日本政府は現在の音楽シーンをどう分析しているのか? ~政府機関の報告書を読んでみた~

安倍首相はストーンズ公演を「Satisfaction」した

安倍首相はこの3月に来日したThe Rolling Stones公演へ出向き、「ヒット曲の題名になぞらえ『サティスファクション(満足)だった』と笑顔で語り、堪能したようすだった」(2014年3月6日 産経ニュース『ストーンズ鑑賞の首相「サティスファクション!」』より)という。ストーンズが観客に投げかけたのは「Satisfaction」ではなくて、歌詞の通り「I Can't Get No Satisfaction」のはず。彼らが歩みを止めないのは、いつまでも「満足出来ない」からなのだが、宰相はその辺りの大切な文脈に考えを及ばせずに素直に「満足」してしまうからこそ宰相なのだし、そこにずっと抗い続けていくからロックはロックなのだ。言わば、政治とロックの役回りを再度提示してくれた発言、と皮肉ることもできる。

音楽業界必読。現政府の「音楽産業」についてのプラン

政府機関が今の音楽業界をどう見ているのかが分かる面白い資料がある。政府機関である「知的財産戦略本部 音楽産業の国際展開に関するタスクフォース」がこの4月に発表した「我が国の音楽産業の国際展開に向けて」という報告書だ(リンク先は情報欄に掲載)。

現時点での最新年度である2013年、音楽ソフトの生産額は2,705億円、ネット配信の総額は417億円と出ている(日本レコード協会資料より)。興味深いのは下火になっているのがパッケージだけではなく、ネット配信についても同様である点。「2011年:720億円」→「2012年:543億円」→「2013年:417億円」と、下落が止まらない。その理由を報告書では「スマートフォンの急速な普及等を背景としたエンタテイメントの多様化の中で、音楽産業全体がファンの維持に苦慮している」と、抽象的な示唆で具体的な見解とは言いがたいが、業界人ならばこの数年で100回は聞いたであろう「スマホ普及でガラケー&着うた文化が崩壊した」を今さら唯一の理由として挙げている。

「2,300億円という過去最大の売り上げを記録したコンサート興行は好調」とし、これまたどこかで聞いた分析、「ネット配信等でより楽曲が手軽に入手できるようになった一方で、アーティストや音楽をより身近で感じたいというファンが増加し、音楽ソフト販売とライブエンタテイメントの共存の構造がより明確化してきたとも言える」とまとめている。コンサート収益2,300億円にはグッズ売り上げが含まれていないし、拡大している市場であることに間違いはない。2008年度の時点では1,100億円足らずだったものが、この5年少々で倍増しているのだから、特筆すべきではある。

いまだに「タイアップ戦略」でいいのか?

国内の充実した興行をそのままに、音楽をいかに輸出(報告書では「アウトバウンド」と呼んでいる)していくかを探るのがこの報告書の主旨なのだが、報告書では、日本の音楽が国際化しないのは欧米や韓国のミュージシャンと比べて「接触率」が低いのが原因で、あるミュージシャンが諸外国へ「点」で攻めていってもそれが「線」や「面」になっていかないことが問題だとする。報告書でどのような提案がなされるのかを期待して読み進めると、実に平凡な施策でガッカリしてしまう。下記だ。

「ファン層獲得の効果を最大限に得る上では、一般聴衆の視聴機会の多いテレビ放送や映画で日本の楽曲をBGM・主題歌として使い、当該放送を通じて楽曲のユーザーへの接触率を高めることで、現地のファンを『面』的に取り込んでいくことが効果的である」

この考え方はさすがに浅はかではないか。つまり、日本の音楽業界が隆盛していた90年代のタイアップ戦略をそのまんま諸外国に投じようとしている。『名探偵コナン』と『スラムダンク』のテーマソングをおさえておけばそれが「面」になる時代ではない。アジア諸国の音楽マーケットが未成熟から成熟へと向かう段階だから(後述するがそうとも限らない)、かつての日本と同じ手法をとろう、というアプローチはヌルい。このタスクフォースに名を連ねているのはレコード会社や関連団体の重鎮たちだが、かつての成功体験にすがっている印象を禁じ得ない。

タイのCD売り上げは5年間でたったの3%にまで縮小

この資料の中に参照として記されているが、「日本のレコード産業2014」によれば日本の音楽産業の「パッケージ販売比率」は「83:17」である。イギリスは「50:50」と半々、アメリカに至っては「33:67」、日本とは真逆と言ってもいい。注目すべきは「音楽ビデオ生産額」で、5年から10年くらいほどまでは500億~600億だったところが、この3年は702億円→831億円→720億円と好調を維持しており、これは特定のアイドルグループのライブDVDが底上げしているのだろうが、興行が増えていることと共に、その興行を収めた作品の売れ行きまで堅調であるというのは面白い。「<聴く>ではなく<体験>にお金をはらうようになった」というテーゼにおいて、映像パッケージを購入するという判断は、どちらに組み込まれるのか。

この資料にある「アジア諸国の音楽市場の動向」(インドネシア、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、インド)が抜群に面白い。音楽に携わる人は目を通してみることをおすすめする。例えばタイの音楽シーンではCDの販売が激減しており、2006年の792万枚が2010年には20万枚と、なんとたったの5年でわずか3%にまで縮小してしまった。早期からネット配信に力を入れていたこと、違法コピー対策が行き届いていないことが原因とはいえ、すさまじい速度で減っている。ここに、かつての日本のやり方をスライドさせて乗り込んでも「面」になるはずがない。

すでにある「線」や「面」に「点」で挑むべき

これだけアジアのシーンを詳しく概観しておきながら、「先進諸国だけでなく中国・インド等の新興国を含む製造業の技術水準が向上し、製品の技術面での差別化が困難となっている中では、音楽はじめコンテンツへの支持が製品差別化の重要な要素であり、政府の支援策についてもこの点に焦点を当てていくとともに、我が国製造・サービス業等が自発的にコンテンツの国際展開に向けた資金的支援に乗り出していくことが望まれる」と極めて漠然とした指摘に留まっているのはなんとも弱々しい結論だ。

この結論が逆説的に教えてくれるのは、ミュージシャンは、国内にしろ国外にしろ、「線」や「面」ではなく、やっぱり「点」で動くべきなのであって、「線」や「面」を海外に作っていこうとする、やや偉そうな取り組みに便乗するのではなく、海外にすでに用意された「線」や「面」に「点」として挑んでいくほうが結果的に日本の音楽シーンを豊穣にするに違いないということ。いやはや、そんなこと最初から誰もが気付いている事だけれど、これだけの力を入れて取り組んだ報告書が、その前提に気付けていないのが何とも残念。大きな括りを提示する前に、すでに成功事例として存在する「点」、つまり海外進出を成功させたミュージシャンから具体策を引っ張り出すべきだった。

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生。ライター/編集。2014年9月、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」で「コンプレックス文化論」、「cakes」で芸能人評「ワダアキ考 ~テレビの中のわだかまり~」、「日経ビジネス」で「ほんとはテレビ見てるくせに」を連載。雑誌「beatleg」「TRASH-UP!!」でも連載を持ち、「STRANGE DAYS」など音楽雑誌にも寄稿。「Yahoo!個人」「ハフィントン・ポスト」では時事コラムを執筆中。インタヴュー、書籍構成なども手がける。



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