示 / 撮影:大西若人
『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのドイツパビリオン。クリストフ・シュリンゲンズィーフによる展示 / 撮影:大西若人
『第54回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2011年)でのフランスパビリオン。クリスチャン・ボルタンスキーによる展示 / 撮影:大西若人

大西:2013年の田中功起さんのときは、各国のパビリオンとヴェネチア全体のテーマがシンクロしたような印象があって面白かったですね。このときの総合ディレクターはマッシミリアーノ・ジオーニで、ファインアートの王道ではない、アール・ブリュット、アウトサイダーアートの動向などを積極的に取り入れていました。

『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのドイツパビリオン。艾未未による展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのチェコパビリオン。ペトラ・フェリアンコバ&ズビネック・バラドランによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのスペインパビリオン。ララ・アルマーチェイによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)でのロシアパビリオン。ヴァディム・ザハロフによる展示 / 撮影:大西若人
『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)での韓国パビリオン。金守子による展示 / 撮影:大西若人

大西:アルセナーレで展示していた大竹伸朗さんのスクラップブックも、作品であるけれど廃材の集積でもあるようなあり方で、異なる視点を提示していました。美術界のスーパースターによる派手な作品を見たい人にとっては物足りない年だったかもしれませんが、全体としてまとまりが感じられていて印象に残っています。

『第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』(2013年)での大竹伸朗による展示。アーティスティックディレクターを務めたマッシミリアーノ・ジオーニは「エンサイクロペディック・パレス」という総合テーマを掲げた / 撮影:大西若人

―災害、グローバル経済、日常へのまなざし、移民など、やはりその時期ごとのトピックスと照応するようなところが『ヴェネチア・ビエンナーレ』にはありますね。そのなかで日本館の立ち位置を大西さんはどう見ていますか?

大西:完成度と来場者からの人気はとても高いですよね。2015年に金獅子賞を受賞したのがアルメニアで、アルメニアの歴史や移民の問題を扱っていました。

『第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』で金獅子賞を獲得したアルメニア館の展示。総合キュレーターを務めたナイジェリア出身のオクウィ・エンヴェゾーが打ち出したテーマは「全世界の未来」 / 撮影:大西若人

大西:その年、日本館での塩田千春さんの展示は地元メディアでもたくさん紹介されていました。作品のモチーフに船が使われていたのも、移民の問題と関わっていると思いますが、やはり当事者性の強いアーティストが注目されやすいということなのでしょう。

『第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』での塩田千春『掌の鍵』 / 提供:国際交流基金

大西:逆に言えば、東日本大震災や原発事故のあった時期に日本が注目されたのも必然と言えるでしょう。他の国々と比べて日本という国は社会情勢が安定しているので、現代美術が扱うような社会性や政治性が薄い日本は不利な状況だとも言えるかもしれません。

―近代以降の日本の立ち位置は特殊で、そのなかで育まれた「中庸さ」を作品に体現してきたと思います。その意義を外に向けてアピールできていないということだと思いますが、それを逆手に取ったような作品が現れることを期待してしまいます。

大西:日本館の展示の完成度の高さはいつも評価されてはいるんです。コンセプトも考え抜かれていますし、展示も緻密。さらに、宮島達男さん、やなぎみわさん、束芋さん、塩田千春さんらの作品はインパクトもあります。

必ず一定のクオリティーを維持していて、地元の人やメディアからの人気も高い。でもよくも悪くもデコボコが少ない。そのあたりも日本的なのかもしれないですね。

『第58 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展』での日本館展示風景『Cosmo-Eggs | 宇宙の卵』 / 撮影:石倉敏明

集客力を求めて、より間口を広げたい美術館。この状況にメディアはどう振る舞うべきか

―アート自体も社会情勢の影響を受けざるをえないし、とくにこの数年はその影響が顕著に現れるように思います。そこで最後に、『ヴェネチア・ビエンナーレ』や日本館とはすこし離れた質問をしたいのですが、大西さんは最近の日本のアートの状況をどう見ていますか?

大西:やはり内向性が強くなっていますよね。留学する人も減っているし、経済状況の苦しさもあって、外に出ていきにくい状況になっているのは問題と思っています。

そのいっぽうで国内の地域芸術祭は盛り上がってきましたが、こちらも観光旅行とセットになった、面白くて楽しくてインスタ映えするものに注目が集まりやすい。これはアートへの間口を広くするというよりも、狭めるものであるように私は感じます。

―ポピュラリティーを得ることでアートの認知度が高まった、と歓迎する声もありますが、そうではないと。

大西:新聞社の文化部には、文芸、演劇、音楽など各分野の担当が一緒にいるのでたまに議論するのですが、一般的に「現代○○」とつくようなジャンルを受容する人の数は少ないという理解があります。そのなかで現代美術だけは芸術祭の隆盛で勝ち組になり、観客を獲得してマーケットを広げているのではないか、と。

―たしかに現代音楽や現代演劇が盛り上がっているわけではないですね。それに比べると、現代アートはアートフェアも増えて、税制的な優遇策の整備も進み、いわゆる「稼ぐ文化」の最先方として国や地方自治体から期待されているように思います。

大西:そのいっぽうで、1960年代にあったような前衛的なものが受け入れられなくなってしまった。例えばヨーゼフ・ボイスは美術史的に重要な作家で、自分にとってはまさにカリスマ的存在なのですが、いまボイスの展覧会をしても世間では話題にならないでしょう。

『ボイス+パレルモ展』展示風景 撮影:木奥惠三 VG Bild-Kunst, Bonn & JASPAR, Tokyo, 2021 E4044 / 日本では約10年ぶりのボイス展となる。豊田市美術館(2021年4月3日〜6月20日)の後、埼玉県立近代美術館(2021年7月10日〜9月5日)、国立国際美術館(2021年10月12日〜2022年1月16日)に巡回予定

大西:抽象的なもの、コンセプチュアルなものを受け入れる土壌が狭まってきていて、主要な美術館で展覧会を行う機会も減っている。美術に限らず、あらゆる分野で効率重視が叫ばれる時代ですから、美術館も集客力を求められる。

結果として、ポピュラリティーのある展覧会ばかりが増えています。もちろん間口を広げることは大事です。でも、それを広げた後にどう深化させるか、いかにして先鋭的なものにも目を向けてもらうかっていうのは大きな課題です。

―インスタ映えのしやすさで重宝がられる作家や作品も出てきますし、実際、それらは恐るべきスピードで消費されています。

大西:こんなことを言うこと自体が古いのかもしれませんけどね(苦笑)。町田市国際版画美術館で『#映える風景を探して 古代ローマから世紀末パリまで』展、府中市美術館で『映えるNIPPON 江戸~昭和 名所を描く』展がほぼ同時期に開催されると聞いていますが、両方とも「映える」がテーマなんですよ。映えることを美術館自らアピールしなければいけない時代になっている。

もちろん我々メディアの責任も大きいと思います。なんとなく絵になるほうがいい、っていう理由でデジタル版の記事には見映えする写真を選んでしまうし、記事自体も単独でいくつビューを稼ぐかを指標にしてしまっている。

―それは新聞社などのメディア側だけの問題ではなく、自分のようなフリーランスの書き手の責任も感じます。PV数を稼ぐため、クリックされるためにはどんな見出しや書き出しが有効かといったマーケティングを自ずと意識するようになっていて、それはいまの美術の状況に少なからず影響を与えていますから。

大西:この10年でブロックバスター系の展覧会を記事で取り上げる機会が増えていますが、何も書かなくても集客が望めるような展覧会について書くより、あまり知られていないけれど、とてもよい内容の展覧会を自分の足で見つけて書くことが記者としてのモチベーションにもなっていたんです。

大西:朝日新聞社では自社主催の展覧会を企画していて特集記事を作ることもありましたから、かつてはそれ以上同じ紙面で取り上げる必要はないよね、っていう判断をしていました。でもそういった展覧会が文化的な社会貢献のメセナ事業というより、収益事業としての性格が強くなるようになると、集客のために何回でも取り上げたほうがよい、という考え方になってくる。だから文化面でも書くようになっているのですが、そもそも自社で企画してるものを客観性をもって書けるわけがないんです。

―どんなに客観的であろうとしても、構造としてPR記事にならざるをえないですよね。

大西:そういう現状を踏まえると、昔のほうが記者が自分自身の基準だけで記事を書けていたと思います。

朝日新聞に関して言えば、美術を扱う記事自体は以前よりも増えています。大きい写真を使った「美の履歴書」という連載記事があり、その対向面に3~4本の記事が載っている。

美術だけで2面も使うということはかつてありませんでした。昔の文化面は各分野の学者の論考がメインで、その隅っこのほうに小さく美術関連の記事がある、くらいでしたからね。東京勤務を始めたばかりの頃、当時のデスクからは、「美術なんて思い上がるな」なんて言われてましたから。

―なんと(苦笑)。

大西:文化面はとにかく文字だらけになるから、ちょっとした作品の写真があって、展評みたいな適度な長さの記事があればレイアウトしやすいわけです。冗談だったかもしれないけど、一部は真実でもあったと思います。箸休めとしての美術記事。

でも逆に言えば、そこはすごく守られている領域で担当記者が自分の意思で選んで書けたわけです。でもいまは紙面がすべてカラーになって、記事の本数も増えた。今週はこれを載せて、来週はあれを載せて、というスケジュールとの戦いになっています。

―自由がなくなってしまった。

大西:デジタルに関しても、記事の冒頭だけを読めるようになっていて、面白そうであれば課金するというシステムです。そうなると次を期待させる部分で絶妙に切る、という技術が求められますし、そういった需要を喚起させる記事となるとインタビューものが多くなる。

結果、批評的な記事は求められなくなります。また、SNSでのバッシングも気になりますよね。そういった環境の変化に若い記者はどうしても順応しがちなので、難しいところだなと思います。

―とはいえ、圧倒的なスピード感が求められるウェブメディアと比較して、新聞や雑誌といった紙媒体は実際のかたちとして残りますよね。それは書く側の意識にも影響を与えますし、一歩立ち止まって記事が持つメッセージや暴力性を自覚する機会にもつながると思うんです。希望的観測かもしれませんが。

大西:たまたま私は社内で美術担当から離れることなく、継続的に作品や作家の変化を見ることができました。以前、作家の森村泰昌さんに言われてハッとしたのが「ずっと(作品を)見ていてくれる」という言葉です。

森村さんの作品について、展覧会の度に書いてきたわけではないけれど、新聞という場があることで見続けることができた。継続性があることで見えてくるものがあるというのは、あらためて感じることです。

サイト情報
『ヴェネチア・ビエンナーレ』日本館
国際交流基金
プロフィール
大西若人 (おおにし わかと)

朝日新聞の編集委員。美術や建築を中心に担当し、1990年以来、東京、大阪、福岡で文化関係の取材や編集に関わってきた。



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