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映画『イロイロ ぬくもりの記憶』から読み解くアジア映画の新世代

映画『イロイロ ぬくもりの記憶』から読み解くアジア映画の新世代

相田冬二
2014/12/11

『カンヌ国際映画祭』の「カメラ・ドール」は、新人監督の劇場デビュー長編に与えられる賞である。過去にはジム・ジャームッシュ、ヴィターリー・カネフスキー、トラン・アン・ユン、ミランダ・ジュライ、日本人では河瀬直美などが同賞を受賞。近年では現代アーティストとしても活躍するスティーヴ・マックイーンが『ハンガー』で同賞に輝いた5年後に、『それでも夜は明ける』で『アカデミー賞』最優秀作品賞を獲得するなど、錚々たる映画作家たちを発見、輩出してきた。

昨年のカメラ・ドールを受賞した『イロイロ ぬくもりの記憶』は、中華圏を代表する映画賞である『台湾金馬奨』でも作品賞・新人監督賞・助演女優賞・脚本賞の主要4部門を制覇するなど、世界的に絶賛されているシンガポール映画。映画賞の「評価」というものを、決して鵜呑みにできるわけではないが、日常に棲みつく危機感をみずみずしい筆致で追いかけたこの作品は、注目に値する一作である。さらに、私たち日本人にもダイレクトに共有できる問題を平易に扱っているこの作品からは、現代アジア映画が「次の段階」を迎えていることが、はっきり体感できる。そこで、独創的なアジア映画を中心に据える国際映画祭『東京フィルメックス』で上映された昨今のいくつかの秀作アジア映画を引き合いに出しながら、『イロイロ ぬくもりの記憶』の魅力、そして近年のアジア映画が共有しているものに迫ってみたい。

最新のアジア映画に描かれる、「未だ解決されない問題」

リストラされたことを告白できずにいる父親、不安から目に見えぬものを信じようとしている母親、孤立せざるをえない息子……。今年30歳を迎えたアンソニー・チェン監督が映画『イロイロ ぬくもりの記憶』(以下、『イロイロ』)で映し出す光景は、たとえば黒沢清監督の傑作『トウキョウソナタ』の設定を想起させる。映画はその歴史の中で、幾度も分裂した家族の肖像を描いてきたが、『イロイロ』の特筆すべき点は、これが1997年という「近過去」を背景にしていることだ。当時のシンガポールはアジア通貨危機の影響下にあり、そのときにチェン監督の父親も失業したという。そうした個人的な体験をベースに物語を紡ぎながらも、郷愁に流れたり、感傷に呑み込まれたりしないのは、「遠い過去」ではなく、「近過去」を扱っているからだろう。そこでは「済んでしまったこと」ではなく、現在も継続中の「解決されえぬ問題」が描かれる。つまり「回想」ではなく、「今」を見つめるために、映画の中心に1人の少年が置かれている。


1つの「ぬくもり」の存在は、もう一方の「ぬくもり」の不在をあらわにする

一人っ子のジャールー(コー・ジャールー)の両親は共働き。しかも、母親は第二子を妊娠中。慌ただしい毎日が、この核家族に肉体的にも、精神的にもすれ違いを生じさせている。そこにフィリピン人女性のメイド・テレサ(アンジェリ・バヤニ)が住み込みで働き始めることから、家族の問題点はあらわになっていく。

ジャールーと同じ部屋に寝泊まりし、少年が学校で騒ぎを起こせば両親より速く駆けつけるテレサは、最初こそ拒否していたものの、徐々に少年にとって母親代わりになっていく。そして、テレサもまた祖国に息子を残し、出稼ぎに来ている境遇。二人が抱えるそれぞれの孤独が、ごく自然に溶け合っていく過程と、父の失職、母の混乱が並行して描かれる。それらは同時に視界におさめられ、同じ強度を持つ。ジャールーとテレサの邂逅は、息子と親交を深めるメイドに嫉妬する母の姿を浮き彫りにする。埋めることができない焦燥。家庭の先行きの不透明さから新興宗教に片足を突っ込んでいく母のありようは、とてもリアルだ。

1つの「ぬくもり」の存在はしばし、他方の「ぬくもり」の不在を感じさせる。「ぬくもりの記憶」という邦題サブタイトルに表れているような「居心地の良さ」ばかりではなく、家族という小さな社会に横たわる様々な陰影も、決して否定することなく差し出すことができるのが、新鋭アンソニー・チェンの鮮やかな手腕と言えるだろう。現実から目をそらさないこの聡明さこそ、『イロイロ』の美徳だ。

『イロイロ ぬくもりの記憶』©2013 SINGAPORE FILM COMMISSION, NP ENTERPRISE (S) PTE LTD, FISHEYE PICTURES PTE LTD
『イロイロ ぬくもりの記憶』©2013 SINGAPORE FILM COMMISSION, NP ENTERPRISE (S) PTE LTD, FISHEYE PICTURES PTE LTD

『イロイロ ぬくもりの記憶』©2013 SINGAPORE FILM COMMISSION, NP ENTERPRISE (S) PTE LTD, FISHEYE PICTURES PTE LTD
『イロイロ ぬくもりの記憶』©2013 SINGAPORE FILM COMMISSION, NP ENTERPRISE (S) PTE LTD, FISHEYE PICTURES PTE LTD

今年で15年目を迎えた『東京フィルメックス』の意義とは?

先日、大盛況のまま閉幕した『東京フィルメックス』は、規模こそそう大きくはないが、アジアを中心に活躍する新進作家を顕彰し、バックアップするコンペティションとしてそのセレクションには定評がある。そして、2010年に『東京フィルメックス』内で行なわれた映画の人材育成プログラム『ネクスト・マスターズ』(現在の名称は『タレンツ・トーキョー』)が『イロイロ』の発端となっている。チェン監督は、そこで本作の企画をプレゼンし、最優秀企画賞を受賞したことから『イロイロ』の制作が始まった。その審査員と講師を務めたホウ・シャオシェン(台湾の映画監督。代表作に『悲情城市』『珈琲時光』など)は、その後もチェンにアドバイスを送り続け、試行錯誤の末に映画が完成。同プログラムに参加した同期のマレーシア人監督が助監督につき、やはり同期であるフィリピン在住の監督の導きで、本作のキーパーソンであるメイドを演じたアンジェリ・バヤニのキャスティングも実現した。さらに、『ネクスト・マスターズ』の講師の尽力により、『カンヌ国際映画祭』への出品が決まったという経緯もある。

アンソニー・チェン監督(撮影:穴田香織、白畑留美)
アンソニー・チェン監督(撮影:穴田香織、白畑留美)

いわば『東京フィルメックス』は本作の「産みの親」だが、第15回となる今回のコンペティション部門には偶然にもバヤニ主演のフィリピン映画『クロコダイル』が出品され、見事、最優秀作品賞の栄冠を得た。ちなみに『クロコダイル』の監督フランシス・セイビヤー・パションもチェン監督と同様に『ネクスト・マスターズ2010』の出身者である。

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作品情報

『イロイロ ぬくもりの記憶』

2014年12月13日(土)からK's cinemaほか全国順次公開
監督・脚本:アンソニー・チェン
出演:
コー・ジャールー
アンジェリ・バヤニ
ヤオ・ヤンヤン
チェン・ティエンウェン
ほか
配給:日活 / Playtime

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