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日本一有名なプールからの10年『レアンドロ・エルリッヒ』展

日本一有名なプールからの10年『レアンドロ・エルリッヒ』展

坂口千秋
撮影:佐々木鋼平

子どもでも親しみやすい、軽やかで異質な現代アート?

小難しい言説の飛び交う現代アートの世界において、子どもでも親しみやすいレアンドロ作品の持つ軽やかさは、ある意味異質でもあります。しかし、観客による作品への参加やインタラクションについて、レアンドロは「自分のアートの個性であり、絵描きの筆のようなもの」と言い、さらにこう付け加えます。

レアンドロ:一般的に理解しにくいアート作品がすべて哲学的に重要かというと、そうとは限らないし、とても入りやすくてわかりやすい作品が哲学的に重要ではないかというと、必ずしもそうではない。真面目なアート作品だからと言って神格化する必要はないんです。

一部の現代アート作品にとっては、痛烈とも言えるコメントです。それと同時に「楽しい」だけではない、その裏にあるレアンドロ作品の魅力も少しずつ見えてきます。

ガラス仕切りの向こう側にある、楽器が浮かんでいる部屋に、観客が亡霊のように映り込む『リハーサル』では、観る人が鑑賞者から演奏者へ。「皆さんガラスに向かってポーズを取ってください」とお願いしなくても、観客は状況をすぐに理解して、エアギターならぬエアチェロやエアバイオリンに夢中になります。

『リハーサル』2014
『リハーサル』2014

しかし、この作品の別バージョンのタイトルは『精神分析医の部屋』。音楽リハーサルとはずいぶん異なるイメージが浮かびます。こういったドライなユーモアセンスも、レアンドロらしさの1つ。ところでレアンドロにとって、「観客」とはどのような存在なのでしょうか。

レアンドロ:作品の完成をイメージするときは、いつも観客のことを考えます。観客の役割や立ち位置など、あらゆることを想定しながら状況を慎重に配列していくのです。僕は観客を信頼しています。観客は誰でも理解する力と自分のアイデアを持っている。単純なトリックを発見し、フィジカルに参加することで、ものごとを捉え直し、自分自身のクリエイティビティーを発揮することができるんです。

『リハーサル』を体験するレアンドロ・エルリッヒ
『リハーサル』を体験するレアンドロ・エルリッヒ

しかし一方では、意外なことに「観客を楽しませようと思ったことはない」とも言います。

レアンドロ:アート作品を作る行為とは、手紙を書いて送るようなものです。メッセージを送ったら、アーティストとしてのアクションはそこで終わり。その結果を観客が自由にシェアしてくれたらいいと思います。ただ、実際に作品を観た人が関心を持ってくれると、やっぱり誇りに思うし、幸せを感じます。

レアンドロにとって観客とは、自分の作品を観せる対象というよりも、作品を成り立たせるための優秀なパフォーマーであり、そういう意味では仲間のように近しい存在なのかもしれません。

「慣れ親しんだ『ものの見方』を変えることによって、魅了される経験を取り戻し、自分は何も知らないということを知る。そのことが大人にとっての驚きなんです」(レアンドロ)

今回の展覧会で新鮮だったのは、レアンドロの詩的な一面を観られたことでした。「クラゲ」「蟹」「ライオン」などの名前がついた、ガラスの層に雲をプリントした『雲』シリーズ。空を見上げて雲のかたちを何かに例えるというおそらく誰もが経験のある遊びを思い出しますが、どれが蟹でどれがライオンなのかは、人それぞれの想像に委ねられます。

『雲』2014
『雲』2014

なんの変哲もない舗道とアスファルト(を再現した)細長い『舗道』では、水たまりにブエノスアイレスの団地が映りこんでいます。日本とブエノスアイレスの時差はきっかり12時間。小さな水たまりのなかに、地球の反対側に暮らす人々の日常があり、それがときおり水雫の波紋でゆらめくとてもファンタジックな視線です。

『サイドウォーク』2007
『サイドウォーク』2007

そして、「雪が降る景色、暖炉の火が燃えるさまを人はどのくらいの間見ていられるだろう」とレアンドロが問いかける映像作品『ログ・キャビン』。参加型作品の賑わいからしばし逃れて、一人静かに想像を巡らせる思索的な時間も、新しいレアンドロ作品の楽しみ方です。

ありきたりな日常にゆらぎを与えるレアンドロの作品は、私たちに日常を新鮮な眼で見渡すきっかけを与えてくれます。

レアンドロ:子どものときは、驚きや発見によって世界を広げていくけど、大人になると現実の受け止め方は硬直して、大方のことはすでに知っているように振るまい、驚きや発見は減ってしまう。だけど、慣れ親しんだものでも見方を変えることによって、驚きや魅了される経験を取り戻し、新しい物語に出会うことができる。私たちはすべてを理解しているわけではない。2000年以上も前にギリシアの哲学者が言ったように「自分は何も知らないということを知る」、そのことが大人にとっての驚きなんです。

『ログキャビン』2014
『ログキャビン』2014

これはそのままレアンドロ・エルリッヒという作家に対する私たちの思い込みにも当てはまるのではないでしょうか。一見「楽しくて、わかりやすい」表面の奥には、私たちの見知った世界をひっくり返すさまざまな問いかけがあります。

レアンドロ:ものごとを1つに決めつけたくはない。現実は他にもたくさんあって、それもまた現実かもしれないからね。

レアンドロの空間に足を踏み入れ、立ち止まって見渡してみる。すると世界は謎に満ちた刺激的な場所に、突如変貌するかもしれません。

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イベント情報

『レアンドロ・エルリッヒ ―ありきたりの?』

2014年5月3日(土・祝)~8月31日(日)
会場:石川県 金沢21世紀美術館 展覧会ゾーン
時間:10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
休場日:月曜(休日の場合その直後の平日。8月11日は開場)
料金:一般1,000円 大学生800円 小中高生400円 65歳以上800円

プロフィール

レアンドロ・エルリッヒ

1973年ブエノスアイレス(アルゼンチン)生まれ、モンテビデオ(ウルグアイ)在住。2000年の『ホイットニービエンナーレ』をはじめ、2001年、2005年の『ヴェネチア・ビエンナーレ』、サンパウロ、リバプール、イスタンブールといった多くの国際展に出展。世代や国境を超えて人々が共有できる体験の場を創造してきた。日本国内では美術館のみならず、『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』『瀬戸内国際芸術祭』などでも作品を発表。本展は、日本におけるエルリッヒ初の個展となる。

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