コラム

Netflix『40歳の解釈』ラップで表現する中年女性の実感と社会批評

Netflix『40歳の解釈』ラップで表現する中年女性の実感と社会批評

テキスト
野中モモ
編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

中年女性の生活実感と社会批評をいきいきとラップする

ラダはニューヨークの演劇シーンの一員であり、教育機関でも仕事をしている。そんな彼女がラップをはじめようと思い立ち、Instagramで見つけたDJ「D」にトラックを作ってもらおうと、非常に治安の悪い地域として知られているブルックリンのブラウンズヴィルに出向く。そして音源制作に着手し、ライブに出演したり、Dに連れられて女性だけのMCバトル大会を見に行ったりもする。こうした場面で披露されるラップのパフォーマンスは、間違いなくこの作品のハイライトだ。

『40歳の解釈:ラダの場合』 JEONG PARK/NETFLIX ©2020
『40歳の解釈:ラダの場合』 JEONG PARK/NETFLIX ©2020

そこで取り上げられるトピックは、迫り来る更年期への不安だったり、白人が黒人に不幸な物語を求めること(「貧困ポルノ」)に対する批判だったり。ラダはそうした中年女性の生活実感と社会批評をいきいきとラップしてみせる。また、日々の出来事への反応や、周囲の人々の観察から詩が生まれてくる「暮らしの中のヒップホップ」描写は、いかにもフィクションならではで面白い。

RadhaMUSprime名義で発表された“The 40-Year-Old Version”ラップパフォーマンス映像

仕事がうまくいかずにくすぶっているシングル中年女性が主人公といっても、あまり深刻にならず快活にテンポよく話が進むところも、自分としては好感が持てた。ラダは劇作家として成功できていないことについては悩むけれど、「結婚・子育て」ルートから外れていることに関しての自虐やエクスキューズに尺は割かれない。ラップは最初から割とうまくできるし、年下の男性とのロマンスも発生するし、生徒たちには慕われているし、口臭をずばり指摘してくれる友達もいる。もっとハードな世界のほうが好きな人もいるだろうけれど、懐かしい「あこがれのニューヨーク」をひさしぶりに映画で見た気がして、あたたかい気持ちになった。

『40歳の解釈:ラダの場合』 JEONG PARK/NETFLIX ©2020
『40歳の解釈:ラダの場合』 JEONG PARK/NETFLIX ©2020

「ニューヨーク映画」としての魅力。街のジェントリフィケーション問題をどう描くか?

芸術関係のキャリアの岐路に立って迷う女性が主人公の、ニューヨークを舞台にしたモノクロ映画ということで、ノア・バームバックの『フランシス・ハ』(2012年)を思い出す人も少なくないだろう。さらにさかのぼって、マーティン・スコセッシ、ジョン・カサヴェテス、ウディ・アレン、スパイク・リー、ジム・ジャームッシュといった有名監督による、ニューヨークの街の息吹を捉えた作品群を引き継ぎ、いまを生きる女性の感覚でアップデートする試みとも言える。過去30年余り、ニューヨークでは再開発と商業化が急速に進み、最悪だった治安は向上したかもしれないけれど、家賃の高騰によって元からの住民が追い出され、街から活気が失われてしまったとも言われている。『40歳の解釈:ラダの場合』では、お金持ちの高齢白人男性がこうしたジェントリフィケーションの問題にうすっぺらい関心を寄せる様も描写されており、苦笑いを誘う。それでもこの映画の中のニューヨークは、老いも若きも、お金持ちも貧乏人も、インテリも不良も、それぞれが真剣に創作活動に打ち込んでいる素敵な街に見えて、やっぱりあこがれてしまう。「自分を偽って富や名誉を得るよりも創作と自己表現の喜びが大事」というきれいごとを信じたい人々の存在こそが、街に力を与えているのだ。

『40歳の解釈:ラダの場合』撮影中のラダ・ブランク JEONG PARK/NETFLIX ©2020
『40歳の解釈:ラダの場合』撮影中のラダ・ブランク JEONG PARK/NETFLIX ©2020

さて、現実のラダは、プロの脚本家として映画の中のラダよりだいぶ安定した生活を送っていたようだ。「IndieWire」のインタビューでは、脚本で参加したFOXのドラマ『Empire 成功の代償』や、スパイク・リーの映画をリメイクしたNetflix版『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』の仕事は実入りが良く、借金せずに家も買えたと語っている。しかし、数年前にある脚本の仕事をクビになったあとに、映画と同じくラダムス・プライムの芸名(『トランスフォーマー』のオプティマスプライムにかけた名前だ)を考案して、ヒップホップの活動を始めたのだそう。それが次第にウェブドラマの企画に発展し、最終的にこの長編デビュー作となった。そして本作は、2020年の『サンダンス映画祭』で監督賞を受賞している。アメリカのエンターテイメント業界の活気と豊かさがうらやましくなる話である(それも現在は新型コロナウイルス感染症の影響で危機的状況にあるのだろうけれど)。ラダ・ブランクという新しい才能との出会いを喜びつつ、エンターテイメント業界に限らず日本のあらゆる有力者が、中高年の女性にチャンスを与える姿勢を見習ってほしいな、と思わずにいられなかった。

『40歳の解釈:ラダの場合』予告編

Page 2
前へ

作品情報

『40歳の解釈:ラダの場合』
『40歳の解釈:ラダの場合』

2020年10月9日(金)からNetflixで配信
監督・脚本:ラダ・ブランク
出演:
ラダ・ブランク
ピーター・キム
オズウィン・ベンジャミン
イマニ・ルイス
ハスキリ・ベラスケス
アントニオ・オルティス
T・J・アトムズ
リード・バーニー

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

岩井勇気(ハライチ)『ひねくれとか言われても俺はただ自分が進みたい道を選んでるだけ』

ドリームマッチでの『醤油の魔人 塩の魔人』、ラジオで突如披露した推しキャラケロッピをテーマにしたEDM調楽曲『ダメダメケロッピ』など、音楽的な才能に注目が集まる岩井勇気。今回はミツカン「こなべっち」とタッグを組み、自らがマイクを取ってラップに挑戦。しかもこの動画、岩井がこれまでラジオや書籍の中で言及してきた、珪藻土のバスマットや、海苔、メゾネットタイプの部屋、クラウス・ノミなどのネタが詰まっていて、まさか岩井さんの自宅なのでは……? と隅々まで見てしまう。つぎはぜひ、自作のトラックとリリックによる曲が披露されることを待っています。(川浦)

  1. テイラー・スウィフトと因縁のインディロック 田中宗一郎らが語る 1

    テイラー・スウィフトと因縁のインディロック 田中宗一郎らが語る

  2. 川井憲次に聞く押井守との共同制作。説明不可能な音楽探求の日々 2

    川井憲次に聞く押井守との共同制作。説明不可能な音楽探求の日々

  3. 三浦春馬主演『天外者』ウェブ限定動画「約束編」「決意編」「友情編」公開 3

    三浦春馬主演『天外者』ウェブ限定動画「約束編」「決意編」「友情編」公開

  4. 平手友梨奈が表紙を飾る『装苑』詳細発表 「クラシカルかつ幻想的ムード」 4

    平手友梨奈が表紙を飾る『装苑』詳細発表 「クラシカルかつ幻想的ムード」

  5. 菅田将暉“虹”PVで古川琴音と夫婦役、監督は呉美保 5

    菅田将暉“虹”PVで古川琴音と夫婦役、監督は呉美保

  6. 『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』論評 自立と解放への戦い描く 6

    『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』論評 自立と解放への戦い描く

  7. のんがブルーハーツをカバー マルコメ×『私をくいとめて』コラボ企画始動 7

    のんがブルーハーツをカバー マルコメ×『私をくいとめて』コラボ企画始動

  8. 石崎ひゅーい×森山未來対談 本当の戦いは勝ち負けの物差しの先で 8

    石崎ひゅーい×森山未來対談 本当の戦いは勝ち負けの物差しの先で

  9. 高橋一生が今年のグラコロソングを歌う、マクドナルド新テレビCM 9

    高橋一生が今年のグラコロソングを歌う、マクドナルド新テレビCM

  10. PUNPEEが2つの配信ライブで提示したもの、メール取材も実施 10

    PUNPEEが2つの配信ライブで提示したもの、メール取材も実施