コラム

なぜ『ジョーカー』に共感する?シリアルキラーと「自己超越」への羨望

なぜ『ジョーカー』に共感する?シリアルキラーと「自己超越」への羨望

テキスト
真鍋厚
編集:矢澤拓(CINRA.NET編集部)

競争社会でアドバンテージとなる「他人に批判されても痛みを感じない強み」。イージーモードで生きることへの憧れ

キーワードとなるのは「生きづらさ」である。

今年6~7月に開催された『シリアルキラー展2019』(2016年から東京や大阪で度々開催している)の盛況ぶりは、単純な「モンスター」への好奇心といった猟奇趣味にとどまらず、その犯行に垣間見えるサイコパス特性への一種の羨望を背景にしている。特にここ数年にわたる虚実入り混じったサイコパスブー厶の消費のされ方を眺めてみると、前述した「離脱」=「自由」の感覚が「生きづらさ」を打開する奇策に映る面が否定できない。

『シリアルキラー展2019』ビジュアル
『シリアルキラー展2019』ビジュアル

例えば、累計30万部以上を売り上げたベストセラー『サイコパス』(文春新書)で、著者の中野信子氏が述べたサイコパスの特性「他人に批判されても痛みを感じない強み」は、タフなメンタルを持ちたいと思う人々には競争社会におけるアドバンテージに見えるだろう。P・T・エリオットは、『サイコパスのすすめ 人と社会を操作する闇の技術』(松田和也訳、青土社)で、「自己啓発ビジネスの『出世の仕方』部門の全ては、『普通の』人間がサイコパスのように行動することを可能とするようにデザインされている、とも言える」と指摘した。つまり、どうやらサイコパスモードは、効果的な生存戦略として頭角を現しつつあるようなのだ。

権力者の行動から見えてくる「サイコパス性の勝利」。正直者が貧乏くじを引く時代

グローバル化の進行でヒトとモノが過剰に流動的になり、誰もが敵となり得る「万人の万人に対する闘争」(トマス・ホッブズ)状態が出現し、「正直者」「素面」で生きようとする者が、かえって「損をする」「貧乏くじを引く」時代――。このような現代特有の状況が深刻化して、「生きづらさ」の度合いが強くなればなるほど、サイコパス的な生き方が「ほど良い離脱」をもたらすイージーモードに思えるのは自然なことだ。しかも、それを強固に後押ししているのは、昨今の権力者をめぐる「嘘をつき通し、悪びれない」サイコパス性の勝利である。要するに、サイコ的な人格で世渡りをした方が生きやすい世界になり始めているということだ。そんなわけでサイコパスカルチャーはむしろ現実において花盛りである。

8月に公開された映画『永遠に僕のもの』も実在する連続殺人犯がモデル ©2018 CAPITAL INTELECTUAL S.A / UNDERGROUND PRODUCCIONES / EL DESEO
8月に公開された映画『永遠に僕のもの』も実在する連続殺人犯がモデル ©2018 CAPITAL INTELECTUAL S.A / UNDERGROUND PRODUCCIONES / EL DESEO

祭りや芸術という「離脱」「超越」を具現化した知恵が失われた今、わたしたちはサイコパス性か消極性を選び取る

そのような意味で『ジョーカー』の快進撃は、いわばわたしたちの世界がポイント・オブ・ノーリターン(後戻り不可能)の通過を示すフラグといえる。だが、とりわけ重要なことは何も犯罪を企てたりしなくても「自己超越」への欲求を満たし、「離脱」=「自由」を得ることは可能だという端的な事実である。ただ、そのような知恵は社会からほとんど消え失せてしまった。『ハウス・ジャック・ビルト』のジャックの台詞「俺達が理解できないほど芸術は広大なんだ」は、元来「自己超越」を集団的に達成する「祭り」や、芸術における「秩序の破壊」機能を指し示している。だが、すでに祭りや芸術はその期待に応えられるものではなくなり、今や現実に起こる「大事件」だけがそれに近い役目を果たしている。

そうすると、人々は「個人レベル」で欲求に対する手当てを試みるか、消極的な適応を決め込むこととなる。言うまでもなく前者における「個人レベル」の失敗版がマンソンを始めとする一部のシリアルキラーたちだ。後者は、世界が「広大」とはほど遠い、微動だにしない狭苦しい秩序に感じられ、「何かが風穴を開けてくれる」ことを期待している受動性に甘んじるのである。つまり、人生を自らの手で切り拓くことを「やり過ごす」姿勢がデフォルトになってしまうのだ。

そう、実のところ、スクリーンに映っているのは紛れもなくわたしたちの自画像の奇っ怪なバリエーションなのであり、鑑賞者の一人ひとりに「暗黒の未来」への処し方をぶっきらぼうに問いかけているのである。「おまえはいつ自分を取り戻すのか?」と。

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作品情報

『ジョーカー』
『ジョーカー』

2019年10月4日(金)から全国公開

監督:トッド・フィリップス
脚本:トッド・フィリップス、スコット・シルバー
出演:
ホアキン・フェニックス
ロバート・デ・ニーロ
ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画

『チャーリー・セズ / マンソンの女たち』

2019年9月6日(金)からアップリンク吉祥寺で公開

監督:メアリー・ハロン
脚本:グィネヴィア・ターナー
原作:エド・サンダース『ファミリー シャロン・テート殺人事件』(草思社文庫)
音楽:キーガン・デウィット
出演:
ハンナ・マリー
ソシー・ベーコン
マリアンヌ・レンドン
メリット・ウェヴァー
スキ・ウォーターハウス
チェイス・クロフォード
アナベス・ギッシュ
ケイリー・カーター
グレイス・ヴァン・ディーン
マット・スミス
ジェームズ・トレヴェナ・ブラウン
ブライアン・エイドリアン
上映時間:110分
配給:キングレコード

『ハウス・ジャック・ビルト』
『ハウス・ジャック・ビルト』

2019年6月14日(金)から新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
出演:
マット・ディロン
ブルーノ・ガンツ
ユマ・サーマン
シオバン・ファロン
ソフィー・グローベール
ライリー・キーオ
ジェレミー・デイビス
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
©2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31, ZENTROPA SWEDEN, SLOT MACHINE, ZENTROPA FRANCE, ZENTROPA KÖLN

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