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日本の巨匠・奈良原一高を知ってる? 宮沢章夫と観る強烈な写真展

日本の巨匠・奈良原一高を知ってる? 宮沢章夫と観る強烈な写真展

内田伸一
撮影:相良博昭

「『今日は何もない日だった』『私の人生、何にもなかった』なんて、本当はあり得ない。丁寧に辿っていけば、色んなことが見えてくる」

奈良原は幼少期に第二次世界大戦を体験しており、敗戦の際、昨日まで頻繁に飛来したB-29が急に消え、何もない空を取り戻したことに、どちらが日常で、どちらが異常なのかという奇妙な感覚に襲われた、という逸話もあります。そうした体験も彼の写真に影響を与えたのでしょうか。

宮沢:信じられないことが起こり、でも意外なほどそれもまた普通になってしまう。僕らの世代だとソビエト連邦の解体がそうでしたね。ただ奈良原さんの写真から、いわゆる政治的な匂いはまったく感じません。表現における政治性の欠如が批判された時代も、その真逆の時代もあったけれど、ブレずにこれだけ一貫している人も凄いと思う。ただそこにあるようなものを「見つめる力の強さ」、集中してものを見る強靭さは突出していると感じます。

奈良原一高『「王国」より沈黙の園』 ©Narahara Ikko Archives
奈良原一高『「王国」より沈黙の園』 ©Narahara Ikko Archives/span>

宮沢さんが戯曲やエッセイで見せる「この世界への眼差し」も、極めて特殊な才能といえるはずですが、「僕は、みんなが見ているものをすくい上げるようなやり方。だいぶ性質は違いますね」とのことでした。ただ、自分とは違うからこそ、刺激される部分は大いにあると語ります。

宮沢:たとえば、『王国』に見られるあの静謐さ。写真とは当然「静」止画だけど、賑やかさも出そうと思えば充分可能なメディアじゃないですか。けれど、奈良原さんの写真はとても静か。その中を流れる音、あるいは時間かもしれませんが、とてもゆったりしている。ある瞬間を引き延ばして世界を見つめる、そんな写真ではないでしょうか。よく「今日は何もない日だった」「私の人生は何もなかった」なんて言うことがあるけれど、本当は絶対にそんな人生も、そんな1日もないはず。1つずつ丁寧に辿っていけば色んなことが見えてくる。奈良原さんの写真は、そういう世界の存在を、1枚の写真の中に見せてくれるようでもあります。

「パーソナルでありながら、パースペクティブの大きい写真を、20代の若さで撮れたのはすごい。そうした点も僕にとって謎であり、魅力に思えることの1つです」

写真というメディアで、先行世代とは異なる表現・思考を目指した奈良原の姿勢を、宮沢さんはどう感じたのでしょうか?

宮沢:僕が関わる演劇の世界もそうだし、おそらく写真も含めて、多くの表現は「文学」からいかに遠ざかるか? が1960年代からの大きな課題だったと思うんです。ものを作ることにこだわる人間にとっては、たとえば「近代」のような分厚い力にどうしたって引っ張られるところがあって、文学という芸術もそうした力の1つだったでしょう。ただ、「演劇=戯曲」ではないように、写真にしかできないことが必ずある。たとえば僕は今日、本来「音」を伝えられないはずの写真から、音すらも聴こえてきそうだったり、そういった感覚がありました。でも、そこで僕がちょっと引っかかったのは、なぜ『王国』の発表に際して、カミュの小説の引用をしちゃったのか、ということです。

奈良原一高『「王国」より沈黙の園』 ©Narahara Ikko Archives
奈良原一高『「王国」より沈黙の園』 ©Narahara Ikko Archives

宮沢さんが指摘したのは、今回の展示冒頭でも壁に記された、アルベール・カミュの中篇小説集『追放と王国』(1957)からの一節。同書内の一篇「ヨナ」の結びにある以下のテキストを、奈良原は作品発表当時にも引用しています。

「その中央にヨナは実に細かい文字で、やっと判読出来る一語を書き残していた。が、その言葉は、Solitaire(孤独)と読んだらいいのか、Solidaire(連帯)と読んだらいいのか、分からなかった」

宮沢:やっぱり、この一連の写真をまとめるにあたって、奈良原さん自身が喚起された言葉だったんでしょうか。孤独と連帯か……1950年代は運動体としての美術や文学が盛んだった時代という印象があります。あるいは政治運動もそうですね。そのなかで「個」はどう存在すべきか? といった問いのなかで生まれた写真でもあるとも読める。

それでは最後に、今の若い世代に対して、何か鑑賞のアドバイスなどあるでしょうか?

宮沢:うーん、難しいですね……。ただ、こういうことは言えるかもしれません。奈良原さんの写真は、世界観のパースペクティブが大きい。これは小説でも演劇でもそうだけど、ごく身近な、狭い世界に作品を収めるだけではどうかと思うし、じゃあ政治的な内容なら「でかい話」になるかといえば、それだけでもない。その点、奈良原さんがこういったパーソナルでありながら、パースペクティブの大きい写真を、しかも20代の若さで撮れたのはすごい。そうした点も僕にとって謎であり、魅力に思えることの1つです。

宮沢章夫

今回、展示作品を前に「喚起」という言葉がたびたび宮沢さんから聞かれたのも印象的でした。たしかに「何かを喚起させる写真」というのは、奈良原作品の根底に流れる力のように感じます。冒頭に紹介した宮沢さんからのメールは、以下のように結ばれていました。

「現代の芸術というか、表現は、すべてにおいて、共通した課題を抱えていますね。それを越えようと、さまざまな分野の人が表現について考えている。いろいろな方法でそれを考えているし、考え方、というか考える方法も様々です」

この言葉は、あたかも奈良原がかつて語った「写真家は撮る事によってかんがえてゆきます」というフレーズに呼応するかのようです。表現について考えるすべての人に、ぜひ訪れてみてほしい展覧会です。

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イベント情報

『奈良原一高 王国』

2014年11月18日(火)~2015年3月1日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館2F ギャラリー4
時間:10:00~17:00(金曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(1月12日は開館)、12月28日~2015年1月1日、1月13日
料金:一般430円 大学生130円
※高校生以下および18歳未満、65歳以上、キャンパスメンバーズ、MOMATパスポートをお持ちの方、障害者手帳などをご提示の方とその付添者1名は無料
※2015年1月2日、1月4日、2月1日、3月1日は無料観覧日

書籍情報

『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』
『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』

2014年10月10日(金)発売
編著者:宮沢章夫、NHK『ニッポン戦後サブカルチャー史』制作班
価格:1,944円(税込)
発行:NHK出版

プロフィール

宮沢章夫(みやざわ あきお)

1956年、静岡県生まれ。劇作家・演出家・作家。「遊園地再生事業団」主宰。1980年代半ばに竹中直人、いとうせいこうらとともに「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を結成。作・演出を手がける。1990年「遊園地再生事業団」の活動を開始し、1993年『ヒネミ』で『岸田國士戯曲賞』、2010年『時間のかかる読書』で『伊藤整文学賞評論部門』を受賞。主な著書に『サーチエンジン・システムクラッシュ』(文藝春秋)、『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』(新潮社)、『東京大学「80年代地下文化論」講義』(白夜ライブラリー)などがある。

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