ぼくのりりっくのぼうよみ、「ぼくりり」の活動を自己批評する

ぼくのりりっくのぼうよみに質問するのはいつも難しい。すべてにスラスラ答えてくれるのだが、その答えが、本心なのかどうかがわからない。わからないのは質問者だけではなく、彼自身も同様で、自身の答えが本心なのかすらわかっていないような、そういう佇まいがある。ただそれは、嘘をついているわけではない。

2015年末に17歳でデビューしてからわずか1年半、今年初頭にリリースされた2ndアルバム『Noah's Ark』収録の“Be Noble”が、映画『3月のライオン』前編主題歌となるなど、「ぼくりり」は順調すぎる階段を引き続き上っているように見える。だが、この度リリースされた『SKY's the limit / つきとさなぎ』に込めた思いを聞くなかでこぼれてきたのは、「ぼくりり」が「ぼくりり」に持つ疑い、そして不透明さだった。

「盛るなブス!」というディスに対して、「えっ、どっちでもいいじゃん」って。

―新曲“SKY's the limit”は、これまでとは毛色の異なる「パーティーチューン」ですね。ミュージックビデオにしても、プールの前で女性たちを従えて歌う「パーティーピーポー感」が強く、驚きました。

ぼくのりりっくのぼうようみ(以下、ぼくりり):いつもの鬱っぽい方向ではなく(笑)、外に出たくなる、爽やかな気分になる楽曲を作ろうというところから始まりました。そもそも、あのようなシチュエーションに置かれたことがなかったので、自分一人だけビビっていましたね。よく考えたら、水着の女の人を生で見たこともなかったし……。

―確かに、夏にプールや海に行くタイプには見えません。

ぼくりり:プール、海、まったく行かなかったですね。通っていた高校は海から1分くらいのところにあったんですが、それでも行かなかったくらい。撮影のときも、自分だけ「パリピ」感がないという状態でした。

―新曲は「インターネットを生きる人びと」に向けて書いた曲だそうですね。Instagram(以下、インスタ)やTwitterなどで、自分を盛る行為が繰り返されていて、そういうものに対してなにかと揶揄する流れが強いけれど、そんな流れへのアンチテーゼの意を込めた、と。

ぼくりり:僕がインスタに対して思うのは、「ただの画像じゃん」ってことです。Twitterも「文字じゃん」って。そこに対してのディスなんて、本当に無駄でしかないと思っています。化粧している女の人に対して「化粧すんな」って言ったって、その人の好みで化粧しているわけで、なんの意味も持たないじゃないですか。

―みんな、SNS上の「盛り」にとにかく厳しいですよね。たとえばアイドルや女優がSNSで「すっぴん公開しちゃいます」と貼付けた写真に対し、「すっぴんじゃなくて、すっぴん風メイクだろ」との野次が飛ぶ。

ぼくりり:無意味ですよね。それに対するカウンターというか、いや、カウンターでもないんですが、第三者目線を注いでみたつもりです。「盛るなブス!」というディスに対して、「えっ、どっちでもいいじゃん」って。

―ぼくりりさんは、今作のリリースに先駆けたメッセージのなかで、SNSについて「現在の自分からなりたい自分に変化しようとすることは、とても美しいと思う」と書かれていますね。でもSNSって、「なりたい自分に変化しよう」というより、他人と同じでありたい、価値観が一緒だと確かめ合う、同調性が強いと思います。それって、なりたい自分じゃないのではないでしょうか。

ぼくりり:確かに。

―いや、反論してください(笑)。

ぼくりり:たとえばSNOWによって全員が画一化する、それで疲弊する、という感覚がよくわからないんですよね。僕が見ているとても狭い世界では、みんな、ただただ楽しそうにやっているので。

誰かがSNOWで写真を撮る、それをインターネットにあげることに対し、否定的な思いはなにもないです。SNOWで加工することで、インターネット世界のなかでは、自分のアバターがみんなと一緒になる。偏差値が同じになる。それって結構いいことなんじゃないかなと思っていて。

ぼくのりりっくのぼうよみ
ぼくのりりっくのぼうよみ

―でもその「偏差値」を保つために人は無理をします。「まだ今日はインスタになにもあげてないな」と、そのためにスタバへ行って、「新商品の○○を飲んだ!」とインスタにあげる。そうやって「偏差値」を保つ人もいるわけですね。

ぼくりり:そうですね。今回の曲は、そういう人たちに向けて作った曲でもあります。スタバ行かなきゃ、というより、純粋に行きたい、と思っているはずなんです。外側から見ている人のほうが、穿った見方になっちゃってるんじゃないでしょうか。

SNSに投稿して「ふぁぼ」を稼ぐ、「いいね!」を押してもらう、そのためにスタバに行くことって、悪いことではないと思います。普通にいいことじゃないですか。だって、スタバ側も嬉しいし、経済も回る。家にひとりでいる人よりも、そうやって動いてインスタやTwitterにわざわざ載せる人のほうがいい。「インスタのためにわざわざスタバに行くなんて……」って言っている人のほうがなにもしてない、というか。

―自分も含め、そのために「わざわざ行くなんて……」と言う人間には妬みが含まれます。スタバの写真をアップすることで「いいね!」をくれる人が想定できているわけですから。

ぼくりり:クリスマスのときに沸きあがった「リア充爆発しろ論争」に似ているところがあるな、と思います。クリスマスを幸せそうに過ごしているカップルに対して、相手がいない少数派が嫉妬した。最初こそ「リア充なんて爆発しろ」といったフレーズで、初音ミクの動画を作り、ニコニコ動画にあげて盛りあがっていたんですが、今ではもう「爆発しろ」の声のほうがメインになってしまっている。「クリスマスに苛立つぼっち」なんて言う必要もない。もう、みんなぼっちじゃん、って。

それに似ているんじゃないかな。最近、本当に他人に興味がなくなってきたんです。だからこそ、目指している目標があり、こうなりたい、こう見られたい、ふぁぼが欲しい……みたいな意思って、「尊いな」と思えるんですね。

(就職活動は)面接官の顔を見て、こう言えばいいんじゃないか、って探すゲーム。

―いずれにせよ、部屋にひとりでいる自分、SNS上で見せている自分、職場や学校での自分、とたくさんの自分を用意し、それらを掛け合わせて「自分っぽい」ものを作る作業をみんながしているわけですね。そういう面倒くささって、ぼくりりさんにはないんですか?

ぼくりり:常時同じ自分でいたい、みたいな感覚がないんです。平野啓一郎さんのいう「分人主義」(「個人」はひとつに限られるのではなく、複数の顔を持つ「分人」で構成されているとの考え方)がまさにそうだと思うんですが、誰と会っているかで変わっていくものだと思っています。

なので、面倒くさい・面倒くさくない、ではないのだと思います。息するのが面倒くさいと思わないのと同じです。でも、職場でも学校でも、息をしにくい場所はある。だから、自分を切り替えることが嫌なんじゃなくて、切り替えた先が嫌、みたいな感じなのかなって。

ぼくのりりっくのぼうよみ

―ぼくりりさんが……しないと思いますが、これから先、就職活動をするとします。そうすると、真っ先に要求されるのが自己PRです。自分で自分の枠を見極めて、最適な自分をプレゼンしなきゃいけない。「では、長所と短所を挙げてください」って言われたらなんて答えますか。

ぼくりり:長所は、うーん、そうだなー、あるかなー。

―面接落ちますよ(笑)。

ぼくりり:ですよね(笑)。「俯瞰する癖がとても強い」ですかね。短所はいっぱいあります。字が汚いです。整理整頓能力がないです。スケジュール管理能力がないです。やる気がないです。

―不採用ですね。

ぼくりり:お疲れ様でした!……でもあれって「受かるためのゲーム」ですよね。面接官の顔を見て、こう言えばいいんじゃないか、って探すゲーム。

―ぜひ面接を受けていただいて、大企業から内定貰って辞退して欲しいですね。ところで今回の楽曲について、「ややもすればセルアウトと受け取られかねない」と書かれていましたけど、ぼくりりさんにとって「セルアウト」とは、どういうイメージなのですか?

ぼくりり:アングラ側に属している人が、いきなりマスに溶け込もうとすること。つまり、擬態です。自分はアングラ度合があまり高くないと思っているのですが、今回の楽曲や、ああいったミュージックビデオを作れば、そう言ってくる人も出てくるでしょうから。

―つまり、これをリリースすれば、そう言われるかもしれないから、先んじて「セルアウトと受け取られかねない」って言っておいたんですか。

ぼくりり:そうですね。君たちはそう思っちゃうかもしれないけど、セルアウトじゃないから、って。

―今回の作品はダブルタイアップシングルになっていて、もうひとつの“つきとさなぎ”はドラマ『SRサイタマノラッパー ~マイクの細道~』のエンディング曲になっています。しがないラッパーたちがグズグズしつつも夢を追い続けている、というこのシリーズの内容は、まさしく“SKY's the limit”の「パリピ」感とは真逆のところにあるとも言えますね。

ぼくりり:陰と陽を分けてみよう、という考えがありました。ジャケットは吉田ユニさんが手掛けてくださったんですが、2曲が持つ二面性をジャケットにも盛り込めたらいいなと考えたんです。

ぼくのりりっくのぼうよみ『SKY's the limit / つきとさなぎ』
ぼくのりりっくのぼうよみ『SKY's the limit / つきとさなぎ』(Amazonで見る

賛否両論が巻き起こっていると感じていない。プロモーション失敗してるんじゃないかな(笑)。

―クラウドファンディングによって運営されているオウンドメディア「Noah’s Ark」では、紗倉まなさん、乙武洋匡さんなど、様々な方と対談されていますね。実際に対話して得たことはありますか?

ぼくりり:まさしく今回の“つきとさなぎ”という曲は、あそこで対談した歌人の穂村弘さんからの影響をかなり受けています。話し始めてすぐ、「18歳でこんな風に世に出た人にはわからない心理がある」「君は最初から才能が開花したからわからないと思うけれど」と言われて……。

―穂村さんの作品には、先ほどからテーマに出ている「妬み」がありますよね。

ぼくりり:そのときに聞いた、「創作っていうのは可能性だから、希望を捨てられない」という話が印象的だったんです。陸上競技と違って明確な数値が出ないから、希望を捨てられないのだ、って。

―ぼくりりさんには、「停滞しながらも希望を持ち続ける」という時期がなかったわけですよね。

ぼくりり:うーん、傍から見たらそうなのかもしれないですね。ただ、それを武器にしようって思えたら強いんだろうな、とは思います。苦節してる期間はものすごく辛いと思うんですけど、実ったあとは、その過程はおいしい要素でしかない。それは自分には獲得し得ないストーリーだと思います。自分は絶対に飽きて違うことをやっちゃったはずだから。

ぼくのりりっくのぼうよみ

―その他の対談も含め、比較的難解な内容も少なくないですよね。内容がどうのこうのよりも「ぼくりりくん、なんか難しいこと考えてすごーい!」みたいな反応が目立っていたようにも感じましたが、読者のリアクションはどう受け止めていますか?

ぼくりり:それはあらかじめ予測していたことで、ゾーンごとに考えています。つまり、今回のサイトは年齢層高めの人が集まるところなので、上のほうの人に刺さって、下のほうの人には「そういうことをやっててすごい!」と思われたら、それはそれでいいかなって。

―つまり、狙い通りだったと。そういう「狙い通り」みたいな姿勢って、これまた、やんや言われそうなものですが。

ぼくりり:いや、そういうのが本当にないんです。賛否両論が巻き起こっていると感じていない。だから、プロモーション失敗してるんじゃないかな、と思っていて(笑)。

この前公開された岡崎体育さんの“感情のピクセル”のミュージックビデオにすごく感動したんです。アイデアとしてはとてもシンプルだけど、真剣にオマージュしつつ、クオリティーを高く保ち、サビでボケてみせる。ワンアイデアをああやって秀逸に見せることができるんだと思って。

―ぼくりりさんの取り組みが賛否両論にならず、「否」が足りないのだとしたら、その「否」を作り出す方法として企んでいることが別にあるんですか?

ぼくりり:足りないというよりは、そこに放り投げられていない、ってことなんだと思います。釣堀の種類が違う、という感じです。もしくは釣堀というか、湖のサイズが小さいのかもしれない。デカい湖に行けば、広すぎる湖のなかでピラニアがうろうろしてるはずなんです。逆にそこには新たにいい魚もいっぱいいるはず。

となると単純に、マスへのアプローチが足りてないんじゃないかな、って思う。そして、もうちょっとツッコミ待ちの作り方をしたほうがいいんじゃないか、とも思っています。作品ってコミュニケーションで完成するのに、「僕の曲はこうです!」って通達するだけみたいな感じになってしまっているから。

―これまで何度かインタビューをしましたが、「これ、どうなんですか?」って聞くと、「特に考えてないです」みたいな答えを返されることが多いですよね。すると、当然、ツッコミどころというか、余白があるかどうかすらわからなくなくなります。

ぼくりり:余白の残し方がよくわかんないんですよね……今後の課題です。

今、「ぼくりり」っていうゲームが、ちょっと不透明ではあるんです。なにをすれば勝ちなのかな。

―これまでイベントやフェスに参加することが多かったわけですが、今回初の全国ツアーを敢行されました。言い方は悪いけれど、自分のためにお金を払ってくれた人だけが目の前にいる、そのなかで新しく感じることはありましたか?

ぼくりり:とにかく嬉しかったですね。でも、嬉しい反面、色々な演出をして、それが届いていないんじゃないかな、と感じることもありました。

『ぼくのりりっくのぼうよみ TOUR 2017』5月21日新木場STUDIO COAST公演(撮影:平田浩基)

『ぼくのりりっくのぼうよみ TOUR 2017』5月21日新木場STUDIO COAST公演(撮影:平田浩基)
『ぼくのりりっくのぼうよみ TOUR 2017』5月21日新木場STUDIO COAST公演(撮影:平田浩基)

―なぜ届いていなんでしょう?

ぼくりり:なんででしょうね、わかりません。伝わっている人が「伝わっているよ」って言わないだけなのかもしれないですけれど。

―以前インタビューしたとき、音楽をいつまでやるかわからない、いろんな選択肢を持っていたい、という話をされてましたよね。で、ブログを拝読すると、最近では、漫画を描かれているとか。

ぼくりり:バトル漫画のネームを書いているんです。第1話を書き始めて、まだ10ページくらいなんですけど。今、僕がこうやってデビューできて一番手に入れた大きなものって、「SKY's the limit=不可能なことはない、やってみないと全部わからない」ということなので。

―「ぼくりり」という名前が大きくなればなるほど、自由に動ける範囲が広くなります。そうやって、ぼくりりの面積・体積をどんどん広げて、さらなる自由を得ていこうという意識があるんですか。

ぼくりり:ありますね。「ぼくのりりっくのぼうよみ」という名前に縛られて辛くなったら、別の名前を使えばいいし。やり方は無限にあります。やりたいことをいかに見つけるかが重要なだけで。でも、やりたいことは、インプットを増やせば必然的に増えると思っています。

音楽のいいところは、ずっとやり続けなくてもいいってことだと思うんですよ。たとえば、1年にアルバムを1枚出してシングルを数枚出す、みたいな予定表があるとすると、実際に音楽をやっている時間ってそんなにない。ライブとかをやってたら別ですけど、僕、1曲が1日とかでできちゃうんで、365日分の20日くらい音楽に触れてればいい。

―えっ、割のいい仕事、ってことですか。

ぼくりり:とは思いますね、最近は。

ぼくのりりっくのぼうよみ

ぼくりり:今、ボードゲームにハマっていて、とりわけ今ハマっているのが「ごきぶりポーカー」です。色々な害虫がいて、押し付け合う「ダウト」のようなゲーム。

音楽も、ゲームのようなものだと思っているところがあります。ゲームの勝敗のなにがいいかって、ゲームのなかでは性格が悪くなってもいいというところ。ゲームだから本気で勝ちにいっていいっていうのが楽しいわけで。

―普段は、いい人と思われたいですか?

ぼくりり:そう思われるのが得なんだったら、そういう風に見られたいですね。

―ゲームと音楽が同義だとするならば、お客さんにウケるものを考えた場合、自分が作りたい音楽とイコールではなくなる、ということでもあるんですか?

ぼくりり:いや、そこはチューニングすれば大丈夫だと思います。音楽のなかにはたくさんの要素がありますよね。歌詞、メロディー、アレンジ……こことここはこういうレベルにしたほうがよさそうだな、でもメロディーラインは自分がやりたいやつにしたほうがいいんだな、とチューニングしていく。

―そんな上手くいくんですか、そのチューニング。

ぼくりり:上手くいくといいな、と思いつつも、それを定める指標もあまり持っていないので、なかなか難しいですね。今、「ぼくりり」っていうゲームが、ちょっと不透明ではあるんです。目的が決まっていなくて、「ぼくりり」はなにをすれば勝ちなのかな、というのが課題。

ゴールを設定することは可能です、たとえば「武道館でやりたい!」とか。でもそれは、自分で本当にやりたいと思えない。「そのゲームやりたい?」って問いかけちゃう。目標の設定って本当に難しいです。

―ミュージシャンとして、とても珍しい意見ですよね。ある種、自分を洗脳してでも、目的を定めて走っていく、という感じがまったくない。

ぼくりり:目標を達成した自分がすごい、ってなっちゃいそうで。自分のようにウダウダしてるより、目標のある人のほうがいいんでしょうね。でも、「必死さ」みたいな部分が自分にはよくわからないんです。

―今まで必死になったことないんですか。

ぼくりり:遅刻しそう、とか。

―やたらミニマムな話ですね。

ぼくりり:(笑)。考え込むことはあるんですけど、考えるって、結局、その逆を考えてみる、ってことが多いじゃないですか。なにかに悩んでいたら、アウフヘーベンされていく。

―「逆にはなにがあるのか」ではなく、多くの人は「今、自分はトンネルのどこにいるんだろう」「どこまでいけば光が見えんだろう」と考えるんだろうと思います。

ぼくりり:僕、逆っていうツールを多用しまくっています。逆って便利ですよ。みんな使ったらいいんじゃないか、と思いますね。

―その達観する姿勢に、リスクってあるんでしょうか。

ぼくりり:中途半端に達観すると、なにも成し遂げられない。いるんですよ、そういう友達が。

―確かにそれは痛々しく見られます。

ぼくりり:なにもない達観と、成し遂げたあとの達観を並べることで、悲惨さが浮き彫りになる。そういう人を見ていると辛いなって思うので、そうはなりたくないですね。

リリース情報
ぼくのりりっくのぼうよみ
『SKY's the limit / つきとさなぎ』(CD)

2017年5月24日(水)発売
価格:1,080円(税込)
VICL-37281

1. SKY's the limit
2. つきとさなぎ

イベント情報
『ぼくのりりっくのぼうよみワンマンライブ』

2017年10月8日(日)
会場:東京都 日比谷野外大音楽堂

2017年10月15日(日)
会場:大阪府 味園ユニバース

プロフィール
ぼくのりりっくのぼうよみ
ぼくのりりっくのぼうよみ

現役大学生、19歳。早くより「ぼくのりりっくのぼうよみ」、「紫外線」の名前で動画サイト等に投稿を開始。高校2年生の時、10代向けでは日本最大級のオーディションである『閃光ライオット』に応募、ファイナリストに選ばれる。提携番組であるTOKYO FM『SCHOOL OF LOCK!』で才能を高く評価されたことで一躍脚光を浴び、まだ高校3年生だった2015年12月、1stアルバム『hollow world』でメジャーデビュー。“sub/objective”や“Sunrise(re-build)”等のヒットと共に、大きな話題を集める。言葉を縦横無尽に操る文学性の高いリリックは多方面から注目を集めており、雑誌『文學界』にエッセイを寄稿するなど、音楽フィールド以外でも才能を発揮している。2016年7月、EP『ディストピア』をリリース。CDの遺影を模したアートワークや、EPの限定盤用に書き下ろした短編小説で再び大きな話題を集め、2017年1月25日2nd ALBUM『Noah’s Ark』をリリース。2017年、映画『3月のライオン』前編主題歌、資生堂「アネッサ」CMソング、テレビ東京 ドラマ25『SR サイタマノラッパー~マイクの細道~』エンディングテーマなど、立て続けに大型タイアップが決定し、5月24日にはダブルタイアップシングル『SKY’s the limit/つきとさなぎ』をリリース。



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