秋山黄色、「脱落者」の歌に見る希望と「僕たち」へのまなざし

「脱落者」を掲げた1stアルバムでメジャーデビュー

音楽家・秋山黄色が、3月4日に1stフルアルバム『From DROPOUT』をリリースする。アルバムタイトルを直訳するならば「脱落者より」といったところか。確かに、素面と酩酊を行ったり来たりするような視点で綴られる歌詞の世界観からは、世間から「外れて」しまった人間の不安と退屈を感じる。アルコールからの影響も大きいようだ。

時間を金に変えた
金をお酒に変えた
もうなんもなくて笑えた
面白いけど楽しくないって普通かい?(『From DROPOUT』収録“夕暮れに映して”より)

「ドロップアウト」という言葉から、私が真っ先に思い浮かべたのはカニエ・ウェストの1stアルバム『The College Dropout』だった。タイトルが似ているからといって無闇な比較はナンセンスだが、「大学中退」という自身の人生経験と重ねながらストーリーを綴ったカニエと、どこか「脱落者」のような視点で音楽を紡ぐ秋山。共通しているとすれば、それが本人の人生上の事実であれ、巧みに作られたペルソナであれ、「音楽的な真実」として、作品を通してひとつの人物像が創造されていることだろう。

秋山黄色“夕暮れに映して”PV。昨年8月に配信リリースされた

インディーズ時代は「現役ニート」を自称していた秋山。彼の実際的な人生がどんなものであれ、彼はその音楽を通して、脱落者の視点から、「こんな人間がいるのだ」ということを誰かに伝えたいと思ったのだろう。そして、それを実行している。ここに、秋山黄色の作家性があるといえる。

『けいおん!』の影響でベースを始め、高校生の頃から自作曲をインターネットに投稿

秋山黄色は1996年生まれ、栃木県宇都宮市出身。「黄色」は本名ではなく、本人にとっては「嫌いな色」だそうだ(参考:2019年1月21日『TOPPA!』掲載インタビュー)。中学生の頃にアニメ『けいおん!』の影響でベースを始め、その後、ギターを手に入れると、高校生の頃からは自作曲を制作、YouTubeやSoundCloudに自作曲をアップし始めた。高校時代にはNirvanaのような海外の音楽も聴き始める。もちろん、ニコニコ動画やボーカロイドカルチャーも通ってきているという、とても現代的なバックグラウンドを持ったアーティストである。

秋山黄色“やさぐれカイドー”PV

高校1年生の頃に、米津玄師の1stアルバム『diorama』にリアルタイムで出会っているという、言わば「米津玄師以降」の世代。自分ひとりで曲を作り、完成させ、それを動画投稿サイトやSNSで発信することを自然と成立させてきた。楽曲制作だけでなく、イラストや映像も自分でやる。しかし、そこから徐々に認知と活動視野を広げていき、2019年1月にリリースされた初のミニアルバム『Hello my shoes』では、ドラムに松下敦(ZAZEN BOYS)、ベースになかむらしょーこ(SMOKY & THE SUGAR GLIDER)を迎え、屈強なバンドサウンドを展開。(雑な言い方だが)「ネットのパーソナルスペースから、他者とより直接的なつながりを持った表現へと展開されていった」という点も含めて、米津玄師やヒトリエ、あるいは「ネット発」ではないものの、個の内省と表現欲求がミックスカルチャー的な手法も通じて世界に開かれていくという点で、精神性としてはamazarashiも加えていいだろう、そうした先達たちが切り開いてきた道を、秋山黄色は今、歩いているといえる。

2019年1月にリリースされた秋山黄色の1stミニアルバム『Hello my shoes』(Apple Musicはこちら

連続ドラマ『10の秘密』の主題歌に抜擢。次のステップへの道筋を予感させる“モノローグ”

そんな秋山にとって、『From DROPOUT』はメジャーデビュー作となる。インディーズ時代より大規模なフェスへの出演経験もあり、既に大きな話題性を持っているアーティストだが、本作の導入として最も大きなトピックとなっているのが、アルバム2曲目に配置された“モノローグ”だ。この曲は現在放送中のドラマ『10の秘密』(カンテレ・フジテレビ系)の主題歌として書き下ろされ、アルバムのリード曲として先行配信された1曲。リリースされるやいなや、iTunesロックチャートで1位を獲得し、YouTubeに公開されたミュージックビデオは、この記事を書いている2月19日時点で300万回再生を突破している。

音楽性としても、リフ主体のグルーヴィなロックサウンドを得意としてきた秋山にとって、“モノローグ”は、よりスケールの大きなポップスへと挑戦した1曲といえるだろう。この曲を入口にして秋山の作品世界に入ってきたリスナーも多いだろうし、また、この曲が秋山のこの先の行く道を照らす大きな灯りのひとつになることは間違いない。

秋山黄色“モノローグ”PV。向井理主演の連続ドラマ『10の秘密』主題歌

ヨルシカやEve、ずとまよらとも共振する精神性を考える。「僕」と「僕たち」の関係

この先を期待される秋山だけでなく、既に大きな認知を得ている存在として、ボカロPとして活動してきたn-bunaが組んだバンド「ヨルシカ」や、「歌い手」を出発点としてキャリアを形成してきた「Eve」、あるいは「ずっと真夜中でいいのに。」など、それぞれ表現形態は違えど、「ネット発」から広いフィールドへ躍進していくという点で共通する、いわば「米津玄師以降」といえるアーティストたちの動きが今、この国の音楽シーンでは活発だ。彼らはメインのリスナー層となる若者たちととても強固な精神的なつながりを持ちながら、活動規模を拡大し続けている。

米津玄師“馬と鹿”PV

ボカロや「歌ってみた」という文化が現れたとき、そこから生まれる表現者たちがここまで大きな認知を得ることを、正直なところ、私は想像できていなかった。しかし、だからこそ今、考えてみる。そして、思い至るのは、彼らがその表現を発信するなかで見てきたであろう「景色」のことだ。

動画投稿サイトに自作曲やパフォーマンス動画をアップするとき、あるいはそれをSNSで発信するとき。そういうとき彼らの周りにいたのは、同じように表現欲求を抱え、同じように寂しさや孤独のなかから、自分自身の音を、言葉を、体を、世界に放とうとする、いわば「同志」たちだっただろう。もちろん、初めて表現を発信しようとしたとき、カメラやパソコンに向き合う部屋の中にいたのは、自分ひとりだけだったかもしれない。しかし彼らには、パソコンやスマホの画面越しに、見えていたはずだ。自分と同じような欲求や孤独を抱え、その言葉や叫びを世界に伝えたいと思っている人たちの姿が。

Eve“LEO”PV

ずっと真夜中でいいのに。“Dear.Mr「F」”PV

彼らは、知っている。人にはそれぞれの人生があり、大きな声であろうが小さな声であろうが、誰もがその人特有の「声」を持っていることを。そして誰もが、その「声」を発したがっていることを。「僕」という主体が、その身に刻む寂しさや切なさは「僕」だけのものだが、しかし同じように、誰もがその人にしか持ち得ない寂しさや切なさを抱えながら生きている。「個の声」が可視化された時代だからこそ、意識的であれ無意識的であれ、そういうことを自ずと感じながら表現を発信し続けてきたであろう若い世代の表現者たちは、それ故に、「僕」という主語の奥に、「僕たち」の存在を自然に捉えてみせる。

親や教師たちは、表現を発信しようとする若者にこう言ったかもしれない、「お前みたいなやつはごまんといる」と。「ごまんといる」ことが、どれほどの希望か。「僕」と「僕たち」は相反するものではない。むしろ「僕」こそが「僕たち」を愛するのだ。

秋山黄色“クラッカー・シャドー”PV

不安や退屈を歌う秋山黄色にみる「社会性」と希望

「僕」が「僕」の孤独を表現したとき、それを聴くのは、どこかにいる同じく孤独な「僕」であるということ。ならば、その孤独な「僕」という他者に対してなにを語り、なにを見せるのか――それに考えを巡らせることは、「大衆性」というより「社会性」である。さっき「米津玄師以降」と書いた。乱暴な書き方なのは承知の上だが、彼らの躍進の根っこにあるのは、そんな「社会性」であると、私は思う。

秋山黄色もまた、そうした「社会性」をその表現の根底に持っている音楽家だ。『From DROPOUT』の最後を飾る“エニーワン・ノスタルジー”を聴けば、それがよくわかるだろう。これは、いわば連綿と続いていく人間の「血」の歌である。<子供っぽいと言われてキレちまった/本当の子供><大人と子供の間にいるからだ/ダサい大人になりたくない/子供な自分が嫌なのだ>……そんなふうに歌うこの曲は、「大人」と「子供」の狭間で揺れ動く自我の不安を語り、「自分は何者であれるのか?」という根源的な問いを繰り返しながら、思考を右往左往させる。しかし、その不安定な思考は、<何がなんだかわからんけど>という前置きのうえで、こんな一節に着地する。

次の世代の子供の為に考えた大人の形であろうとする事は多分大人だろ(『From DROPOUT』収録“エニーワン・ノスタルジー”より)

「自称ニート」や「引きこもり」などという、一見「社会不適合者」然としたワードをまといながら私たちの前に姿を現した秋山黄色は、しかしその実、「大人」という存在の具体的な意味はわからなくとも、ただひとえに、「次の世代の子供の為の形」であろうとする。それこそが「大人」であると、ひとまず定義して見せる。不安と退屈を描き、酒と借金にまみれた日々を綴る。そんな秋山黄色が「子供の為の形」であろうとしていることを、意外に思う人もいるかもしれない。しかし、私はまったく意外にも不思議にも思わない。「傷だらけの大人がいる」という事実を目の前に提示されることが、子供にとってどれほど希望となることか。子供に見せるべきは人間の正解の「型」ではない。多様な人間のバリエーションである。そのためになにより手っ取り早いのは、「大人」と呼ばれる私たちが、身にまとった鎧を脱ぎ捨て、「人間」を見せることだ。2000年代に10代の青春を過ごした私は、syrup16gやART-SCHOOLといったバンドの一見、退廃的な音楽に「父性」にも似た優しさを感じながら接してきた。きっと同じような感覚で秋山黄色の音楽に接する若者は多いだろう。

最初に、秋山黄色の音楽には世間から「外れて」しまった人間がいる、と書いた。たしかに歌のなかにそういう人間は出てくるが、しかし、秋山黄色自身はまったく「外れて」はいない。酩酊した人間の眼差しを的確に描くことができるのは、きっと、素面な人間だろう。とても明晰な表現者である。

秋山黄色“猿上がりシティーポップ”PV

リリース情報
秋山黄色
『From DROPOUT』初回生産限定盤(CD+DVD)

2020年3月4日(水)発売
価格:3,700円(税込)
ESCL-5360/1

[CD]
1. やさぐれカイドー
2. モノローグ
3. クラッカー・シャドー
4. スライムライフ
5. chills?
6. Caffeine
7. 猿上がりシティーポップ
8. 夕暮れに映して
9. ガッデム
10. エニーワン・ノスタルジー

[DVD]
1. “やさぐれカイドー”MUSIC VIDEO
2. “猿上がりシティーポップ”MUSIC VIDEO
3. “ドロシー”MUSIC VIDEO
4. “クソフラペチーノ”MUSIC VIDEO
5. “クラッカー・シャドー”MUSIC VIDEO
6. “夕暮れに映して”MUSIC VIDEO

秋山黄色
『From DROPOUT』通常盤(CD)

2020年3月4日(水)発売
価格:3,100円(税込)
ESCL-5362

1. やさぐれカイドー
2. モノローグ
3. クラッカー・シャドー
4. スライムライフ
5. chills?
6. Caffeine
7. 猿上がりシティーポップ
8. 夕暮れに映して
9. ガッデム
10. エニーワン・ノスタルジー

プロフィール
秋山黄色
秋山黄色 (あきやま きいろ)

1996年3月11日生まれ。栃木県宇都宮市出身。中学生の頃、TVアニメ「けいおん!」に影響されベースを弾き始め、高校1年生の時に初のオリジナル曲を制作。その後、YouTubeやSoundCloudなど、ネット上で楽曲を発表をするところから音楽キャリアをスタートさせた。2017年12月より宇都宮と東京を中心にライブ活動をスタート。2018年6月に自主レーベルBUG TYPE RECORDSより第1作目となる“やさぐれカイドー”を配信リリース。Spotifyバイラルチャート(日本)で2位にランクインをして注目を集めた。夏には「出れんの!?サマソニ!?」枠で『SUMMER SONIC 2018』へも出演を果たす。2019年2月には、Spotify『Early Noise 2019』として、今年大きな飛躍が期待される新進気鋭の国内アーティスト10組のうちの1組として、King Gnu、中村佳穂、ずっと真夜中でいいのに。等と共に選出された。2019年1月23日(水)には1st mini ALBUM 『Hello my shoes』をリリース。8/9(金)『夕暮れに映して』を配信リリース。その後、「SPACE SHOWER RETSUDEN NEW FORCE 2019」や「JFL presents FOR THE NEXT 2019 supported by 日本セーフティ J-WAVE推薦“NEXT BREAK ARTIST”」に選出される。国内ロックフェス『VIVA LA ROCK 2019』、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019』、『SUMMER SONIC 2019』へ立て続けに出演し、9月には、TSUTAYA O-Crestにて秋山黄色 1st ONE MAN LIVE『登校の果て』を成功させ、2020年2月28日には渋谷WWWにて秋山黄色 ONE MAN LIVE『登校の果て.W』の開催が決定。12/14放送のNHK「SONGS」尾崎豊特集にて尾崎豊“シェリー”を自らアレンジ、そして生演奏をし、Twitterトレンド入りとなった。2019年の躍進を締めくくるに相応しい国内最大級のロックフェス『rockin'on presents COUNTDOWN JAPAN 19/20』へ初出演を果たした。2020年1月放送開始のTVドラマ「10の秘密」の主題歌に抜擢され、初めて書き下ろしをした新曲“モノローグ”が収録の1stフルアルバム『From DROPOUT』がEPIC Records Japanより3月4日にリリースとなる。



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