コラム

IUの変化と確かな信念。「年齢シリーズ」と最新作から紐解く

IUの変化と確かな信念。「年齢シリーズ」と最新作から紐解く

テキスト
菅原史稀
リード文・編集:後藤美波(CINRA.NET編集部)

喪失の痛みを「あなた」と分かち合う、28歳の“eight”

さてここまで「私」をまなざし続けた「年齢シリーズ」だが、2020年に28歳のIUが発表した“eight(Prod. & Feat. SUGA of BTS)”の歌い出しで真っ先に登場するのは「あなた」だ。

<So are you happy now?(それで、あなたは今幸せ?)Finally happy now?(やっと今、幸せなの?) / そのままだよ、私は / 全部失ってしまったような気がする><すべてが勝手にやってきて、挨拶もなしに去っていく / このままでは何も愛したくない>

ここで語りかけられる「あなた」とは誰のことか。挨拶もなしに去っていった大切な「あなた」の正体について、絶対的な答えはない。しかし彼女を知る者、またK-POPに親しむ者は、この曲に登場する「あなた」に、彼女の友人であり多くの人々から愛され、そしてこの世を去った同僚のアーティストたちを思い浮かべるのではないだろうか。

それまでもIUは、大切な友人たちとの別れについて自らの胸の内を語り、「私だけでなく多くの人が悲しんでいらっしゃると思います」と、その痛みを公の場で分かち合ってきた。 そして“eight”には、「私」が感じた唯一無二の痛みを他の誰でもない「あなた」に分かち合うことで「私たち」の痛みとするIUの、「あなたと私が音楽で1つに」なろうとする音楽家としての姿勢が呈示されているのではないか、と思う。

IU“eight(Prod. & Feat. SUGA of BTS)”MV

同曲をプロデュースし、フィーチャリングアーティストとしても参加しているBTSのSUGAがラップパートで口にするフレーズは、そんな「私たち」の痛みをより普遍的なものとする。

<永遠という言葉は砂の城 / 別れはまるで災害メッセージみたいだ>

先述の<すべてが勝手にやってきて、挨拶もなしに去っていく>とも呼応しているようにも感じるこのフレーズ。筆者はここから2018年公開の韓国映画『はちどり』を連想した。

作中では、1994年のソウルに暮らす14歳の少女・ウニの小さな暮らしに、聖水大橋の崩壊事故という「災害」が大きな爪痕を残す様子が映し出される。また、同作では橋の崩壊事故という社会全体が共有する痛みだけでなく、家庭内暴力などといったパーソナルな痛みも、ウニの世界を揺るがす「災害」として描かれている。そんなウニに、恩師ヨンジはこんな言葉で希望を与える。「つまづいたら、両手を眺めて指を動かしてみて。自分にも動かせるものがあるんだと思えるから」

映画『はちどり』予告編

“eight”には、まさにそんな「自分にも動かせるものがある」と信じるIUの気持ちが、音楽の力として発揮されているように思う。

<私たちはオレンジの太陽の下 / 影なしで一緒に踊る / 決められた別れなんてない / 美しかった記憶の中で会おう / Forever young><私たちはお互いを枕にして / 悲しくない物語を交わす/憂鬱な結末なんてない / 私は永遠にあなたとこの記憶の中で会う / Forever young><こんな悪夢なら永遠に覚めないでいるよ>

「永遠という言葉は砂の城」であり、「災害メッセージ」を恐れながら生きるしかない私たちは、あまりに非力な存在ではないか。しかしIUは、曲中に自らの意志で永遠を築くことにより、「決められた別れなんてない」「憂鬱な結末なんてない」と、この世界の残酷な真理に背を向け、音楽によって抗ってみせるのだ。

IU“eight”アコースティックバージョンのライブ

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