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世の中の「普通」が息苦しい。「あるべき姿」を押し付ける声や視線。誰に理解されなくてもいいと思うこともあるけれど、それでも、それでもと、すべてを許し合えるような存在を探してしまう——。
奔放に恋愛を楽しみながらも、周囲からたびたび中傷の的にされてしまうジェヒ。ゲイであることを周囲に明かさずにいる、穏やかで繊細なフンス。お互いの「らしさ」を大切にしながら、次第に唯一無二の存在となっていく2人の、愛おしくて、切実な瞬間の数々が散りばめられた物語。
韓国で数々の賞を受賞した話題の映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』が2025年6月13日、公開された。原作となったのは、韓国でベストセラーとなり、国内外でも根強い人気を誇る小説『大都会の愛し方』(パク・サンヨン著)に収録されている短編「ジェヒ」だ。
今回は、本作のメガホンをとったイ・オニ監督にインタビュー。原作の骨格をもとに、加えたり、改変したりした要素に込めた思いとは? 韓国において、クィアを描く映画の現在地とは? 「この映画を介して何を伝えたいのかを考えたとき、観た人が勇気や癒しをもらうものであってほしいと思うようになった」と語ったイ監督は、原作はもちろん、韓国や日本で同性婚がいまだできない現状と、どのような姿勢で向き合い、本作を創作したのだろう。その真意を紐解いていく。
あらすじ:自由奔放でエネルギッシュなジェヒと、穏やかで繊細なフンス。正反対の二人が、ある出来事をきっかけに特別な契約を結び、一緒に暮らし始めることになる。ジェヒは奔放な恋愛を楽しみながら、世間のルールに縛られず、自分の価値観を大切にして自由に生きている。一方、フンスはゲイであることを周囲に隠しながら、孤独と向き合う日々を送っている。二人はお互いの違いを認め合い、次第にかけがいのない存在となっていく……。
リサーチとして、たくさんの人と「人生についての対話」を重ねて

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—ジェヒとフンスの関係性をより説得力のある愛おしいものにするなど、原作で書かれた魅力的な骨格に的確に肉付けする素晴らしい実写化だと感じました。まずは本作を制作するに至ったきっかけを教えてもらえますか?
イ・オニ(以下、イ):原作小説を読んで、この素晴らしい作品をぜひ映画化したいと考えたんです。それでまずはシナリオ作家を決めて、その人や作品に携わってくれるプロデューサーたちと撮影に入る以前から2年間ほどの時間をかけて、いろんな話をしていきました。すべてはそこから始まっています。

提供:Plus M Entertainment
イ・オニ
1976年生まれ。2003年にイム・スジョン、キム・レウォン主演の『アメノナカノ青空』で監督デビュー。その後、子どもとともに姿を消したベビーシッターの行方を追うミステリー映画『女は冷たい嘘をつく』(2016年)が、『第37回韓国映画批評家協会賞』の「映画批評10選」に選出。さらに、クォン・サンウ主演の『探偵なふたり:リターンズ』(2018年)では、未解決事件の謎に挑む3人の推理をコミカルに描き、『第19回女性映画人賞』の監督賞を受賞した。『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』では、『2024年今年の女性映画人賞』で監督賞を受賞。
—ホモソーシャルな男性社会を生きる女性とゲイの生きづらさがリアルかつ繊細に描かれていて、日本でも強い共感を呼ぶのではないかと思います。その点について、あらゆる人が共感できる説得力のあるものとして描くため、それぞれリサーチなどを行われたのでしょうか?
イ:撮影までに2年ほどかけたとお話しましたが、私自身の体験や考え方だけで本作をつくるべきではないと考えていたので、その期間でシナリオ会議に参加するスタッフはもちろん、それ以外の関係者や周囲の人々ら、たくさんの人たちに話を聞いていきました。それは本作のシナリオに関してだけでなく、実際にこの社会で生きることや直面する困難など、人生について実にさまざまな対話を重ねました。

ジェヒを演じるキム・ゴウン ⓒ 2024 PLUS M ENTERTAINMENT AND SHOWBOX CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
イ:主演のキム・ゴウンさんとノ・サンヒョンさんをはじめとする俳優の方々とも「このキャラクターをどう思う?」ではなく「あなた自身はこういう経験についてどう思う?」という会話をして、本当に個人的な話もたくさん聞かせてもらいました。そういったことを踏まえてシナリオをつくり込んでいったからこそ、ジェヒとフンスというキャラクターを活き活きとした実在感のある人物として見せることができたのではないかと思います。

フンスを演じるノ・サンヒョン ⓒ 2024 PLUS M ENTERTAINMENT AND SHOWBOX CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
原作者からの反応は?「当事者性に欠ける心配をしていたが……」

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—『大都会の愛し方』は、韓国のみならず世界中のクィアコミュニティから厚い支持を受けている小説ですが、原作ファンの映画に対する反応はいかがでしたか?
イ:監督である以上は反応を評価できる立場ではないのですが、とても良い映画化だと本作を支持してくれる人もいれば、原作のほうが良かったと反応している人もいます。ただ映画としてのクオリティの話を抜きにして、みなさんの意見として共通しているのは「こういった作品が商業映画でつくられたことには意味がある」というもの。そう言ってもらえることは、制作者側としても非常にうれしく思います。
また幸いなことに、本作を観ていただいた原作者のパク・サンヨンさんからこのようなメッセージを頂きました。「当初映画化については心配もありました。監督であるあなたがゲイではないため、当事者性に欠けるものができるのではないかと。そういう不安を抱えて観た本作は、結果的にとても満足のいくものでした。なにより良かったのは、あなたがゲイという存在を対象化、すなわち『自分とはまったく別の異質なモノ』のように表現しなかったことです」。それを聞いて私の努力は無駄ではなかったんだなと思うことができました。

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※以下、作品後半の内容に触れます。ご了承ください。
—フンスがゲイであることを拒み続けていた母親が、カムアウトされたあとに『君の名前で僕を呼んで』を観て理解しようとする姿に心揺さぶられました。わかり得ない他者の視点を疑似体験し、気持ちを想像させる映画の力をそこに感じましたが、そのシークエンスはどのようにして生まれたのでしょうか。
イ:私たちが今回映像化したのは原作小説『大都会の愛し方』の一編「ジェヒ」ですが、フンスの母親に関しては小説の全編にわたって登場します。そして今回は脚色するにあたり、「ジェヒ」の物語のなかで母親の存在やその内面について再解釈しようと考えました。子どもにとって母親というのは、往々にして一番近い存在ですよね。近いからこそあらゆることを理解してほしい存在でもありますが、実際のところそうはいきません。だから、この映画においても「親子間の問題を完璧に解消させないといけない」とは当初から考えていませんでした。ただそれでも、問題を解消するための機会はあるべきだと思ったんです。
韓国社会において、家族のなかにクィアパーソンがいることを自然に受け入れられる人はなかなかいませんし、これまで生きてきて一度もクィアパーソンに出会ったことがないと考えている人が大多数を占めています。そんな環境下では、自分の息子がゲイだと知ったときに母親がショックを受けるのは、ままあり得ることかもしれません。しかし大切なのは、その事実を知ったあとにどのような態度を取るかだと思うんです。だからこそ母親に「どう向き合うか」という機会を与えたいと考えたんです。映画のなかで問題が完璧に解消されることはありませんが、母親が息子を理解のため努力する姿を通じて「私たちはどこに向かって前進していくべきか」をみんなで考えていきたいという思いを込め、一連のシークエンスを描いていきました。
『君の名前で僕を呼んで』あらすじ:1983年夏、北イタリアの避暑地。17歳のエリオは、アメリカからやって来た24歳の大学院生オリヴァーと出会う。はじめは自信に満ちたオリヴァーの態度に反発を感じるエリオだったが、ふたりはやがて激しく恋に落ちる……。
イ:ちなみに、母親がトイレで吐いたキイチゴ酒を、フンスが血だと勘違いするシーンは、一緒に仕事をした友人のシナリオ作家の実体験から来ています。「お父さんがキイチゴの酒まみれになっている姿を見てとても驚いた」とその友人は話していました。
原作との違いについて——「勇気や癒しをもらうものであってほしい」
—フンスと惹かれ合うスホは、原作ではKという名前で登場し、最終的に亡くなりますよね。ですが映画ではスホは死なず、別の男性と結ばれることでフンスとの関係性は終わりを迎えます。クィアパーソンに悲劇的な最期を求める作品が多いなかで、スホを死なせない本作の改変をとても好意的に受け止めましたが、その改変の狙いを教えてもらえますか?
イ:まず、その部分に気付いてくれたことをとてもうれしく思います。おっしゃるとおり、原作では最終的にスホ(K)は亡くなり、彼の「死の重み」もきちんと描かれていたので、本作の脚本でも初稿段階ではスホが死ぬ展開が採用されていました。ただ制作を進めるなかで、私がこの映画を介して何を伝えたいのかを考えたときに、観た人が死の重みよりも勇気や癒しをもらうものであってほしいと思うようになりました。そのためならキャラクターを死なせる必要はないのではないか、とも。
さらに言えば、映画をつくるなかで私もスホを愛するようになってしまい、絶対に生きてほしいと思うようになっていたのです。そういったことからスホという人物を発展させ、彼が成長する物語にもしたいと考え、彼を死なせないと決断しました。結果的に本作は誰も死なない物語となりましたが、私はそこが気に入っています。私がこれまでつくってきた作品を含め、韓国映画では誰も死なないことはほとんどありませんからね。

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—原作通りではあるのですが、日本と同様に同性婚を認めていない韓国のクィア映画で描かれる「結婚式」を観ると、そこに横たわる不均衡について考えてしまいます。ただ映画ではジェヒが投げたブーケをフンスが受け取る姿から、同性婚合法化へのつくり手の願いを感じました。
イ:もちろん一刻も早く同性婚が合法化することを願っていますし、その願いを作品に込めました。実は本作にも携わったゲイの友人とそのパートナーが先月結婚式を開き、私も参列したのですが、本当に心揺さぶられる瞬間でした。同性婚が制度化されていないので法的に認められた結婚ではありませんが、韓国の教会で結婚式を挙げた初めての同性カップルだと聞いています。意味のある大きな一歩としてとても感動しましたし、さらに一歩進んでこれから法的にも認められることを心の底から願っています。誰かに迷惑をかけない限り、誰かが本当に望むことを妨げる権利は何者にもないと、当たり前に思いますから。

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韓国クィア映画の現在地。クィア主人公「実は商業映画としてほぼ初めてでは」
—終盤の幸福感に満ちた歌&ダンスシーンは本作のハイライトのひとつですよね。原作ではFin.K.L.(※1)の楽曲が歌われていましたが、映画ではmiss A(※2)の“Bad Girl, Good Girl”をセレクトした理由を教えてもらえますか?
イ:原作で歌われたFin.K.L. (ピンクル)ももちろん良いのですが、時代設定的にもピッタリではないですし、この映画には合わないと感じて、別の楽曲を使うことになりました。そんななかでプロデューサーのひとりがおすすめしてくれたのが“Bad Girl, Good Girl”で、その曲を聴いた私も「たとえいくら楽曲使用料が掛かっても、この映画には絶対必要だ」と思ったんです。映画内で使用するにあたって歌詞も少し編集していますが、結果的に映画にピッタリはまってくれたと満足しています。
※1 1998年に韓国でデビューしたDSPメディア所属のガールズ・グループ。K-POPアイドルの第一世代として活躍した。
※2 韓国の4人組ガールズグループ。2010年に結成し、2017年に解散した。
—韓国は良質なクィア映画を次々と制作しており、本作や『ユンヒへ』(2019年)のようなクィア映画が『青龍映画祭』でも評価されていますね。2023年の『仁川女性映画祭』ではクィア映画排除の動きがあるなどバックラッシュもありましたが、それでも韓国映画界は多様性という点において着実に前進している印象を受けます。本作を手掛けたイ監督は韓国のクィア映画の現在地についてどのように考えられますか?
イ:おっしゃるとおり韓国には良質なクィア映画もたくさんあるのですが、ほとんどがインディペンデント作品であるため、なかなか注目されず広く浸透しないという現状があります。そのなかで本作のようなクィアのキャラクターを主人公にした商業映画がつくられることは、実は韓国ではほぼ初めてのことではないかと思いますし、映画のクオリティとは別に韓国のクィア映画としてはかつてないほど注目された作品でもありました。
ただ正直なところ、本作はクィア映画としてすべてが望みどおりつくられた完成形というわけではなく、ある程度の妥協を余儀なくされた部分も多くありました。だからこそ、今回本作が注目を浴びたことをきっかけに、今後クィア映画がもっと広がっていってほしいという強く願っています。私からすると、むしろ日本のほうが映画やドラマにおけるクィア表象が多様なように感じていて、とても羨ましく思っていますよ。

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- 作品情報
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『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』
2025年6月13日(金)全国ロードショー
監督:イ・オニ
出演:キム・ゴウン、ノ・サンヒョン
原作:小説『大都会の愛し方』 より「ジェヒ」(パク・サンヨン著、オ・ヨンア訳/亜紀書房)
- プロフィール
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- イ・オニ
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1976年生まれ。2003年にイム・スジョン、キム・レウォン主演の『アメノナカノ青空』で監督デビュー。その後、子どもとともに姿を消したベビーシッターの行方を追うミステリー映画『女は冷たい嘘をつく』(2016年)が、『第37回韓国映画批評家協会賞』の「映画批評10選」に選出。さらに、クォン・サンウ主演の『探偵なふたり:リターンズ』(2018年)では、未解決事件の謎に挑む3人の推理をコミカルに描き、『第19回女性映画人賞』の監督賞を受賞した。『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』では、『2024年今年の女性映画人賞』で監督賞を受賞。
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