コラム

『ハスラーズ』の怒り。オスカー候補から漏れた事実も物語と共振

『ハスラーズ』の怒り。オスカー候補から漏れた事実も物語と共振

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辰巳JUNK
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

主要部門が「白人と男性」ばかりだった『第92回アカデミー賞』候補

『第92回アカデミー賞』が物議をかもしている。ノミネート陣が予想以上に「白人と男性」ばかりだったためだ。

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のグレタ・ガーウィグがはずれた監督部門はすべて男性が占めた。役者部門に関しては20人中19人が白人。『フェアウェル』のオークワフィナや『アス』のルピタ・ニョンゴなど、受賞が期待された有色人種の姿が無かった。

なかでも、最大のサプライズとされたのは、助演女優賞部門におけるラテン系シンガー兼女優、ジェニファー・ロペスの落選である。女性版『グッドフェローズ』と喝采を呼び、昨年アメリカ国内で『ロケットマン』『アリータ:バトル・エンジェル』を超えるヒットを記録した『ハスラーズ』でカリスマ的ストリッパーを演じた彼女は、オスカー前哨戦のフロントランナーであった。放送局ABCが製作した『アカデミー賞』授賞式中継のCMすら『ハスラーズ』の映像をインサートしていることを考えれば、彼女の落選は関係者も驚くサプライズだったことがわかる。

映画『ハスラーズ』でストリップクラブのトップダンサー・ラモーナを演じたジェニファー・ロペス © 2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ハスラーズ』でストリップクラブのトップダンサー・ラモーナを演じたジェニファー・ロペス © 2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

話題性でオスカー候補陣の主役となった『ジョーカー』と『パラサイト』、落選組の主役『ハスラーズ』。その共通点

「保守的」と批判されることとなったノミネート結果だが、その横で、既存イメージを打ち破る異質なフロントランナー作品も存在する。同賞で不利とされてきたコミックブックをベースとしながら最多ノミネートを達成した『ジョーカー』、『SAGアワード(全米映画俳優組合賞)』において外国語作品として史上初の最高賞を獲得した韓国映画『パラサイト』だ。アメコミ映画と東アジア映画、両作どちらが作品賞を受けても「『アカデミー賞』の歴史的転換点」となる。

「話題性」を重視するならば、ノミネート陣の主役は『ジョーカー』と『パラサイト』、そして落選陣では『ハスラーズ』なわけだが、じつは、これら3作には共通点がある。異色フロントランナー2つのあらすじを見てみよう。

トッド・フィリップス監督『ジョーカー』は一筋縄ではいかない構成だが、前半の描写にならえば、福祉削減で荒れゆくゴッサム・シティに暮らす貧しい主人公アーサーがどんどんつらい目にあっていく物語だ。金融エリートなど富裕層への怒りが増す街の中で、彼は一人の億万長者に憧れを抱きつつ、ヴィランへの道を歩んでいく。ポン・ジュノ監督『パラサイト』の場合、韓国の貧しい一家があの手この手をつかって一つの裕福な家庭で働く立場を手にするストーリーだ。彼らに「寄生」される社長一家はそう悪い人たちではないが、貧困層と超富裕層が交わるにつれて、不幸な化学反応が積み重なっていく。

『ジョーカー』予告編。『第92回アカデミー賞』では作品賞、監督賞、主演男優賞をはじめ最多11部門にノミネート

『パラサイト 半地下の家族』予告編。『第92回アカデミー賞』では作品賞、監督賞など6部門にノミネート

『ジョーカー』と『パラサイト』の共通点は経済格差だ。どちらの作品も、「持つ者と持たざる者」の差異が冷酷に描かれ、両者の衝突がひとつのハイライトとなる。貧富の差は昔からフィクションの定番ではあるものの、ポン・ジュノ監督は「永遠に格差がなくならないかもしれない恐怖」こそ現代的だと過去にインタビューで述べている。

事実、近年、アメリカをふくむ世界中で経済的不平等とその固定化は大きな問題として議論されている。その不安は映画の受容にも表れるようだ。レバノンやチリ、パリなど、格差是正を訴える世界中のデモでは『ジョーカー』を模したメイクが流行中である。『パラサイト』にしても、韓国社会のローカルネタが張り巡らされているにもかかわらず、香港やイギリスの人々から「自分の国とまったく同じ」だと反応された旨を監督が明かしている。埋まらない格差への怒りが膨らむなか、そうした問題を描いた映画が熱狂を生み出すこと、はたまた劇中の所得格差描写がクローズアップされがちになることは自然な流れだろう。

ジョーカーのメイクを施したレバノンのデモ参加者たち。政治の腐敗や政界のエリートたちに抗議している

「奪われた者」による「奪った者」への復讐。怒れるストリッパーたちを描いた『ハスラーズ』

『アカデミー賞』落選組の主役となったローリーン・スカファリア監督『ハスラーズ』も、経済的不平等が大きなテーマとなっている。もしかしたらアメリカ人にとっては、この作品こそ3作中もっとも「怒り」にリアリティを感じられる映画かもしれない。『パラサイト』が2010年代の韓国社会のローカルネタをふんだんに含んだ映画である一方、この『ハスラーズ』は、ブリトニー・スピアーズなどが使用されるBGM音楽をふくめて2000年代ニューヨークの時事性が満載の犯罪ドラマなのだ。

『ハスラーズ』予告編。主演は『クレイジー・リッチ!』のコンスタンス・ウー。Lizzoやカーディ・Bも出演している

本作の主役となる女性ストリッパーたちは、ウォール街の金融エリートたちを相手にセックスワークもこなしながら日銭を稼いでいる。しかし、2008年、投資銀行が庶民に売りつけていたサブプライムローンを破綻させたことで世界金融危機が発生、激しい不況の波に見舞われた彼女たちの生活は激変してしまう。そこで、ジェニファー・ロペス演じるストリッパーのラモーナは、金融エリートの客にドラッグを飲ませて金を騙しとる計画を打ち立てていく。もちろん違法行為なので、誘いをかけられたコンスタンス・ウー演じる主人公は躊躇するのだが、ラモーナはスラングワードまじりにウォール街の罪を訴える。

「ウォールストリートの男たちはこの国になにをした? やつらは全員から盗んだんだ! 懸命に働いた人々はすべてを失った。それなのに、誰も刑務所に行ってない。誰一人。これがフェア? あいつらがストリップクラブに来たとき思ったことない? この男の金は盗品……消防士たちの退職基金をブロウジョブ代にしてるんだ。クソが!」。同じ世界金融危機を描いた『アカデミー賞』受賞作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の監督アダム・マッケイが製作に加わっていることも納得のセリフ回しだ。

『ハスラーズ』の劇中、ストリッパーたちは怒っている。いくら働いても貯金はたまらず、世間や横暴な客からは蔑まれつづけ、不況によって生活は更に過酷になった。善良な男性すらも毒牙にかける所業は決して肯定できるものではないが、「社会の底辺」として蔑まれてきた彼女たちにとっては、庶民の貯金をあぶく銭に変えた投資銀行のオフィスこそ「犯罪現場」なのだ。ラモーナが主導する犯罪は「奪われた者」が「奪った者」に向ける復讐でもある。

映画『ハスラーズ』© 2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ハスラーズ』© 2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ハスラーズ』© 2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
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権威あるオスカー候補から漏れた事実が、社会から虐げられる女性たちの物語と共振する

権威あるアワードから跳ね除けられた事実は『ハスラーズ』のアウトローなレガシーに貢献するかもしれない。『Variety』などの業界紙によると、オスカー会員たちのあいだでは「女性ストリッパーたちが己の身体(性的魅力)を駆使して男性たちを騙す」過激な側面が忌避された部分もあったようだ。「オスカー的な映画ではない」という判断から鑑賞すらしなかった会員たちの存在も報告されている。ハリウッドエリートからまともに取り合われずにシャットダウンされた事実は、虐げられつづけるストリッパーたちの復讐譚と共振するものではないだろうか。『アカデミー賞』ノミネートが発表された後日、アメリカの人気テレビ司会者ウェンディ・ウィリアムズは自らの番組でこう言った。「ジェニファー、あなたは盗まれた」。この言葉は、前述した、特権階級への怒りのセリフと重複するだろう──「やつらは全員から盗んだんだ!」

見下げられやすいポップな女性映画であること含めて、こうも「権威」に似合わない映画はなかなか無い。経済的不平等を扱う新時代の傑作として『ジョーカー』『パラサイト』とともに『アカデミー賞』で並ぶ姿が見られなかったことは残念だが、女性ストリッパーの視点から「持てる者と持たざる者」の衝突を過激かつ鮮やかに描いた『ハスラーズ』は、権威から勝利を授けられずとも映画史に刻まれることだろう。

映画『ハスラーズ』© 2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『ハスラーズ』© 2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『アカデミー賞』はかならずしも作品の評価と一致しない。『スーパーボウル』ハーフタイムショーに「勝利」したジェニファー・ロペス

『アカデミー賞』の選択や結果を重視しすぎないことも大事だ。このアワードがもたらす威光は大きい。しかし一方で、オーソン・ウェルズの監督デビュー作『市民ケーン』を筆頭に、「受賞しなかった名作」も時代を越えて語り継がれている。

また基本的に『アカデミー賞』を受賞するには、「作品クオリティだけでは道なかば」とされている。コンテンツ自体が評価されたあとは、各スタジオが膨大な費用を投じて会員へのアピール合戦でしのぎを削る「アワードキャンペーン」が重要になる。代表例は2011年の作品賞レースだ。候補作『ソーシャル・ネットワーク』が高い評価を受けていたデヴィッド・フィンチャー監督は、票集めに重要な「会員向けイベント巡業」をほとんど行なわなかった。反して、同様のイベントに通いつめて会員たちと熱い握手を交わしつづけた存在こそ、同年のウィナーとなった『英国王のスピーチ』の監督トム・フーパーなのだという。今回、『ハスラーズ』のジェニファー・ロペスは歌手としての大舞台である『スーパーボウル』ハーフタイムショーへの出演を控えていたため、ノミネートを授かるための「キャンペーン」に費やす時間が不足していたと推測される。

そしてそのハーフタイムショー公演は、成功以上のものを収めた。ロペスは、アメリカのショービズ界で不利な立場のラテン系女性でありながら映画と音楽の両方で頂点に立った正真正銘のスターだ。彼女は『スーパーボウル』で、同じラテン系ルーツのコロンビア歌手シャキーラとともにラティーナへの祝福が詰まったステージを作り上げた。

シャキーラとジェニファー・ロペスによる2020年『スーパーボウル』ハーフタイムショー。2人はラテン系アーティストとして史上初のヘッドライナーを飾った

シャキーラに続いて登場したロペスは、地元ニューヨークを盛大にリプリゼントし、『ハスラーズ』をトリビュートするようなポールダンスを披露。後半に入ると、自らの娘をはじめとする子どもたちと共にブルース・スプリングスティーンの“Born in the U.S.A.”、そして自身の楽曲“Let's Get Loud”を熱唱した。プエルトリコ自治連邦区の旗をまとった彼女は叫びをあげた。「Let's Get Loud, Latino!!(声をあげて、ラティーノ!)」。これは、プエルトリカンを含め、日ごろアメリカで軽視されがちな状況にあるラティーノへの激賞にほかならない。

スカファリア監督によると、「ハスラーズ」とは、女性や母親として侮蔑を受けようと自ら主導権を握って成功を掴むスピリットを指す。であるならば、ジェニファー・ロペス以上にハスラーの王冠にふさわしい存在はいないだろう。『ハスラーズ』を落選させた『アカデミー賞』を批判的に報じていた『Variety』は、このステージを受けて次のような賛辞を贈っている。「ジェニファー・ロペスにオスカーなど必要ない。彼女はスーパーボウルに勝った」

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