コラム

Netflix『40歳の解釈』ラップで表現する中年女性の実感と社会批評

Netflix『40歳の解釈』ラップで表現する中年女性の実感と社会批評

テキスト
野中モモ
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

(メイン画像:JEONG PARK/NETFLIX ©2020)

若さと「美しさ」に価値を置かれるメディアのなかの女性像

Netflix映画『40歳の解釈:ラダの場合』で、ラダ・ブランクは自分の実人生を織り込んだ架空のキャラクター「ラダ」を作りあげ、自ら演じている。映画の中のラダはニューヨークに暮らす劇作家。もうすぐ40歳になる黒人女性だ。だいぶ前に業界誌で将来有望な「30歳未満の30人」に選ばれたこともあるが、何年も新作を発表できずにいる。

ここ数年の主な収入源は、高校生の演劇ワークショップを指導する仕事だ。生徒は基本的にやる気のあるいい子たちなのだけれど、ときには「ヒット作もない人がなんで脚本を教えるの?」なんて手厳しい言葉をぶつけられることも。ラダは新作を上演する道を探って劇場主やプロデューサーに会いに行くものの、なかなか耳を傾けてもらえない。壁にぶちあたった彼女は、ひとり部屋で心に浮かぶ言葉を口に出すうちに、ラップで「40歳の女性の視点」を表現しようと決意するのだった。

ラダ・ブランクはニューヨーク出身の監督、脚本家、プロデューサー。これまでFOXドラマ『Empire 成功の代償』やNetflix版『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』に脚本家として参加しているほか、RadhaMUSprime名義でパフォーマンスも行なっている。長編監督デビュー作となった『40歳の解釈:ラダの場合』は、2020年の『サンダンス映画祭』監督賞を受賞 NETFLIX ©2020
ラダ・ブランクはニューヨーク出身の監督、脚本家、プロデューサー。これまでFOXドラマ『Empire 成功の代償』やNetflix版『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』に脚本家として参加しているほか、RadhaMUSprime名義でパフォーマンスも行なっている。長編監督デビュー作となった『40歳の解釈:ラダの場合』は、2020年の『サンダンス映画祭』監督賞を受賞 NETFLIX ©2020

いわゆる「失われた20年」が気づけば30年になり、少子高齢化が進む一方の日本。国勢調査によれば、人口のうち最も多い年代は70歳前後と40代(団塊世代と団塊ジュニア)。日本の人口の平均年齢・中央値は48歳ぐらいになるのだという。にもかかわらず、私たちが映画やドラマ、街角の広告などで目にする女性の姿は、10代から20代の若い世代が圧倒的に多い。実際のところ若い女性はかわいくてきれいだからそうなって当然だよね、と思うだろうか? しかし、それにしても「痩せていて、顔が小さく、色が白く、目が大きく、鼻が高く、若々しい」といった硬直的な美の基準から外れた女性にスポットが当てられる機会があまりにも少なくはないだろうか。実際、男性のほうは、年齢を重ね、特別に見た目が整っているわけではなくてもその「個性」が認められ、親しまれているアクターがたくさんいるというのに。

こうしたメディア表象の偏り──女性ばかりが若さと一般的な「美しさ」に価値を置かれてアイキャッチに使われがち──は、やはりこの社会全体で「お金と決定権をより多く握っているのが男性」であるという権力の不均衡を反映しているのだと思う。これは日本に限った話ではなくて、ハリウッドの娯楽大作は「壮年男性のヒーローと若く美しいヒロイン」の物語をさかんに提供してきたし、出演者のギャラに男女で大きな差がつけられてきたことも指摘されている。監督も脚本家もプロデューサーも圧倒的に男性多数だ。さらに、権力の偏りといえばジェンダーに加えて人種の問題もある。マイノリティは大舞台で自分の存在を示したいと思ったら、白人ならば必要のない困難を乗り越えなければならないのだ。

『40歳の解釈:ラダの場合』 NETFLIX ©2020
『40歳の解釈:ラダの場合』 NETFLIX ©2020

40歳前後の黒人女性、ラダ・ブランクが監督・脚本・主演を務める「自作自演」作品

こうした映像表現の歴史と現在を踏まえると、40歳前後の黒人女性、しかもかなり大柄でふくよかなラダ・ブランクが監督・脚本・主演を務める『40歳の解釈:ラダの場合』は、まずその存在がフレッシュな作品と言えるだろう。近年、レナ・ダナムの『GIRLS』やフィービー・ウォーラー=ブリッジの『フリーバッグ』など、女性クリエイターが主演を兼ねるテレビシリーズが制作されるようになり、成功を収めてきたが、スタート時に前者は20代半ば、後者は30歳前後で、共に白人だった。

『40歳の解釈:ラダの場合』で、ラダ・ブランクは「ラダ」を演じている。こうした「自作自演」作品が注目を集めているのは、ネットを利用した個人の発信が一般化し、YouTubeやSNSからスターが生まれている流れとも無縁ではないだろうし、文芸の世界におけるオートフィクション(虚構を織り交ぜた自伝的作品)の流行や、「漫画家漫画」の増加とも重なる。いわば直接的に「自分を売り物にしている」わけで、公私が溶け合い人との距離感が狂う危険が容易に想像できてハラハラしてしまうものだが、『40歳の解釈:ラダの場合』は、比較的安心して楽しむことができた。それはこの作品があきらかによく作り込まれていて、現実のラダ・ブランクが人生経験を積んできた優秀なクリエイターだからだろう。

まず第一に、エリック・ブランコによるモノクロ35mmフィルム撮影(一部カラー)の映像が、この作品に柔らかく落ち着いた印象を与えている。そこに添えられるA Tribe Called QuestやQueen Latifahなどのオールドファッションなヒップホップやジャズ、R&Bが、さらにタイムレスでしゃれた雰囲気を盛り上げる。アーティストだった亡き母の作品が紹介されたり、実の兄が出演したり、ラダ自身の個人史が作品に取り込まれているのだが、「疑似ドキュメンタリー」という感じはまったくしない。そのあたりのバランスが独特で、他にない個性になっているのだ。

『40歳の解釈:ラダの場合』オフィシャルプレイリスト

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作品情報

『40歳の解釈:ラダの場合』
『40歳の解釈:ラダの場合』

2020年10月9日(金)からNetflixで配信
監督・脚本:ラダ・ブランク
出演:
ラダ・ブランク
ピーター・キム
オズウィン・ベンジャミン
イマニ・ルイス
ハスキリ・ベラスケス
アントニオ・オルティス
T・J・アトムズ
リード・バーニー

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