思いがけず大作を撮ってしまった韓国映画界の真打ちが、スピルバーグばりの演出力を駆使して伝えたかったこと

風変わりな舞台設定は、「ドラマティック」な原作との出会いから始まった

最近、韓国の映画監督のハリウッドデビューが続いている。2013年、『オールド・ボーイ』で『カンヌ国際映画祭』で審査員特別グランプリを受賞したパク・チャヌクが、ニコール・キッドマンやミア・ワシコウスカらの出演で耽美的なミステリー『イノセント・ガーデン』を撮り、『悪魔を見た』で同じく国際的な評価を得たキム・ジウンが、アーノルド・シュワツェネッガー主演の『ラストスタンド』を放った。その流れとも共振しつつ、さらに大胆に韓国映画の枠組みを超えてみせたのがポン・ジュノだ。彼の最新作『スノーピアサー』は、ハリウッドスターを含む多国籍のキャスト・スタッフが集結した近未来SFエンターテイメントである。舞台は2031年、温暖化対策として散布された人工冷却物質の大失敗により新たな氷河期に襲われた地球。氷に覆われた世界では「スノーピアサー」と呼ばれる長大な列車が、まるでノアの箱舟のように最後の人類たちを乗せて走っている。原作はフランス製のコミック『LE TRANSPERCENEIGE』。ポン・ジュノは映画製作の経緯をこう語っている。

「僕は大変な漫画マニアなのですが、行きつけのコミック専門の本屋で2005年の冬に偶然原作に出会ったんです。この物語は列車の中で出来事のすべてが起こる。これほどドラマティックで映画的な空間はない! と興奮し、その場で『これを映画にしよう』と決意しました。ただ当時は『グエムル-漢江の怪物-』のプリプロダクションの最中だったんですね。その次は『母なる証明』を撮る約束が入っていたので、『スノーピアサー』のシナリオに本格的に取り掛かったのは2010年くらい。そこから3年ほど経って、韓国、ヨーロッパ、日本での公開に辿り着きました」


先に挙げたパク・チャヌク、キム・ジウン、そしてポン・ジュノは、全員、かつて韓国を先進国に押し上げたとされる「386世代」(1990年代に30歳を迎え、80年代に大学教育を受けた、60年代生まれの世代)に属している。そんな彼らが映画界でもグローバル志向を明確化し始めたのは、また韓国と世界の関係性が次のステージに突入したことを示しているのだろう。

黒澤明やスピルバーグの再来を感じさせる監督の采配、必然的なキャスティング

そんな中、おそらく映画ファンは、ポン・ジュノこそが韓国映画界の真打ちだとイチ推しする人が多いはずだ。ペ・ドゥナ主演の『ほえる犬は噛まない』で2000年に長編デビュー後、実録物の犯罪サスペンス『殺人の追憶』(2003年)、モンスターパニック映画『グエムル-漢江の怪物-』(2006年)、殺人事件の真相究明を軸に母と息子の絆を描く『母なる証明』(2009年)とパワフルで鮮烈な大粒の傑作群を次々に発表してきた。その手腕や作風を、黒澤明やスピルバーグと比較する声も多い。『スノーピアサー』は、いよいよ彼が世界へ真っ向勝負を仕掛けた挑戦状なのか?

©2013 SNOWPIERCER LTD.CO. ALL RIGHTS RESERVED
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「あえて規模の大きい作品を撮ろうという意図はなかったんです。でも今回はアメリカをはじめ、ヨーロッパ、アジアなど色んな国の人類が混沌と共存している物語の性質上、どうしても国際的なスケールの企画になってしまいました。人類の生き残りのキャストが全員韓国人だったらぎこちない話になってしまいますし(笑)。チェコに巨大な列車のセットを作ったのも、列車の中に1つの社会を濃縮した世界観を緻密に構築する必要があったからです」

今回のキャストは、韓国を代表する俳優であるソン・ガンホの他に、豪華なハリウッド陣が脇を固めているが、それも意図的な配役だったのだろうか。

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「キャストに関しては、最初から華やかなハリウッド俳優が欲しかったわけではなく、僕の映画の原則である“演技の上手い人”を揃えた結果です。主演のクリス・エヴァンスは『アベンジャーズ』のキャプテン・アメリカ役だけだとマッチョな筋肉質のスターというイメージですが、以前の小規模なインディペンデント作品を観ると、シリアスで繊細な部分を持っているのがわかります。

支配側の中年女性メイソン役を怪演してくれたティルダ・スウィントンは、喩えて言うなら“美しい怪物”(笑)。実は僕が2011年に『カンヌ国際映画祭』に審査員として行った時、彼女は『少年は残酷な弓を射る』で参加していて、その時にお互いのファンであることを確認し合い、シナリオを書き上げる前から出演の約束を交わしました。こうして新しい顔ぶれの俳優さんがたくさん出てくれたのですが、僕はとても人見知りで寂しがり屋なので(笑)、アジアの俳優には気の置けない人が欲しい。そこで常連のソン・ガンホと、コ・アソンには事前から出演を頼んでいて、それだけで気持ちがラクになりました」

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「上辺だけの娯楽ではなく、本物の映画を作ろう」と思った

全長650メートルもあるという列車のセットは、車両ごとに階層化された「世界の縮図」に設計されており圧巻だ。前方車両には裕福な権力者が住み、後方車両は奴隷のような貧困層が蠢く過酷なスラム。そしてクリス・エヴァンス演じるカーティスが、最後尾車両から貧しい人々を導き動乱を起こすリーダーとなる。その階級闘争とサバイバルの物語は格差社会を風刺する寓話のよう。脚本は、世界中の評論家から高い支持を受けた『その土曜日、7時58分』で知られるケリー・マスターソンと、ポン・ジュノの共同執筆である。

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「原作が描かれたのは1980年代の半ばですけど、現在の社会システムの根本がすでに描かれていたんですね。30年前の問題意識が、現在さらに共感を呼ぶものになっている。今はアメリカでも韓国でも貧富の差が非常に大きくなっていて、日本をはじめ、たくさんの国が同様の問題を抱えています。ただ僕は『メッセージありき』で映画を構想することはなく、あくまでも映画的な楽しみを念頭に置いて撮っています。でも真の映画的興奮というのは心臓を揺さぶるものであり、人生は社会性、政治性と切り離せません。だから上辺だけの娯楽ではなく本物の映画を作ろうとすると、結果的にそういったものが盛り込まれていくのだと思います。僕がこの作品で本当に描きたいと思ったのは、列車の中でもがいている人たちが醸し出す大きなエネルギー。人間のパワーなんです」

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確かに『スノーピアサー』は、限定された空間で衝突を繰り返すカオティックな人間群像を軸にした、荒唐無稽なまでの「怪力」が作品の推進力となっている。先述した「黒澤、スピルバーグ」の例を持ち出すなら、ハリウッドに活躍の場を求めた黒澤が果たせなかった『暴走機関車』の企画を、『どん底』的な人間模様をベースにしながら、『激突!』や『ジョーズ』ばりのエンタメ演出力で独自に再構築したって感じか? いや、その類の形容自体が野暮だろう。ひたすらポン・ジュノが放つ驚異の「人間のパワー」を堪能して欲しい。

映画情報
『スノーピアサー』

2014年2月7日(金)からTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ、ケリー・マスターソン
原作:ジャン=マルク・ロシェット、ベンジャミン・ルグランド、ジャック・ロブ『LE TRANSPERCENEIGE』
音楽:マルコ・ベルトラミ
出演:
クリス・エヴァンス
ソン・ガンホ
ティルダ・スウィントン
ジョン・ハート
オクタヴィア・スペンサー
ジェイミー・ベル
ユエン・ブレムナー
エド・ハリス
配給:ビターズ・エンド、KADOKAWA



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