コラム

『スカーレット』が描いた自由と不自由の葛藤、「逸脱」の可能性

『スカーレット』が描いた自由と不自由の葛藤、「逸脱」の可能性

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島貫泰介
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

信楽の地をほとんど離れることがなかった貴美子と、友人以上家族未満の人々との曖昧な共生

59年の長い歴史を持つ朝ドラにおいて、『スカーレット』はけっして逸脱的な物語ではない。しかし、誰しもが直面する現実の厳しさやなすすべのなさに対して、さまざまな迂回路や寄り道を示す物語ではある。行動力も知力も度胸もありながら、喜美子は10代後半の3年弱の大阪生活を除いて、信楽の地を出ることはなかった。また、少女時代から住む実家からすらも離れなかった。酒癖の悪い父を看取り、母・マツの穏やかな死を看取り、厄介ごとをもたらす妹たちが結婚して家を離れても、夫と別居・離婚しても、そしておそらく息子が息を引き取ったとしても喜美子はこの家を離れないだろう。

しかし、それと同じくらい、喜美子は家族以外の他者を家と自分に招き入れてもきた。喜美子の絵付けの師匠となる「フカ先生」こと深野心仙。はじめての弟子となるヒッピー風の美大生・松永三津。作品のファンだといって、なし崩しで同居生活を始めてしまう元女優の小池アンリ。その他にも、喜美子が苦境に陥るたびに現れて救いのヒントを与えてくれる元新聞記者で、のちに政治の道へと進む庵堂ちや子。世界的なアーティストであるジョージ富士川。そういった人々との、血縁や地縁に拘束されない友人以上家族未満の他者との緩く曖昧な共生が、信楽の土地に生きること、あるいは父に代わって家を守ることを選んだ喜美子を、つねに想像/創造的な「外」へと連れ出してくれている気がする。

NHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』
NHK連続テレビ小説『スカーレット』

手軽に孤立できる「個」の時代、家や土地との関係を改めて考える

さて、ここから少しだけ筆者の個人的な話。ある現代のアーティストの話をしたい。

友人でアーティストの三枝愛は、自身のテーマを「これまで(自分が)関係を結んできたものが守られる仕組みをつくる」ことと述べ、自分の生地に関わる事物を題材にした作品を展開している。作家が「守る」という言葉を使うのは、主に2011年の東日本大震災以降の変化で、生家で営んでいた椎茸の原木栽培が放射性物質の汚染によって成り立たなくなったこと、つまり「仕組み」の破綻に起因しているのだが、それ以前に、家制度に対する違和感が、創作活動の原点にあるようだ。

血や土地との結びつきの強い昔ながらの農家の家系に生まれ、長女である自分が家を継ぐ資格を与えられないかもしれないこと、土地を守る主体になれないかもしれない不合理、それゆえに見過ごさざるをえなかった土地や文化の衰えへの静かな怒りが、三枝の作品には通底している。京都を拠点に、長い歴史のなかで培われてきた保存修復の仕事にも関わりながら、ときにその技術を転用して作品を作る作家から筆者が学ぶことは多い。サラリーマンと小学校教師の両親のもと都市部で生まれ育ち、固有の風土や縁戚との面倒さをともなう関わりから距離を置いて暮らしてきた自分にとって、それらは家や土地との関わりを再考させる契機になっている。

主にインターネットの普及によって、人は手軽に孤立することのできる「個」の時代の恩恵を享受しているが、例えば現在の新型コロナウイルスの流行による隔離的な生活や、親の高齢化や介護、経済的自立の問題に接したとき、それまでの自由な孤立が制限なしに与えられるものではなかったことを知るだろう。私たちが「在る」ためには、この足で立ち、ときに根付くことのできる土地が必要だ。これは、暮らしの営みや芸術に限らず、哲学や現在の政治とも関わる話だ。

芸術と地続きにあった貴美子の人生。「不自由」によって開かれた逸脱の可能性

『スカーレット』は家族というテーマに、密やかに土や土地の問題を重ね合わせてきたように思う。それは喜美子が人生の時間の大部分を捧げる、土をこねて焼き上げる陶芸の性質においても明らかだが、物語中盤において穴窯という容易に動かすことのできない窯を手作りで設えたあたりから、より鮮明になっていった。

NHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』
NHK連続テレビ小説『スカーレット』

周囲の反対を押し切って、誰も見たことのない陶芸への挑戦を始めたことで、喜美子はパートナーであった八郎との別れを決定的なものにしてしまうが、それと同時に彼女のもとに訪ねてくるのが先述した庵堂ちや子ら、大阪時代の友人たちだ。そうやって、信楽や陶芸や家族の「外」にも自分がつながっている人や土地があるのだと再確認することが、喜美子の人生を次の段階へと後押しする。しかしそれは、喜美子が何らかの不自由を選択したことによって開かれた可能性でもある。そう考えると、ジョージ富士川の芸術観を伝えるキメ台詞「自由は不自由やで!」は、けっして芸術のみに当てはまる言葉ではないだろう。喜美子にとって芸術と人生は地続きにあり、自由と不自由の背中合わせの関係を認めるところから、芸術と人生の逸脱は始まるのかもしれない。

NHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』
NHK連続テレビ小説『スカーレット』

次回の朝ドラ『エール』は数多くの戦時歌謡を手がけ1964年の東京オリンピックの開会式で演奏された“オリンピック・マーチ”、そして甲子園の“栄冠は君に輝く”を作曲した「国民的」作曲家の古関裕而、そして来年の大河ドラマでは「日本資本主義の父」とも呼ばれた渋沢栄一の人生が描かれることになる。これを昨今さかんに喧伝される「日本人すごい!」的な懐古主義への回帰と受け止めるか否かは視聴者に委ねられるが、そこに逸脱の可能性はあるだろうか? 近代オリンピックを題材にすることで当初「政治的なプロパガンダではないか?」とのそしりを受けた『いだてん~東京オリムピック噺~』(2019年)が、スポーツ競技の「勝者」ではなく、歴史や政治も含めた「敗者」に目を向けたような逸脱を目にすることはできるだろうか? 東京五輪開催を翌年に控えた『NHK紅白歌合戦』(これもNHKが誇る「国民的」番組だ。ところで3月24日、東京五輪の一年延期が発表されましたね)で、『いだてん』が完全にスルーされていたのは「名誉な不名誉」だったと筆者は思う。

いつか朝ドラや大河ドラマで、セクシュアルマイノリティの主人公やポリガミー(複婚)の婚姻関係、「日本人」の属性や制度に包摂されることをよしとしない主人公たちが描かれる日が来てほしい。家族について描きながら、家族主義と個人の距離を測ってきた『スカーレット』は、その日を迎えるための助走なのかもしれない。そして、私たちは拙速にゴールを求めるばかりではなく、そこに至る長い長い歩みと迷いのプロセスをこそしっかりと見ていくべきなのだ。さて、完結まで残り2話である。

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番組情報

2019年度後期 連続テレビ小説
『スカーレット』

2019年9月30日(月)~2020年3月28日(土)にNHKで放送
脚本:水橋文美江
演出:中島由貴、佐藤譲、鈴木航ほか
主題歌:Superfly“フレア”

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