『ダンストリエンナーレトーキョー』が魅せる舞台芸術の世界

ダンスを観る楽しみを知らないということは、間違いなくひとつの幸せを知らないということだ。ダンスを観るたび、ダンスする身体の美しさに感動するたび、そんな確信が心に芽生えていく。しかし一方、音楽や映画、アートに比べて、ダンスを観ることの出来る機会というのは非常に少ない。全てのダンスパフォーマンスは、基本的にたった1回きり、止まることなく流れる現実時間の一瞬の間に産み落とされる。その瞬間に合わせて、自らがしかるべき場所に出向き、面と向かって立ち会わなければ、ダンスを観て楽しむということは不可能なのだ。この便利なIT全盛の時代に、反逆の牙を剥くようなダンスというカルチャーには、実はまだ多くの人に知られていない魅力が、掘り越されるのを待っているのではないだろうか。

そんなダンス作品が世界中から一同に集まる『ダンストリエンナーレトーキョー2012』がいよいよスタートする。ここでは今回のダンストリエンナーレトーキョーの各プログラムの見どころ、そしてそんな豪華なラインナップに挑む日本の若手カンパニー『21世紀ゲバゲバ舞踊団』『田畑真希/タバマ企画』の2組を順番にご紹介していきたい。

亡きピナ・バウシュに捧げる、強靭な身体性に裏打ちされた作品―アラン・プラテル/les ballets C de la B『OUT OF CONTEXT – FOR PINA』


日本初演、世界初演の多様な注目作品が続々と披露されるプログラムはどれも見所がいっぱいだが、まずは日本でもファンの多いアラン・プラテルやヤスミン・ゴデールに注目していきたい。アラン・プラテル/les ballets C de la Bの『OUT OF CONTEXT – FOR PINA』は、これまでのプラテルの作品を特徴づけていた大がかりな舞台美術やユニークなスタイルの生演奏などを封印し、シンプルにダンサーの表現のみで勝負した話題作。とはいえ、プラテルの起用するダンサーは、強靭な身体性と強烈な存在感を持つツワモノばかりだから、作品の強度に間違いはないだろう。ちなみにタイトルにある「FOR PINA」とは、もちろん今は亡き巨匠ピナ・バウシュのこと。ピナを深く敬愛するプラテルが彼女に捧げたこの作品、その本気度の高さがうかがい知れそうだ。

アラン・プラテル/les ballets C de la B ©Chris Van der Burght
アラン・プラテル/les ballets C de la B
©Chris Van der Burght

世界でも有数のダンス大国イスラエル―アルカディ・ザイディス『Quiet』

政治的な内容が注目を浴びることが多いイスラエルのヤスミン・ゴデールが発表するのは『LOVE FIRE』。古今東西のワルツにのせて展開する本作品でも、存在の根源をゆさぶるヤスミン節は健在のようだ。さらに同じイスラエルからはアルカディ・ザイディスも参加する。彼の作品『Quiet』は、イスラエルとパレスチナにおける根深く難しい問題について、真正面から向き合った希有な作品として高い評価をおさめている。実はイスラエルは豊かなダンス文化が発達した世界でも有数のコンテンポラリーダンス大国であり、その複雑な文化、政治的背景の影響により、個性溢れる優れたカンパニーが多数存在する。また独自の訓練法も存在しており、比べて見てみれば一目瞭然だが、ダンサーの体つきからしてヨーロッパやアジアとは異なっていて、身体性の違いにも価値感の多様性が見てとれる。様々な作品を見る機会に恵まれるフェスティバルだからこそ、そういったところに注目するのも面白いだろう。

アルカディ・ザイディス ©Gadi Dagon
アルカディ・ザイディス ©Gadi Dagon

ピアニストまでもがダンスを披露―向井山朋子+ニコル・ボイトラー+ジャン・カルマン『SHIROKURO』

映像やインスタレーション作品も手掛けるピアニストの向井山朋子は、振付家のニコル・ボイトラー、美術家・照明家のジャン・カルマンとのコラボレーション作品を発表する。どうやら向井山は演奏だけでなく、なんとダンスも披露するらしい。華麗な楽器演奏がダンスに見えてきてしまうことは多々あるが、演奏家が踊るとき、その身体に宿る音楽性は踊りにどんな作用をもたらすのだろうか……。これまでにも音楽という枠を飛び出し、ジャンルをまたいで話題のコラボレーションを重ねてきた向井山だけに3人のケミカルリアクションに期待したい。

向井山朋子+ニコル・ボイトラー+ジャン・カルマン ©Jiro Konami
向井山朋子+ニコル・ボイトラー+ジャン・カルマン
©Jiro Konami

進化し続けるキノコ―伊藤千枝/珍しいキノコ舞踊団『3mmくらいズレてる部屋』

そして日本からは、結成22年目(!)を迎えて近頃さらなる躍進がめざましい珍しいキノコ舞踊団が登場する。おそらく誰もが名前だけは一度耳にしたことがあるであろう、このカンパニーの実力を知ったかぶってはいけない。ちまたでは伊藤千枝振付のアセロラ体操(あと今年の24時間テレビのCMダンスも)がのほほんとした味わいで注目を浴びているが、キノコは技巧的なステップをもってしてもなお、ぶらぶらとしてキュート! 『3mmくらいズレてる部屋』は2006年の再演だが、初演時には鎌倉、愛知、金沢でしか上演されなかったため、見逃して悔しい思いをしたファンならずとも必見の作品だ。美術はオーストラリアのデザイナー、ジャスティン・カレオが担当。キノコらしいポップでカラフルな世界感を表現しており見応えがある。

珍しいキノコ舞踊団 ©Hiraku Ikeda
珍しいキノコ舞踊団 ©Hiraku Ikeda

貴重な記録映像を含む映像プログラム ―『A STUDY OF DANCE IN SPACE ◎ ダンスの空間学』

公演以外の関連プログラムも実に多彩だ。中でも注目は、前回も大好評でチケット売り切れ続出だったというフィルムプログラム。今回は『A STUDY OF DANCE IN SPACE ◎ ダンスの空間学』と題して、カメラがダンサーを捉えることによって生成されるダンス空間をテーマに、貴重な記録映像を含む8タイトルのダンスフィルムが上映される。特にフランスのダンス専門の映像アーカイブ、シネマテーク・ドゥ・ラ・ダンスが協力した『ダンスと都市空間・ダンスと建築』や『舞踏』は、取り上げられている記録映像がファンには貴重すぎて鼻血ものだ。なんせ土方巽や大野一雄の暗黒舞踏の名シーンの数々は、今はもうこのような貴重な映像の中でしか見られないものなのだ。

いずれもシアター・イメージフォーラムでの21時からのレイトショーなので、青山円形劇場やスパイラルでの公演終了後に欲張って観ることも可能だ。ライブとはまた違い、カメラを通すことで新たなダンスの可能性が見えてくる。編集や撮影方法といった視点から観てみるのも興味深いだろう。

メンバー全員が振付家であり、演出家でもある―21世紀ゲバゲバ舞踊団『ワカクマズシクムメイナルモノノスベテ#02』

さて、『ダンストリエンナーレトーキョー2012』開催まで約3週間を控えた9月6日に、JAPAN FOCUSというプログラムのトライアウトが開催された。JAPAN FOCUSは個性豊かな日本の若手・中堅世代から選ばれた、将来性ある4組からなるショーケース型の演目だ。トライアウトで先陣を切って作品を披露した「21世紀ゲバゲバ舞踊団」は、何とまだ結成してから2年足らず。桜美林大学の総合文化学科でコンテンポラリーダンスに出会った8名が集結して立ち上がったカンパニーだ。舞踊はもちろんのこと演劇や美術など様々なバックグラウンドを持つメンバーが所属しており、それぞれの異なる舞踊感を持ち寄って、独自の集団創作を試みている。

21世紀ゲバゲバ舞踊団 ©Ribun Fukui
21世紀ゲバゲバ舞踊団 ©Ribun Fukui

今回発表する作品は『ワカクマズシクムメイナルモノノスベテ#02』。若いカンパニーの中には、テクニックだけを信じて、独りよがりなパフォーマンスを誇示するダンサーを見かけることも多いが、このカンパニーのダンサーたちには、演劇の素養があるからだろうか、パフォーマーとしての自己顕示欲と自制の葛藤が備わっており、それがややもすると色気となって、独自の魅力を発散している。

21世紀ゲバゲバ舞踊団

振付家を置くのではなく、またそれぞれのパートを分担して創作するというわけでもなく、メンバー全員でアイデアを出し合い、振付に関わることを目指しているという。「そういうカンパニーは今でも少ないと思いますが、全員が振付家でありたいと思っています。もちろん作っているときは議論に相当な時間を費やす時もありますが、そこには本当のコミュニケーションがあると思います」と確信した目で話す姿には、彼らの創作に対する切実な思いを感じる。

21世紀ゲバゲバ舞踊団

やはりどうしても気になってしまう、その個性的なカンパニー名について尋ねてみると「最初は場所に根付くという意味を込めて、地名をつけたかったんですけど、どれもいまひとつピンとこなくて。ならば地名じゃなくて今の時代に根付く、という気持ちで21世紀を頭につけました」とのこと。そして、「ゲバゲバは、なんかすっきりしないもののほうが人間らしいと思い、言葉の質感でつけました」だそう。後々意味を調べたところ、その「ゲバゲバ」の語源にあたる、ドイツ語で暴力を意味する「ゲバルト」や、革命家チェ・ゲバラなどには、相通じる部分も感じたそうで、またそのおかげで学生運動世代の大人に興味を持ってもらえることもあり、名前で目を引くという意味ではなかなかナイスなネーミングだったと感じているらしい。

楽器の演奏もダンスとして取り込んでいく -『メルヘン』田畑真希/タバマ企画

JAPAN FOCUSからもう一組、「田畑真希/タバマ企画」は、ダンサーで振付家の田畑真希が主宰するダンスユニットで、2009年には『横浜ダンスコレクション』で、未来に羽ばたく横浜賞とMASDANZA賞をダブル受賞し、2010年には『トヨタ コレオグラフィー アワード』のファイナリストになるなど、近年の活躍が目覚ましい成長株だ。常に「踊れる」ダンサーを起用し、基礎にしっかり裏打ちされた実力派の若手ユニットという印象があるが、自身を含めたトリオで挑む今回の作品『メルヘン』には、そのしっかりした構成力に抜群の安定感さえ感じられた。

田畑真希/タバマ企画
田畑真希/タバマ企画

3名という少ないダンサーから、モチーフが次々と繰り出されていく様は非常にカラフルで、本人が語るように「絵本を一枚一枚めくっていくように」展開する。20分ほどの作品になるということだが、すでに時間目いっぱいに仕上がっており、それでも「とても時間をかけて作った振付けが抜けているんです。どうしてもうまくフィットしなくて、もしかしたら今回は使わないかもしれない」のだそうだ。

田畑真希/タバマ企画

また今作品では、世界中からダンス関係者が集まる『ダンストリエンナーレトーキョー2012』での上演ということもあって、野心的に海外公演をも視野に入れ、あえてハンディー感のあるトリオに挑戦したそうだが、予想以上に舞台空間が埋まらず苦心したという。しかし音楽などの要素もモチーフのひとつとして効果的に使われ、その苦労はしっかり報われているように感じた。最近の田畑真希/タバマ企画は、音楽家とコラボレーションすることが多く、今回もオリジナル楽曲を複数使用しているが、パフォーマンス中にはなんとダンサーがピアニカとウクレレで合奏するシーンもあり、そのたどたどしい演奏=ダンスは、まるで動物の楽隊か、あるいはインチキくさい宮廷楽師のようで、まさに「メルヘン」だ。耳に残る素朴で温かみのある旋律が、ピアニストによる洗練された巧みな演奏に転じると、それをBGMに展開する田畑のソロダンスも、ユーモラスなものから凄みをたたえたシリアスなものへと変化して見えてくる。うまい。

田畑真希/タバマ企画

さらに振付けでは、ダンサー自身の個性が非常によく活かされていて、ビジュアルはもちろん、身体性に起因する動きの個性までもがうまく引き出されている。さらりとは見せているが、本当は難しいんだぞ、というステップが次々にあらわれる。踊れるダンサーでなければ無理な注文だが、「上段に構えて、技巧的なところを見せびらかすようなやり方は好きじゃないので、ユーモアを入れていきたい」のだそう。作品全編を通して、穏やかで暖かな時間が流れており、ポジティブな希望を感じさせる。「3.11以降、色々な表現が出てくるなかで、やっぱり自分は希望があるものを作りたいと改めて強く思うようになりました」とのことだった。穏やかな中にも凛々しさを感じさせるチャーミングなこの作品が、本番までにさらにどう変化するか、大いに期待したい。

「ダンスを観る」という快楽の存在

今回のトライアウトで、間近で踊るダンサーを眺めながら、「ダンスを観る」という快楽の存在を、あらためてつくづく感じた。全身の機能をフルに使って、伸びやかに踊るダンサーを眺めていると、自分の身体の細胞が疼きだす。自分も大きく手を広げ、跳躍し、走り出したいという衝動を感じる。踊る身体から発信されるバイブレーションは、思考を介することなく見る者の身体へとダイレクトに伝わって、身体が身体に感動する体験を生み出すのだ。それに、身体で感じる感動に国境はない(厳密には手足の長さが違うけど、観客なんだし、そこは気にしない)。肌の色が違い、目の色が違っても伝わってくる衝撃は同じで、考えてみればそのことも存外にインプレッシブだ。良いダンスは人を踊りに誘う。くるりと回転、ダイナミックにジャンプ……はできなくても、スキップのひとつもしたくなる。もちろんダンサーのようにはいかないだろう。でもだからこそ高度なステップをものにするダンサーへの賞賛は高まる。どうしても動きたくなれば、その時は思いきりただただ拍手すればよいのです。というわけで、読者の皆さんも『ダンストリエンナーレトーキョー2012』で、身体を突き動かす感動にいっぱい出会って欲しい。

イベント情報
『ダンストリエンナーレトーキョー2012』

2012年9月27日(木)〜10月14日(日)
会場:東京都 青山(以下同)
青山円形劇場、スパイラルホール、東京ドイツ文化センター、シアター・イメージフォーラム、国連大学、青山ブックセンター本店
参加アーティスト:
ナセラ・ベラザ
アルカディ・ザイディス
アラン・プラテル/les ballets C de la B
平敷秀人
21世紀ゲバゲバ舞踊団
ジェコ・シオンポ
近藤良平
リア・ロドリゲス
伊藤千枝/珍しいキノコ舞踊団
ヨンスン・チョ・ジャケ
ヤスミン・ゴデール
田畑真希
川村美紀子
チェ・チンハン
マルティン・ナッハバー
向井山朋子+ニコル・ボイトラー+ジャン・カルマン
ほか
※全プログラムはオフィシャルサイト参照

シンポジウム
『人はなぜ踊るのか?』

2012年10月6日(土)17:00〜19:30
会場:東京都 青山 国連大学 ウ・タント国際会議場
モデレーター:榎本了壱、近藤良平
パネリスト:岩下尚史、高橋和子、束芋、TETSUYA(EXILE)
料金:1,000円(前売のみ)

プロフィール
ダンストリエンナーレトーキョー2012

2002年にスタートした、世界の振付家・ダンサーが一堂に集う日本最大規模のコンテンポラリーダンスフェスティバル。世界の舞台芸術の場で活躍する同時代の表現者達との交流を通じて、コンテンポラリーダンスの裾野を広げること、新たなオリジナリティーが生まれる文化的土壌を豊かにしていくことを目指して開催されている。今回5回目を迎え、ベルギー、ブラジル、フランス、ドイツ、インドネシア、イスラエル、韓国、スイス、オランダ、日本の10カ国から20以上のカンパニーが参加。前回の2009年にはダンス一色の青山に国内外から10,000人を超える観客・参加者が訪れた。日本のみならずアジアから世界へのダンスカルチャーの発信源として、今後ますます重要な役割を担っていくことが期待される。



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