僕たちを必死に支え続けてきた首都高の気持ちが分かる本

もはやどうしたって都心は窮屈で、洒落た新築マンションがその周りに出来合いの木々を植え付けている様に通りかかると、「往生際が悪いなあ」と思う。都会で暮らす、ということは、この窮屈さを嗜むか忘却するか、いずれにせよ、ここではゆとりたっぷりとはいかないんだな、と体に浸透させることから始まるわけだ。

この本は、諦めて許容しているその前提を自分の身体でアグレッシブにひっくり返そうとする。いうならば、出川哲朗がカースタントに挑むように、上島竜兵が人食いワニに挑むように、人間が建築に挑んでいく。つまり、無謀だ。都庁の前で都庁の真似をする、橋梁の前で橋梁の真似をする。しかし、この体操を繰り返し眺めているうちに、これは真似や模倣ではなくって、人間が人間のために作った建築を、もう一回人間の身体に取り戻そうとしているのかも、と大仰に悟りたくなってくる。歴史教科書の最初の章辺りを思い出しながら、ああ、建築って自分たちが生きていくために用意されたものだったはず、と気付き直すのだ。

この本は『けんちく体操』シリーズの第二弾だ。第一弾では「ピラミッドから東京スカイツリーまで」として、様々な有名建築に挑んだ。今回は首都高ドライブ編と、範囲が途端に狭まっている。しかし、この地味さは、切実さでもある。1964年の東京オリンピックに合わせるように建設が進んだ首都高は、ほぼ半世紀の月日を経て、老朽化が問題視され、車線数にも車幅にも難ありと、後から出来た高速道路を基準に比較されてはその利便性に疑問符が投げかけられている。この本は、その「疑問符」を身体で確認しにいく本にもなっている。

いくつかの例を紹介していこう。

堤通
堤通

こうして逆さになる。手を腰に当てて身体を必死に支えてみる。そうすると、建築が耐えている痛みが分かる。「相手の気持ちになって考えなさい」とは幼稚園の頃から聞かされる、なにかと便利な常套句だが、建築でも首都高でも一緒だ。相手の気持ちにならないと分からない。建築の気持ちになる、という選択肢を教えてくれる。

飯倉
飯倉

国立新美術館。身体で建築を表すには1人では足りない。誰かが誰かと結合すると、不可解なラインも表現できることが分かる。どんなにヘンテコリンな設計であろうとも、パーツごとが結ばれて支え合えばその形状が維持できる。ふと、「四十八手」を思う。江戸期から伝わる性行為における体位の種類。アレにはアクロバティックなものが多い。つまり、どんなにヘンテコリンな恰好をしていても、「結合」していれば、関係が保たれるのだ。やっぱり建築って身体なのだ。

箱崎
箱崎

どこへでも行ける、この網羅性を支えるのがこのジャンクションの存在。下から見上げれば、ジャンクションが多方面に走らせる方法を必死に考え抜いたことが分かる。二人で地べたに座って手足を広げてジャンクションを表している姿が小さく見える。こうして手足を解放すると、背中に負荷がかかる。しんどい。でも、これが首都高の気持ち。この格子状の柱梁がいかに獅子奮迅しているかが分かる。「どこへでも行ける」のは、この柱梁の踏ん張りがあるからだ。

2020年のオリンピック招致に際して、東京都は、この首都高の改修を規定し、オリンピック関係者専用レーンを設けることも考えているという。1964年の東京オリンピックのために打ち立てた首都高では事足りんと、大幅な拡張をする。それはもちろん、時代の流れから考えれば必然であるけれど、その時に、この首都高の踏ん張りが高度成長以降の東京の多様性を必死に導いてきたことを忘れてはいけない。それはこの本が首都高ドライブと称して様々な名所へ行くことで証明しているし、何よりもその多様性を支えたのが、文字通り体を張って本書で見つめ直した柱梁であり橋梁だったのだ。

オリンピック招致のキャッチコピーは「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ。」である。ちっとも賛同できない。今、ニッポンに必要なのは現実を見据える力、というのは、日常生活を営んでいれば身体に滲んでいるはずだ。現在の首都高に身体で挑んでいくこの本の姿は、まさにこの東京で流れてきた日常を掴み取ろうとする心意気ともいえる。未来の展望をあれこれ夢想して都市計画を練るよりも、ひとまずそこにある建築を身体で掴みにいこうとする態度、この態度が行政に必要。「夢」なんかよりも「今、ニッポンにはけんちく体操が必要だ」としてみる。都市を考える上で、実に新しく切実な臨み方を披露している本だ。

書籍情報
『けんちく体操 首都高ドライブ編』

2013年2月1日発売
著者:米山勇+高橋英久+田中元子+大西正紀(チームけんちく体操)
価格:1,000円(税込)
ページ数:79頁
発行:エクスナレッジ



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