ビヨンセがコーチェラで魅せた「Beychella」の歴史的意義。紋章を解読

アメリカの野外音楽フェスティバル『コーチェラ・フェスティバル』(『The Coachella Valley Music and Arts Festival』)はストリーミング配信されるようになって、錚々たるメンツのパフォーマンスを世界中の人々が同時に体験できるようになった。2週末にわたって行なわれ、4月22日に幕を閉じた同フェスティバルは、今年も第1週目のライブがYouTubeで生配信された。

今年のハイライトはなんといってもBeyonceの圧巻のパフォーマンス、通称「Beychella」だろう。Destiny's Childのリユニオンも見ることのできた約2時間のステージはライブストリーミングで45万人以上が同時視聴し、YouTubeで生配信された音楽フェスの中で歴代最多の視聴者数を記録したという。見る者を楽しませるだけでなく、随所にブラックカルチャーを体現するメッセージを散りばめたステージは海外メディアで「歴史的偉業」とまで評されている。

本稿ではアメリカのポップカルチャーに造詣の深い辰巳JUNK氏に、このステージでお披露目された衣装のエンブレムに記された4つのモチーフ──エジプトの王妃「ネフェルティティ」、レイズド・フィスト(突き上げられた拳)、ブラックパンサー党、蜂──をBeyonceの歌詞を交えながら考察してもらった。4つのモチーフを紐解いていくと、Beyonceがステージで紡いだ「ブラックカルチャーの歴史」が浮かび上がり、そしてこのステージが「歴史的偉業」である理由に辿り着くはずだ。

メイン画像:BeyonceのInstagramより

エンブレムに記された4つのモチーフ

古代エジプトの王妃・ネフェルティティ

黒人説がある古代エジプトの王妃。マイルス・デイヴィスやマイケル・ジャクソンが作品のモチーフにしており、ポップカルチャーにおける「ブラック・ビューティ」アイコンとされる。2PacとRihannaがタトゥーにしたことでも有名。また、ケンドリック・ラマーの楽曲“HiiiPoWeR”に見られるように、古代エジプト自体がブラック・ミュージックの人気モチーフと言える。これは古代エジプトに黒人の王に統治された時代があったためと考えられる。

Beyonceは自身をネフェルティティに模した姿でコーチェラに登場した。この王妃の名の意味は「美しき者が来たる」。同フェス初の黒人女性ヘッドライナーの開幕において、これ以上にないモチーフだろう。

自由はどこ? 私には自由が必要 私は自らの力で鎖を断ち切る
- “Freedom”

プロテストを象徴するレイズド・フィスト(突き上げられた拳)

黒人人権運動やフェミニズムなど、プロテストの象徴。2016年の『スーパーボウル』においてビヨンセが披露して以降「ブラック&フェミニズム」イメージはより広がったと思われる(2016年の『スーパーボウル』ハーフタイムショーにおけるブルーノ・マーズとBeyonceのパフォーマンス)。

例えば、同年に米軍士官学校の黒人女性生徒たちがレイズド・フィストを掲げた卒業写真の騒動。「反国家」的だと問題になった際、関係者はこのようなコメントを出した──「彼女たちが意識したのは抗議運動ではなくBeyonceです。女性同士の団結と誇りを意味したに過ぎない」。現代アメリカ社会において、Beyonceが抑圧される人々、とくに黒人女性を鼓舞するアイコンであることは説明するまでもないだろう。

私たちはなんだってできる。世界を回しているのは誰?ガールズ!
- “Run The World”

黒人女性のプロテストとして、Beyonceは『コーチェラ』で歴史的な演説を流した。「アメリカで最も軽んじられ、守られず、放置されている女性は黒人女性だ」。この言葉を残したマルコムXが暗殺されたのち、ブラックパンサー党が結成される。

米ポップカルチャーに影響を与え続けるブラックパンサー党

1960年代から70年代にかけて黒人解放闘争を展開した政治組織。反警察を掲げ銃器を持った一方、貧困層児童への支援を行なったことで知られる。2Pacとカニエ・ウェストの親も党員。Beyonceが『スーパーボウル』でオマージュを捧げたことが象徴するように、ブラックパンサー党はアメリカのポップカルチャーに多大な影響を与えている。

まず音楽への影響。「挑発的な言葉を武器としたパンサー党なくしてヒップホップは生まれなかった」とまで語られている。そして、彼らが発信した「皮肉なしに己を誇示するアティチュード」。この姿勢が今なおアメリカ社会で受け継がれていることを示すには、ラッパーやNBA選手など枚挙にいとまが無い。しかし、Beyonceこそがその代表例だというのは『コーチェラ』でパフォームされた楽曲群で一目瞭然だ。

事実を言うわ札束には飽き飽きしてる、使いきれないからDIVAの頂点に君臨して長いわ 新聞は読んだ? そこでは誰をクイーンと呼んでた?
- “Diva”

HBCU(歴史的黒人大学)──なぜ「大学風」デザインなのか?

最後のシンボルを紹介する前に「なぜエンブレムが大学風デザインなのか」を説明したい。

Beyonceは、『コーチェラ』公演を「大学カルチャーに捧げた」と明かしている。オマージュされた大学は歴史的黒人大学、通称HBCU。おもに南北戦争以後「黒人への高等教育」を理念として設立された約100校を指す。著名な卒業生はキング牧師やオプラ・ウィンフリーなど。「Beychella」でフォーカスされたように「ブラック・ミュージックをフュージョンし躍動するマーチング・バンド」で今なお有名だ。

蜂──ファンも歴史的パフォーマンスの一部

Beyonceのファンダム「BeyHive」の象徴。Beyonce自身も女王蜂がシンボルだが、紋章に記されたのは働き蜂にあたるBeyHiveだと考察されている。

理由は、第一にフォルム。腹部が短いため女王蜂より働き蜂に近い。第二にパフォーマンスの構成。約2時間にわたる舞台で、ビヨンセは最後の一曲をファンに捧げている。蜂をファンと仮定すると、エンブレムと舞台構成の内容が綺麗に一致する。つまり、我々Beyonceファンも歴史的パフォーマンスの一部なのだ。

古代エジプトからプロテスト運動、ブラックパンサー党、HBCU、そしてBeyHiveまで──ブラック・カルチャーの歴史を辿った舞台は、最後に現在に到着する。公演のラスト、ファンに感謝を述べたBeyonceはこう歌った。

あなたがいれば太陽を感じられるみんな訊くの どうしていつも笑ってられるの?って何度も涙を流してきたやっとあなたが私を一番にしてくれたの
- “Love On Top”

大舞台で表現された「濃密なブラックネス」。「Beychella」が「歴史的」である理由

「歴史的パフォーマンス」──これは、『TIME』や『CNN』などのメディアがこぞって使った「Beychella」への称賛フレーズだ。しかし、その結果とは裏腹に、公演前、ビヨンセの母親ティナ・ノウルズは懸念を示していた。「ここまでブラックカルチャーを表現すると、白人ばかりの観客が困惑してしまうのではないか?」心配する母に娘はこう返したという。「私は“1番人気”ではなく“ベスト”をやる」 。

このやりとりからして、白人観客が多いとされる『コーチェラ』でHBCUや政治運動を含むブラックカルチャー表現はハイリスクだったことが窺える。では、何故その舞台は「歴史的」と評されているのだろうか? 実は、この母娘の会話こそが答えだ。

作家マイルス・E・ジョンソンは、『New York Times』において「ビヨンセは配慮の時代を終わらせた』と論じている。今までアメリカのメインストリームカルチャーにおいて、黒人スターたちはルーツ表現を「白人層が受け入られる程度」に留めなければいけない「配慮」の中にいた。ジョンソンは、その例としてR&Bのかわりにポップ作風を強めていったホイットニー・ヒューストンを挙げている。また、オプラやオバマは権力を手にした一方で「白人層からの支持を獲得する為に黒人文化から離れてしまった存在」とも認識されている。

このような歴史と現状のなか、Beyonceは世界最大級の音楽フェスで「白人受けが悪いとされる濃密なブラックネス」を2時間にわたって表現してみせた。「配慮」しないリスクをとった彼女のルーツ表現は、多くのアフリカ系の人々を歓喜させた。それと同時に、世界中の人々にブラックカルチャーの魅力を知らしめるまでに至った。緻密かつ大胆にブラックカルチャーを表現したBeyonceの『コーチェラ』公演は、そのマス的成功を持って「配慮」の慣習に終止符を打ったのである。これはアメリカのポップカルチャー史において重要な「成功例」であり、ゆくゆくは「転換点」となりえる快挙だ。

ヒップホップや映画『ブラックパンサー』など、アメリカを発端にブラックカルチャーの国際人気が高まる昨今。Beyonceは音楽界の先頭で「濃密なブラックカルチャー表現」と「大勢が楽しめる舞台」を両立させ、大きな成功を収めた。まさしく、時代を象徴すると共に新たな時代を切り拓く音楽表現。そして、おそらくは彼女にしかできないステージだった。『Billboard』が「マイケル・ジャクソンに比肩する」と評したように、Beyonceは現代のスーパースターだ。

ときどき私はやり過ぎる、思いっきり自分の物はいただくわ、私はスターだからフォーメーションを組んで貴方たちが対等な立場にいると証明して
- “Formation”


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